【第1話】元の世界
“カタカタカタカタカタカタ”
薄暗く不気味な一室で、キーボードを打つ音が響き渡る。
「よし、監視カメラの機能を全て停止させたぞ」
暗い一室で明るく光る、大量のモニターを見つめながら、誰かと電話をする男。
そう、その男こそこの俺、ヴィル・アース。
この世界じゃ5本の指に入るほどの超凶悪なハッカーなんだ。
「そっちの様子はどうなんだ? 中には入れそうか?」
俺は今、俺の仲間と電話をしている
「あぁ、この時間で護衛は2人。いくら監視カメラが作動していないとはいえ、裏口から入った方が良さそうだな」
電話から聞こえる、小声で囁く男の声。
こいつは俺の仲間の1人、チック・エンってやつだ。
体にはバキバキの筋肉が仕上がっており、とんでもないパワーの持ち主である。
「裏口あったよ、早くこっちに来て」
俺にはもう1人仲間がいる。
こいつの名前はバーナ・アーン。
チックとともに、外に出てもらっている。
体は小さいけど、チックには出来ないような仕事をこいつにはしてもらっている。
俺ら3人は今、一体何をしているのか。
それは、この国の大富豪の人間たちの情報リークである。
この国は現在、貧困への道を辿っている。
国の頂点に君臨する富裕層の人間たち。
後先短い老いぼれによる、実質的な独裁政治。
それによってこの国は、益々(ますます)貧富の差が拡大している。
貧しい者たちの中には、明日食べる物さえなく、路上で餓死することも珍しくはない。
そんな国民を見ても、国民を見下すような目を向け、まるで国を良くしていこうとする気のない政治家たち。
金、権力、女、人間の欲を全て手に入れ、後は死ぬまで遊び呆けるのみ。
そんなことは、国民の誰もが知っている。
しかし、警察、報道局は政治家、ひいては富裕層の支配下。
デモを起こす者も多くいるのだが、力ない貧困層が団結したところで、権力のある者には逆らえない。
法も自らのやりたいように変え、この国は今、破滅への一途をたどっている。
俺はそんなこの国のあり方に嫌気が差したんだ。
俺は世界的に見ても超優秀なハッカーだ。
それを富裕層のために利用すれば、俺だって大金は得られる。
そんなことは分かっている。
俺には良心ってものがある。あんな腐りきった、人間の皮を被った獣と同じにはなりたくないんだ。
さっきも言ったように、俺ら3人は今、ある大富豪の情報リークを狙っている。
その大富豪というのが、ポール・バイスという男だ。
別に俺ら3人は、金を持て余している大富豪を憎んでいるのではない。
その金の稼ぎ方を憎んでいるのだ。
懸命に働き、努力の末に得た富や名声、これはもちろん努力の賜物であり、素直に称賛に値する。
けどな、大富豪の中には、国民から金を吸い上げ、何もせずとも成り上がり、国民には見返りどころか、さらなる仕打ちを食らわせる。こんな人間も存在するんだ。
そのうちの1人が、このポール・バイスという男ってわけだ。
そこで俺が、そのポールの家にある監視カメラにアクセスし、全ての機能を停止させた後、チックとバーナに潜入してもらう作戦なんだ。
なぜ、チックとバーナの2人で潜入するのか、潜入するのなら、1人の方がバレにくくて、リスクも回避できる、そう思うだろう。
けれど、この2人は相性が良く、2人同時に行動させると、大体の物事が上手くいく。
チックにはものすごいパワーがあるのだが、脳みそも筋肉で出来ているのか、頭があまり良くない。
しかし、一度やろうと思ったことは何がなんでも成し遂げようとする。
それに対して、バーナは、パワーこそないが、潜入を得意とし、建物内部の構造把握や、地図の扱いにも長けている。
お互いの足りないところを補い合いながら行動することで、2人はさらなる力を発揮するんだ。
そして、そんな2人をサポートし、また指示を下す役割を担うのが、この俺ってわけだ。
バーナが裏口を発見したということで、チックとバーナは静かに裏口へと回る。
裏口の護衛は0だが、大富豪の邸宅。
裏口と言えど、そのロックは固い。
「やっぱり鍵はかかってるよな。外壁をよじ登って入るのはどうだ?」
チックがそう提案するが、その外壁は高さが15m近くもあり、とてもじゃないが、登ることなど出来そうにない。
「登れたとしても、その後降りる時骨折するじゃん。危ないし却下で」
やはり裏口の扉をなんとか開けるしかないだろう。
「こんなもん、俺がぶっ壊してやるよ!」
チックが拳に力を込め、腕を振り上げる。
それに対し、バーナが慌ててチックを止める。
「バカ! そんなことしたら潜入するのがバレるでしょ!」
やっぱりチックは脳筋だ。目の前にある問題に直面すると、その先のことを考えられなくなっちまう。
壊したらバレてしまう。
そうは言っても、裏口のロックは暗証番号式。鍵穴式ではないため、針金をグリグリしてこじ開けることは出来ない。
「くそが、なあヴィル、裏口の扉が暗証番号式なんだけどよ、これ開けられねえか?」
こういう時のために俺が必要になるってわけだ。
「あぁ、ちょっと待ってろ、今やってる所だ」
バーナが裏口を見つけたと言った瞬間から、俺は裏口に暗証番号があることに気づいており、既にハッキングの準備を進めていたのさ。
「くそ……暗証番号20桁ってなんだよ。めんどくせえな」
さすがは大富豪。絶対に中に入れないよう、裏口であっても手を抜いてはいないらしい。
なら護衛の1人くらいは置いておけよとも思うが……暗証番号が20桁あるから大丈夫だろうと油断したのだろう。
そこがいかにも頭が悪い。
「よし、できたぞ」
俺はものの1分で、暗証番号の解読に成功した。 その瞬間、裏口の扉についている小さなライトが赤色から青色へと変わる。
「お! 開いたか!」
そうして、チックとバーナは、静かに扉を開け、中に侵入することに成功する。
「よし、建物内の監視カメラも全て停止させておいた。なるべく音を立てないように、建物内に侵入してくれ」
敷地内に侵入にすることができた2人が、建物を見て驚愕する。
「おいおい、なんだよこの超巨大な建物!」
「こんな建物がこの国にあったの……?」
まあそれもそうだろう。
俺らだって貧困層の人間だ。普段は廃墟やボロアパートに住んでるんだから、こんな大豪邸を見たら、こんな反応になるのも当然だろう。
あまりの衝撃に、2人は口をポカンと開けて、建物に見入ってしまうが、そんな悠長にしている時間はない。
2人は急いで建物の中への侵入を試みる。
「くそ、窓が全部閉まってやがる。これじゃあ入れねえじゃねえか!」
まあ窓を全部閉めるのは、大豪邸に限らずどこの家もそうだと思うが……そんな時のために、バーナにはあるものを持たせておいた
「じゃ〜ん! ガスバーナー!」
ガスバーナーを取り出すと、バーナは鍵がかかっているであろう部分のガラスを熱し始める。
すると、段々とガラスが溶けてくる。
やがて、ガラスが溶け、中の鍵が見えるくらいにまでなった。
「よし、開けるぞ」
チックは、ガラスが溶けてできた隙間に指を突っ込み、鍵を開ける。
こうやって建物内に音もなく侵入してくる俺らみたいな奴がいるから、窓は鍵だけじゃなくて、2重3重で対策しておいた方がいいぞ。
まあ、そんなことは置いておいて……ついに、2人は建物の内部へと侵入することに成功した。
俺は2人に指示を出す。
「監視カメラがあるんだから、中には監視室があるはずだ。おそらく2階の一番奥。まずはそこから攻めてくれ」
なぜ監視室に行く必要があるのか?
どうやらこのポールという男、監視役にかなりの大金を払っているようで、優秀な監視役を雇っていたんだ。
名前は分からないが、テレビで少し見たことがあるから、まあそれなりに優秀なんだろう。
コンピューターの扱いや、監視能力で言えば、俺の超下位互換ってところだな。
俺からの指示を聞き取ると、2人は電話を切り、その場で作戦を考え出す。
「よし、ここは二手に分かれるぞ! 俺が監視室の奴をぶちのめすから、お前はポールのいる部屋を見つけてくれ!」
チックの提案は、確かに二手に分かれることで、効率的にはなるものの、この2人が分かれることで、お互いの弱さを晒すことになってしまうため、バーナは少し心配していた。
「分かった。でも、終わったらすぐに合流してよ」
そう言って、チックとバーナは二手に分かれることになった。
〜チック〜
バーナと分かれてから、チックは俺に言われた通り、2階に来ていた。
1番奥と言われても、この邸宅が広すぎて、なかなかたどり着かない。
走っても良いのだが、チックは体が大きい分、走ると床に振動音が響き渡り、侵入していることがすぐにバレてしまう。
よって、歩きながら進むしかないのだ。
「高そうな絵とか壺とか置きやがって……腹が立ってくるぜ」
チックは、自分たち一般人との生活とはかけ離れた、ポールの家を見て、イライラしながらも、暗い廊下を1人歩き、監視室へと向かう。
あれから5分ほど歩いただろうか、チックはやっと、1番奥の部屋にたどり着いたのだった。
もたもたはしていられない。
チックは、その部屋のドアノブに手をかけ、静かに扉を開ける。
“スッ”
チックが扉を開け、中に目をやると、なんとそこには……監視役の人間ではなく、大量のダンボールが置いてあった。
(どういうことだ? ヴィルは確かに2階の1番奥の部屋って言ってたよな……)
その部屋は監視室ではなく、ただの物置のような部屋だったので、情報と違うことに、チックは困惑しながら電話をかけてくる。
「なあヴィル、どういうことだよ。1番奥の部屋に来たけど、監視室じゃなくて物置みたいな場所だったぞ?」
チックの言葉に、俺は一瞬困惑する。
確かに俺の共有した場所はあっているはずだ。
「あ? お前バーナと一緒じゃないのか? まあ良い。それで、確かに2階の1番奥の部屋が監視室なんだけどなぁ。ちょっと待ってろ、今そこの監視カメラだけ起動して確認するから」
そうして俺は、監視室前の監視カメラのみを起動してチックの位置を確認する。
「な……お前……」
チックのいる場所を特定した俺は、あまりの衝撃に言葉を失った。
「おいヴィル、どうしたんだよ? お前間違えてたのか?」
チックが、俺を気にかけて声をかけてきたが、俺はもう絶望感か、怒りか、なんなのか分からない複雑な感情が入り交じっていた。
俺は、チックに真実を伝える。
「……階だよ」
しかし、俺の声があまりにも小さく震えているせいで、チックはその声を聞き取れず、思わず聞き返す。
「あぁ? なんて言ったんだ? 聞こえなかったぞ、もう1回言ってくれ」
俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、ゆっくりとチックに話す。
「いいか? チック、覚悟して聞けよ?」
そんな俺の言葉に、チックにも緊張感が走る。
「お前が今いるのは……3階だ」
あまりに衝撃的な一言に、チックはまたしても聞き返してくる。
「お……おい、ちょっと待てよ、今なんて言ったんだ?」
俺は低い声で、もう一度答える。
「お前が今いるのは、監視室の真上、つまり、3階なんだよ」
そう、チックがいたのは、監視室の真上、3階の1番奥の部屋だったんだ。
やはり、チックとバーナが分かれたことがダメだったか……
にしても、こいつは2階と3階も分からないのか。
この時はもう怒りというか、絶望という感じだったな。
俺はチックにガッカリして、机に頭をうちつけた。
なぜ俺がここまで絶望しているのか、別に、下に降りて監視室に行けばいいじゃないか、そう思うだろう。
しかし、この大きな邸宅は、3階建てとなっており、階段は2箇所にしか存在しない。
1つは、監視室とは真反対の方向、そしてもう1つは、この邸宅の中央に位置する中央階段である。
監視室の位置からは、断然中央階段が近いのだが、それでもかなりのタイムロスになる。
タイムロスだと何がいけないのか?
それは、このポールの邸宅の監視システムにある。
俺が監視カメラを止めた、と言ったが、監視カメラを止めたら監視室のモニターも全て映らなくなり、監視役にバレてしまうだろう。
だから俺は、監視カメラを止める前に、監視室のモニターに、昨日の監視カメラの映像を差し替えておいたんだ。
けれど、どうにもこの監視システムが厄介なもので、15分経つと自動的に切れてしまうんだ。
チックが監視室に真っ先に向かってくれていれば、こんなことにはならなかったのだが、今から監視室に向かっても、どのみち監視カメラを止めてから15分などとっくに過ぎてしまうから、もう今回の作戦は失敗だろう。
俺が黙り込んでいると、チックが解決策を提案してきた。
「監視室はこの真下なんだろ? だったら、この物置の窓から外に出て、監視室の窓を突き破って入るってのはどうだ?」
こいつは何を言ってるんだ?
窓を突き破るって言ったって、ガラスの割れる音が建物内に響き渡って、もっと大事になるかもしれないのに……
いや待てよ?
そういえばポールの奴は今、1階にあるホールで女と遊んでいるはずだ。
酒も飲んでいるだろうし、どんちゃん騒ぎしていたら、ガラスが割れる音など聞こえないか……
一か八かやるしかない……
そうして俺は、チックに指示を下す。
「よしチック、その作戦で行こう。静かに窓から飛び降りて、監視室の窓を突き破って侵入するんだ」
チックは“了解”と一言だけ言うと、電話を切った。
(よし、やってやるぜ!)
物置にはロープが置いてあり、それを、置いてある机の足に縛り付け、チックは窓を開ける。
外からは冷たい風が入り込む。
チックは自分を信じ、ロープを掴みながら、部屋の外へと出る。
その真下には、窓があり、その窓からは、モニターの明かりのようなものが漏れ出ている。
(よし! 行くぜ!)
チックはロープを強く握り、壁を蹴って勢いをつけ、監視室の窓に体当たりをする。
チックにかかれば、いくら強度の高い窓を使っていようが関係ない。
チックは体当たりで窓を破壊し、中に侵入する。
「な! なんだお前は!」
予想だにしていなかったであろう窓からの侵入。
オペレーターは慌てた様子で、震えているが、すぐに机の引き出しを開ける。
(ん? 警報か。鳴らされると厄介だな)
チックはそれを瞬時に見抜き、一瞬でオペレーターの背後に近づくと、オペレーターの首元に腕を入れ、そのまま締め上げる。
オペレーターは、“ゴガガガガガ”と苦しそうに声を上げて暴れるが、やがて、動かなくなった。
自分の任務が完了したチックは、すぐに電話を取りだして俺にかける。
「なんとか上手くいったぜ!」
その時、俺はとんでもない事に気がつく。
そう、チックのガラス窓を突き破った音が何者かに聞こえていたのだ。
俺は慌てて監視カメラを起動すると、体の大きな護衛が、監視室に向かって走ってきているのが見て取れた。
俺はすぐさまチックに指示を下す。
「おいチック! 護衛が1人そっちに向かってる! 急いで窓から飛び降りて逃げろ!」
チックは俺の焦り具合で、事の重大さに気がついたのか、電話を切ると、すぐに窓から飛び降りて脱出した。
そこは2回だったから、チックの筋肉であれば骨折はしないだろう。
俺は少し不安に思いながらも、2人からの連絡を待つことにした。
〜その頃バーナは〜
どうやらバーナは、窓から中に侵入する前に、1階の1番奥の部屋に、明かりのついた大きな部屋があるのを見つけていたらしい。
(多分あそこの部屋にいるんだろうな……)
バーナは音を立てないよう、静かに廊下を歩いて進み、段々とその部屋に近づいていく。
(もう少し……)
そう思って廊下を進んでいく。
バーナの位置からは、突き当たりを右に曲がれば、後は一直線で目的地。
バーナは特に何も思うことなく、突き当たりを右に曲がる。
しかし、バーナが顔を上げ、前を見ると、とんでもないものが目に入る。
「……!?」
バーナは声を出さないように口を押さえて、急いで曲がり角を戻る。
(何あいつ!? あんなのがいるって聞いてないんだけど……)
そう、この時のバーナの目に映ったのは、おそらくポールがいるであろう部屋の前に立っていた、大きな体の護衛だったのだ。
「(あれじゃあ、正面の扉の隙間から中の映像が撮れないじゃん! チックもいないから、あんなの私が行ったら死ぬだけだし……)」
するとその時、バーナのいる場所の上から、ガラスが激しく割れる音が聞こえる。
“バリーンッ”
それによって、ポールのいる部屋の前に立っていた護衛が、その音に反応し、ものすごい速度で走ってきた。
(え!? こっちきてる! やばいじゃん!)
階段の位置からして、この廊下を必ず曲がってくる。そうすればバーナは侵入していることがバレてしまう。
バーナは必死に辺りに目を動かす。
すると、外にあるダクトが目に入る。
バーナは、建物の構造把握に長けている。
(あのダクト……多分あの部屋の天井に続いてる。あれの中に入って行けば、部屋の様子が撮れる!)
通常、ダクトの中に人間が入ることは出来ないが、バーナは体が小さく軽い、また、大富豪の邸宅ということもあってか、少しダクトのサイズが大きかった。
外の護衛は、正門の前に立っている2人のみ。庭には誰もいない。
バーナは、静かに窓を開け、外に出ると、急いでダクトの中へと侵入する。
なんとかダクトの中に入ったバーナは、そのまま天井を目指して、必死に移動する。
「はあ、めんどくさ。狭いし」
そうしてバーナがダクトの中を進んでいくと、段々と話し声のようなものが聞こえてきた。
(この声……もしかして、あいつ!?)
やがて、その話し声は、バーナに鮮明に聞こえるほどに、バーナはその部屋に近づいていた。
そして、その先に、一つの光を見つける。
バーナがその光に近づくと、それは、バーナが目指していた部屋の明かりであった。
「(よし! やっとここまで来れた……疲れた)」
そして、その隙間からは、その部屋の様子も確認できた。
バーナは、急いでカメラを起動し、録画を開始する。
その部屋の中には、ポールだけでなく、周りには胸のでかい女性が4人ほどおり、なにやら酒を飲んで楽しんでいるようだった。
「ほらほらぁ! もっと飲みなさい!」
このポールという男は、女性たちに酒を強要しているようだった。
「え〜! でもこれ以上飲んだら潰れちゃいます〜!」
「お金をもっとくれるなら、飲んであげてもいいですよ?」
バーナは、そんな様子を見て、腹が立ってくる。
バーナが撮影を開始してから数分……
ポールがこの後、とんでもない言葉を口にする。
「お金など無限に湧いてくる! いくらでも払うから、もっと飲んで酔ってくれ〜!」
ポールの問題発言はこれだけにとどまらず、酒が回っているからか、舌がよく回る。
「人生とは実に簡単なものよ! 国民から金を貪り取って、文句のあるやつは消す。誰も私を止められないのだ〜! が〜っはっはっはっは〜!」
まるで獣のような思考だ。
バーナはこれ以上聞いていられないと思い、録画を停止してダクトで来た道を戻る。
ダクトの中なら、周りに声が漏れないだろうと思い、バーナは戻りながら俺に電話をかける。
「なんだ? 終わったか?」
バーナは、煮えたぎるような怒りを堪えながら、動画が撮れたことを伝える。
「なんとか動画は撮れたよ。ちょっと聞いてられないくらい酷い内容だったから、動画は短いけど……」
その言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
だが、安心している場合ではない。
チックが窓ガラスを突き破ったことで、護衛がそれに反応して様子を見に来ている。
監視室に来られたら、侵入したことがバレちまう。
俺は、少し焦りながらも冷静にバーナに状況を伝える。
「バーナ、今護衛のうちの1人が、監視室に向かって行った。監視室に来られたら、お前らが侵入したことがバレて、警報が鳴らされちまう。なるべく急いで脱出してくれ」
それを聞いたバーナは焦っていたが、こんな状況は何度も経験してきた。
きっとあいつらなら、無事に帰ってきてくれるだろう。
俺はそれを伝えると、バーナとの電話を切った。
それから10分ほどしても、あいつらからの電話がない。
もしかして捕まったか?
いや、チックなら護衛が数人いようと、1人で対処出来るはずだ。
それに、何かしら緊急事態が起きたなら、連絡のひとつでもよこすだろう。
とりあえず俺は、バーナの撮った動画を確認することにした。
その内容は、まあ酷いものだった。
やっぱりこいつは世界に晒して、社会的に殺してやるしかないだろう。
とりあえず、まずは全世界のネットワークをハッキングして……
“ビカビカビカ”
なんだ?俺がキーボード触っていると、急に俺の足元がビカビカと光りだした。
急いでこの動画を全世界に流さないと!
そう思った瞬間、俺の意識は混濁し始め、段々と意識が光に吸い込まれていくような感覚に陥る。
もしかして……天国からのお迎えか……いや、地獄かもな……
もう俺はキーボードを打つ力すら体に入らなくなっていた。
そして、俺の意識は完全に消えると同時、俺の姿は、その場から消えた。