メモ書き1:にむの話その1
自然と起床する時間になったので、目が自然に覚めてしまった。
休日なので、いくらでも眠れるはずだから寝ていただけで一日が終わっていたという日々が味わいたいにも関わらず、休みだからこそ早く起きてしまう矛盾には頭が痛くなる。
休憩時間である夜間に休めないからこそ、余計に日中に疲れを覚えてしまうのだけど、眠れないのだから仕方がない。
どうにかして夜間に寝る算段をし始めたが、至近で赤ん坊のような寝息がしていることに気づいて全身が死後硬直した。
いや、死んでいるわけではないのだが。
石より硬くなった筋肉を無理やり動かして、ベッドを見る。
カーテンから洩れる朝日が差す自室、見た目は豊満な美女だけど中身は幼女ではなく、秒単位で剃刀を当てられて徹底的に剃り上げられた、まるで宝石のような坊主頭の子がいることに胸を撫で下ろす。
……これが、しーふぁだったら部屋を埋め尽くすほどに髪が伸びていただけでなく、その後の処理がとても面倒なことになっていた。
最悪の事態は避けられたとはいえ、かといって悪い状況ではないということはない。
年齢は10歳以下。
彼女は女の子には見えない。
女の子の命である髪を徹底的に剃り落し、薬品で毛根を溶かしたかのように髪の気配が欠片もない、僅かに蒼い頭皮を晒している姿は男の子にしか見えない。太い眉と膨らむ気配がない薄い胸がその印象を加速させる。
でも、この子はれっきとした女の子であることを知っている。
笑うしかない。
ボクの隣をほとんど裸な幼女が眠っている。他人に見られれば、僕は社会的信用というものを虐殺されるが幸か不幸か、ここに住んでいるのは身内だけ。
起こすか、それとも黙ってこの場を立ち去るか。
そこで気づく。
彼女の口元が僅かに歪んだのを。
「おい」
彼女の髪の無い頭皮、額から上の部分に手を当てると、彼女は砂糖のような甘い叫びを漏らす。
「寝たフリするな。とっとと起きろ」
力を入れて、瑞々しい彼女の頭皮をマッサージするかのように力を入れて動かすと、彼女は耐えられなくて甘い叫びを上げながら起きた。
「なにすんのさ!! このヘンタイ!!」
変態といわれてもしかたがなく、否定する気もさらさらない。
言葉は色々とあるが、下手に反論しようとすると余計に事態が複雑になる。
答える代わりに、彼女の背中に手を回し、一気に引き寄せてから彼女の口に僕の唇を近づけた。
彼女の唇は……甘い。
「こ、ここここここここのドヘンタイ!!」
彼女は、顔を真っ赤にして怒りだす。
「ボクはオトコだぞ。オトコをベッドに連れてこんであーんなことやこーんなことをしてめちゃくちゃにした。ハゲをめちゃくちゃにするなんて、おじさんってホモホモ、超特大のホモ、どうしようもないヘンタイ!!」
彼女に尻尾があれば、扇風機のように全開で回っているのだろうか。
「おじさんのために、わざわざち〇こを捨てちゃうキミもヘンタイじゃないかな」
「ふざけんなっっ!! 誰がどヘンタイのためにち〇こを捨てるか!! ボクのち〇こを切って食べたのおじさんじゃないか!!」
言うまでもないが、彼女の言葉に真実味はあまりない。
罵倒がぜんぜん響かないのは怒ったふりでゴマかそうとしているのがバレバレ、頭への愛撫やキスで悦んでいるのが全然隠せていない。
頭全体をほんのりと桜色に染めて、尖る口も、海のように蒼い瞳も悦びに震えているその様はメ……じゃなくて女の子だった。むしろ、下手に髪があるよりも女の子女の子していると感じられた。
むしろ、彼女に釣られるようにして僕の下半身も元気が出てくるから困る。
彼女と相対していると取り返しのつかない事になる、いや、既に取返しのつかない関係になっているのだが、今やることではないので、この場からの脱走を考えると、意外なのか分からない言葉が飛んできた。
「目を閉じて頂けますか?」
流石に事態の暴走はまずいと彼女も思ったのだろう。
逆らう理由も特にないので、言われた通りに目を閉じた。
なにやら物音がして、それから数分後。
「開けてもいいですよ」
目を開けると、そこには美幼女がいた。
黒とピンクでメッシュになっている髪を膝まで伸ばした、その姿は控えめに言って天使だった。
無邪気で天真爛漫、明るくて優しさも兼ね揃えた至高の存在。
いつもの事とはいえ、この落差には慣れていない。むしろ、慣れないほしいと願うばかりである。慣れてしまえば幸せと感じられないから。
その美幼女は言う。
「おはようございますっ。旦那様」
「おはよう、にむ」
「呼吸が荒いようですが大丈夫ですか? 具合が悪いの?」
わかってて言ってるくせに。
「やめてください」
僕が手を伸ばしてきたので、彼女がやんわりと静止する。
「盗ったら、ニムちゃんが起きてしまいます。面倒なことは旦那様もお嫌いでしょ」
その代わり、にむも手を回すと僕の口元に自分の唇も合わせてきた。
唇と唇が接触する時間が長かった。
ようやく、唇が離れると僕とにむの唇の間に唾液のブリッジが出来て、千切れては虚空に消えた。
「収集する気はある?」
「ニムちゃんと同じように可愛がられたいだけです。さっきからにむのソーセージがいきり立っていて、沈めるのに苦労しているのです」
この歳にして、既に色気だっているのは嫌だけれど僕にも責任があるので耐えるしかない。
「そんなものないだろ」
実際、にむにそんなものはない。
けれど、にむはあそこを見つめる。
まさぐる。
そして、叫ぶ。
「ない!! にむのそーせーじがない」
元からそんなものはない。
わざとらしく絶望するにむであったが、次の瞬間にはあっさりと態度を変える。
「忘れてました。にむのそーせーじは旦那様に捧げたのです☆」
「ふさげんな」
にむの髪を掴むと、力を入れて引っ張った。
一瞬の抵抗の後ににむの髪は離れ、丁寧に剃り上げたような髪のない頭が露わにされる。
美幼女が一瞬にして、男の子に変わる。
玉のように形のいい頭。
にむ、いやニムは何が起こったのか分からなかった。状態に気づくと収集がつかなくなるので、気づく前に慌ててウィッグを被せた。
「…ひどいです。ご主人様」
被らせたウィッグを、ズラと分からないように修正しながらにむが文句を言う。
「ひどいのはにむ。ソーセージをくれなんて言ったことはないぞ」
「欲しい、とご主人様の心の声を聞きましたので」
「勝手に捏造するな」
「昨日はお楽しみでしたね」
「……なんの話だ」
やっぱり、燃やす気まんまんだ。
「自分に嫉妬してどうするんだよ」
長い髪のウィッグ被った子、にむ。
ウィッグを外したら坊主頭でしたクソガキ、ニム。
2人とも同一である。だから、自分で自分を嫉妬するなんて滑稽でしかないが、にむは大真面目だった。
「ニムを可愛いと仰るのは嬉しいのですが、にむがもっと可愛いです。にむをもっともっと可愛がってください」
にむは髪を一房取り上げると、指先に絡ませる。
「ウィッグの長さも短いです。もっと長いのください」
膝下まであるのだから世間では超ロングの部類に入るのだが、家は髪の長さがインフレしていて腰まではショート。膝越えでもセミロング。身長越えでロングになるのはおかしい。
「充分に長いんだけどなあ」
「足りません」
なぜかジト目になる。
「…ヴァイオラさんがうらやましいです」
「あれ、無茶苦茶長いぞ」
「幸せです」
問答無用だった。
ヴィイオラがいつも付けているカツラ。それこそ縫い付けでも溶接でもなんでもいいから一体化したいと主張しているカツラは身長を優に越えて、プールの長ささえ越えてくるほどにある。ウィッグだから自宅用、外出用で付け替えることができるのだが、彼女はウィッグ一つで押し通してくるのだから、髪を洗うのや梳かすのや、外出用に編んだり逆にほどいたりするのが大変だ。
「大変ではないのか?」
断言する。25mプールよりも長く髪を伸ばして楽なわけがない。そうしてきたにむを尊敬はするのだか、にむは簡単に答えた。
「ロングヘアが大好きですから」
それこそ澄み切った大空のように、晴れやかでゆるぎない笑顔で。
僕の周りにいる子たちはみんなロングヘアが好きだ。
それこそ地面に届いて余りある、エベレストさえも覆い隠せるほどに長い髪が大好きだ。
「洗ったり編んだりほどいたりするの大変だろ」
「当然です。それに旦那様がやってくださるのですから」
笑顔でとんでもないことを抜かしてくる。
「僕がやるの?」
「やってくださらないのですか?」
お年玉をドブに落としたように落ち込んでくるのだから卑怯だ。演技が少しはあるけれど、本気なのがとても大変だ。
「全部はできないかも知れないけどね」
「ありがとうございますっっっ!!」
だから、1億円でも貰えたように喜ぶな。
「股座がいきり立ちます」
何処でそんな言葉を覚えた。
「にむは女の子でしょうが」
「女の子? にむは男の子ですよ。見ます?」
「見ない」
「では、触ってください」
触った。
その途端に、にむは顔を赤らめる。どう見ても野郎が出せる表情ではない。
「ひどいです」
「何がひどい? 言われた通りに触ったぞ」
「触る場所が違います」
僕が触っている場所はにむの股間、ではなく頭。
本物ではなくフェイクだけど、柔らかさが心地よく撫でるとにむの顔に宿った赤みが増していく。
「ほら、にむは女の子だ」
「違います。にむは…」
マッサージでもするかのように力を入れると、にむは甘い絶叫を上げる。
「…ずるいです……にむは、旦那様のために男になったのですよ」
「勝手に僕をホモにするな」
「だって、髪がない女の子は女の……」
今度は口づけで、にむの唇を増やす。
我ながら安直だと思うが、これはこれでいい。
髪は女の命だという。
確かに、髪のある無しで見た目の印象が大きく違う。髪を徹底的に剃り落した坊主頭の子を女の子として見るのは難しい。
でも、だからといって性転換手術したというわけではないのだから、女の子は女の子だ。これだけは絶対に変わらない。
「にむは男の子です。ソーセージを旦那様に食べられてしまったからといっても男の子です。その事実は絶対に変わりません」
首から下は女の子の身体のままだというのに、にむはそう言い放つ。
何度、言葉を費やしてもにむの気持ちは変わらない。
しょうがないか。
髪がない女は、男になってしまう価値観を本人が信じているのだから、何もいえない。
にむは距離を置くと、偽物の髪を掴んで一気に引きはがす。
少女は一瞬で男の子になる。
黒とピンクのカールのかかった膝までの髪から、一気に髪というものがまったくない坊主頭の子女の子として見るのは難しい。
「残念でしたー。ボクは野郎なんだ。ハゲに欲情するなんてヘンタイだね。おじさん」
「おじさんって呼ばれるのはどうかという気がするけど」
反論される前に、にむの小さい身体を抱きしめる。
「そのヘンタイのおじさんに欲情しているにむも変態だ」
火球のように熱く火照った頭も、激しく迸る吐息も、オーバーレブで回り続ける心臓は紛れもなく女の子。
「ボクもヘンタイだよ。みっともない男の子なのに女の子の服を着て、ヘンタイのおじさんに欲情しているヘンタイだよ」
にむの呟きがシャボン玉のように宙に溶けて消える。
「にむを、あいして」