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たたかいは終わらない

 積み重なった枯れ葉を踏みしだき、足の裏に伝わる硬いとがった感触を探す。

 十回中九回くらいは竹の根っこ。うねうねと伸び、かつ節っぽい部分はタケノコを踏んだ時の感覚に似ていなくもなくて、落ち葉を蹴り払って顔を覗かせた根っこに落胆する。


 とはいえタケノコだってゼロじゃない。

 時期がよかったのか、あるいは土曜の早朝というか深夜というか微妙なこの時間。平日にタケノコ掘りをしようとする奇特な者が少なかったからか、梶原さんの家の竹林にはそこそこのタケノコが生えていた。


 以前来た時は確か日曜日の昼間で、近所のおじいさんおばあさんから小学生の集団まで、おそらくは二十人くらいがタケノコを探してさまよっていたことを思えば、この独占状態による入れ食いのような大漁さにもうなずけるというもの。


 また一つ見つけたタケノコの周りの土を掘っていく。赤い粒々が見えたところで、スコップで切断するように抜き取って完了。

 ビニール袋にまた一つ本日の成果が増えた。これで大小合わせて十個ほど。


 そうして大量に真竹のタケノコを採取するうちに、気づけば腕時計の針は二時を指し示していた。


「んー……疲れた」


 ずっと中腰で作業をして、時折現れる根っこの隙間を縫うように生えているタケノコを採るのに力を込めすぎて掌が痛い。こう、皮がずりっとなって、すき間が水膨れみたいになっている気がする。


 黙々と作業をしていると時間の感覚がおかしくなる。

 そうして周囲を見回して、今更ながらに押し寄せる夜の気配に少し体が震えた。

 多分、動いてかいた汗が気化して体が冷えたのだと思う。


 わさわさとうるさい枝葉がこすれる音。そこに、けれど幽霊がいるかもしれないとはもう――あまり強くは――思わない。

 幽霊なんていない。仮にいたとしても、きっと静璃の天真爛漫さを前に浄化されていることだろう。あるいは太陽のように眩しい静璃に引き寄せられて行って私の方には近づいてこないはず。


「……そろそろ合流しようかな」


 せっかく二人で来ているのにばらばらで行動するというのはなんと言うか寂しいし、隣に静璃が居ないということに違和感がある。


 それほど大きくは無い竹林。けれど不思議とこれまでの一時間少々、一緒にタケノコを掘っているはずの静璃とも梶原さんとも遭遇していない。

 懐中電灯の明かり一つ見た記憶が無いのは、おそらくは私が集中して、真剣に採取をしていたから、そのはず。


 まさかそんな、私だけ取り残されたとか、梶原さんの家の竹林じゃないどこか別の場所に迷い込んだとか、そんなことはない、はず。


「そんなこと……ないよね」


 当然返事はない。ただ、春の強い風が吹き抜けるばかり。

 梶原さんのそれを見てしまってから一層頼りなく感じられる懐中電灯で周囲を照らす。

 竹、竹、竹、竹……人の姿は無い。

 風が吹く。どこか湿った、土の臭いを強く含んだ風。揺れた破竹の枝が背筋に頬に触れた。


 ぞわぞわと背筋に悪寒が走る。背後を振り向けば、そこには数メートル先も照らし出せない破竹の茂み。


「……静璃?」


 ひとまず竹林を出よう。そうしよう。


 心の中で膨れ上がる恐怖から目を背けながら、とにかく竹の少なそうな方向へと進む。

 おそらく、まっすぐ竹林を抜けるのに本来であれば三分もかからない。小さな林、そのはずなのに、進んでも進んでも出口が見えない。

 このまま、この闇の中にずっと――


「――光だ」


 立ち並ぶ竹の先に、確かに光が見えた。強い光。人工の光。

 光に誘われ、私は早歩きで、そのうちに駆け足で竹林の先へと踏み出して――


「ほかほかー」

「美味いだろう? 八重桜の方がきれいに作れるし花弁も柔らかくて食用には適しているんだが、ソメイヨシノの方が強い香りのものが作れるんだ。だから桜茶にはソメイヨシノの塩漬けがお勧めだな」


 竹林の先。家の前に置かれたベンチに並ぶ影が二つ。

 軒下の明かりの中、並ぶ静璃と梶原さんは、湯飲みを手にのんべんたらりと話をしていた。

 ふーふーと静璃が何度も息を吹きかけるたびに、湯気が尾を引き、虚空へと消えていく。

 こくり。温かな飲み物を口に含み、ふはー、と幸せそうに笑いながら息を吐く。


「……静璃?」

「おわっ……なんだ水奈かぁ。びっくりしたぁ」


 地獄の窯の蓋が開くような、低い、殺意のにじむ声が出た気がする。

 タケノコ掘りに誘ったのは静璃なのに。勝負を持ち掛けてきたのも静璃なのに。闇の中、一人きりで怖い思いをしながら――途中からは夢中になって意識していなかった気がしなくもないけれど――頑張って耐えていたのに。

 静璃はさっさと退散して、梶原さんとのんきにお茶をしていたって? へぇ?


「おーい、水奈ぁー? 顔がこわばってるよー?」

「誰のせいだと!?」

「え、えー……タケノコのせい?」


 わかっているのかいないのか、静璃は湯飲みを梶原さんに持ってもらい、飛び降りるようにベンチから降りて胸を張る。


「それじゃあ勝負の結果発表だよ!」


 言いながら、静璃はすぐわきに置いていた身の丈ほどのタケノコ……待って何それ。


「一目見て明らかだもんね。負けてがっかりしちゃうよねぇ。やっぱり勝負の行方が分からない方がどきどきして面白いもんね。ごめんね、隠しておけばよかったかなぁ」


 つまりは、敗北が目に見えていたから私が不機嫌になったと、そういいたいのだろうか。


「いやそもそも、そのタケノコはありなわけ? っていうか、勝負の方針って数じゃなかった?」

「もちろん可食部の量だよ? 食べられる量が一番大事に決まってるよね?」


 そんな当たり前のように聞かないでほしい。一体いつ私たちは大食漢キャラに転向したというのか。……まあでも、静璃はそこそこ大食いなタイプなのかもしれないから、つまりは静璃の思考を読めなかった私が悪いのかもしれない……本当に?


「梶原さん、ソレ、食べれるんですか?」

「節は固いだろうが、他はいけると思うぞ。お勧めはシナチク風炒めだな。短冊状に切って、砂糖と醤油とみりんとごま油で炒めるんだ。白米にも合うし、美味いぞ」

「タケノコエキスパートのお墨付きだよ!」


 タケノコエキスパートって……まあいいや。


「いいよ、静璃の勝ちで」

「やった! じゃあどうしよっかなぁー」

「……何が?」

「勝者の特権だよ!」


 いや待ってそんな約束してなかったよね、でも静璃の事だから多分そういうことを考えてるんだろうなぁくらいは予測はできていたけどでもやっぱりずるいよねずるくない?


「……要求をどうぞ」

「じゃあ美味しく調理してほしいな!」

「……わかった。でもとりあえず寝るからね」


 このままだと帰ってすぐ料理してとか言いだしそうだけれど、さすがに少し休ませてほしい。こちとら二時間も眠れていないのだ。まあ昨日は普通に学校があったわけで、静璃もそう長く寝てはいないと思うのだけれど一体どこにこれほど体力があったのか疑問だ。


「お疲れ様。一杯どうだ?」

「……いただきます」


 大変だなぁ、と苦笑いしつつも、敗者の肩代わりをするつもりは無いらしい梶原さんから湯飲みを受け取る。

 ふわ、と香るのは桜のにおい。光の中、水面に花弁が揺れる。


 塩漬けした桜を使った桜茶が、疲れた体に染みわたる。

 思っていたよりも体も末端が冷えていたみたいで、ほう、と息が漏れる。


「美味しいよね!」

「そうだね。……なんというか、さっきの光景を思い出す味がする気がします」


 竹林に伸びる桜の木と、空より降り注ぐ月光。

 ぽっかりと開いたあの空間を思い出したのは、多分、この桜茶にまつわる梶原さんの奥さんとの思い出が詰まっているのを感じたからだろう。


「妻のお気に入りだったよ。ポイントは、発色をよくするための酸として、冷凍しておいた自家製の柚子の果汁を使うところなんだ。お酢やレモン果汁を使ってしまうと、せっかくの桜の風味が損なわれるからな」


 ずず、と桜茶を口に含み、梶原さんは笑う。

 美味しいね、と静璃もだいぶ冷めたであろう湯飲みからちびちびと飲み進める。


 過ぎ去った季節を思わせる桜の香りが、春の強い風に運ばれて空高くまで香っていく。

 天を見上げれば、やっぱりそこには月が雲間から顔を覗かせ、静かに私たちを見守っていた。


「これはお花見をするしかないね!」


 静璃の突然の宣言に、私と梶原さんは顔を見合わせ、苦笑しながらうなずいた。

 多分お互いに、似たような光景を想像したのだと思う。


 竹林にぽっかりと開いた広場。中央に生える桜の木の下、レジャーシートを広げたそこに料理を広げ、たくさんの人が料理をつまむ。


 その中心、静璃は楽しくて仕方がないと笑っているのだ。


「よーし、帰ったらいっぱい料理してね!」

「いや私が料理をするの!? あぁ、敗者だからかぁ……まず寝るからね? 今日のお昼に料理を間に合わせるのは無理だからね?」

「えー……じゃあ明日!」

「明日……ならまあ」

「やった! 約束だからね!」


 花が咲いたように笑う静璃を見ていると、仕方がないけれどやりますか、という気持ちになる。

 ただまあ、これからこの大量のタケノコを米ぬかと一緒に煮て灰汁をとって、そこからさらに料理をすることを考えるとげんなりする。

 何しろ勝者である静璃がとってきた巨大タケノコは、それはもうたくさんの可食部がとれそうだから。


 これから私は家中の鍋を総動員してタケノコを煮ていくんだろうなぁまずは寝るけどね絶対に寝るから! そんな上目遣いをしてきてもダメだからね!?


2024/6/11修正

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