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夜の誘い

「水奈ー、遊びに来たよ!!」


 元気200%くらいの声が部屋の中に響き渡る。

 扉が勢いよく開け放たれ、現れたのはもちろん静璃。

 一瞬にして部屋が明るくなり、ハイテンションな声が続く。


「ほら、早く早く! 今日という一日は有限なんだよ? 目いっぱい楽しまないと!」

「……間違っては無いと思うけどさぁ……見てよ」


 怒声をぶつけたい気持ちを何とか抑え込み、けれどこらえきれなかった苛立ちのままにあごをしゃくる。女の子としてどうなのかと思わなくもないけれど、今の私は人として最低限の身だしなみもしてないから問題ないし、何よりも責められるべき非常識は静璃の方。


 視線の先、静璃はよくわからないと首をひねるから、立ち上がって勢いよくカーテンを開く。


「見て、真っ暗!」

「そうだね!」

「今、夜の十一時!」


 まだ日付をまたいですらいない。というか、眠ってから一時間ほどだろうか。

 眠さの苛立ちも相まってついつい言葉がきつくなってしまうけれど、テンションが最高潮に達している静璃を前にしてはのれんに腕押しと言うか、川面に小石を投げ込んで流れを変えようとするくらい無意味な行為だった。


 多分お母さんが静璃をあげたのだろうけれど、もう少し娘の健康に配慮してはくれない者だろうか。

 きっと今頃まだリビングで晩酌をしながら撮りためたドラマを見ているであろうお母さんに心の中で呪詛を吐く。


 とりあえずカーテンを閉じ、腰を落ち着ける。


「……で?」

「今日という日を――」

「今日はあと三十分で終わりだけど?」

「明日という一日を目いっぱい楽しむんだよ!」


 もしや0時から24時までぶっ通しで静璃のテンションに付き合えということだろうか。まあ、おそらくは途中で電池が切れたように眠るのだろう。静璃は子どもだから。


「……予定は?」


 水奈ならそう言ってくれるとわかっていた――そんな信頼のまなざしが痛くて、ついすべてを受け入れてしまった。

 しまったと思っても時すでに遅し。静璃はバァン、と勢いよくテーブルに両手をつき、天井に輝くLEDライトを指し示すように人差し指を伸ばす。


「目指すは大漁! タケノコ掘りだよ!!」


 そういうことらしかった。


 家の近く、といっても自転車で十分ほど向かった場所、私たちが通っていた小学校の目の前に梶原さんという人が住んでいる。

 大豪邸というわけではないごくありふれた一軒家で暮らす彼は、けれどそれこそ小学校と同じかそれ以上の面積の土地を保有していて、その一角を小学校の地域学習の一環で貸し出しをしていたりする。


 私たちも小学一年生の頃にはサツマイモを育てるためにお世話になった。朝早くから静璃に付き合って夏休みなんかにも水やりに行って、元気だねぇ、と眩しそうな顔をして言われたのを覚えている。


 おっとりした彼は、サツマイモ掘りのための畑の他に竹林も抱えていて、それを小学校の児童あるいは卒業生のために開放している。

 子どものうちから様々な経験をすることが、きっと将来の糧になるから、と告げる彼は聖母か仏のようだった。


 事前に許可をもらう必要はあるけれど、細工のために竹を切ったり、春にはタケノコ掘りを楽しむことができるのだ。


「もちろん昨日のうちに許可は取っておいたよ。土曜日の午前に掘ります、って」


 自転車を走らせながら、前を行く静璃が声を張る。


「バカ、声が大きい!」

「水奈だって大きいよ!?」


 ああもう。

 人気が無い闇に沈んだ町に、静璃の声が響き渡る。

 バサバサと、近くで羽音が聞こえて、見上げれば蝙蝠らしき集団が一斉に遠くへと飛び去って行っていた。一体どこに止まっていたのだろう。


 がちゃがちゃ、と自転車の前かごに入れた袋の中でスコップ同士がぶつかって音を立てる。前を行く静璃が、片手に持ったままにしているシャベルを高らかを掲げる。


「静璃、危ないってば」

「だいじょうぶダイジョーブ!」


 器用にも片手で立ち漕ぎをする静璃。その背中を眺めながら、そういえば今日はずいぶんと雰囲気の違う服装だと今更ながらに気づく。

 泥で汚れることを考えたのだろう、カーキ色のズボンと黒のシャツ。おかげで、天使というよりも止まることを知らない子ども――暴走列車のよう。

 ちなみに、私もまた長袖長ズボンで、けが防止に努めている。梶原さんが手を入れている竹林とはいえ、破竹の枝で擦り傷を負ってしばらくひりひりしていたかったことを思い出したからだ。


 ちなみに、去年は真っ当な時間に足を運んだ。

 一体何がこれほどまでに静璃を駆り立てたのか、頭の中を知りたいような、知りたくないような……。


 世の中には、知らない方がいいこともあると思うのだ。


 ずいぶん懐かしく感じる道のりを自転車で進むこと十分ほど。当時は三十分近くかけて毎日通っていた小学校の黒々とした大きな影が近づいてくる。

 夜闇に沈む校舎は当然のことながら固く門が閉ざされ、ただ防犯カメラの小さな赤い光があるばかり。

 すぐそばにある街灯が思い出したように光り出しては明滅を繰り返し、虫が寄っては離れて羽音をむやみやたらと響かせる。


「なんかお化けが出そうだね」

「……ようやく日付が変わったくらいで、丑三つ時にはまだしばらくあると思うけどね」

「梶原のオジーちゃんって牛も飼ってたっけ?」

「その牛じゃないから。朝の二時から二時半、人じゃないものが動き出す時間のことだって」


 静璃のボケに加えて今がまだ夜中の零時頃であることを思い出して、どっと疲れが襲ってきた。


「静璃……もう帰らない?」

「今来たところだよ!?」


 ボケはわたしの担当なのに、とでも言いたげな悲鳴にますます体が重くなった気がする。


「夜の探検だよ? 大冒険だよ? ほら、わくわくがわたしたちを待ってるんだよ?」

「待ってるのはタケノコでしょ」

「それはどうかな。ほら、ニワトリが先かタマゴが先かって言うでしょ? だからタケノコと竹やぶがわたしたちを待ってるんだよ」


 つまり、竹が先かタケノコが先かわからないから、どっちも言うのが正解だってこと?

 そもそも竹とタケノコの後先を考えていたわけじゃなかったと思うだけど……


「知ってる? 竹薮って言うのは管理されていない密度の大きい竹の林で、人の手が入っている場合は竹林なんだよ」

「でもほら、こうして見ると竹林っていうより、竹やぶって感じがしない?」


 余計な雑学は、ざわざわと竹の葉がこすれる音を前に首を垂れる。

 静璃が指し示す先、闇に沈む竹の林は、その間隙を見通すことは叶わない。闇の密度は、竹林を人の手入れが見えない恐るべき魔の土地の入り口に変貌させていた。


「……やっぱり、帰らない?」

「帰らない! もう、どうしても嫌ならここで待っててもいいよ? わたしが水奈の分まで取ってくるから!」


 ビニール袋を手に胸を張る静璃は、私が持ってきたスコップも受け取り、ずんずんと林の先へと進んでいく。

 その姿はあっという間に見えなくなり、枯れ葉の山を蹴り均すように踏んでタケノコの出っ張りを探す特徴的な足音も、葉擦れの音に飲み込まれる。


 風が吹く。冷たい春の夜の風。

 見上げる先、雲に覆われた空には月はもちろん星明かりの一つも見えない。

 ジジジ、パチッ。

 おかしな音を響かせながらまた一つ街灯の蛍光灯が明滅する。


「ひゃ!?」


 街灯とは違う場所で、光がうごめいた。

 恐る恐る背後を向けば、闇に沈む小学校の校舎に、揺らめく人魂が一つ――


「だ、大丈夫。多分あれだよね警備の人が見まわってるとそんな感じでしょ絶対そうだよね人魂とか馬鹿らしいし幽霊なわけないんだってましてや学校の七不思議の――」


 ――施錠された校舎の中をさまよい、仲間になってくれる人を探す不審死した男の子のユーレイがいるんだって。


 いつだったか、静璃が目をキラキラさせながら話していた言葉が耳の奥によみがえる。


「~~~っ!」


 前門の虎後門の狼。

 少なくとも虎なんて鼻歌でも歌いながら追い払いそうな静璃が居る方へ、私は一歩を踏み出した。


 私にとって静璃が()()ブルメーカーであるということからは目をそらし、その寒いネタを頭の中から追い払いながら闇の先に進む。


続きます……

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