1-21 荒しと誘い
「お待ち下さい」
自室へと向かう廊下の手前。護衛騎士がサッと手を差し出した。静かな廊下に漂う違和感。いつの間にか現れたエランティーヌ王国の影の者が、シャン、と剣を抜いた。
「……間者ですか」
「いえ……恐らく、既に」
スッと目を細めた影の者が、道を先導して廊下を曲がる。
自室の前にいるはずの衛兵が、そこにはいなかった。
「……念の為、おさがりください」
鋭い表情の影の者と自国の護衛が、目配せをして私の部屋の扉を開けた。
「っ、これは」
「…………派手にやられましたね」
護衛に近づいても良いとサインをもらい入った自室の中には、倒れた衛兵。そして、部屋は元の状態が分からなくなるほど酷く荒らされていた。
切り裂かれた壁紙。ぶち撒けられた引き出し。中身の綿がすべて出たソファーとクッション。すべての本が乱雑に床に散らばっている。
その酷い有様に、思わず険しく目を細めた。
「――急ぎ救護と陛下への報告を。それから、迅速に状況把握をお願いします。証言や盗られたもの、壊された物から、目的がなんなのかを探ります」
「畏まりました」
「エレナーレ様!」
焦るような護衛の声にハッとして寝室に駆け込む。
「マリア!!」
「……っ、申し訳、ございません」
殴られ気を失っていたのだろう。護衛に支えられ身体を起こしたマリアは、辛そうに後頭部を抑えた。それから、酷い有り様になった部屋を見渡して目を丸くした。
「こ、れは……」
「マリア、怪我は!?頭だけ!?」
「だ、いじょうぶ、です……少し頭が、痛いだけで……それより、これは……」
「…………随分と荒らされたわよね」
マリアの無事にホッとして、力が抜けてその場に座り込む。羽根布団と枕の綿が、ふわりと舞った。
青い顔をしたマリアが、呆然とした様子であたりを見渡す。そして震えるように己の身体を自分の手で抱きしめた。
「……寝室を整えていたら、何か、物音がしたんです。不思議に思ってリビングを覗いたら、覆面の男達が倒れた衛兵を引きずり込んだところでした。慌てて寝室に戻り隠れようとしましたが、あっという間に見つかって……」
「…………」
震え始めたマリアの手を握る。
許せない。そんな気持ちが、沸々と胸の奥から湧き上がってきた。
次いで、焦ったようにマリアが顔を上げる。
「っ、エレナ様、恐らくあの者たちは何かを探しています」
「……何かを?」
「何かは分かりません。ただ……倒れる前、『探せ』と、覆面の男たちが」
「…………まずは、盗られたものが何か、探しましょう」
目配せをして護衛たちに引き続き捜索を促す。それから、知らせを受けてやってきた応援の者たちにマリアを引き渡した。
青ざめるマリアに大丈夫だと笑顔を向けて送り出してから、自室に視線を戻す。
――何を、探しているの?
心当たりはない。ただ、このタイミングであれば、お母様の死に繋がる何かなはずだ。
――レミエーナ妃は、殺されたんだ
アレクの言葉が頭の中でこだまする。
「エレナーレ様?」
近くにいた衛兵の言葉に、ハッと顔を上げる。
「……ごめんね、考え事をしていたわ。私の部屋の持ち物に詳しいメイドを数人呼んでくれるかしら。できるだけ、悲惨な部屋に物怖じしない者を優先して寄越して。あまり怖い場面は見せたくないから」
「畏まりました」
承諾の言葉を礼とともにさらりと紡ぎ出した衛兵は、次いでニコリと笑った。
「……お優しいですね、エレナーレ様は」
「え?」
「今一番恐れても良い貴女が、メイドたちの恐怖を気遣っているんですよ?優しさしかありませんよ。……皆惜しがっています。エレナーレ様をこのままドメルティス帝国へ渡すなど、耐えられないと」
その言葉に目を瞬く。華やかさも面白さもない鉄の皇女を、惜しむなど。そんなことがあるのだろうか。
衛兵はそんな私ににこやかな視線を投げてから、最敬礼をした。
「伝わる者には、きちんと伝わっております。エレナーレ様……ここにも、貴女様の味方はいます。どうか、最後まで我々アルメテス帝国の姫君として、我々をお導き下さい」
そう言って再び顔を上げたその者は、あの日、政務官室への道を塞いだ衛兵だった。
「……あなた、私のこと泣かせようとしてる?」
「まさか、そんなことはございません」
笑った衛兵は、再び軽く敬礼すると、メイドを呼びに去っていった。
ふぅ、と息を吐きだす。先程の衛兵のおかげで、焦っていた気持ちが落ち着いた。きっと、それを分かって、先程の衛兵は敢えて話を振ってくれたのだろう。
大丈夫。そう、まだ味方は沢山いる。
勇気づけるようなその事実に、ふっと心が温まった。
落ち着きを取り戻すように、部屋をもう一度眺める。そう、落ち着いて。きっと、何かを感じ取れるはずだ。
もはや原型のなくなった、酷い有様の部屋。それにしても一体、何を探していたのだろうか。
「……壁紙を切り裂いてまで探すのだから、薄いものなのかしら」
クロークの中も酷い有様だったが、床に沢山の宝石が散らばっているところを見ると、金品目当てではなさそうだった。その代わり、すべてのドレスが切り刻まれている。
「……隠しポケットの位置?」
切られたのは、価値のある宝石が縫い付けられた部分ではなく、一番分厚い生地の部分だった。
不思議に思いながら、クロークの片隅にある棚に目をやる。そこで、一つの違和感に気がついた。
「手紙の入った箱はどこ?」
贈られたクリスマスカードを束ねて入れていた箱が、まるごと見当たらなかった。まさかと思って机に向かう。
「紙の類が持ち去られている……?」
乱雑にひっくり返された机からは、本、日記、いくつかの書類の束が持ち去られていた。輿入れに備え、機密文書は既に引き渡し済みで、大したものは残っていなかったのだけれど。
「お母様に繋がる紙類は……小さい頃お母様から頂いたお手紙と、日記ぐらいだったかしら」
その中に、死の真相に繋がるなにかがあるとは思えない。迷路に迷い込んだような気持ちになりながら、眉間を揉む。
ちょうどそのタイミングで真っ青な顔になったメイド達が部屋にやってきた。うろたえるメイド達をなだめながら、一緒に部屋を片付ける。
持ち去られた紙の類。恐らく手紙のようなものを探しているのだろうと、悩みながら日々を過ごしていくけれど。
お母様の死に繋がるような記憶は、何も思い出せなかった。
そのまま、あっという間に二日が経過していった。荒された部屋の整理と検証に、本腰を入れた輿入れの支度が加わっていく。お母様の死について何も思い出せず私の焦る心に、暗雲のような、重暗さが混じっていく。
ぼんやりと広い部屋を見渡す。ボロボロになった自分の部屋で寝泊まりするわけにもいかず、色々と検討した結果、私は護衛がしやすい正妃の――生前のお母様が過ごしていた部屋に自室を移していた。
皇帝の寝室と繋がるこの部屋は正妃の部屋だったが、長らくの主の不在により殆ど物がなかった。
そんなガランとした部屋で、回復したマリアが淹れてくれた紅茶を飲む。自分の服はほとんど破かれてしまったため、着ているドレスもこの部屋に残っていたお母様のものだった。
「なんだか、慣れないわね」
「左様ですね……なんだかレミエーナ様が戻ってらっしゃったような、変な気持ちです」
確かに、と鏡の中の自分を見つめる。
いつも見上げていたお母様。それなのに、私はもうお母様と同じ背丈の、大人の女性になっていた。
そんなに時が経ったのかと、なんとなくしんみりした気持ちになった。
「もう少しお母様の荷物が残ってたらこんなにガランとした部屋じゃなかったのにね」
「あちらの荷物が整理できたら、もう少し物が増えるとは思うのですが」
「ふふ、でもその前に引っ越しになっちゃうかもね」
そう言って笑うと、マリアはハッとして息を詰めた。
期限は、残り二日となった。むしろ荷物整理が捗ったと考えるほうがいいかもしれない。
「……エレナ様」
「なに?マリア」
「わたくしも、ドメルティス帝国へ連れて行ってください」
驚いてマリアを振り返る。
マリアは真剣な眼差しを私に送っていた。
「このお話が出た時から、決めておりました。皇帝陛下にも許可は頂いています」
「なっ、待って、マリア。あなたまで行く必要はないわ!」
「ふふ、そう言うと思って、こうして直前まで言わずにおいたんですよ」
仕方がないなぁと笑ったマリアは、私に近づくと手を取り微笑んだ。
「何ができるわけではございませんが、わたくしの幸せはエレナーレ様にお使えし、日々を過ごすことです。この国に父母はいますが兄が面倒を見ていますし、生憎夫も子供もおりません。どうか、わたくしのためにと思って、共に連れて行ってください」
「マリア……」
「すでに荷造り済みですし、どこにでもお供しますから。……行き先が、ドメルティス帝国であっても、エランティーヌ王国になっても」
その言葉に、もう一度目を丸くする。
エランティーヌ王国へ。
夢物語のようなそれを思い出して、愛しい人の面影に、仄かに心が温まった。
「……ありがとう、マリア」
微笑むと、マリアも嬉しそうに笑った。
あと二日。このまま時が過ぎれば、私はマリアと共にドメルティス帝国へ向かうことになる。
その覚悟はできている。でも、願わくば、エランティーヌ王国の地をマリアに見せてあげたい。
儚い夢と捨てきれない気持ちを思い出して、胸元に隠したペンダントトップに触れる。
アレクは、今頃どこでどうしているだろう。
――全てうまくいったら、今度こそ、僕の妻になって。
その言葉が、優しく胸を満たす。
それと同時に、アレクの身の安全が気がかりだった。
最後の一時まで待っている。その気持ちは変わらないけれど。
無事に帰ってきてほしい。心の底から、何度もそう願う。
「素敵ですね」
「え?あぁ、これ…?」
触れていたペンダントトップを取り出し、マリアに見せる。それは渡されたときから変わらず、繊細なエランティーヌ王国の紋章を浮かび上がらせている。
「そうよね……きっと、素敵な国だと思うわ」
そう呟くと、マリアは笑った。
「それもそうですが。私が言ったのは、お二人のことですよ」
「……え!?」
「そうして思い合っている姿が、とても素敵です」
にこやかに笑うマリアに、思わず赤面する。
確かに、なんか恥ずかしいところ見せたかも。慌てて「そんなことないわよ!?」と謎の返しをしてマリアに背をむせた。
「そ、そんなことより!部屋を荒らした者たちは本当に何を探していたのかしらね?手紙のような何かだとは思うんだけど……」
「そんなことで片付けたくはないのですが……うぅん……なんでしょうね」
わざとらしく話題を変えた私に、マリアはちょっとからかうような表情だが。そんな雰囲気の中でも、何も分からないままというのは変わりがなかった。結局このまま終わりを迎えてしまうのだろうか。
もやもやとした気持ちを吐き出すように、深くため息をつく。
「……本当に私に何があると思われているのかしら」
あれから何度も思い出そうとしたけれど。お母様の周りに怪しい誰かがいたとか、なにか事件に巻き込まれていたとか、そんな記憶は一切なかった。ましてや壁紙やドレスの隠しポケットに隠せるような物も思い当たらない。
――でも、何かを確実に探している。意図のある部屋の荒らし方から考えて、そうとしか考えられなかった。
くしゃ、と自分の髪を握り目を瞑る。
どうしても、思い出せない。でも、きっと何かあるはずだ。何か――
「エレナ様?」
「あ、ごめん、考え事をしてたわ。なに?」
「その……非公式のお茶会のお誘いが来ました」
「えっ、このタイミングで!?」
公式ではあとニ日で私はドメルティス帝国へ行くことになっているのに。一体誰からの誘いかと問うと、マリアは困惑したような、やや不快を滲ませるような表情で言った。
「えぇ……明日、皇家専用の庭で――ロメリア様が、お茶をと」
読んでいただいてありがとうございました!
ここに来てロメリア再登場!
「じゃますんな!」と荒ぶって下さった優しい読者様も、
「間者は……きっとあいつ……」と推理が進んできた知的なあなたも、
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