【第4話】市場
数分の間、町を小走りしていると、人が多く集まる賑やかな市場を見つけた。
市場を見回すと、様々な人間がいるのがわかる。 仕事を終え、仲間数人で集まって酒を飲む者達。親子で夕飯の買い物をしに来る者達。食べ物を片手に、市場を駆け巡る子供達。
また、人間だけでなく、市場にも様々なお店がある。
見たこともないような食べ物を販売している屋台、魔法書などを売っている本屋、冒険者の憩いの場である酒屋、など様々な店が並んでいた。
本来なら、こういう場でゆっくりと商品を選んで買い物を楽しむのであろうが、あいにく3人には時間がない。
入国証をもっているから、他の王国で買うのもありだが、歩いて数十分で行けるほど、王国間の距離は短くない。
今日はもう夕方、日も暮れそうな時間であり、今夜は野宿をすることがほぼ確定している。
つまり、ある程度の食料はこの市場で確保しておかないと、3人は飢え死にしてしまうのである。
3人は手分けをして、各々生活に必要そうなものを買うことにした。
ヴィルは、鍋やフライパン、皿やフォークなどの生活用品担当。
チックは、食材担当。
辺りを見回してみると、元の世界では見たこともない食べ物ばかりで、チックに任せて大丈夫かという心配があるが、チックは、元の世界で食については詳しい方だったので、おそらく大丈夫だろう。
バーナは、紙やペン、ランプなどの小物担当、で決定した。
今3人がいる、市場の入口、ここを集合場所として決定し、それぞれが、買い物に行こうとした時、ヴィルがチックを呼び止める。
「おいチック、お前、肉とか魚とか、冷蔵庫がないと保存できないような食料ばかり買うなよ?」
それにチックは首を傾け、驚いた様子でヴィルに問いかける。
「え!? なんでだ!? 肉と魚はタンパク質が豊富に取れるから、筋肉を大きくするのに重要なんだよ!」
チックは、筋トレが趣味であることもあり、タンパク質多めの食料ばかり買うのではないかと心配になって呼び止めたのである。
ヴィルは、チックが行ってしまう前に呼び止めておいて良かったと、心の中で安堵する。
そして、ヴィルがチックに警告する。
「いいか? 別に買うなとは言ってねえんだ。ただ、他の王国への入国までに時間がかかる場合もあるかもしれねえから、比較的日持ちする缶詰とか、パスタとか、調味料とか、その辺を買っておいてくれよ?」
それを聞いたチックは納得したようだが、その瞬間、先ほどまで明るかったチックの表情が、暗いものへと変わっていった。
「分かったぜ……お前らに迷惑はかけられねえからな、言う通りにするぜ。じゃ、じゃあな……」
チックはそう言うと、とぼとぼと市場に歩いていった。
ヴィルには少し不安が残ったが、元の世界でも自分の指示をよく聞いていてくれたことなどを思い出し、チックに任せることにした。
そこから、ヴィルとバーナも急いで買い物へと向かうのであった。
〜ヴィル〜
元の世界では、ずっと椅子に座って外にも出ず、パソコンを触っている人生だったから、外に出て買い物をするのが、ヴィルにとってはとても久しぶりのことだった。
酒を交わす冒険者の笑い声、走り回る子供たちの声、焼きたてのパンの香り、その全てがヴィルにとって新鮮で、その雰囲気に、少しワクワクしていた。
生活用品を売っている店は、3人が別れた場所からは少し離れたところに建っていた。
ヴィルは、その店に入るなり、鍋やフライパン、フォーク、おたまなどの調理器具等、シャンプーや、石鹸、洗剤のようなその他の生活用品を袋に詰める。
そして、それらを店主の元へ持っていき、会計をする。
店主は、背の高い、少し太った40代くらいのおばさんであった。声はダミ声で、すこし威圧感があるが、とても気前の良いおばさんだった。
「は〜い! 金貨5枚ね〜!」
生活用品は意外と高いのだなぁとヴィルは感じつつも、ルルから貰った金貨の入った小袋から、金貨5枚を、おばさん店主に差し出そうとする。
その時だった……。
“バサッ”
ヴィルの後ろに並んでいた、髪がボサボサで茶髪の、やせ細った男が、ヴィルが支払おうとした金貨5枚を盗り、そのまま逃走したのだ。
あまりの出来事に、驚いた顔をして、固まってしまう店主。
ヴィルは、このくらいの事で驚きはしない。
しかし、金銭が絡んでくると、ヴィルはとんでもなく怒る傾向があるのだ。
これは、元の世界の影響だろう。元の世界でも、闇に染まった富裕層たちが、金銭面で国民を苦しめていたのだから。
ヴィルは、怒気のこもった低い声で、店主に言う。
「おばさん、ちょっと待っててくれ。取り返してくるから」
ヴィルが、後ろを振り返ると、既に男の姿はなかった。
ヴィルは、店主の方を向いていたので、その男が、店を出て右か、左か、どちらに逃げたかは分からなかった。
しかし、ヴィルがふと地面に目をやると、緑色に何かが光っている。
ヴィルは、それが足跡であることにすぐに気づいた。
なぜ足跡が緑色に光っているのか、誰の足跡なのかは分からない。
けれど、この店に入ったのはヴィルとその男だけであったことから、ヴィルは直感で、さっきの男の足跡であると確信した。
それからヴィルはものすごいスピードで走り、その足跡を辿っていくと、金貨を片手に、フラフラと走るさっきの男がいた。
ヴィルはその男に辿り着き、後ろから飛び蹴りをする。
「ぐはっ!」
ヴィルの飛び蹴りを背中でくらった男は、地面に大の字で転び、金貨が地面にばら撒かれた。
男は、もう動く力もないのか、起き上がろうとしない。
ヴィルは、地面に落ちた金貨を拾って、男の前にしゃがみ、男を睨みつけながら話す。
「おい……お前、なんで人の金を盗んだ?」
そのヴィルの問いに対し、男は、怒りと悲しみが混ざったような、複雑な表情で答えた。
「俺は……騙されたんだ! 詐欺でお金を全て奪われたんだよ!」
それを聞いたヴィルは、先ほどまでの怒りを抑え、少し冷静な口調で話す。
「詐欺だと? 詐欺にあったら、人の金を盗んでもいいのか? 大体、詐欺に合う方も合う方だ。教養があれば、詐欺になんか引っかからねえんだよ」
その言葉を聞いた男は、自分のした行いを後悔したのか、目に涙を浮かべ、ヴィルに謝った。
「俺が間違ってました。迷惑をかけて、すみませんでした」
男は、土下座までして謝るので、そこまですることを想定していなかったヴィルは、少し罪悪感を感じ、気まずい気持ちになった。
そして、ヴィルは金貨を1枚手に取ると、地面に座る男の前に置く。
「え……? これは……?」
ヴィルの急な行動に、困惑する男だったが、ヴィルは、少し照れくさそうに言う。
「俺も、蹴って悪かったな。ま……まあ、これで今日は何か食えよ」
そして、人の優しさを感じた男は、涙をボロボロと流しながら、ヴィルに感謝を伝えると、ヴィルは足早にその場を去り、先ほどの店に戻るのであった。
店主は心配そうな顔をしていたが、ヴィルが戻ってきたのを見るなり、表情が明るくなった。
「お! 戻ってきた! 大丈夫だったかい?」
心配をする店主に、ヴィルは疲れた様子で返す。
「なんとか取り返してきたぜ」
取り返した金貨を入れた小袋から、金貨を5枚取り出して、店主に渡し、ヴィルはその店を後にする。
少しハプニングはあったが、無事、買い物が終わり、ヴィルは集合場所へと向かう。
〜チック〜
ヴィルとバーナが、市場の奥の方へと歩いていく中、食べ物が売っている店は市場の入口の近くに多くあり、色々な食べ物が売っていた。
チックは、その様子を見ると、興奮を抑えられず、思わず肉屋に直行しようとするが、辛うじて理性を保っていたチックは、ヴィルに言われたことを思い出し、足を止める。
ちょうどそろそろ夕飯の時間で、お腹が空いているチックは、葛藤の末、ヴィルの言いつけを守ることに決めた。
食料を売っている店は、すぐ近くにたくさんあるのに、チックは足をとても重そうに持ち上げ、ドシドシと、ゆっくり歩く。
鼻息を荒らげ、歯ぎしりをする、その時のチックの表情は、まるで鬼のようであった。
周りから見たらただの変人である。
それを見た周りの人間たちは、チックを怖がり、泣き出してしまう子供さえいた。
重い足取りで、なんとか店に着いたチックは、パンや、缶詰などを袋に詰める。
何日分必要なのかは分からなかったが、とりあえずありったけの食料を袋に詰めて、会計をする。
チックがあまりに変な顔をしているため、そこの店主は怯えながら会計をした。
その店主は、20代前半くらいの若い女性であり、目の前に、変な顔をした、巨大な筋肉人間がいたら、怖いのは当然だろう。
「き……金貨3枚に、な……なります」
チックは黙って金貨を3枚差し出し、その店を出ていった。
集合場所に戻るチックだったが、その時、ヴィルの言っていたことを思い出す。
「(そういえば、ヴィル、肉を買ってもいいが……って言ってたよな? おう! 言ってた!)」
確かに、言ってはいたが、チックは自分の中で勝手に自己解決してしまっていた。
その瞬間、チックの表情は、いつもの明るいものに戻った。
肉を売っている店は、すぐ近くにあったので、チックはニコニコしながら、スキップでその肉屋を訪れた。
ニッコニコでスキップをしながら店に入るのも、周りから見たらただの変人である。
しかし、チックはそんなことは気にしていなかった。今は、肉を食べられればそれでいいのだ。
肉屋に入ると、中では、肉の焼かれたいい香りが舞っている。
見たこともない肉ばかりで、チックは何が良いか悩んでいたところ、奥から、いかにも肉屋の店主っぽい、お腹がぽっこりとでた、おじさん店主がチックに話しかけてきた。
「おい、あんた! いい体してるね〜! 鍛えてるのかい?」
自分の筋肉について褒められて、気分が良くなったチックは、ウキウキしながら店主に聞く。
「おう! めっちゃ筋トレしてるぜ! ところでおっさん、ここの店で1番美味い肉はなんだ? 俺もう腹が減って死にそうなんだよ!」
それを聞いた店主は、店の奥に入っていった。
しばらくすると、おじさん店主は、大きな骨付き肉を持ってきた。
「うちの自慢の肉はやっぱりこれだよ! なにせこの肉は、脂がのってて、肉はやわらかく、舌の上に乗せた瞬間にほろけちゃう、最っ高の肉だからね!」
店主の話を聞くと、何の肉かを聞くこともなく、チックはヨダレをダラダラと垂らしながらその肉を買うことに決めた。
「どのくらい食べるつもりだい? 食べたい大きさにカットするから、言ってくれ!」
なんと、店主が、食べたい肉の大きさに切ってくれると言うのだ。
しかし、チックは首を横に振り、真剣な表情で店主に答える。
「いや、この肉全部くれ!」
これには店主も驚き、チックに聞く。
「ほ……本当にいいのかい!? この肉、結構高いぞ〜??」
しかし、そんなことはもうどうでもよく、ただ早く肉を食べたかったチックは、強い口調で言う。
「いいんだよ! 早くその肉をそのまま俺にくれ!!」
チックは、その骨付き肉をもらい、その肉屋から出ていった。
チックの顔よりも大きい、その骨付き肉だが、なんと金貨5枚もするというのだ。チックが買った、3人分の食料よりも高いことになる。
これは後でヴィルに怒られるだろうが、そんなことは無視し、巨大な骨付き肉を頬張りながら、集合場所へと向かうのであった。
〜バーナ〜
小物担当のバーナは、とにかく、生活していく上で必要になりそうなもの、あると便利そうなものを、色々な店を回って買い集めることにした。
比較的優先度の高いランプや紙、ペンや紐などを買い、あとは適当に、目に付いた良さそうなものを買おうとしたその時、バーナに声をかける人物がいた。
「なあお嬢ちゃん! この卵買っていかねえか?」
バーナは、自分に声を掛けられていると、直感的に感じたが、興味がないため無視して通り過ぎようとした。
しかし、その店から男が出てきて、バーナの服を引っ張りながら言った。
「おいおい、君のことだよ! とりあえずうちの店来てよ!」
バーナは嫌がりながらも、服を掴まれているから、力づくでは逃げられない。
そこでバーナは、とりあえず男の店について行き、隙を見て逃げることに決めた。
そして、その男がやっているという店につくと、男は陽気に話し出す。
「なあ! この卵買っていかねえか?」
バーナは正直興味がなかったが、男に隙を作らせるため、面倒くさそうに言う。
「へー。スゴイデスネ、ナンノタマゴナンデスカ」
すると、その質問を待ってましたと言わんばかりに、男の表情が明るくなり、男は答える。
「お! いい質問してくれるじゃねえか! これはな、ドラゴンの卵なんだよ!」
ドラゴンの卵。この世界ではとても貴重なもので、とんでもない高値(約金貨1000枚)で取引されるという。
仮に孵化しても、懐くのはせいぜい1〜2年程度。大きくなると、勝手にどこかに飛び立ってしまい、一般人が育てるのは至難の業である。
取引数のとても少ない貴重なドラゴンの卵が、こんなごく普通の市場で売られているのは、明らかにおかしい。
しかし、男は慣れた口調で話を続ける。
「本当はこの卵、すっごく高いんだけど、お嬢ちゃんは賢そうだから、金貨10枚で売ってあげるよ!」
しかし、その口調や、風貌、目の動きから、バーナは、これが詐欺ではないかと疑う。
「おじさん、これ、詐欺でしょ?」
そう言われた男は、明らかな動揺を見せる。
この反応は、嘘をついている人間のそれだ。
これは詐欺だと確信したバーナだが、男は服を掴んだまま離さない。
そして、自身の商売を詐欺と疑われた、いや、詐欺を見破られた男の表情は、怒りへと変わる。
「お嬢ちゃん、なにも知らないのに、詐欺って言うのはよくないなぁ。もしかしたら、あんまり賢くないのかなぁ?」
馬鹿にされ、頭に来たバーナは、店に並んでいる卵を手に取り、地面に叩きつけた。
すると、割れた卵の中からは、明らかにドラゴンではない何かが出てきた。
ドラゴンのような羽はついておらず、まるでトカゲの赤ちゃんのようである。
卵の中身を見られた男は、激しい憤怒の形相を見せ、バーナの服をより強く掴んで脅しをかける。
「おい、ガキ。どうしてくれんだ? 弁償するんだろうなぁ?」
その時、男の後ろから声がかかる。
「おい、何やってんだ? 手離せよ」
それは聞き覚えのある声だった。
バーナが男の後ろに視線を向けると、そこには、ちょうど買い物を終えて集合場所に戻ろうとしていたヴィルの姿があった。
すると、男が荒れた口調でヴィルに向かって言う。
「あ? このガキが、俺の商品を壊しやがったんだよ!」
ヴィルはバーナに視線を向けるが、バーナは首を横に振って答える。
「こいつが、ドラゴンの卵売ってるとか言って詐欺してた」
ヴィルは、バーナの発言と、男の様子を見て、瞬時に、この男が詐欺をしているのだと判断した。
すると、男が腰の辺りから棍棒を取り出した。
「お前、あんま調子に乗るなよ!」
そう言って、その棍棒を振り上げ、バーナを殴ろうとする。
しかし、その瞬間、男の耳元で冷たく低い声が囁かれる。
「お前、あんま調子に乗るなよ……」
それに一瞬恐怖を感じた男は、冷や汗をかきながら、恐る恐る後ろを振り返る。
すると、ヴィルはその男の喉仏目掛けて、後ろ蹴りをした。
その蹴りは、綺麗に男の喉仏に刺さり、男はバーナの服を離して、自分の首を手で抑え、咳をしながら尻もちをつく。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
そして、ヴィルはバーナに逃げるよう指示し、ヴィルとバーナの2人は、その場から逃走した。
ヴィルとバーナが、走って集合場所へと向かうと、そこには、ちょうど肉を食べ終わったチックが、手を振って待っていた。
「お〜い! ここだぜ〜! ……ん?」
ヴィルとバーナが向かってくる様子を見ていたチックの目は、あるものを捉える。
それは、明らかにヴィルとバーナを追って走ってきている、さっきの詐欺師男であった。
チックは、ヴィルとバーナに、そのことを伝えるため、大きな声で呼びかける。
「お〜い! 後ろから誰か追いかけてきてるぞ〜!」
それを聞いたヴィルとバーナが後ろを振り向き、そこで初めて、男が追ってきているのに気づく。
「どんだけ執念深いんだよ、めんどくせぇな」
その執念深さに呆れるヴィルとバーナだったが、戦うのは目立つし、面倒くさいため、そのまま走って逃げることを選択する。
しかし、棍棒を片手に追ってくる男に対して、2人は買い物をした荷物を持っている。
男と2人との距離はだんだんと狭くなっていく。
男は棍棒を持っているし、顔が明らかに恨みに満ちているのを感じ取ったチック。
このままでは、いずれ追いつかれてしまう。
何か助ける方法はないかと考えるチックは、さっき食べ終えた肉の骨を見て、とある案を思いつく。
そしてなんと、その骨を、男に向かって投げつけたのだ。
チックと男との間には、約50mほどの距離がある。その細い骨を、正確に人間に当てるのは、かなり難しいはずなのだが……
なんと、その骨は、グルグルと回転して、ものすごい速さで2人の間を通り抜けると、正確に男の喉に突き刺さった。
「ぐへぇっ!!」
骨が喉に当たった男は、あまりの痛みで、その場に倒れ込む。
その様子を見て、チックが喜びの声をあげる。
「よっしゃあ! 当たったぜ!」
男は、喉に2度も大ダメージを負い、その場で白目を剥いて気絶してしまった。
周りの人たちは、その様子を見に集まってくる。
事を大きくしたくなかった3人は、走ってその場を去り、王国の門へと向かうのであった。