【第14話】帰還
ワーマ王国で、とんでもない会議が開かれていることなど全く知らない3人は、眩い朝日に照らされて起床する。
アイスは9歳だからか、まだ眠ってしまっているため、アイスを起こさないように、ヴィルとバーナは家の中から出る。
すると、外には、泣きながらしゃがみこんでいるチックの姿があった。
「(そういえば……アイスが危ないと思って、チックを外で寝かせてたの忘れてた〜……)」
ヴィルは、外に寝かせておいたチックの存在をすっかり忘れていたようで、少し申し訳ない気持ちに陥る。
家から出てきたヴィルとバーナの存在に気づいたチックは、悲しみと怒りが入り交じったような複雑な表情で、2人の元へ走って突っ込んでくる。
「お前らひでぇよ〜!! なんで俺だけ外で寝なきゃいけねえんだよ〜!! お前らも一緒に外で寝てくれても良いじゃねえかよ〜!!」
チックはヴィルの肩を掴んで前後に激しく揺らしながらそう叫ぶ。
その時バーナが、家の中にあるタオルを持って、そのままチックの背中に飛びつくと、タオルをチックの首に巻いて、チックの首を思い切り締めた。
チックの首を絞めながら、バーナは小さな声でチックの耳元で叫ぶ。
「バカ! 今アイス寝てるんだから、大きな声出さないでよ!」
チックはヴィルの肩から手を離し、苦しそうに声を出す。
「アガガガガガガガガ」
チックもようやく理解したようなので、バーナはチックから降りて、タオルを巻き取る。
3人は、外にある椅子に座ると、今日の予定について話し出す。
「とりあえず、アイスが起きたら、色々準備をして、レイン王国にアイスを返すっていうのでいいか?」
それに対し、チックとバーナは、どこか寂しそうな顔を浮かべた。
そして、チックが寂しそうな顔で呟く。
「もうお別れかよ! 寂しいぜ!」
それに対して、ヴィルが相槌を打つ。
「そうだな」
バーナも寂しそうな顔で、ポロリと欲を零す。
バーナ「できることなら、このままずっとお世話したいよ……」
ヴィルはバーナなにも相槌を打つ。
ヴィル「そうだな」
続けて、バーナが余計な一言を加える。
「ペットとして」
そんなバーナに、ヴィルが冷たい視線を向けて、淡々(たんたん)と返す。
「うーん、ダメだな」
更にチックも、とんでもない欲を口にする。
「もう可愛すぎて食べちまいたいぜ」
ヴィルももう疲れたのか、困った顔をしながら言う。
「うーん、ダメすぎるな」
そんな2人に、ヴィルも寂しそうな顔を浮かべて言う。
「レイン王国の皆も、アイスのことを心配してるだろ。アイスだってレイン王国に帰りたいはずだ。それに……」
そして、ヴィルが2人を睨みつけながら言う。
「それに、お前らみたいなのが近くにいたら、アイスだって怖いだろ」
そんなくだらない会話をしている時、家の中からアイスが、目を擦りながらフラフラと歩いて外に出てきた。
「皆さん。もう起きていらしたんですね。おはようございます」
アイスは3人に向かって深々と頭を下げて挨拶をする。
やはり、そういう礼儀作法に関しては、さすが一王国の王子だなぁと、3人は感心するのであった。
そして、朝食にはバーナの出したバナナを皆で食べる。
すると、アイスがバナナを1口食べた瞬間、満面の笑みを浮かべながら、足をパタパタとさせて言う。
「このバナナ、とっても美味しいですね!」
この時、アイスはバーナの生成したバナナを初めて食べたのだ。
そんなに褒められると思っていなかったバーナは照れくさそうにしながらも、純粋に喜ぶ。
そうして朝食も摂り終え、身支度を整えて、早速アイスをレイン王国に送り返すことにした。
「レイン王国までの道は、皆さん分かるのですか?」
アイスが、少し不安そうな表情で3人に問いかける。
すると、チックがカバンから地図を取り出して、自信満々に答える。
「おう大丈夫だ! この地図さえあれば、レイン王国までなんか、すぐに行けるぜ!」
そんなチックに対してバーナがツッコミを入れる。
「いや、チック方向音痴じゃん。この前も右と左を間違えてたし」
バーナに対して、チックがキレ散らかす。
「なんだと!? 右と左を間違えることくらいよくあるだろうが!」
チックのその発言に対し、その場にいたチック以外の全員は、“ないない”と心の中でそう言うのであった。
アイス1人で森の中を歩かせるのは危険なので、3人も一緒にレイン王国まで送っていくと言うことを、アイスに伝えると、アイスは笑顔を浮かべながら感謝の言葉を述べる。
「食べ物もいただいて、家に泊めてくださった上に、帰りも守って下さるなんて……もう感謝してもしきれません。本当にありがとうございます!」
アイスの心からの感謝を受け取り、早速皆は、レイン王国へ向けて出発することとした。
森の中を歩き始めて20分程。雑談等をしながら順調にレイン王国に向かう4人。
そんな中、ヴィルがアイスに質問をする。
「そういえばアイス、レイン王国ってどんな王国なんだ?」
ヴィルがアイスにそう問いかけると、アイスは憂いを帯びた微笑みを見せながら、レイン王国について語る。
「レイン王国は、他の王国と比べるとかなり小さい王国なのですが、武器の制作が盛んで、心優しい職人が多く、小さいながらに発展してきた、私にとっては誇り高き王国です。ですが、最近は職人の高齢化による人手不足や、資源不足等で、レイン王国は今、不景気にあるといえます。そんな中、ワーマ王国からの嫌がらせのような行為であったり、再三圧力をかけてきたりするので、私はレイン王国が、近い将来滅亡してしまうのではないかと不安なのです」
そこまで話し終えると、アイスはポロポロと涙を流し始めた。
何も話を聞いていなかったチックは、アイスが急に泣き出したと思って、アイスのことを心配して声をかける。
「おいおい! なんで泣いてんだ!? お腹痛えのか!? さっき食ったバナナが腐ってたんじゃねえのか!?」
そんなチックに対して、バーナが、手からバナナを生成して、そのバナナを片手に、チックの後頭部を“バチン”と叩く。
チックは急にバーナに叩かれて、困惑しながらも、バーナにキレる。
「痛ってえな、何すんだよクソバナナ!」
それに対抗するように、バーナもチック向かってキレながら言う。
「チック、少しは人の話を聞いとけよ! それに、私のバナナ腐ってないから!」
2人が額を擦り付けて睨み合いながら、またしても喧嘩が始まる。
そんな2人の様子を見て、アイスは涙が引っ込んだらしく、ヴィルとアイスは、2人が喧嘩をしている様子をジトッと見つめる。
すると、アイスがヴィルに問いかけてくる。
「あの2人って、いつもあんな感じなんですか……?」
その問いに対し、ヴィルも2人に呆れた表情をしながら答える。
「そ……そうだな。あの2人に関しては、普通に会話するより、喧嘩してる回数の方が多い気がする」
「そ……そうなんですね〜」
こんなところで喧嘩をしていては、アイスをレイン王国に送るまでの時間が伸びてしまう。
ヴィルは、先に進むためにも2人の喧嘩を止めようとしたが、その時、喧嘩をしていたチックが急に立ち上がると、周りをキョロキョロと見回し始めた。
そんなチックに、ヴィルが問いかける。
「おいチック、急にどうしたんだ?」
ヴィルが声をかけても、チックは全く応答せず、“しーっ”と皆に静かになるように促して、ただ一点を見つめる。
気になって、皆もチックの見ている方向を見ると、視線の先の茂みで“カサカサ”と音が鳴っている。
アイスは怖くなってヴィルの後ろに隠れる。
その茂みの向こうに何かがいるはずなのだが、“カサカサ”と音を立てるのみで、そこから姿を現さない。
ヴィルは、能力<翠眼>で、その茂みをじっと見つめる。
なんと、ヴィルの視界に映ったのは、小さなゼリー状の生物だった。
ヴィルが、能力を使っていることに気づいたチックは、小声でヴィルに問いかける。
「なあヴィル、あそこに何がいるんだ?」
ヴィルが、視界に現れる文字をツラツラと読み、皆に説明する。
「あそこにいるのは、スライムっていう魔物らしい。魔物ランクはC、だから、心配する必要は無さそうだな」
ヴィルの説明で、その場に漂っていた緊張感が薄れ、皆は安堵の表情を浮かべる。
「良かった……安心しました」
スライムごときなら、襲っても来ないだろうから、戦う必要もないだろうと思い、4人は、その場から立ち去ろうとした。
しかし、今度は、スライムがいた方向とは逆の方向の茂みから、“ガサガサ”と音がする。
今度の音は、先ほどのスライムよりも大きな少し思い音で、若干の違和感はあったが、どうせまたスライムだろうと思って、特に気にすることなく先に進もうとする4人。
だが、次の瞬間……その音がした茂みの方向から、突然、弓矢が放たれた。
その矢は、正確にヴィルの頭を狙っていたが、あまりに急な出来事で、誰もそれに気がついていなかった。
放たれた矢が、ヴィルの頭に突き刺さる……かと思われたが、なぜかその矢はヴィルの頭に突き刺さることはなく、その先にあった木に突き刺さった。
木に矢が突き刺さったことで、今、自分たちが狙われていたのだということに気がついた4人。
「おいおい、いきなりな何だよ!」
チックがそう言って、木に突き刺さった矢を手に取る。
「あっぶねえな! 誰だよ、俺らに攻撃してきた奴は!」
チックが矢を片手に、先ほど“ガサガサ”と音が鳴っていた方向に歩き、確認しに行く。
そんなチックを、アイスが心配して声をかける。
「チックさん! 危ないですよ! また攻撃してくるかもしれないですし!」
一発の矢が放たれて以降、先ほどの茂みからは音がしなくなったので、チックは余裕綽々(しゃくしゃく)な様子で、返事をする。
「大丈夫! 大丈夫! もう音もしねえし、少し見に行くだけだから!」
しかし、矢が飛んできたということは、確実に茂みの向こうにいるのは、スライムではない。
少し不安に思ったヴィルは、またも<翠眼>で、その茂みの向こうを観察する。
すると、ヴィルが焦った様子で叫び出す。
「やべえ! 早く木の影に隠れろ!」
ヴィルはアイスを抱えながら、反対側の茂みに生えている木の影に身を隠した。
バーナは、なんの事かよく分かっていなかったが、普段焦ったりしないヴィルが、珍しく焦って叫んでいるのを見て、何かヤバいことが起きるのではないかと思い、ヴィルの指示に従って、咄嗟に木の影に身を隠す。
そんな中、チックは1人堂々と矢の飛んできた方へと歩いていく。
後ろを振り返ると、皆が木の影に隠れているので、チックは皆を嘲り笑うように言う。
「おいおいお前ら! 何隠れてんだよ! どうせ大したことねえって!」
そう言って、チックが茂みの奥を覗こうとした瞬間だった。
突然、皆に向かって大量の矢が放たれたのだ。
放たれた大量の矢は、ヴィルたちが隠れた木に容赦なく襲いかかる。
無論、木の影に隠れず、正面に堂々と立っていたチックは、その大量の矢に滅多打ちにされる。
「あだだだだだだだだだだだだ」
その矢の嵐は、15秒ほど続いたが、次第に数が減ってきて、その後、弓矢の攻撃が止んだ。
矢の嵐が終わり、滅多打ちにされたチックはその場に倒れ込む。
ヴィルが、木の影から顔を出し、矢が撃たれた方向の茂みを<翠眼>で確認する。
「もう居なくなったみたいだ。出ても大丈夫だぞ」
そうして、アイスも恐る恐る顔を出すと、地べたに倒れ込むチックの姿を発見する。
アイスは目に涙を浮かべながら、チックの元へ駆け寄る。
「うわぁぁぁあ!!! チックさん!!」
矢に滅多打ちにされたチックは、全身から血を出して死んだ……のではなく、矢の先がそこまで鋭くなかったことと、チックの筋肉が硬すぎて、チックの体に矢が刺さることはなく、ただその場で目を瞑って倒れていた。
アイスに続いて、ヴィルとバーナがゆっくり歩いてチックの元へ行く。
アイスが、涙目になりながらヴィルとバーナに聞く。
「チックさん……死んでいないですよね?」
その問いかけに対し、ヴィルとバーナは大きな溜息をつく。
すると、チックの目が急に“パッ”と開き、勢いよく“バッ”と跳びおきる。
「じゃ〜ん! 死んだふりでした〜!! お前らビックリしたか!?」
おちゃらけた様子でそう言うチックに対して、バーナがジャンプして、チックの後頭部を“バチン”と叩く。
「アイスのこと心配させんなよ!」
「あ痛っ」
アイスは涙を拭きながら、微笑む。
「良かったです……」
なんとか矢の嵐を乗り切った4人。そこで、その矢の攻撃が、一体なんだったのか、チックがヴィルに問いかける。
「なあヴィル! さっきの矢の嵐はなんだったんだよ!」
自分で確認しに行くとか言っておいて、結局ヴィルになんだったのかを聞くところは、実にチックらしい。
ヴィルは、その正体について話す。
「俺たちはな、どうやらレッドゴブリンっていう魔物に狙われてたみたいなんだよ」
名称:レッドゴブリン 魔物ランク:B-
特徴:集団で行動する(多くて50匹程)。通常のゴブリンと違って獰猛であり、人間を食す。
「レッドゴブリンは集団で行動するから、あまり遠くに行くことはない……つまり、この近くに巣があるんだろうな」
説明を受けて、アイスが焦った様子で話し出す。
「ということは、また襲ってくるかもしれないってことですよね! だとすると、早いところここから逃げた方が……」
アイスがそこまで言うと、またしても茂みの奥から音が鳴る。
しかし今度は、“カサカサ”と葉が擦れる音ではなく、だんだんとこちらに迫ってくる足音のように聞こえる。
「もう遅かったか……」
ヴィルがそう零すと、茂みの影から、棍棒や斧を持ったレッドゴブリンたちが次々と4人の前に現れた。
レッドゴブリンたちは、いきなり4人に襲いかかってきはせずに、4人が逃げられないように、周りを囲むように並ぶ。
どうやら、少し知性があるのか、こちらを警戒しているようである。
4人は、レッドゴブリンに背を向けないよう、背中を合わせてレッドゴブリンの方を向く。
それぞれが、持ってきた武器を手にし、構える。
レッドゴブリンの数は、大体30匹程度。いくら魔物ランクB-と言えど、数はかなり多い。
さらに、アイスはおそらく戦闘経験はないことから、アイスを守りながらの戦闘になる。
かなりの苦戦を強いられることになるだろう、と3人は覚悟を決める。
「なあヴィル、こいつらは殺してもいいのか?」
チックの質問に、ヴィルは引き締まった表情で、答える。
「ああ、殺らなきゃ殺られるからな」
こうして、レッドゴブリンと対峙することとなった4人。
アイスを守りながら、レッドゴブリンを倒し、無事にレイン王国にたどり着けるのか……




