足りない
執筆の感覚を取り戻すための習作的位置づけです。
読み難かったらすみません。なるべく気軽に、頭を空っぽにして読める作品にする予定です。
筆の向かうままに……
天塚静璃は、見た目は天使のような女の子だ。
ふわふわとした羽のような髪は光をすかすと小麦色に輝き、やや色の薄い黒目に白い肌、ほっそりとした背丈は物語のヒロインと呼ぶにふさわしい。
薄倖な美少女――という表現は、彼女が口を開くまではこれ以上なく的確だと思う。
けれど私、紫月水奈は十数年静璃と幼馴染をしてきて――幼馴染をするという表現がふさわしいのかはさておき――知っている。
静璃が、あらゆる第一印象を吹き飛ばす、超ド級の天然ちゃんであることを。
あるいは確信犯なのかもしれないが、それは神のみぞ知るところ……
「ねぇ、水奈」
来た、と身構えてしまったのは仕方のないこと。
登下校。重いカバンの肩紐が食い込むのを感じる。
今日はどんなとんでもない発言が飛び出すのかと、体勢を低くしてゴールキーパーのように構えれば、静璃は両手を持ち上げ、獲物を前にした熊のようにポーズをする。
それはさながら、再会を喜び、抱き合おうとお互いに腕を広げ、互いの出方をうかがうがごとく。
静璃が回りだし、私も回りだす。ぐるぐるぐるーり、なんて擬態語を口にするうちに楽しくなったのか、静璃は足を止めて体をゆらゆらさせる。
やや癖のある髪がふわふわと揺れる。
「……ムッ」
「どうしたの? お腹痛い?」
突然静璃は眉間にしわを寄せる。
多分見当違いだろうな、と思いながらも一応聞いてみれば、静璃は頬を膨らませて告げた。
「……足りない」
「足りない? もしかして、私も『ぐるぐるぐるーり』って言わないといけなかった?」
さすがに少し恥ずかしい、なんていうのは、歩道で突如回っておきながら今更なのだろう。
幸いにして歩行者はいなかったものの、すぐそばの家から顔を出したお母さん世代の女の人がしきりに瞬きを繰り返しているのが見えてぶわっと顔が熱を帯びた。
「違う。足りないのは身長」
「身長……静璃、背が高くなりたいの?」
「ううん。水奈と背丈が一緒じゃないとうまくぐるぐるできない」
だからしゃがめ、と視線で訴えてくるけれど、重いカバンを背負いながら中腰体勢で回るなんて嫌だ。私は無意味に体を痛めつける趣味はない。
「はっ!」
ひらめいた、と静璃が目を見開く。
うわ、と私は一歩後退りする。
「……何に気づいたの?」
「もげばいい!」
――猟奇的な発言が聞こえた気がするのはわたしの気のせいだろうか。
あと、両手の平を私に向けて開いては閉じてを繰り返す姿は、話と全く別のことを意味しているように思えてならない。
「……もげないから」
「胸じゃないよ?」
体の前、両腕をクロスさせてかばいながら告げれば、きょとんとした顔で言い返された。
思考の断絶に、わたしもまた首をひねる。
わきわき。
手が動く。それはまるで、鶏の首をこう、きゅっと絞めるような。
「じゃあ……首を?」
果たして、静璃はにっこりと笑って――背筋を悪寒が走った。
「やだなー足首ですよー」
「どっちにしろ猟奇的じゃん!」
わたしの突っ込みに満足したのかどうか、静璃は再び「ぐるぐるぐるーり」と歌うように告げながら回りだす。
さながら、私を獲物と見定め、襲うタイミングをうかがうように。
自然と体勢を低くし、水奈の腕を食い止めるべく手を構える。
ぐるぐるぐるーり。
回る私たちの姿は多分、客観的に見れば意味不明で、ともすれば恐ろしかっただろう。
静璃はただただ楽しそうで、結局、わたしの足腰が悲鳴を上げるまでその奇行は続いた。