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1-5 薔薇と棘

待てない作者の本日の連投五話目!

「な、なにこれ……」


 朝、目覚めると。私室にはこれでもかというほどの沢山の美しい薔薇の花が飾られていた。


 朝日が輝く部屋に漂う、華やかで豊かな香り。起きたばかりで頭が働ききっていない私は、呆然とその前に立ち尽くしていた。


「今朝早くに届きましたので、生けておきました」


 にこにことマリアが答えるのを上の空で聞きながら、差し出されたカードを受け取る。そこには、いつかクリスマスカードで見たのと同じ、流れるような美しい文字が書かれていた。


『愛しのエレナーレ 

  貴女へ花束よりもいっぱいの愛を 

               アレクシス』


「ぎゃあ!!!」


 慌ててカードを放り投げる。なんだこのコテコテのラブレターのような文章は。外ヅラ王子モード全開のアレクに鳥肌が立った。


「なにこれ!?アレクはこんな事言う人じゃないわ!」


「あ、すみません、それは公式のでした」


 クスクスと笑ったマリアが、もう一つ小さなカードを差し出した。さらさらと気が抜けたような、でも綺麗な文字が書かれている。


『ちゃんと待っててね。必ず迎えに行く。 アレク』


 その気の抜けたような文字に、いつも酒場で会うアレクの顔がちらついた。これはきっと、本当の言葉。それが分かって、なんだか胸がギュッとなった。


「きちんと公式の手順に沿った贈り物ですから。マナーに沿ったカードを作るとこのようにコテコテになってしまいますけど……こっそり違うカードを忍ばせるなんて、殿下も手が込んでいますね」


 ふふ、と笑ったマリアの顔を見てから、もう一度薔薇の花に目を戻す。


 大輪の赤バラの中には、一輪の黒薔薇が混じっていた。


「どうして一輪だけ黒薔薇なのかしら」


「…………想いが深いですね」


「え?」


 なにそれと、問いかけようとした時。部屋の外で何か音がした。反射的に姿勢を正し、部屋の外へ通じる扉へ体を向ける。次いで、ガチャリと扉が開いた。


「お姉様……本当でしたのね」


 無表情のロメリアが、ノックもせずに部屋に入ってきた。その様子にすっと目を細める。


「ロメリア、ノックも無く入室するとは何事ですか」


 そうロメリアを咎めるが、ロメリアは何も答えず、薔薇の花に冷たい視線を注いだ。


「――まさか、アレクシス殿下を使うとは。一体どんな手を使ったのですか?」


「……は?」


「色仕掛……な訳がないですものね。じゃあ、何か弱みを?」


「何を、言っているの?」


 意味がわからず眉をひそめる私にロメリアは諦めたようにため息を吐くと、後ろに控えていたロメリア専属のメイドたちに合図を出した。


「まぁ、いいですわ。とにかくこの薔薇は貰っていきます」


「は!?」


「当然でしょう、別にお姉様に贈られたものではないのですから。これは、『アルメテス皇家の姫』との繋がりのための贈り物です。昨日の今日でお姉様がドメルティス帝国へ輿入れする事をご存知なかったから、お姉様に届いてしまっただけですわ」


 信じられない言葉を聞きながら、メイドが薔薇に手を伸ばすのを呆然と眺める。


 アレクが、初めてくれた、薔薇。それすらも、私の手元に残らないなんて。


 どうしても、許せなくて。気づけば、薔薇を背にメイドとロメリアの前に立ちはだかっていた。


「――どのような理由があるにせよ、これは私宛に届いたものです」


「まぁ……まさか、期待してらっしゃるのですか?」


「私に届いたものに対してなんの期待もしない方が失礼ではなくて?」


 ぴく、とロメリアの眉が動いたような気がした。珍しいその表情に気を取られていたのだろう。ロメリアは、す、と手を私に伸ばすと――いきなり勢いよく私を押し叩いた。


 背後の薔薇の花瓶に背中があたり、ガシャン!と花瓶が砕け散る。慌てて起き上がった私を見下すように冷たく見下したロメリアは、床に転がった赤い薔薇を思いっきり踏みつけた。


「――せいぜい虚しい期待をしていることね」

 

 赤いバラが、ロメリアの足でグリグリとすり潰される。信じられない気持ちでロメリアを睨みつけると、ロメリアはにこりと笑って、床に落ちていた黒薔薇を手に取った。


「こんなものが混じっているのだもの。アレクシス殿下が綺麗な気持ちだけじゃないってことが、どうしてわからないのかしら。……せいぜい期待して傷つくといいわ」


 そうしてロメリアは黒薔薇をぽい、と床に投げ捨てると、ドレスを翻して帰っていった。


 ため息を吐いて、黒薔薇を拾う。


 ――これは、何か悪い意味のものなのだろうか。


 あまり、花言葉には詳しくなかった。ただ、黒い薔薇という爽やかではない響きに、ざわりと心が揺れる。


「――貴女はあくまで私のもの」


 その言葉に驚いて振り返る。背後ではマリアが、ニコリと笑っていた。


「黒薔薇の花言葉です。もちろん、憎しみのような悪い意味もありますが……赤い薔薇と共に届いた黒薔薇であれば、この意味かと」


「……っえ、待って。マリア、そんな、」


「それから、一本の薔薇であれば、『あなたしかいない』ですかね。薔薇は、贈る本数にも意味がありますので」


 優しげな声で諭すように言ったマリアは、一輪挿しをテーブルの上に置くと、私の手から黒薔薇を抜き取って丁寧に生けた。


 黒薔薇は濃い赤ワインのような深い色合いを湛え、一輪でもその存在感を際立たせていた。


「……『貴女はあくまで私のもの、あなたしかいない』。情熱的ですね、殿下は」


「ま、まさか……!!」


 狼狽える私に、マリアはまたにこりと優しげに微笑んだ。


「とにかく。こちらの赤薔薇ですが、傷んでしまった部分は取り除いて、贅沢にお風呂で使えないか検討いたしましょう!せっかく頂いたものなのに、このまま捨ててしまうのは勿体ないですからね」


「そ……そうね……」


 無惨に踏みつけられた赤薔薇をマリアが丁寧に集めていった。その表情は、とてもにこやかだ。マリアは赤薔薇を抱えると満面の笑みを私に向けた。


「今朝はお時間がございますので、早速薔薇風呂にいたしましょう。殿下が送って下さった薔薇に朝からどっぷり浸かるだなんて、素敵ですわね!」


「へ、変な言い方しないでよ!」


「まぁ、どこがですか?」


「…………」


 困惑している間にあっという間に薔薇風呂が準備され、半ば強引に服を引っ剥がされ風呂に浸かった。


 赤い薔薇の花びらでいっぱいの湯船は、朝日が差し込んでキラキラと輝いている。華やかな香りが、湯船からふわりと立ち上がった。


 ――貴女はあくまで私のもの


「そ……そんなわけ無いでしょう!」


 ぱちゃんと顔に湯水をかけて顔を覆う。


 余計に芳しい香りに包まれて心が落ち着かない。アレクは、一体何を考えているのだろうか。


 肌身離さずと言われ風呂場まで持ち込んでしまったネックレスのペンダントトップを手のひらにのせる。朝日の中、そこにはエランティーヌ王国の紋章がキラキラと輝いていた。


 アレクの様子を思い浮かべながら思いを馳せる。


 赤薔薇に混じった黒薔薇。『持っていて』、と言われた紋章入りのネックレス。


 ――もしかして、アレクは……


 これは愛ではなく友情だ、と暗に訴えかけているのではないだろうか。


 深読みすればマリアのような解釈もあり得るが。通常であればシンプルに赤薔薇を贈るだろう。アレクのようなイケメンが、こんな面白みのない強そうな鉄の女に、黒薔薇で表現されるような深い愛を持っているとは思えなかった。


 ――アレクと結婚するはずだったエランティーヌ王国の新しい聖女は、いつの間にか他の者と結婚していた。だから、アレクの隣は空席だ。アレクにとって、たまたまタイミングが良かっただけなのかもしれない。これはきっと礼儀として贈られたものなのだろう。


 ふぅ、と息を吐き出し、立ち上る風呂の湯気を見上げる。


 本来は、エランティーヌ王国の第二王子アレクシスと、帝国の第一皇女の私とでは、身分の差があるのが現実だった。


 私がアレクと婚姻を結ぶ場合、恐らく私はエランティーヌ王国の臣下の貴族になる。それは、私の立場からすると、かなり地位が下がる婚姻だった。それが禁止されている訳ではないが、歴代の我が国の正妃に連なる第一皇女の婚姻から考えると、本来であれば皇帝であるお父様がそれを許すとは思えなかった。


 ――ドメルティス帝国のペリス侵略が片付くのであれば、両国の関係的にもエランティーヌ王国へ嫁ぐほうが、国益にはなるはずだけど。そんな淡い期待を首を振って頭の中から締め出す。


 現状では、この短期間でのペリス奪還はかなり無理がある。兵の補強も嵐の被害から復旧するには時間がかかるはずだ。そして、そもそも、アレクは他国の人間だ。


 ドメルティス帝国への人質花嫁となる資格があるのは、今私しかいない。いくらアレクでも、それを覆すことはできないだろう。


「……無茶、してないといいんだけど」


 アレクに返礼と共にメッセージを贈ろうとしたが、既に国外へと出てしまったとのことだった。何をしているのかわからないが、自分の為に、アレクの身に何か悪いことが起こらないか、気が気でなかった。


 ――必ず迎えに行く。


 カードに流れるような文字で書かれていたその言葉を思い出しながら、ちゃぷんと湯を揺らした。



 皇女の一日は城の中枢へ足を運ぶことから始まる。背筋を伸ばし、格式高いかっちりとしたドレスを着て式典の場へ向かった。強そうな鉄の女。誰が言い始めたのかは知らないが、上手いことを言ったものだと窓に映る自分の姿を見て思う。群青色の髪に、強そうなお父様譲りの深い青の瞳。


 ロメリアのような華やかさも愛想もない、仕事人間の皇女。それでも、最後まで役目は果たさねばと、今日も真面目に務めに出向いた。


 海外のお客様がいらっしゃる際に使う外交の間は、重厚な長机にいくつもの椅子が並んでいた。


「エレナーレ様、席の配置はこちらで問題ございませんか?」


「そうね……恐らく先方は専用の通訳を複数名連れてくるでしょうから、もしかしたらもう少し席の間隔があった方がいいかもしれません。通訳の方もお座りになる可能性があるので、来賓の方の椅子の後ろにもう一脚椅子を置けるスペースがあれば最善でしょうけれど。対応できそうですか?」


「畏まりました、少し長机の位置を調整すれば可能なはずですので、対応致します」


「ありがとう、宜しくお願いしますね」


 そう答えると、士官は満足そうに微笑んだ。


「こちらこそ助かります。では、こちらに飾る花は――」


「大輪の百合の花を飾りなさい」


 その声にハッと振り向く。最上級の絹をふんだんに使ったドレスを着たロメリアが、天女のような微笑みをたたえてにこやかに立っていた。戸惑いを隠せない士官が、狼狽えながら応対する。


「た……大輪の百合の花、ですか?」


「そうよ、百合はあちらの国でも今流行の花でしょう?」


「しかし、パーティーならわかりますが、この外交の場にはいささか派手過ぎるのではと……」


「まぁ、貴方はわたくしの言う事が聞けないの?」


 そう言うとロメリアは持っていた扇子で士官の顎を持ち上げると、つまらなそうに言った。


「貴方、名前は?」


「レ、レイモンドと申します……」


「そう、レイモンド。明日から来なくていいわ」


 目を丸くしたレイモンドは、次いで青ざめた。


「お、お待ち下さい!それは、」


「煩いわね。牢屋がいいの?わたくしがクビだと言っているのだから、早く消えなさいな」


「そんな事が許される訳が無いでしょう、ロメリア」


 毅然とした態度でそう伝え、士官をロメリアから開放する。視線で早く行きなさいと伝えると、士官は黙礼してさっとその場から立ち去った。


「……邪魔しないでくださる、お姉様」


「邪魔しているのはどちらかしら。突然このような場に来てどうしたのです。いつも貴女はお茶会でなければ来なかったでしょう」


「えぇ、そうでしたが」


 ロメリアは美しい顔でにこやかに微笑んだ。


「もうこのお勤めは、お姉様の仕事では無くなりましたので」


「……は?」


「輿入れの準備をしなければならないでしょう?お姉様のお勤めは、わたくしがすべて引き継ぎましたの」


 そうしてぴらりと1枚の紙を私の目の前に差し出した。


 ――エレナーレの任を、全てロメリアへ引き継がせることとする。


 そこには、見間違うことのないお父様の文字が綴られていた。それから、皇帝の印がはっきりと押されている。


「すべてわたくしがやっておきますから。お帰りくださいますか?お姉様」


 微笑むロメリアはクスクスと笑い声を上げると、私の横を素通りして立ち去った。


 ――――まさか、


 その様子に嫌な予感がして、慌てて士官が集う政務室の方へと向かう。しかし、その先へと続く廊下で、衛兵に止められた。


「エレナーレ様……申し訳ございません。ここから先へお通しすることはできません」


「……理由を聞いても?」


「ロメリア様にご指示を頂きましたが……これは、陛下の命であると」


「…………」


 やはり、既に手が回されていた。ロメリアの指示であれば撤回することも可能だが、お父様の命であればこの国で覆すことのできる人はいない。


 ぐっと手を握る。この様子であれば、既に他の場所へも手が回っているだろう。


「エレナーレ様……」


「ごめんね、大丈夫よ。貴方は自分の仕事をなさい」


 そう兵士に微笑むと、兵士は何かをぐっと飲み込むように敬礼をした。


 さっとその場を離れて場内を歩く。思えば当然だった。他国へ嫁ぐ者に、これ以上国の機密情報を与える理由はなかった。


 閉ざされた扉、遠巻きの臣下達。噂を囁く声に、私に向けられる憐れみの目。


 扉の向こうから噂話をする声が聞こえる。


「皇帝陛下が帝国へ差し出したのは、美しい第二皇女のロメリア様ではなく、第一皇女のエレナーレ様ですって」


「皇帝陛下もやはり美しいロメリア様を手元に置きたかったのかしら」


 一晩で随分と話が回ったようだった。一気に何もかもが変わってしまった。自室以外に行く宛も無くなり、庭園の片隅のベンチに腰掛ける。


 やることもなく、ぼんやりと空を仰いだ。しばらく、静かな時が流れる。ピチピチと小鳥が鳴き、爽やかな風が吹いていく。


 昨日までの慌ただしさがどこかへ行ったように静かだ。


 こんなにゆっくりと空を見上げたのは、いつぶりだろう。


 青い空に浮かぶ柔らかそうな雲を眺めながら、なんだかどうでも良くなってきて肩の力を抜いた。どうせ、もう少ししたらドメルティス帝国へ送られるのだ。遅かれ早かれ、この国のすべての事は私の手から離れていく。


 そう、私がいなくても、この国は回っていくのだから。


「聞いたか?エレナーレ様の話」


 庭を歩く兵の声が聞こえてハッとして居住まいを正した。自分の話をしている――聞かない方がいいと予想がついているのに、自分の耳はその声を拾ってしまった。


「あぁ、皇帝陛下も美しいロメリア様をドメルティス帝国へやるのは惜しくなったんだろうな」


「にしても、第一皇女を他国の側妃にするなんて、格下げもいいところだろう。エレナーレ様ほどの才女が」


「まぁ……結局、女は愛嬌ってことだろ?いくら才女でも、エレナーレ様は華がないっていうか……仕事の鬼だろ。女としてはロメリア様より下だからな。強そうというか、硬そうというか。さすが、『鉄の皇女』だよな」


「お前それここで言うなよ、不敬罪になるぞ」


「大丈夫だろ、誰もいな……」


 不運にも、ちょうど垣根が切れて兵士とパチリと目が合う。目を見開いて固まった兵士は、青くなって私の前に跪いた。


「も、申し訳、ございません……!」


 青くなって震える兵士に苦笑いをする。軽口を叩きたくなる気持ちなんて、私だって痛いほど分かるのだから。


「謝罪を受け入れます。さぁ、仕事に戻って」


「あ、あの、」


「いいの、もう忘れて」


 まだ震えが止まらない兵士の肩をぽんと叩き、その場を後にした。


 ――華のない、硬そうな、鉄の皇女。


 ずっと影で言われてきたその言葉が、今日は棘のように、妙に胸に痛みを与えているような気した。



読んでいただいてありがとうございました!


エレナしょぼん回でした……(´・ω・`)

「許すの早くね!?懐広すぎでしょ」とエレナの器の広さに感銘を受けて下さった読者様も(私はキレます)、

「おいどこ行ったアレク!?」とヒーロー不在に落ち着かないあなた様も(あとちょっとまってね!)、

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