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1-3 出会いの酒場

 三年程前、この悪友と出会ったのもこの酒場だった。


 その日、いつも通り城を抜け出した私は、下町にどっぷりと浸かって安い酒を飲み、常連達と世間話に花を咲かせていた。そんな時、私にガラの悪い男たちが絡んできたのだった。


 一団のボスらしき男は下級貴族の次男坊だった。教育のなっていないこの男は、安い酒を飲む店の客をぞんざいに扱い、私の腕を思いっきり掴んだ。


「しょうがねぇ、今日はお前で我慢してやるよ」


「はぁ?願い下げよ」


「生意気な口を」


 酔った男は手を振り上げた。さっと臨戦態勢を取る。このぐらいなら余裕でかわして――


 そう思った時、見知らぬ男がその振り挙げられた男の手をパシリと掴んだ。


「――ほんと、格好悪いね、君。ほんとに貴族?」


「誰だ貴様。処分するぞ」


「おっとやめたほうがいいよ?僕はこの国の者じゃない。傷つけると外交問題だ――へラム卿の爵位なんてあっという間に消えてなくなるけど」


 さっとその男の表情を見る。こいつ、こんな安い下町にいる癖に、しかもこの国の者じゃないのに随分と事情に詳しいようだった。何者だろうと思っているうちに、下級貴族の次男坊は、チッと舌打ちをして子分を従えて去っていった。


 最低。超格好悪い。べーっとその背中に嫌味と酷い虫歯になる呪いを送っていると、先程助けてくれた男が落ち着いた様子で私に近づいてきた。


 薄汚い旅装にくたびれた帽子。茶色に煤けた髪の毛はまさに下町に馴染んでいたけれど。その下にある顔はとても綺麗で、美しい碧眼がランプの灯りをキラキラと跳ね返していた。


 なんか無駄に綺麗な顔だなと思っていると、男はその顔にぴったりの王子様スマイルで私に微笑んだ。


「大丈夫?お嬢さん」


「ありがとう、大丈夫よ。助かったわ」


 そう男に微笑み返すと、男は少し困ったように笑った。


「威勢がいいのはいいし、護身術も使えるみたいだけど……若いお嬢さんがこんな酒場に入り浸って飲んでると危ないよ?」


「大丈夫よ、自分の身ぐらい自分で守れるわ」


 ツン、とそう言い返すと、男は綺麗な顔の上にある眉を少しひそめた。


「そうはいっても、酔ってしまったら太刀打ちできないだろう」


「あら、私めちゃくちゃお酒に強いのよ」


「もっと強い男なんてザラにいるだろ」


「出会ったことないわ」


「へぇ……じゃあ試してみる?」


男はキレイな顔でニヤリと笑った。


「もし僕が負けたらここは全額奢るし、君が強くてどこで呑んだくれても安全だと認めよう。それでもしトラブルに巻き込まれたら僕が責任を取る。でも、君が僕に負けたら――こんなところで呑んだくれるのは今後やめてね?」


「まぁ、願ってもないわ。でもいいの?私の責任をとるの、めちゃくちゃ大変だと思うけど」


「お嬢さん一人の責任取るぐらいどうってことないよ」


 何だこのいけ好かない説教野郎め。無駄にキレイな顔して上から目線かよ?イラッとした私は心のなかでニヤリと笑った。


 ――潰してくれるわ。


 きっと相手も同じ心境だったのだろう。そうして私達はバチバチと火花を散らしながら、大きなジョッキをバン!と手に持った。


 盛り上がる常連。参戦する若造。飛び交う掛け声や笑い声。転がる酒瓶と酒のつまみと野郎どもで、ごちゃごちゃの店。


 ――――そして、朝。


 誰も動かなくなった店では、私達だけが酒瓶を手にして椅子にもたれかかり、眠そうにあくびをしていた。


「……まだいけるけどさ……そろそろ時間切れだ……」


「……そうね……しょうがないから引き分けにしましょう……」


 朝帰りになってしまった。まぁなんとかなるかと思いながら、席を立って、そういえばと男を振り返る。


「あなたの名前聞いてなかったわ。なんてお名前?」


「っふ、今更だね」


 男は綺麗な顔を少年のように緩ませながら答えた。


「アレク。君は?」


「私?……エレナよ」


「そう、エレナ。また会えるといいね。……楽しかったよ」


 そう言って、アレクという男は眠る大将の腕の下に飲み代として札束を挟むと、ひらひらと手を振りながら、しっかりとした足取りで帰って行った。


 引き分けだったのに奢ってもらってしまった。まぁいいかと、私も白み始めた朝日の中、店を出る。



 その後、私はささっと城へ帰った。スルスルと屋根や木を伝っていつものルートで部屋に帰る。そして澄ました顔で侍女のマリアと一緒に朝の身支度を済ませた。


 眠い。しかし、今日は隣国の王子が親睦を深めにこの国にやってくる日。きちんとおもてなししなければ。徹夜になったのは自己責任だし、これぐらいどうってことない。流石に普段は朝帰りはないけれど、まぁ、この程度いつもと大して変わらないだろうとあくびを噛みしめる。


 私は澄ました顔でいつも通り日中の務めを果たし、皇族として地味ながらも上品に着飾って、背筋を伸ばしてにこやかに夜会会場へと向かった。


 ……ちなみに、目の下のクマは化粧でごまかした。マリアには感謝しかない。


 そんな侍女への感謝を心に抱きながら、会場を見渡す。今日も夜会会場では色とりどりの美しいドレスが揺れていた。でも、何故かいつもより女性たちが浮足立っているようだった。


「ねぇ!ご覧になった?エランティーヌ王国からいらっしゃった第二王子殿下」


「ええ、先程ちらりと見たけれど……まるで絵や物語から出てきたような麗しさだったわ……」


「エランティーヌ王国は美形ばかりなの?」


「踊ってくださらないかしら……」


 声は淑女らしく穏やかだが、明らかに色めき立っている女性たちを微笑ましく思う。


 エランティーヌ王国第二王子、アレクシス殿下。会ったことはないが、噂によれば金糸のような金髪に輝く碧眼の見目麗しく優しげな王子なのだとか。


 そう言えばさっき会った男と名前が似ている。奇遇なこともあるもんだなと思いながら、あくびを噛み締めた。


 いかんいかん、気を引き締めなきゃ。仮にも私はこの大きな帝国の皇女なのだから。


 そう気を引き締め直した頃、向こう側にいる女性たちが頬を染めながら楽しそうにどこかに注目しているのが見えた。多分、王子が入ってきたのだろう。イケメンも大変だなぁと思いながら、しっかりと表情を整えた。第二王子といえど、力のある隣国の王子。第一皇女としてきちんとご挨拶しなければ。


 そうして皇女らしい立ち姿でお父様の横に控えた私は、爽やかに現れた見目麗しいという第二王子の顔を二度見した。


 髪の色は違うが、間違いない。明らかにさっきまで会っていた――飲み比べをした、あの男の顔だ。


 パチリとその美しい碧眼と目が合った。アレクシス殿下は一瞬動きを止めたような気がしたが、何事も無かったようににこやかにお父様と挨拶を交わしている。


 なんてこと。アレクって言っていたけど……まさか、アレクシスのアレクだとか言うんじゃないでしょうね。


 心の中で悪態をつきながら、いやいや私もエレナって名乗ったなと失態に頭を抱える。どうしよう、あれが私だってバレただろうか。


 昨夜の自分の姿を思い返す。垢抜けない、もはやしたかしてないか分からない絶妙に落とした化粧に、髪だってあえてボサボサにしていた。まさか、あれが私だとは思わないだろうと、そう信じたいけれど――


 内心冷や汗を書きながらにこやかな笑みを貼り付ける。


「紹介しよう、娘のエレナーレとロメリアだ」


 お父様の紹介に、隣国の第二王子、かつ鬼のように酒に強いこの男は、爽やかに私に顔を向けた。


「はじめまして、アレクシスです。エレナーレ様、ロメリア様、お会い出来て光栄です」


「こちらこそ、アレクシス殿下。エレナーレです。よろしくお願いします」


 お互いふわりと微笑む。


 そして混ざり合うお互いの視線に、私は確信した。


 ――バレたわ。


 信じられない。やってしまった。いやいや、なんであんな場末の飲み屋に隣国の王子がいるのよ!


 心の中で混乱したり半ギレしたりしながら、心の落ち着きどころを探す。


 相手も同じ状況だったのだろう。少しして、にこやかに手を差し出された。


「エレナーレ様、良かったら踊ってくださいませんか?」


「まぁ、ありがとうございます。喜んで」


 キラキラとした目で王子を見つめていたロメリアが、底冷えするような目で私の方を見ていたが仕方が無い。後で何か言われそうだなと思いながら、アレクシス殿下の手を取り広いホールへと二人で進んだ。


 柔らかで楽しげな曲に合わせ、にこやかに二人でステップを踏む。


 ……謎の沈黙がしばし続く。


 その沈黙を破ったのは、アレクシス殿下だった。


「…………寝不足ですか?」


 やっぱりバレていた。もはや言い逃れはできないと悟り、諦めたように答える。


「えぇ……殿下もでしょうか?」


「まぁ……そうですね」


 そうして私達は、なんとも言えない気持ちのまま、お互いの視線を合わせた。


 綺麗な碧眼の下には、薄っすらとクマができていた。


「……っふふ、」


 思わず吹き出してしまう。こんな、金髪碧眼に美形のキラキラな完璧な王子様が、あんな汚い飲み屋で、朝まで安い酒で飲み比べをしていたなんて。


 可笑しそうに笑う私に、アレクシス殿下も困ったように笑顔を向けた。


「笑わないでよ、女性のように化粧で誤魔化せないんだ」


「そうね、ふふ、ご愁傷さま」


「全く……信じられないよ。何してるの第一皇女が」


「あら、それはこちらの台詞よ。貴方が親交を深めに来たのは、この場の貴族達とであって、飲み屋の無精髭の親父達じゃないでしょう?」


「君こそ何の目的だったの」


「あら、下町の情報はとても大事よ?」


「奇遇だね、僕もそう思ってるんだ」


「隣国の下町の情報なんて使うの?」


「分かってるんだろ、そういうのが一番怖いって」


「……ふふ、そうね」


 くるりと回され、もう一度腕の中におさまる。


 アレクシス殿下は、綺麗な顔でイタズラっぽくニヤリと笑った。


「……で、交渉したいことがあるんだけど」


「奇遇ね、私もよ」


「昨夜の事は内密に」


「そうね、私もそうお願いしたいわ」


「君のお父上やご家族にも?」


「当たり前じゃない、一番大事なところよ」


「違いない」


 顔を合わせて、二人で吹き出す。本当に、何をしているんだろうか。


 曲が終わって、二人で行儀よくお辞儀をした。


「とても素敵な時間でした。ぜひまたお願いします、エレナーレ様」


「こちらこそ、アレクシス殿下。またお会いできるのを楽しみにしていますわ」


 そうして私達はいつも通り綺麗な所作で、王族席の方へと戻っていった。


 下町の薄汚い飲み屋に入り浸る、隣国の王子。そんな悪友が生まれたのは、まさにこの瞬間だった。


読んでいただいてありがとうございました!


金髪碧眼の王子様、書いてみたかったんですよね……

「いやでも想像の王子様よりやんちゃだな!?」と笑ってくれた読者様も、

「このエピソード知ってる!!」と思って下さった前作をお読みの天使のようなあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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