【第6話】それぞれの能力
元の世界の生活とはかけ離れた、まるでサバイバルのような生活を始めて、もうすぐ1週間。
3人は、もはや自分たちが異世界に来ているということなど、とうに忘れ、充実した生活を送っていたが、そんな3人に、とある困難が立ちはだかる。
それは、いつものように焚き火を起こし、夕食を摂ろうとする時のことだった。
チックが袋を漁りながら、ポロッと口に零す。
「あ……もうすぐ食料がなくなるな」
そう。まさか、こんな生活を送ることになるとは思っておらず、チックはそこまで多くの食料を、市場で買っていなかったのだ。
バーナの能力でバナナを出していれば、空腹を満たすことは出来る。
確かにバナナは栄養価も高く、素晴らしい食べ物であることには変わりないのだが、流石に毎食バナナでは、食生活が偏り、健康的な生活を送れない可能性がある。
そこで、ヴィルが口を開く。
「ってなると、そろそろ狩りをする必要があるな」
その言葉を聞いたチックがヴィルに対して問う。
「狩り……って言ったって、何を狩るんだ?」
ヴィルは、普通に豚や牛を狩る予定でいたのだが、チックが続けて話す。
「俺が行った肉屋に、元の世界で売ってたような肉はなかったぞ。なんか見たことねえ肉ばっかり売ってたぜ」
そう、この世界には、元の世界とは違って、豚や牛などの動物がいるわけがない。そもそもこっちの世界の人間は、ニワトリすら知らなかったのだ。
するとチックが、思い出したかのように話し出す。
「そういえば、ここの空き地に来るまでの間に、なんか変な生き物が、森の中を歩いてるのを見たぜ」
それを聞いたヴィルとバーナは驚いた顔をしながら、チックに聞き返す。
「嘘だろ……俺は何も見えなかったけどなぁ」
「私も、何も気配はしなかったけど……」
そしてヴィルは、チックの言っていた、肉屋には見たことのない肉が並んでたという発言と、さっき変な生き物を見たという発言を重ね合わせ、ある結論に辿り着く。
「もし、チックが変な生き物を見たっていう発言が本当なら、おそらくこの世界では、森にいるようなそういう変な生き物を食べるのが普通なんだろう」
後に分かることとなるが、この時チックが見たと言っていた生物や、肉屋に売っていたよく分からない肉、それは、元の世界のような、動物ではなく、この世界のいたるところに住み着いている、魔物というものなのである。
魔物は、この世界には、ごまんと生息している。その魔物にもランク分けがされており、一番上のランクでS。一番下のランクでCである。
結局は、狩りをしなければ、これから食いつないでいくことは出来ない。
また、元の世界にいたような動物がおらず、よく分からない魔物が、そこら中に住み着いている。
その事実が、3人に、異世界に連れて来させられたことを思い出させる。
「まあ、明日のことは明日考えて、今日はもう寝ようぜ!」
明日の悩みは明日考える。チックは、そういう性格のため、それだけ言うと、ベッドに向かって行き、大きな鼾をかきながら眠ってしまった。
バーナも、眠る前に色々考えたくないと言って、ベッドに向かっていく。
しかし、ヴィルは明日以降どうするかをずっと考えていた。
狩りをするにも、どんな魔物がいるのか分からない。そもそも美味いのか、食べても身体に影響はないのか、万が一戦闘になったら勝てるのか……。
そんなことを考えながら、ヴィルは、ぼーっとただ目の前にある火を眺めていた。
その火はだんだんと小さくなっていく。
火が消え、細々とした煙が空へと昇っていく。
その瞬間、ヴィルの座っている方向に風が吹き、煙がヴィルの顔の方へと飛んでいく。
その煙を、ヴィルは咄嗟に、手で払う。
“ヴゥン”
ヴィルが煙を払い、目を開けた瞬間……なんと目の前に、小さな画面のようなものが出てきたのだ。
「うおっ!」
ヴィルはそれに驚き、後ろの方へと離れると、その画面は消えた。
「なんだったんだ? 今の。」
その画面は一瞬しか見えなかったが、何かが色々と書いてあるように見えた。
ヴィルは、好奇心から、もう一度その画面を見たいと思い、先ほどの出来事を思い返す。
ヴィルが、自分の方に飛んできた煙を振り払った時に、目の前に画面が出てきたのだ。
ヴィルは、先ほどと同じように、自分の前に手を出して振ってみるが、今度は画面が出てこない。
ヴィルは、何度も何度も試す。
その様子は、まるで誰もいないはずの暗い森で、誰かに手を振っている変人である。
そして、ヴィルが、心の中で“さっきの画面出ろ!”と言いながら、手を前に伸ばす。
“ヴゥン”
すると、なんとヴィルの前にまたしても画面が出てきたのだ。
ヴィルは、その画面をじっと見る。
そこには、名前、能力、スキルと、それらの説明が載っており、その画面は、自身のステータスを表示するのであると、ヴィルは理解した。
ヴィルは、自分のステータスを見るが、自身の能力の欄を見て驚く。
「え……嘘だろ……俺の能力……」
その時のヴィルの瞳は、明るい緑色に輝いていた。
そして、ヴィルは自身の能力やスキルの説明を読むと、家のベッドには行かず、森の中へと消えていった。
〜翌朝〜
朝の6時。チックとバーナは、気持ちよく朝を迎え、重い瞼を擦る。
「おう、バーナ。お前もちょうど起きたのか」
バーナは少し眠そうに、チックに返事をする。
「おはよう。もうこの時間に起きるのも慣れてきた」
そして、チックがヴィルの方へ顔を向け声をかける。
「おいヴィルまだ寝てんの……か……」
しかし、ベッドの上に、ヴィルの姿はなかった。
チックは、いつもいるはずのヴィルが、今日はいないことに、少し慌てた様子で家の中をキョロキョロと見回す。
それを静止するかのように、バーナは冷静な口調で話す。
「朝の散歩にでも行ってるんじゃない?」
なんだそうか、とチックはバーナの言葉に納得し、2人で外へ向かう。
そして、話しながら外に出てくる2人が、ふと前に目を向けると……なんとそこには、地面に倒れ込むヴィルの姿があったのだ。
まさかの事態に、2人は慌ててヴィルの元へ駆け寄る。
心配するチックは、ヴィルに向かって大声で喚き散らす。
「おぉぉおおい!! ヴィル!!! 目を覚ましてくれよぉお!!」
ヴィルは生きているのか。
チックが声をかけても起きる気配がないため、2人はそんなことを考えてしまう。
しかし、バーナはあることに気がつく。
チックが抱えるヴィルの胸の辺りを見ると、ヴィルは、呼吸をしていたのだ。
それに気づいたバーナは、心配するチックに声をかけようとするが、それよりも早く、チックは腕を振り上げ、“バチン”とヴィルの頬をビンタしたのだ。
「痛っってぇえ!!」
チックは軽くビンタしたつもりだったが、ヴィルにとっては首がもげるほどの威力であった。
そんなことよりも、ヴィルが生きていたことに安心し、チックはポロポロと涙を流す。
「全く、心配かけやがって! 死んだかと思ったじゃねえか!」
するとバーナが、ヴィルに対して、なぜこんなところで倒れていたのかを問う。
「ああ……俺、ここで寝ちまってたのか」
ヴィルは、倒れていたのではなく、ただ寝ていただけだったという。
ヴィルは急に起き上がると、何かを確認するため、慌てた様子で手を前に出す。
すると、ヴィルのステータスを表示する画面のようなものが、やはりヴィルの目の前に出てきた。
「お……やっぱり夢じゃなかったか……」
それを見たチックとバーナは、目を丸く見開き、驚愕する。
「えぇぇぇえええ!? なんだそれ!?」
「えぇぇぇえええ!? 何それ!?」
まあ、急に目の前に変な画面が出てきたら、流石に驚くだろう。
ヴィルは、昨日の夜の出来事をすべてチックとバーナに告げ、ステータスの出し方を教える。
2人も、ヴィルと同じように手を前に出すと、2人のステータスを表示した画面が出てきた。
チックは鼻息を荒らげながら叫ぶ。
「うおぉぉおお! すげえ! なんだこれ!」
興奮する2人に、ヴィルは冷静な口調で話す。
「2人とも……能力の欄を見てくれ」
ヴィルに言われるがまま、2人は自身の能力欄を見てみる。
すると2人の顔は、昨日のヴィルと同様、驚きと困惑が入り交じったような表情へと変わる。
「ん? おい……これ、どういうことだ?」
「だって……ルルさんは……」
その時の、3人の画面には、なんとこう表示されていたのだ。
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〜ステータス表示〜
名前:ヴィル・アース(転移者)
能力:<ウイルス>、<翠眼>
スキル:『Virus Strike』
『Virus Shot』
名前:チック・エン(転移者)
能力:<ニワトリ>、<筋肉>
スキル:『威圧』
名前:バーナ・アーン(転移者)
能力:<バナナ>、<生命>
スキル:『バナナウォール』
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なんと、3人の能力欄には、能力が2つ書いてあったのだ。
実は、この世界で、能力2つ持ちの人間というのは、とても珍しく、この3人を含めても、世界に10人程度しかいない。
その特性を持つのは、転移者のみであり、しかも、転移者を大量に召喚した際に起こる、異常発現なのである。
そんなことを、この時の3人は知る由もなかったが、能力が2つあることは、ルルに能力鑑定をしてもらった時には言われていなかったので、3人は、能力が2つあることに驚いたのである。
そして、それぞれが、能力やスキルの詳細を表示する。
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〜能力詳細〜
<ウイルス>
能力の保有者は、あらゆるウイルスをも操ることが出来る。ウイルスが全身を構成し、動物、植物を貫通する。浮遊可能。
<翠眼>
能力の保有者は、目で見たものの本質を捉える。
<ニワトリ>
動物【ニワトリ】の能力が能力の保有者に付加される。
<筋肉>
能力の保有者は、筋肉の増加速度が上昇。最大筋肉量なし。筋肉量の低下無効。筋肉の大きさの調整可能。筋肉痛無効。
<バナナ>
能力の保有者は、手からバナナを生成することができる。スキルで様々な応用が可能。
<生命>
能力の保有者は、手で触れた、形の存在する物に魂を吹き込ませることが可能。スキルで様々な応用が可能。
〜スキル詳細〜
『Virus Strike』
触れたものにウイルスを感染させ、腐らせることができる。威力の調整可能。
『Virus Shot』
ウイルスを凝縮し、威力の高い小さなウイルスを、銃のように発射することが出来る。
『威圧』
相手を威圧する。威圧されたものは緊張状態となる。(相手によってその威力は変動する。)
『バナナウォール』
手から生成したバナナを地面に置くと、バナナが地面に潜り、直後に大きな茎が生え、壁となる。
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それぞれの能力、スキルを確認したところで、チックがヴィルに問う。
「なあヴィル、なんで俺とバーナのスキルは1つなのに、お前は2つあるんだ?」
ヴィルは、昨日の夜に、ステータスを表示できることを見つけた後のことを2人に話す。
ヴィルがあの時、森の奥に入っていったのは、自身の能力を試すためであった。
2人は寝ていて、近くで試していたら、2人を起こしてしまうかもしれない。そういうことで森の奥へと入っていったのだと言う。
ヴィルが、スキル『Virus Strike』を発動し、手にウイルスを纏わせた状態で、木を触ってみると、ヴィルの手が木の中を貫通し、その木はみるみるうちに腐っていったそうだ。
しかし、スキルは1つしかないのだろうか。それに疑問を持ったヴィルは、能力<翠眼>で手に纏うウイルスを見ると、ヴィルの視界には様々な文字が出てきて、色々な応用が可能であることが分かった。
早速ヴィルは、色々なスキルを作ろうとするのだが、スキルを応用して新たなスキルを作る。そう頭では理解していても、実行するとなると、これがなかなかに難しい。
そこでヴィルは、その中でも比較的簡単な『Virus Shot』を作ることに決めた。
手に纏うウイルスをできるだけ凝縮し、銃のように勢いよく発射する。
簡単なように見えて、これもなかなか難しいのだ。
試行錯誤すること数時間。
ヴィルは、ようやくスキル『Virus Shot』を完成させることに成功した。
スキルを更に洗練させれば、更に強いスキルになるが、初めてにしては悪くないと、ヴィルは喜ぶのであった。
気がつけば朝日が顔を出し始めていた。スキルを開発している間は、アドレナリンが出ていたのか、全く眠気を感じなかったが、スキルが完成した途端、ヴィルをとんでもない睡魔が襲った。
しかし、こんなところで寝ては、得体の知れない何かに攻撃をされてしまうかもしれないし、なにせ、あの2人が、心配してしまう。
そう思ったヴィルは、襲い来る眠気に耐えながら、フラフラと家へと戻る。しかし、家が見えたところで安心したヴィルは、もう限界に達してしまい、そのまま外で眠ってしまったという。
そこまで話し終えると、ヴィルは眠そうにしながら家のベッドに向かい歩いていく。
そんなヴィルに、チックが声をかける。
「おいヴィル! 寝るのか!?」
ヴィルは何も言わず、手を振った。
チックは腕を組んで、鼻で笑いながら言う。
「ふんっ。全く……困ったやつだぜ(笑)」
すると、バーナがチックに、ある提案をしてきた。
「ねえチック、せっかくヴィルがこれ教えてくれたし、私たちも能力とかスキルとかについて色々やらない?」
その提案を受けたチックは、微笑みながら頷く。
「おお! いいな! あいつが起きるまでの間、俺らも鍛えておくか!」
チックはそう言うと、その場で、ものすごいスピードで腕立てをし始めた。
腕立てをするチックを見て、バーナが少し小馬鹿にするような口調で言う。
「それじゃあ元の世界とやってたこと変わらないじゃん(笑)」
その言葉が気に触ったのか、チックは少し怒りながらバーナに言い返す。
「なんだと!? それじゃあ、こっちの世界でしか出来ないことやってやるよ!」
そう言うと、チックは、近くにある木を掴み、思い切り上に引っ張る。
すると、“ブチブチブチ”と、木の根がちぎれる音がし、なんとチックは、その木を抜いてしまったのだ。
そして、それをバーナの元に持っていって、乱雑に地面に“ドーン”と置くと、家の方から、以前、木を切って適当に作った、木のベンチを持ち出してきた。
ベンチに体を乗せ、その丸太を両手で上に持ち上げると、チックはなんと、その丸太でベンチプレスを始めたのだ。
その様子を見て、バーナは口をポカーンと開ける。
そんなバーナに、チックが自信満々な様子で口を開く。
「どうだ!? これが異世界筋トレだぜ!」
自慢げに視線を向けてくるチックを見て、バーナは心の中で思う。
「(そういうことじゃないんだよなぁ。スキルとかを増やしていこうって意味だったんだけどなぁ)」
少し心がモヤモヤしたが、チックの能力が<筋肉>であったことを思い出し、まあ好きなようにやらせれば良いか、とバーナはくすっと笑い、自分も何かスキルを作ろうと、チックから少し離れたところで、スキルの試行錯誤を、始めるのであった。