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1-20 始動(sideアレクシス)

「遅いぞアレクシス」


 西日が地平線に飲み込まれる少し前。帝都の郊外で落ち合った男は、やたらと綺麗な緑色の目を訝しげに細めた。


「お前……護衛はどうした。随分少ないが」


「他は全部エレナにつけてきた」


「っはぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げる男にうんざりした視線を向ける。


「声がでかい。大げさに驚くな」


「いや、大げさじゃないからな!?お前自分の立場分かってる?」


「分かってるよ」


 そんなの百も承知だ。本当に動きづらいと、疲れたように宙を仰ぐ。だが、今大事なのは、俺の護衛が少ないことじゃない――エレナに護衛が必要な理由だ。


 訝しげな様子の男に静かに視線を投げ、少し躊躇しつつもありのままを伝える。


「エレナが、命を狙われた」


「っな、――誰が、」


「……エレナは、レミエーナ妃の死の直前まで、一緒に下町にいた」


 男が目を驚きに見開く。


「まさか……だってあの日、エレナーレは部屋で昼寝をしていたはず……」


「……下町から一人で帰ってきたんだそうだ」


「は!?まさか、あの頃はまだ、ほんの小さな子供で……」


「レミエーナ妃に、一人でこっそりと帰るように言われたそうだ」


 そう告げると、男は呆然とした様子で、何かを思案した後、再び口を開いた。


「…………これを、知るのは」


「何も知らないエレナが、人払いをしていない皇帝の執務室で、ロメリアと言い争いながらその話をしてしまった。かなりの人が聞いていたと思う」


「…………」


「病死だと偽って何も知らせなかったのが、逆に仇になったな」


 男は緑色の目を泳がせながら、片手で頭を抱えた。流石に、動揺するか。それはそうだ――俺だって、あんなに動揺したのだから。



 少し前、直近の動きを整理していた時。皇帝に古くから仕える側近の男が秘密裏に部屋に訪ねてきた。


「皇帝陛下より、ご伝言です」


 その声色に、ただ事ではないと、頭の中で警鐘が鳴る。初老の男は、静かに言った。


「エレナーレ様は、恐らくこの後命を狙われます」


「――っ、何故だ、何があった」


「エレナーレ様が、レミエーナ様の死の直前までご一緒だったと、皇帝の執務室で明らかにされました」


 まさか。さっと血の気が引く。


 闇に閉ざされた、レミエーナ妃の死の真相。レミエーナ妃についていた精鋭の護衛は行方がわからず、手がかりも巧妙に消され、何も残されていなかった。


 唯一残っていたのは、レミエーナ妃の亡骸のみ。その腹にあった刺し傷は、致命傷では無かった。ただ、胸を病み城の外堀の冷水に落下したレミエーナ妃にとっては、命を奪うものでしか無かっただろう。


 レミエーナ妃の亡骸は、見知らぬ下町の服を着ていた。しかも、不自然に何も持ち物を持っていなかった。皇帝から贈られ常に身に着けていた指輪すら、その指には無かった。


 死ぬ前に、奪われた可能性もある。ただ、皇帝は、他の可能性も考えた。


 ――死後の死体の検分時に、証拠が持ち去られた。


 それは、城の者に間者がいる可能性を示唆していた。


 皇帝は、レミエーナ妃を葬った者を調査した。しかし、その結果手にしたのは、レミエーナ妃の死の真相を探っていた数名の臣下が、新たに行方不明となったという知らせだけだった。


 ――身近に間者がいる。何もわからなかったが、その可能性だけが濃くなっていく。


 もちろん、断定はできなかった。ただ、時折り感じる視線や違和感は、それを肯定するに足りると思われた。


 幸いにも、攻撃の手は一人の皇子と二人の皇女にはすぐには伸びなかった。しかし、相手に不都合が生じれば、すぐに我が子の命が狙われる。そう考えるのは自然なことだった。


 皇帝は、レミエーナ妃の死を病死と偽り、我が子達と距離を取った。恐らく次に狙われるのは、皇帝の命。何も知らせず距離を保つことで、我が子達を守り続けてきたのだ。


 間者がわからないまま、日々は落ち着いてゆき、恐ろしいほどの静かな時が流れる。


 そして今、その均衡が破られた。


 エレナーレが、レミエーナ妃の死について、なにか情報をもっているかもしれない。巧妙に証拠を隠してきた間者にとって、それは間違いなく許しがたい事だろう。


 顔を青くした俺に、初老の男は頷くと、先程までの話を丁寧に伝えた。重苦しい空気が部屋を満たす。


 男は一通り話し終えると、一息ついてから、憂いが強く滲む表情で再び口を開いた。


「恐らく、相手はエレナーレ様と皇帝陛下が話をする前にエレナーレ様を処分したいと考えるでしょう。そのため皇帝陛下はエレナーレ様と距離を保っています。ですが、ほんの少しの時間稼ぎにしかならないでしょう。……エレナーレ様はこれよりレミエーナ様の墓参りへ行かれるとのことです。あの場所は開けていますが、木が多く刺客が隠れやすい。恐らく、そこで命を狙われるでしょう」


「そんなに急に、命を狙われるのか」


「えぇ……エレナーレ様を警備する者たちより、既に僅かに殺気を感じるとの報告が上がっています」


「……よっぽど情報を知られたくないんだな」


「はい……エレナーレ様が何をご存知なのかはわかりませんが」


 そして男は少し間を置いてから、さっと跪いた。


「放たれる刺客がレミエーナ様を襲った者たちと同等の強さなら、我が国の護衛騎士のみでは苦戦する可能性があります。いや、むしろ……味方の中にも間者が混じっているかもしれません」


 そして、深々と頭が下げられる。


「皇帝陛下より、お願いでございます。アレクシス殿下――エレナーレ様を、お守りください」


 その願いを聞いて、すぐに動いた。警備網を敷き、エレナの侍女へ共に下町へ行くと使いを出した。エレナのことだ。城の中で下手なことを言えない今、勝手にどこかへ行かれるよりは、きっとその方が早くて確実にエレナを捕まえられる。


 準備を整え、使用人の通用口で待つ。元々下町で飴職人に扮した男と合う予定だった。問題なく街へ降りる準備を整え、エレナを迎える。


 ――見られている。


 エレナが来た瞬間、視線を感じた。影にいる護衛たちもそれを感じ取っているが、悟られるなと司令を出し、そのままエレナを馬車に乗せた。


 間違いない。今までエレナの周囲にあった視線とは違う。それは、明らかに殺意を含んでいた。


 なにかある。自分の直感が、それを感じていた。


「どうして……」


 下町へ向う馬車の中。その呆けたようなエレナの声に、はっと現実に呼び戻されて、にこやかな表情に切り替える。


「どうしてって。君のことを一人で下町へ行かせるわけないだろう」


「え……?」


「ザイアスや他の男が出てきたらちゃんと蹴散らさないと」


「……下町には来ないんじゃない?」


「さぁ……わからないよ?」


 そう、本当に、誰がどんな風に襲ってくるのか分からない。


 ――エレナを、守らないと。


 焦る気持ちが胸を満たして。馬車を走らせ、エレナの隣に座り、離れないようその手を握った。


「――理由はなんだっていい。せっかくなんだから、楽しもう。ほら、献花を買うんだろ?」


「っ、うん……」


 シンプルな白いワンピースに、顔を隠すように被った大きな帽子。ふいにその下に金と碧で彩られたジャスミンの髪飾りが見えて、どきりとした。


 ――あなたと共にいたい。あなたは私のもの。


 想い人を射止める為に贈った、独占欲が滲み出るようなそれが、エレナの濃い青の髪の上で輝いている。


 やっと、ここまできた。こんなに、君のことを大切に思ってきた。君の国も、君のことも、自分の国だって。全部ひっくるめて大切にするために、己のすべてを尽くしてきた。


 絶対に、渡さない。エレナも、この国の民だって――皆、幸せになるために生きている。


 権力と欲に心を支配された者に、ほんの少しでも、渡してなるものか。


 絶対に離さないと手を握り、下町を歩く。 


 アルメテス帝国の、明るい下町。エレナの愛したこの街は、雑然としているが活気があった。ガラクタも、古本も、油と塩でできた不健康そうな屋台料理も。君と歩けば、すべてが輝き、色づいていく。


 この幸せを、何気ない毎日を。それを守るために、僕は生きている。





「――エレナーレにつけた護衛は、信頼できるのか?」


 暗闇が迫る夕暮れの郊外。男の声に現実に呼び戻されて、声の主の方に目を向ける。


 心配そうに揺れる緑の瞳は、エレナの色とは違ったが――似た面影を宿しているのが見えて、思わずハッとした。


「なんだよ、何か問題でもあるのか!?」


「……いや、護衛は問題ない。元々俺についていた影に加えて増員も指示しておいたから、今頃は我が国の国王警備レベルにまでなっているはずだ」


「……それはそれでやり過ぎな気もするけど」


「ふざけるな。本当は倍にしたいぐらいなんだ」


「エレナーレも愛されてるねぇ」


 そう言った男は、気の抜けたように笑うと、すぐに真面目な表情に戻った。


「……ありがとう。俺でもそうする」


 静かなその声が、郊外の人気の無い寂れた場所に響く。


 それから、男はひらりと馬に跨った。


「行くか。急ごう」


「……あぁ、迅速に終わらせる」


「だな」


 自分も馬に乗り、暗くなった郊外の街から走り出した。


 期限は四日後。それに間に合わなければ、何もかもが遅くなる。


 ペリスの民の命と領土、アルメテス帝国の未来。そして、ドメルティス帝国と、エレナの歩む道。それらすべての命運が、この四日間に握られている。


 時代の分かれ道。その手綱を握り、進む道を選ぶのは、ザイアスではない。自分達だ。


「お前、飴細工の蝶食っただろ!」


 猛スピードで走らせる馬の上。風の音に混じって、不満の滲んだ男の声が聞こえる。


 その声に勝ち誇ったようにニヤリと笑って返答した。


「食べたよ。当たり前だろ」


「バカ野郎、あれはエレナーレにあげたんだ!」


「ニヤニヤしながらエレナと戯れた汚れた蝶なんて食べさせられるか」


「それぐらいいいだろう!?感動の再会だったんだからな!」


 そう言う男の不満げな表情が、エレナのそれと被り、思わず吹き出した。


「本当、離れていても似るところは似るんだな」


「えっ……似てた!?」


「喜ぶな、気持ち悪い」


「まぁ、酷いわ!」


 猫なで声で女のマネをする男にうんざりした視線を向ける。


「エレナはそんなあざとい演技はしない」


「クソ、分かったような口きくんじゃねぇ!」


「君よりはずっと分かってるからね」


 勝ち誇ったように言う俺に、男は悔しそうな表情を浮かべた。そして、もっと勢いよく馬を走らせた。


「絶対にペリスを奪還して、間者も潰して、エレナーレに名乗り出るからな!そうしたら俺はお前のお兄様だ!」


「……それは考えてなかった」


「なんでだよ!」


 そんな掛け合いに笑う。兄と呼ぶつもりはないが。お前と親族になるのは、まぁ悪くないだろう。


「無駄口叩くな。急ぐぞ」


「分かってるよ」


「ヘマすんなよ」


「ったりめぇだろ!」


 ニヤリと笑った男の顔は、エレナにそっくりだった。


「ペリス奪還の知らせが早すぎてビビるなよ」


「待ちきれなくて国崩しが先だったらごめんね」


「言うねぇ」


 そう言って、可笑しそうに笑い飛ばした男は、スッと手を上げた。


「じゃあ、また後で」


「あぁ――死ぬなよ」


「お前もな」


 そして、サッと道を別れる。


 闇が深くなり、欠けた月が照らす、国境へと続く道。


 あと四日。それまでに、全て片付けて、またここへ戻ってくる。


 ――その時は、全て取り戻してみせる。


 風を切って走り、未来へ願う。


 エレナ、待っていて。


 君は、必ず僕が幸せにする。


 闇の中、急くように馬を走らせる。風が強く吹き始めた暗い空の上では、雲が形を変えながら、早い動きで流れていった。

読んでいただいてありがとうございました!


なんかもう一人登場人物増えました。

「えっどういうこと!?」と混乱して下さった素敵な読者様も、

「パパめっちゃエレナのこと心配してるじゃん!」と不器用パパにやきもきしてくれた優しいあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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