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メモ書き2:崩壊、なんとかレール

 僕は目覚めるたびに、いくど深い憂鬱に襲われるのか考えた。

 これまでも、目覚めるたびに憂鬱と地獄のような苦しみを味わってきたし、これから先も憂鬱と苦痛を覚えながら目覚めるのだろう。

 僕が生き続けるかぎり、

「どうしたのかしら? 主様」

 そして、彼女が側に居続ける限り。

「罪深きほどに慈悲が深い方だとは存じ上げておりますが、忠実な奴隷に大して挨拶を怠るとは、礼儀がなっていませんわ」

 顔面に、大きくて柔らかい塊を押し付けられて視界が暗くなり、息が苦しくなる。

「く、ぐる…たす…」

「殿方は乳房が好物だとお聞きしたのですが、主様はお嫌いなのですか?」

 嫌い、いや、大好きなのだけど状況による。

 乳房による気道を制圧されての窒息死なんて、もっとも体験したくない死に様の一つだろう。

 僅かに隙間が開いた。

 彼女の顔が見える。

「これは失礼。私のはおっぱい、ではなく雄っぱいですの」

 絶対に違う。

 アンドロメダのは、ガチガチに鍛えた野郎のむさ苦しい大胸筋ではなく、正真正銘、女の子の甘さと温かさでいっぱいなバストなのだが、本人は頑なに雄っぱいと言い張る。クッションのように柔らかいので説得力がないが。

 僕は、手を彼女の頭に伸ばす。

 その動きを見て、意図を読み取ったのかメダは首をかしげる。

 指先が彼女の頭に触れる。

 髪の感触はなく、頭皮の温かさと、その下にある頭蓋の硬さが直に触れる。

 そう、彼女に髪はない。

 彼女を彩るべき髪は全て剃り落されていて、肉眼はあろか指先でも髪の痕跡を感じ取ることができない。いくら青々とした頭皮を滑らせても滑らかに動くだけで、少しの抵抗も感じることはない。

 ときおり、砂糖のような叫びが耳朶を撃つが気のせいだろう。

 不思議だ。

 雪のように白い肌、エメラルドのような鮮やかな瞳、サクランボのような唇、そして全てを圧倒する巨大な胸。

 瞳から首筋、胸から腰、つま先に至るまで女性らしい美を体現しているのに、髪を全て剃り落して何もない坊主頭をさらしている一点だけで、その美をいびつな物に変えている。

 

 それだけで、彼女はおとこにしか見えない。

 

「……きもちいい……すごくいい……もっと…もっと」

 よだれが彼女の唇から垂れ落ち、洩れる呼吸が炎のように熱くなっていることに気づいて、僕はメダの頭から指先を離すと、メダは憑き物が落ちた代わりに残念そうにする。

「男心をもてあそんで、主様はひどい男ですわ」

「ですわ口調の気持ち悪い男に付きまとわれて、すごく迷惑なんだけど」

 お前のような男がいるかと毒づくのは簡単だ。

 髪がない坊主頭だから少年に見えるだけであって、それ意外の彼女を構成する要素、見るからに柔らかくて大きい胸や、丸みを帯びたボディラインや筋肉のついていない身体など、女性でしかないもので彼女は作られている。

「気持ち悪い男に粘着されるのが嫌でしたら、わたくしを殺してくださいまし」

 彼女は顔を背ける。

 ボクに見られたくないのだろう。

 呟きが小さく洩れた。


「……わたくしは、気持ち悪いオトコにされてしまいましたの」


 彼女の心に大きな穴が開いており、絶望で満たされている。

 その痛みが消える日々はあるのだろうか?

 わからない。

 ただ、穴を開けたのは僕なので、責任はある。


 僕はようやく起き上がれた。

「おはよう、メダ」

「おはようございます。主様」

 今は朝…はずなのに、カーテンから洩れる日差しは思ったよりも暗い。

 腕時計を見る。

「早くない?」

 起きた時刻は、アラームを設定した時間よりも速い。メダからの刺激で眠気はないが二度寝をしたくなる。

「ダメですわ」

 メダが起したということは、僕ほどには眠れなかったのだろう。

「何がおかしいですか?」

 これが笑わらずにはいられない。

「メダも、僕との旅行を楽しみにしていると思うと」

 これから僕はメダと旅にでる。

 昨日までは、いつもと変わらない態度だったのに実は期待していたということだろうか。

「ええ、私は主様との旅を心待ちにしておりましたわ。それこそ、わたくしの股座がいきり立つほどに」

 注、そんなものはメダにない。

「ですが、たった一つ残念なことがありますの」

 旅の間、僕とメダだけで一緒なのだがいつもやれている事ができないことがある。あまりにも近所迷惑になるからだ。

「梳かすのと剃るのと、どちらがいい?」

「鈍感な主様の割には、察しが良いですわね」

 メダの口元が肉食獣のように歪む。

 瞳が欲望で彩られる。

「主様。この愚かで醜い雌豚の、たった唯一の取り柄であるこの髪をむごたらしく、散らしてくださいまし」


 彼女に髪はない。

 1ミクロンの髪の痕跡もない彼女は坊主頭の少年のように見える。


 存在しない髪を剃れ、という彼女を笑うのは簡単だ。

 でも、僕は彼女の願いも痛みも理解している。


 大きな姿見の前に、メダの姿が写る。

 鏡の中にいるメダは、これから予想される悦楽にうち震えている。

 

 繰り返す。

 彼女は髪が全くない坊主頭。

 他は100点満点中1億点というほど美しい要素しかないのに、髪を全て亡くしている坊主頭という時点で、高級和牛のステーキに小便をかけたように台無しにしている。

 でも、下着のない局部のように露わになった項と、頭のなめらかなラインに髪がある時よりもエロスを感じてしまうのは僕だけなのだろう。

 僕は指先に力を入れる。

 少なすぎると物足りないし、かといって強すぎるとこの世界は破滅する。

 その微妙なラインをコントロールしながら、彼女の頭頂部に指先を接触させた。


 僕が彼女に出会ったのは数週間前のことだった。


 地獄神姫上空、僕が大剣を振るうとその切っ先は彼女の側頭部をかすめて、三つ編みにしたツインテールの片方を根元から吹き飛ばした。

 切り離された髪は瞬時に光の粒子に変え、空間に溶けて消えていく。

 何が起きたのか分からなくてただ、出力が半減して唖然とするメダに向かって剣を振るい、もう片方のツインテール、キロ単位で伸ばして三つ編みでまとめたぶっとい髪のテールの根元に剣を突き立てた。

 剣の切っ先が僅かにふれただけで、彼女の髪は頭皮から切り離され、光の粒子に分解され空に散っていく。

 こうなってしまえうと、彼女に宙に浮いていられるだけの魔力はない。

 落下していくだけなので、大剣を背中に収めると間一髪のところで彼女を抱きかかえて、地面に着地する。

 着地するなり、彼女はすぐに僕から離れて距離を取り戦闘態勢を取るが、僕と戦うための力がないことに気づき、頭に手をやる。

 そして、絶望に染まる。

「……わたくしのかみ……」

 戦う前、彼女の桜を溶かしこんだような髪は数十キロ単位で伸びていて、且つ大海をも飲み込むほどに量が多かった。その髪をツインテールでまとめ、髪の尻尾を三つ編みにまとめていた。

 彼女の目から涙が落ちる。

「…わたくしのかみ……わたくしのかみ……わたくしのかみぃぃぃぃっっっ!!!」

 本来なら当てた両手のところに、ぶっとい髪の束があるはずだった。

 あるはずだった髪の束はなく、髪は掌に辺りはするものの草のように散らされるばかりで、本来は触れるはずもなかった毛先が簡単に触れられる。

 そのツインテールは僕によって切り落とされた。

 今の彼女は顎先から、耳へと斜め上に乱雑に切り落とされたショートボブ。耳から下、項にかけての髪が不揃いに刈られて重力に従って垂れさがってしまっているのが実に哀れで傷口のように見える。

 しかし、希望を見つけたのか彼女は叫ぶ。

「伸びなさい、私の髪、わたくしの髪っっっ!!」

 普通なら戦えるほどには髪が伸びる。再生する。

「伸びて伸びて伸びて!! わたくしの髪、髪、髪、髪!!」

 しかし、いくら叫んでも彼女の髪が伸びることはない。

「どうして伸びないのですか!!」

「いくら力を入れても無駄だよ」

 僕が冷酷な事実を伝える。

 彼女が、殺意溢れた眼差しを向ける。

 僕は大剣を抜いて、彼女に見せる。

「キミなら、この剣の正体に気づけると思う」

 電柱ほどの長さと太さがある刀身。白銀一色の片刃には薄いオレンジ色の炎がまとわりついている。断ち切られた髪を触った時に一定の熱量を感じているはずなのだが、わが身に等しい髪を断ち切られた衝撃で気づいていないらしい。

「神剣レーヴァティン……なぜ、クソ虫風情が」

 悪態をつくが震えていた。

「簡単だよ。僕がレーヴァティンのマスターだから」

「なぜ、レーヴァティンが人間ごときに仕えているのですか」

「神器だから人間には使えないと思った?」

 誰かの言い回しを借りてみたが、滑った感がないでもない。

 これで彼女にも理解できたはずだ。

 レーヴァティンで傷つけられた傷は再生しない。神様であっても。

 だから、彼女は髪を再生することができない。

 髪を短く刈られた、この事実は神様として致命傷だ。


 神は髪を通じて、世界からの元素を受け取り力に変える。

 ソーラーパネルのようなものであり、従って髪が長ければ長いほど強大な力を得る。

 戦う前の彼女なら、それこそ世界を滅ぼせるほどの力を持っていた。

 しかし、力の源である髪を断たれた今はせいぜい、地獄神姫を滅ぼすほどの力しかない。

 

 彼女は神である。

 神としての力を用いて世界を滅ぼそうとして、この世界を守ろうとする僕と戦い敗北した。

 戦わず、あるいは敗北していたら世界は終わっていたのだから僕は間違っていない。

 にも関わらず、こみあげてくる罪悪感はなんなんだろう。


 彼女は号泣している。

 大切な人が死んでしまったかのように、人目をはばかることなく泣きじゃくっている。

 髪が長ければ長いほど強大な力が持てるが、それを割り引いても彼女が心から長い髪を愛していたということが痛いほど伝わる。どれほどの鈍感であったとしても理解できる。

「君は強い。本当に強い。でも、その強さにおごり過ぎた。どうして、まっさきに地獄神姫を攻撃目標に選んじゃったのかな」

 ただし、他の場所でも延焼時間が長くなるだけ程度の違いしかない。

 ここで、彼女が殺意を向けてくる。

「貴方はいったい何者ですの」

「僕はただの人間だよ」

「ただの人間!?」

 そりゃそうだ。

 神様がただの人間程度に負けるのだから笑い話にもならない。どこかのラグナロクで出場しても、簡単に一勝できそうな気がする。

 素直に白状する。

「僕は人間だけど、嫁さんたちが強いんだ。このレーヴァティンも僕の嫁さんだし」

 不意に彼女の顔がこわばる。未知なる恐怖の存在が目の前に現れたかのように。

「ようやく、気づいたね」

「いち、にぃ、さん……」

 僕と彼女がいるのは、僕の家。

 場所は地獄神姫市の沖合にある通称「要塞島」と呼ばれる島の一角であるが、この地一体は僕と僕の嫁たちの領土である。

「なぜ、ここにたくさんの神々がいるのです!!」

 彼女は強い。

 だけど、ここには彼女と同等かそれ以上の存在がいる。

 強さがあっても、同レベルで1人多数なら、どうしても物量で1人が負ける。

 誰かが言っていたわけではないけれど、戦いは数なのだ。

「貴方はいったい何者ですの」

 さっきと同じ質問であるが、恐怖が混ざっている。

「ただの人間だよ」

「神を使役できる奴のどこが、ただの人間なのかしら!!」

 そりゃそうだ。

 使役できる神なんて、そんなものは神ではない。使い魔だ。

 その神を、使い魔ライクで使役できる人間なんて、普通の人間ではない。

 ボクは何者なのだろう。この辺りは真剣に悩む。

「強いていうなら、運がいい人間か、それともとびきり運の悪い人間かな」

 会話の時間は終わりだ。

 余裕がないから、とっとと終わりにしなければいけない。

 背中に差しているレーヴァティンを地面に突き差すと、彼女に近寄る。

「な、なにをするのですか!!」

 その途中で指先を向けると、彼女は自動で膝をつく。

「君の自由を奪った」

 魔法としては初歩の初歩だが、今の彼女には容易に貫通する。

 これから起こる未来を見たのだろう。

 彼女の不揃いなショートヘアが、かわいそうなぐらいに揺れる。

「君は幸か不幸か神だ。敗北した神の末路は二つ、死ぬか人として生きるかだ」

 殺すのは簡単だ。レーヴァティンの一振りで消し飛ぶ。その方が後腐れがないのだから、そのほうがいいのかも知れない。

「殺してくださいまし!!」

 この後の地獄と恥辱を思えば、終わりにしたいと思うのも無理もない。

 理性では殺せといっている。

 世界さえも滅ぼす力を持った彼女は危険だから。

「死にたい気持ちも分からなくもないけれど、なんていうか、殺す気になれないんだよね」

 大切に伸ばしていた髪を切られて泣く、女の子を殺す気になれない。

 感傷なのだろうか。

 それでも、人は殺してはいけないという価値観で生きてきたから、ルールに背くようなことはできない、というのだろうか。

 今にして思えば、あの時に殺しておければよかったと思うことが山ほどある。

「このまま、見逃してくれるというわけではないのでしょう」

「うん。無理だね」

 髪を無残に刈られたとはいえ、それでも地獄神姫を軽く滅ぼす力がある。ぶっちゃ今だって、彼女はメルトダウン寸前の原子炉のようなものだ。見過ごすことはできない。

「貴方は罪を犯さなくて満足かも知れませんが、ちっぽけな優しさで、わたくしは死よりもおぞまして道に落とされるのですね」

 今にして思えば、殺しておけばよかったと思ったことが山ほどある。

 彼女の前に立つと、膝を下げて彼女の顔と合わせる。

 彼女はこれから奪われるものへの怒りと、待ち受ける恐怖がこもった目で睨みつける。

「仕方がないよ。よりによって神の巣窟に喧嘩を売っちまったんだから」

 彼女が威に任せて世界征服を狙う奴でよかった。

 性格が良くて、趣味が髪いぢりという善人を神だからという理由で、大事に大事に愛情を込めて伸ばしていたその髪を剃り落すことに比べれば、心置きなく彼女を坊主にすることができる。

 彼女の額の上にある髪を一つまみすると、そのまま根元から引きちぎる。一瞬の抵抗と悲鳴の後に音を立てて彼女の髪は抜け、光になって消える。

「やめてくださいまし!!」

 後には髪がなくなった頭皮が、作物を刈り取った後の畑のように残る。

 僕は彼女の髪を、雑草のように引き抜き続ける。

「わたくしの髪を引き抜かないでくださいまし」

 この時の彼女の悲鳴は聞きたくないものだった。

「後生です!! 引き抜かないでくださいまし。お願いしますわ。なんでもしますわ!! わたくしのかみを引き抜かないで、坊主にしないで、おとこにしないで」

 レイプしているようで非常に嫌な気分になるのだが、必要なことなので

心を無にして耐えるしかない。

 神として存在した存在が、この世界に存在する方法。

 それは神としての力を捨てて、人間として生きる。

 具体的にいえば、力の源である髪を全て剃り落して坊主になること。この状態であれば神といえど、人と程度の力を出せない。

 存在するだけで世界を滅ぼさずにすむ。

 それこそ雑草取りのつもりで、彼女の髪をむしり続ける。

 髪が引き抜かれた後には、血のにじんだ頭皮が残り、空白が瞬く間に浸食していく。

 そして、彼女は女とはいえない姿に変わっていく。

「……おねがいが…ありますわ…」

「止める気はないよ」

「…わたくしは…いま、どのようなスガタにされているのでして?…」

 過程が進み過ぎて放置するぐらいなら、完全に坊主にしたほうがいいとはいえ、それだけでは済まない嫌な予感がした。

 彼女の視線の先に、魔力を使って空間に鏡を作る。

「……みじめで醜い姿に変わり果てましたのですね」

 涙が零れ落ちる。

 戦いの前、海を埋め突くほどに伸ばしたピンクの色の髪は無残に刈り払われ、耳から下、項にかけての狭い範囲にまばらにしか残されていない。もはや、女には見えず、髪を抜き取ったところから血がほとばしって幽鬼のように見える。

 美しさなんて、どこにもない。

「もう、髪は生えないのですのね」

「ああ、生えない」

 僕が抜き取った髪は二度と生えることはなく、半永久的にハゲとして生きることを余儀なくされる。髪をあれほど深く愛していた彼女だから、罰というには余りにも過酷すぎる。

「…すまない」

「謝るぐらいなら、坊主にしないでくださいまし」

 そりゃそうだ。

「……きもちいいのですわ」

 はい?

 そこで僕は気づく。

 鏡の中の彼女が涙を流しつつも笑っていることに。

 吐息が全力疾走した仔犬のように荒く、甘いものが空間に飛散している。 

「イキって敗れて、愛していた髪さえも刈られて、見るもミジメで醜い姿を晒している。おかしいですわね。尊厳も誇りも破壊され、女でも男でもない愉快な姿に変えられているというのに、きもちいいんですの。滑稽でおかしくてあさましいのに、なぜだか愛おしくてたまらないの。すきですきでたまらないの。この姿を全世界にさらしたいの。人々のあざけり笑う姿が……とても、とても気持ちいいんですの。大切に大切に大切に大切に大切にとてもとてもとても愛していた髪がなくなるというのに、その痛みが心地いいのですの。喪失したというのに、奪われていたというのに、踏みにじられるというに、すっごくすっごく気持ちいいですわ!!」

 …ちょっとだけ、泣きたくなった。

「貴方、いったいなにをしたのかしら」

「呪いをかけた」

 好きで彼女の髪を引き抜いているわけではない。

「一つは君の力を剥奪して僕の物にする作業。だから、君は神には戻れずハゲた哀れな女として生きるしかない。ただ、それだけと余りにもかわいそうすぎるから、面白くした」

 僕が、彼女の髪が生えることがない荒れた頭皮を軽く撫でただけで、彼女は甘く叫んだ。

「貴方は、わたくしよりも比べ物にならないほどの鬼畜ですわね」

 彼女は僕を睨みつける。怒りがこもっているのは確かだが、それ以上に何を求めている。恋焦がれているといってもいい。

 下半身が濡れ始めていることには、気づかないふりをする。

「わたくしは貴方が憎いですわ。とっても大事に、愛していた髪を奪い、わたくしを男性に変成せしめた外道。なのに、身体はあなたを求めている。あなたの温もりを求めている。遺された髪でさえ、あなたに奪われてほしいと思いますの、悔しい……でも、そのくやしささえ心地よいのがとても悔しいのですわ!!」

 髪を奪われた怒りからの保身のために、トラップをしかけた。

 要は、僕に頭を剃られたり、撫でられたりするだけで彼女は"気持ちよく"なる。どんな麻薬よりもセックスでさえも、僕の手に非常に"感じやすい"身体になった。例えはいくらでも説明できるだけど、卑猥な方向に行ってしまうので説明できない。本当、世の中はせちがらい。壊したくなるほどに。

 特に彼女には強めに掛けた結果、痛めつければ痛めつけるほど悦びを感じる体質になってしまったようである。

 ほんと、自業自得だ。

「すまない」

「自分が救われたいだけの謝罪なんて、反吐が出ますわ」

 まったくもって、その通りである。

「謝られたら、わたくしがミジメになります。貴方はわたくしに勝った。わたくしは貴方なしでは生きられない身体になってしまった。間違いはないのでして」

 痛みをこらえるのはできるが、快楽には耐えられない。

 特に被虐に敏感になっている彼女は、僕なしでは生きられないだろう。

「笑ってください」

 なんだろう。

 違和感がする。

「女を失い、かといって男でもない、珍妙で奇妙でみじめでみにくいわたくしをお笑いくださいまし。人というのは上下を作り、下等にいる人を笑うことで安息を得るのでしょう。笑ってやってくださいまし。嘲笑してください。それでわたくしは幸せになるのですの。きぶあんどていく? というものですわ」

 やっと気づいた。

「なぜ、笑わないのですか」

「笑えないよ」

 今の彼女はなぜか優しい。

「だって、今の君はとってもかわいいから」

「バカにしているのですの!! 情けをかけているのでしたら、それこそ屈辱ですわ!!」

「バカにしているつもりもないし、情けをかけているつもりもない」

「今のわたくしが可愛いと本気でおっしゃっているのですか!! 女を失ったみじめで滑稽なわたくしを」

 彼女がいうように、普通は滑稽に見える。

 首から下は美少女なのに、その頭を彩る髪はなく、項に雑草のようなものがポツンポツンと僅かに生えているのが、余計にみすぼらしさを醸し出している。

「本当にかわいいよ」

「その理由をお聞かせくださいまし」



「…主様は初めて会った時とは変わらずに鬼畜な方ですわね」

 メダの声に嗚咽が混じっていた。

「夢を見せたあとに地獄に突き落とすなんて、わたくしよりもいい趣味の持ち主ではありませんか」

 メダの髪は二度と生えない。だが、裏技がある。

 それは僕が望むのなら、瞬時に生やせるということ。

 僕の前にある、鏡には一人の少女が写っている。

 桜色の髪を胸下いっぱいにまで伸ばした、桜よりも妖艶で可憐な少女。

 メダの頭もウェーブのかかった髪に覆われ、巨大な胸さえも覆いつくしていた。

 その、エメラルド色の瞳からは涙が溢れ出していた。

「なぜ、このようなお戯れを」

「…なんていうか、メダの笑顔を見たくて」

「主様は善行を施しているつもりでしょうけど、わたくしからすれば嫌がらせ以外のなにものでもありませんわ」

「ヴァイオラとメイビスでは、できないよ」

 メダの髪が伸びたことで警戒レベルが上昇している。原発が複数同時に臨界を迎えているようなもので、僕が力を入れて必死なって暴走を止めているところである。だから、いくら伸ばしてもすぐにメダの髪を剃り落さなければならない。長い髪を心から愛している僕の嫁たちからすれば、とても残酷なことで、嫁によってはできない子がいる。

「でも、メダは剃られるのも大好きでしょ」

「わたくしのことを理解していますわね」

 メダは大切にしている髪を剃り落されることにも悦びを覚えているので、こういった地獄に突き落とすような真似もできる。

「そろそろヤバいから、始めるぞ」

「せっかくの髪だというのに、もったいないですわね。それだからこそ、むごたらしく、みじめにわたくしの髪を刈ってくださいまし」

 口調の割には、楽しそうに聞こえる。

 実際、楽しいのだろう。

 美しさが無残に散らされ、みすぼらしくなって破滅するのを心より楽しんでいる。

 会話を終わりにしようとした矢先、唇がそっと押し付けられる。

 かすかな呟きが洩れた。

「愛してますわ」

「…会ってから、ひどいことしか言ってないんだけど」 

「それだからこそ、ですわ」


 メダは笑った。

「わたくしを、滅茶苦茶にしてくださいまし。主様」




ぶっ飛んでいる話ですが、

最後は穏当な方向に着地したのが、我ながら都合よすぎるというか。


まあ、そういうものかと。

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