1-7 敵国の王太子
待てない作者の本日何話目だっけの投稿です。
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何もやることがなくなってから、数日が過ぎた。王宮のどこへ行っても締め出され、結局いられる場所はほとんど自室だけだ。それは、ほぼ軟禁に近い状態だった。自らの足で行ける場所は、自室に近い廊下と、窓から見える王族のみが出入りできる小さな庭園だけ。上質なその空間は、ただ己を閉じ込めるだけの豪華な鳥かごのようだった。
様々な噂が広がる今、下町へ行くこともやめたほうがいいだろうとマリアに諭され、ただ部屋の中で読書をして過ごす。
本来は活動的にあれこれして過ごすのが好きな性格だ。閉じ込められた部屋で、ゆっくりと絞め殺されるように流れる日々に、気持ちが荒んでいく。
ドメルティス帝国への輿入れの支度は、私以外の人の手で進められていた。皇女の輿入れには、色々と準備がかかるらしかった。あちらの国へ行くまでの期間は、ニ週間後を切った。行ったらもう、この国へは帰れないだろう。
それでも、その期間を先延ばしするつもりはなかった。今こうしている間にも、ペリスの人々は劣悪な環境の中、泥水を啜りながら過ごしている。病弱なお兄様だって、無事かはわからない。早く、助け出さなくては。
私は準備を最速で進めてほしいと指示を出し、その時を待つように淡々と日々を過ごしていった。
そんな日々が少し続いた頃、ある夜会が執り行われることとなった。我が帝国の四大貴族の一つ、タランテラ家の夜会。小規模だが海外の要人も招待された夜会であり、通常であれば、きちんとした社交が必要な場だった。
予想外にも参加を許された私は、その日の夜、馬車に揺られながら、家の敷地に降り立った。篝火が焚かれランプに照らし出されたエントランスは、日が落ちた街の中で美しく輝いていた。
歩みを進めてすぐに、少し背の低い、ふんわりした雰囲気の令嬢が私の方へ走り寄ってきた。タランテラ家の令嬢であり、私の友人であるキャレル。いつも朗らかなその表情は、今日はなんだか苦しみを胸のうちに秘めているような、そんな苦々しい表情だった。
「エレナ様!」
「キャレル……」
着いて早々に私に抱きつくように縋るキャレルは、早くも瞳に涙をいっぱいにためていた。
「エレナ様……私、何も、できなくて」
「何を言っているの、キャレル。あなたに会えて、私は今ここ数日で一番元気になったわよ?」
そう言ってキャレルにニヤリと笑みを見せると、キャレルはもっと目に涙をためて、私に抱きついた。
「ほらほら、キャレル……せっかく綺麗にしてもらったお化粧がエレナーレ様のドレスに染み込んじゃうよ」
キャレルの兄のオズワルドが困ったように笑いながら私に形式的な挨拶をした。
「エレナーレ様、本日は御身をエスコートできるという身に余る光栄をありがとうございます」
「やめてよオズワルド……貴方に傷がつかないといいのだけど」
「何をおっしゃいますか」
微笑むオズワルドに、苦笑いを返す。――敵国に売られる予定の皇女のエスコート。もはやこの国への影響力を失う女をエスコートする価値は、既に殆ど無いように思われた。
「エレナ様、城内では身動きができず辛い状況だとお聞きしました。私は、本当に、気が気じゃなくて……悔しくて…………」
悔しそうに顔を歪めるキャレルに、まだこんなに私のことを思ってくれる人がいることに感謝した。そして、この友人が置かれた状況に心が痛んだ。
――キャレルは、ロメリアと関係を持ってしまったコンラートの、婚約者なのだから。
その痛みに追い立てられるように、私はキャレルの手をギュッと握りしめた。
「それを言うなら貴女の方よ。妹が……ロメリアが、大変な事をしてしまって……謝罪も受け入れたくないだろうけれど」
「いいんです、元々コンラートとはいい関係性では無かったですしね。大丈夫ですよ、お父様も怒ってらっしゃるので、このまま慰謝料をふんだくって婚約解消です」
そうからりと笑ったキャレルは、エスコートをしようと私に手を伸ばした兄を無視して、私の手を引いて歩き出した。
「とにかく、今日はいっぱい話を聞いてもらいますからね!」
「そんなにあるの?」
「ありますとも!それに……エレナ様にもたくさん話してもらわないと」
ニコリと笑う友人の顔に、あぁ、わざとこうしてむりやり私の手を引いてくれているのだなと気がついた。
――元気がない。それを、見破られてしまったのだろう。
いつもは外交に華を咲かせる重要な夜会。だけれども、敵国の王太子の花嫁となる私には、この国で外交をする理由はあまりない。そのせいか、あまり要人も寄ってこなかった。
キャレルと共に、笑いながら身の上話をして過ごす。こんなに穏やかな夜会はいつぶりだろう。この友人とも、もうすぐ会えなくなってしまうのだろうけど。それでも、こうして友人と過ごす時間が与えられたことに、感謝した。
それと同時に、ペリスの人々のことを思う。私がこうしている間にも、尊い命が失われているのかと思うと、気が気じゃなかった。
「エレナ様?」
「あ、ごめんね。それで?」
もう、とキャレルは頬を膨らませてから、ぷは、と吹き出した。つられて私も笑い出す。中の良い友人。楽しい時間。
そう、もう最後だからと、この優しい友人と過ごす時間に、少し気を抜いてしまっていたのかもしれない。
ざわざわと違和感のあるどよめきが聞こえた。何が起こったのかと疑問に思って振り返った時。急に顎の下からがしりと顔を掴まれて上を向かされた。ふらめく足と頬の痛みに顔を歪める。
「お前が新しい花嫁か。冷たそうな色だな」
その言葉に目を見開く。目の前にある、切れ長の目が印象的な、強引そうな顔。沢山の装飾のついた軍服を着たこの男の事を、私は知っている。
――ザイアス=ドメルティス。敵国ドメルティス帝国の王太子。そして、私の夫になる男。その男がなぜ、ここにいるのか。
「……お手を離して頂けませんか」
「は、随分と勝ち気だな。これをすると大抵の女は震えて泣くぞ」
「酷いことをしているという自覚がおありで良かったですわ」
「…………なるほどな」
ザイアス殿下は日焼けした顔でニヤリと笑って、私の頬を掴む手にもっと手に力を入れた。
「なかなか強気な女のようだな。これは調教のしがいがある」
「どうぞご勝手に。ただ、わたくしはまだザイアス殿下の元へ嫁いでおりません。どうかお教えはそちらの国の者になってからにしてくださいませんか」
「あと少しで俺のものになる女を俺の好きにして何が悪い?」
愉快そうに笑ったザイアス殿下は、私に顔を近づけた。微笑むその顔に、なにかドロリとしたものを感じて身を引こうとする。が、頬を強く掴まれ動けない。
頭にきて、思いっきりニヤつく男の顔を睨みつける。
「楯突く女もたまには悪くないな。まぁ、怯えていようが反抗しようが、最後には俺を求めるようになるが、それもまたいい」
「……悪趣味ですわね」
「なんとでも言え。お前はもうすぐそんな悪趣味な俺のモノになる」
ザイアス殿下はすっと目を細めると、ニヤリと笑ってもっと顔を近づけた。ペロリと唇を舐める仕草に、まさか、と固まる。そして、急いで身を引こうと必死でもがいたけど。
ぐいと、痛いほど顎を掴まれ、逃げられない。
その捕食者のような男の目に、ぞわりと身の毛がよだつ。
「っ、離して、」
「なんだ、もう弱気になってきたのか?このぐらいの辱めであれば序の口だろう?」
「な……にを……っ、」
「あぁ、確かに他の貰い手は無くなるかもな。さっさと諦めをつけさせるのも楽でいいか」
確かに、こんな大勢の人前で唇を奪われたりしたら、傷物とはいかないまでも他の貰い手は無くなるだろう。実際にはそれが狙いかと顔を歪める。
「諦めはついたか?それとも――もう少し無駄な抵抗をするか?」
ぞわりと恐怖と嫌悪感に身の毛がよだつ。好きでもない男に触れられる心の準備などできていなかった。いや、むしろ、男女の色恋沙汰の触れ合いなどしたことがない。未知の領域に、知らないその先に、怖れが膨らんでいく。
私を強く掴む手から、その声を拾う耳から、自分が穢れていくように感じて身震いする。
嫌だ、やめて、触れないで。
そう、思うけれど。
私がこれ以上抵抗すれば、お兄様や、ペリスの民は、どうなってしまうのだろう。
――私は、受け入れねばならない。
何が、身を捧げる覚悟はできている、だ。目の前にそれが迫れば、心が拒否をする。こんな、大勢の前で。何も知らない、生娘の鉄の皇女。ただの、何もない、弱い女。
その己に下した結論に思わず涙がにじみ、目の前が暗くなったように感じた。
そんな私に気がついたのだろう。ザイアス殿下は嗜虐の快楽に染まった笑みを浮かべて私を見下ろした。
「ほら、いい顔をするじゃないか」
「っ、やめ、て」
「これでやめるやつがいるか?大丈夫だ、あっという間に服従させ――っ!?」
パン、というザイアス殿下を跳ね除ける衝撃と、私の身を後ろから抱きしめるように引き寄せる腕。急に起こったその事態に、呆気に取られたまま、誰かの腕の中に収まった。
「大国ドメルティスでは、こんな野蛮な女性の扱い方をするの?」
その声に、ドクンと胸が跳ねた。ゆるゆると、私を抱き寄せる声の主を見上げる。
シャンデリアの灯りを浴びて金糸のように輝く金の髪。
それから、何度も飲み屋のカウンターで見た愛しい横顔と、空の色を映したような、美しい碧眼。
「アレク……」
思わず呟いた声に、声の主は私の方に視線を向けた。美しい碧眼が、優しく細められる。
どうして、ここに。
頼もしくも美しいその姿は、夢か幻のように思えた。
読んでいただいてありがとうございました!
ついに!アレクが!帰ってきましたー!!!
「待ってましたぁぁぁぁ!!!」と心のなかで叫んで下さったあなたも、
「ザイアス蹴散らせぇぇぇ!!!」と闘争心を爆発させてくださった読者様も、
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