【第2話】異世界転移
気がつくと、俺は見覚えのない建物の中にいた。
無数の大きな窓が、夕日に照らされて煌びやかに輝く。
そして、一直線に敷かれたレッドカーペットの奥には、なんとも甘やかされて育ったボンボンのような、太った国王らしき人物が座っていた。
俺は一体何が起こったのか困惑していたが、その時、俺の足元が光り、2つの魔法陣のようなものを描き始めた。
誰かが召喚されるのか?
そんなことを思いながら、俺は地面の光を見つめていた。
すると、そこには見覚えのある姿が2つ並んでいた。
なんと……それは、先ほどまで共にポールの家に侵入していた、チックとバーナだったのだ。
実は俺は、ここ最近、この2人と顔を合わせていなかった。
その嬉しさからか、俺の口角は自然と上がっていて、2人に話しかけたくなった。
「2人とも、久しぶりだな。こうして顔を合わせるのなんて何か月ぶりだよ」
すると、何が起こったのか分かっていないチックが、俺の存在に気づいたようで、興奮して返す。
「おう! 久しぶりだな! ってか、ここどこだよ!」
そして、そこにいたバーナもやっと意識がはっきりしたのか、会話に入ってくる。
「え……ここ、どこ? せっかく家に帰って高級バナナ食べようと思ったのに……」
どうやらこの2人もヴィルと同じ光に飲まれ、ここにやってきたようだ。
俺は、2人との電話を切った後、どうなったのかを聞かずにはいられなかった。
「お前ら、俺との電話を切った後、どうなったんだ?」
チックとバーナは、必死にさっきまでの出来事を思い出す。
すると、チックが思い出したようで、俺にその後のことを話してくれた。
「あの後、俺とバーナは合流できたんだけどよ、ヴィルに電話しようとした時に、地面が光り出して、気がついたらここにいたってわけなんだよ!」
バーナも頷いている。
なるほど……この2人も俺と同じような状況になったのか。
それにしても、いつも電話で話している仲間と、こうして久しぶりに顔を合わせると、自然と会話も弾むもので、そのことが、俺らを異世界に連れてこさせたことを忘れさせる。
そんな俺たちの様子が気に入らなかったのか、国王は、その丸々と太った重い体を持ち上げ、椅子から立ち上がり、俺らに怒声を浴びせてきた。
「貴様ら! いつまで会話をしているのだ! 私は暇ではないのだぞ! 私語を慎め!」
その一言で、辺り一帯に緊張が走る。
天井が高く、広いその王室では、その国王の声はとても響いた。
しばらくして、冷静さを取り戻した国王は、その重い体でゆっくりと椅子に座った。
真っ赤になった顔が、だんだんと人間らしい色に戻ったところで、国王は口を開き、俺たちに話を始める。
「まったく……貴様らのように異世界から転移してきて、いきなり会話をしだす転移者など初めてであるぞ。ま……まあ良い。貴様らをこの世界に転移したのは、いかにもこの私、エゴール・ワーマである」
そう、どうやら俺たちをこの異世界に転移したのは、目の前にいるワーマ国王ってやつらしい。
勝手に呼び出したのはそっちなのに、私は暇ではないなど、自らの時間には厳しいところには、どうも自分勝手というか、自己中心的な感じもするが、国を収める国王ともなると、こうも傲慢な人間になってしまうのか、と俺は心の中でボヤいた。
そして、国王がニヤリと気持ちの悪い笑顔をみせながら続けて話す。
その表情からは、まさに何かを企んでいる様子が
見て取れた。
「それではルル、こやつらの能力鑑定をしてくれ」
ワーマ国王は、水晶を手にした近くの女に、そう声をかけた。
その女の名前はルル・ジーンというらしい。
髪の毛は薄い緑色。大きな丸いメガネをかけた、容姿端麗な女性であった。
ルルが水晶を持ちながら、俺たちの目の前に立つ。
「転移者様、先ほど国王様からもありましたように、能力を鑑定致します。こちらの水晶に手を当てていただけますか」
能力鑑定?さっきからこいつらは何を言ってるんだ?
俺はそう思いつつも、モタモタしていたら、またあのワーマ国王のうるさい声を聞くことになるだろうと思って、俺たちは素直に応じた。
どうやら、この水晶に手を当てると、その人のもつ能力というものが分かるらしい。
まずはバーナから鑑定することになった。
バーナが水晶に手を当てると、透明だった水晶が、キラキラと黄色に光り出す。
あまりにもキラキラと綺麗に光るものだから、俺もチックも、水晶から目を離せず、思わずずっと見続けてしまった。
そして、水晶が光り出してから少しして、ルルがバーナの能力鑑定の結果を発表するのだが、どうもルルの様子が変である。
ルルは首を傾げ、眉をひそめて、バーナの能力を発表する。
「バーナ様の固有能力はバナナ……? でございます」
ルルが言うに、バーナの能力は<バナナ>らしい。
あまりにも珍しい能力なのか、ルルは少し困惑した表情をみせていた。
続けて、ルルがその能力の説明をしだす。
「こちらの能力ですが……自らの手から、バナナを生成することができる……? と書いております」
どうやら、能力<バナナ>は、手からバナナを出すことが出来るというのだ。
この世界の能力の基準などは分からないが、少なくとも戦闘に向いていないことは分かる。
これは期待はずれだったのか、先ほどまでニヤニヤしていたワーマ国王は、またもや顔を赤くして大きな声をあげる。
「な…なんだその意味不明な能力は! 戦闘において全く役に立たないではないか!」
自らの能力を罵倒されたバーナは、イラッとしてワーマ国王を睨む。
能力とかはよく分からないが、確かに自分のものを馬鹿にされては、誰でも怒りの感情は抱くだろう。
すると、バーナの能力を知ったチックが、バーナに話しかける。
「おいバーナ! お前手からバナナでるのかよ! ちょっとやってみてくれよ!」
俺は、何もないところから急に物を生成するのは不可能だと分かっていた。
元の世界で、そんな魔法みたいなことを見たことも聞いたこともなかったから、チックはきっと、少し馬鹿にする感じで、バーナに言ったのだろう。
しかし、その俺たちの常識は、大きく覆されることになる。
「本当に出るのかな……」
“ポンッ”
バーナが手に少し力を入れると、本当にバナナが出てきたのだ。
これには俺も驚いた。
何も無いところから何かを生成するなど、少なくとも俺らの元いた世界にはなかったんだから。
中でも1番興奮していたのはチックだった。
鼻息を荒らげ、目をキラキラと輝かせていた。
「すっげえ! いいなあ!!」
実は、バーナは大のバナナ好きで、自称世界一のバナナ愛好家である。
バーナは、その能力に大いに大満足していた。
バーナは試しに、その手にあるバナナを食べてみることにした。
「え……美味しっ……」
どうやらそれが、とんでもなく美味いらしいのだ。
まあ、転移前にたくさん動いて体が疲れていたから、美味しく感じるだけかもしれないが……
それでも、バーナはとても喜んでいた。
そして、バーナの能力を見て羨ましくなったのか、チックはその興奮を抑えることなく、ルルに向かって叫び声をあげる。
「おい!! 俺の能力は何なんだよ!! 早く鑑定してくれよ!!」
チックに急かされ、ルルは慌てた様子でチックの前に水晶を差し出した。
チックが水晶に手を当てると、その透明だった水晶が、赤色に染まる。
バーナの時のようにキラキラと輝きはしなかったものの、その赤色の光がだんだんと強くなってきているように見えた。
少しして水晶から現れた文字をルルが読み、嬉しそうにワーマ国王に告げる。
「国王様! こちらのチック様は、転移者の中では数少ない生物憑依型の能力をお持ちになっておられます!」
生物憑依型?能力は色々な型で分けられているのか?
そんなことを思っていると、それを聞いたワーマ国王が、とても嬉しそうな表情で、豪快な笑いとともに、拍手をしながら椅子から立ち上がる。
「が〜っはっはっは〜!! これは当たりだな!!」
当たり?なんかこのワーマ国王は、俺たちのことを物扱いしているようで気に触る。
しかし、一体なんの事なのか全く分からない俺たちでだったが、ワーマ国王の様子を見るに、とても凄い能力なのだろう。
チックは純粋に喜ぶ。
ワーマ国王が興奮を抑え、椅子に座ると、ルルに対して問いかける。
「それで、一体何の生物なんだ?」
それまで少し嬉しそうにしていたルルだったが、チックの能力を詳細に読み進めていくにつれて、またもや困惑の表情を見せることとなった。
そして、ルルがワーマ国王の問いに対して答える。
「え……えっとですね、チック様の能力は、<ニワトリ>ですね」
それを聞いたワーマ国王は、驚いた様子で話す。
「に……ニワトリだと!? ニワトリって、あの貧民の農家が育てている駄作か!?」
こりゃあまずいな……
確かにニワトリは、生態系の中ではかなり弱い方だ。
戦闘力だってないし、捕食者は多い。
まあ、今はそんなことはどうでも良い。
ニワトリを馬鹿にした……これがまずいのだ。
チックは、自称世界一のニワトリ愛好家。
そんな心から愛する動物を、駄作と言われては、チックも黙っちゃいないだろう。
そう思って、俺が横を見ると、チックは怒りの形相をワーマ国王に向けていた。
あぁ……やっぱり……
こいつ、ニワトリのことを馬鹿にされるとめちゃくちゃキレるんだよな……
すると、チックがワーマ国王に向かって言葉を吐き捨てた。
「は!?!? ふざけんなよ!! 俺の大好きなニワトリを馬鹿にするな!!」
あぁ……やってしまった……
もうこうなると、誰もこいつのことを止められないぞ……めんどくさいことするなよワーマ国王。
俺は大きくため息を着く。
チックが暴走してしまう……そう思っていた。
しかし、それは1人の兵士によっていとも簡単に止められた。
近くにいた1人の兵士が、チックの首元に、とんでもない速さで剣を近づけた。
その剣は、チックの首の目の前で止まり、首を切ることはなかったが、あと1ミリでもズレていたら、完全に首の皮を切っていただろう。
その兵士は、とても体が大きく、真っ黒な甲冑を全身に着込み、黒紫色の異彩なオーラを放っていた。
そして、その兵士はチックに向かって、太く、濁ったような声で言った。
「貴様、国王様に向かって無礼を働くな。もう一度、同じような行為をした場合、即刻貴様を切り捨てるからな」
この兵士と、今戦ったら絶対に勝てないと悟ったチックは、国王を睨みつけながら、なんとか怒りを収めた。
少しハプニングが起きたが、ルルは最後にヴィルの前に立ち、水晶を差し出した。
ヴィルが水晶に手を当てると、その水晶は緑色に染まっていく。
それを見たワーマ国王が叫ぶ。
「まさか!? 治癒の能力か!?」
しかし、その国王の期待は、すぐに裏切られることとなる。
一度緑色に染まった水晶だが、その色は少し黒が混じったような、暗い緑色で、淀み(よど)始めたのだ。その奥では、鮮やかな緑色が小さく光り輝いている。
そして、ルルがヴィルの能力鑑定の結果を発表する。
「えっと……ヴィル様の能力は<ウイルス>ですね」
なんとそれは、ワーマ国王の期待した治癒とは真反対のような能力であった。
それを聞いた国王は呆れた顔をし、もうルルの説明を聞こうともせず、話を始めた。
「分かった分かった。今回の転移者はハズレだ。もう私には時間がないのだ」
勝手に呼び出しておいて、役に立たないと罵られた3人は、ワーマ国王に対し何かしら攻撃をしたかったが、それをすれば、近くにいる黒い兵士に首を切られると思い、静かにワーマ国王の話を聞いていた。
「おいルル! この転移者どもの後処理は頼んだぞ。即刻、この王国からつまみ出せ!」
そこまで言うと、ワーマ国王は周りにいた兵士を連れて、王室を出ていってしまった。
王室には、転移者として呼び出された3人と、後処理を任されたルルの4人だけが残った。
そして、ルルが3人に頭を深く下げ、申し訳なさそうにしながら話し始めた。
「転移者様方……不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません。ワーマ国王にあのように言われてしまっては、もう皆様がこの王国に滞在することは困難です」
この世界に転移させられて、10分もしないうちに
王国からの退国命令が出された3人の顔は絶望に染まる。
そんな3人に追い打ちをかけるかのように、ルルは話を続ける。
「今日中に王国を出られることをお勧めします。もし、この王国に滞在していることが国王に知られれば、おそらく皆様は処刑されるでしょう……」
そこで、ヴィルがルルに問いかける。
「それじゃあ、俺たちはこれからどうすればいいんだ? 金もねえし……」
それに対しルルは答える。
「皆様、この王国では生活できないかもしれませんが、私が、他の王国への入国証を発行致します。別室に案内致しますので、ついてきてください」
3人はそれに従い、ルルに別室に連れていかれ、それぞれ他の王国への入国証と、金貨20枚を渡された。
「皆様の幸運を心より願っております。どうかご無事で」
ワーマ国王は傲慢(傲慢)で自己中なのに、ルルは色々と親身に対応してくれ、まるで全く反対の人間であるかのようであった。
なぜ、あのように誠実な人間が、あんな国王についているのか。そんな疑問を持ちつつも、3人は城を後にする。
既に外は夕暮れであり、真っ赤な夕日が城を照らしていた。
町に出てきた3人は、これから何をするかを話し合うのだが、チックがイライラした様子で、大きな声をあげる。
「まったく! これからどうすればいいんだよ〜!! 腹減ったぜ〜!!」
チックが空腹からか、そう叫ぶが、ヴィルは自分たちのやるべきことを冷静に分析していた。
そして、ヴィルがある提案をする。
「とりあえず、今日中にこの王国をでなきゃいけねえんだから、色々生活に必要な物を買い漁らないとな。」
2人は、その提案に賛成した。
3人は、ルルから金貨を20枚ずつ受け取っている。これで生活ができるように、色々買い漁ることとするのだが、チックがヴィルに問いかける。
「色々買うって言ってもよ、何を買うんだ?」
真っ先に、ありったけの食料!と言いたいところだが、ここは元の世界とはかけ離れた世界。食料だけを買って生き残れるほど甘くはないと考えたヴィルは1つの結論にたどり着く。
「ワーマ国王の話を聞くに、この世界は戦闘が結構な頻度で起こるんじゃないか? だとしたら、生き残るためには武器が必要だと思うんだが……」
それを聞いたチックが目をキラキラさせて、言う。
「おう! いいなそれ!! 武器を使って戦闘とか、男なら誰もが憧れるもんだぜ!」
このヴィルの意見に、チックとバーナは納得し、まずは武器を求めて、町を歩き回ることにした。