1-17 下町遊び
「っちょっと!アレク!」
「なんだよ」
「流石にこれはないわ!」
「そう?めちゃくちゃ似合ってるけど」
「ふざけないでよ!私はちっちゃい子じゃないんだから!」
ニコニコと笑うアレクに真っ赤になって怒る。
それはそうだ。私の群青色のような髪色の頭の上には、ふわふわの青い猫の耳。通りかかった露店でそれを見つけたアレクは、事もあろうか私の頭にそれを被せた。
意味がわからない。まさか、友人枠じゃなくておこちゃま枠だったのだろうか。ショックすぎて涙が滲んできた。
「ちょっ……まって、ごめん、そんなに嫌だった?」
「あ、当たり前じゃない!友人どころか成人としても見てもらえないだなんて……!」
「ん?」
「わ、私だって!立派な大人の女性なんだからね!!」
そう言って涙目でアレクを睨みつける。アレクは、そんなまさか、という顔で私を見下ろした。
「待って待って。まさか俺がエレナのこと子供扱いしてると思ってる……?」
「えっ……違うの?」
二人で顔を見合わせる。一拍おいて、アレクは可笑しそうに笑いだした。
「っふ、エレナ、下町に詳しい顔して、実はあんまり知らないんじゃん」
「……は!?」
「これね、大人用」
そういえば。子供用にしては妙にサイズがピッタリだった。不思議な気持ちでその青いふわふわの猫の耳を触る。
「…………えっ、大人用?なんで?」
「最近下町では流行ってるんだよ。かわいいだろ?」
そう言うと、アレクはおもむろに金色の狼の耳を手に持ち、自分の頭につけた。
「どう?」
そう言っていたずらっぽく笑うアレクを見上げる。
さらさらの金糸のような髪の間から生えた金の狼の耳。それは妙に神々しくて。そして、何故かやたらと色っぽかった。
「に、似合うけど、なんか目に毒だからやめて」
「……へぇ」
妖艶に微笑んだアレクにぞわりとして、一歩後ずさる。アレクは、すかさず私との距離を縮めて、私の顔を覗き込んだ。
「エレナも、一応僕の顔綺麗だなって思ってる?」
「そ、そりゃそうよ!当たり前じゃない!」
「……エレナは僕の顔に興味なんて無いと思ってたよ」
「なんでよ!前から普通にモテモテねって言ってたでしょう!?」
「それは他人の評価でしょ」
じっと私を見つめるアレクに耐えきれず、私は真っ赤な顔でぷるぷるとアレクを見上げるように睨みつけた。
「からかわないでよ!」
「…………可愛すぎる」
「は?」
「ごめん、やっぱり取ろう。公衆の面前に晒したらいけない。二人だけのときにしよう」
なにかボソボソと言っていて最初のほうがうまく聞き取れなかったが。そんなに人目に晒せないほど酷かっただろうか。
少ししゅんとする。アレクは、似合ってたのになぁ。
それなのに。アレクはなぜか猫の耳と狼の耳をどちらも買っていた。一体いつ何に使うのだろうか。
「よし、じゃあ次行こうか」
「っ、ちょ、」
「ほら、ちゃんと歩いて」
アレクはまた私の手を引いて歩き始めた。握られた手の温度に、体中が温められたように熱くなる。
アレクの手は、綺麗な形で肌もきめ細やかなのに。思っていたよりもしっかりとした、男の人の手だった。
「っ、手、なんで、」
「ん?あぶないだろ」
「は!?何が、」
「いいから。ほら、見てあれ。面白いことしてるよ」
「わ、ほんとだ!」
見ると、広場の向こう側で飴職人が露店を開いていた。細い木の棒につけられた美しい飴細工が陽の光を浴びて並んでいる。職人は鳥のような美しい飴細工を作って子供に手渡していた。――が、渡すふりをして、差し出された手をひょいとかわして渡さない。子供が一生懸命飛び上がって手を伸ばしている。
あーとんで行っちゃったー!と子供が大喜びしているが、よく見ると親のほうがムキになって鳥を取ろうとしている。結局親子は鳥を捕まえることが出来ず、飴細工職人に笑われながら、最後にはきちんと飴細工を手渡されていた。
「お嬢さんもいかがですか?綺麗な蝶でしょう」
「えっ」
はい、と手渡された蝶に反射的に手をのばすが、やはりひょいと避けられてしまう。
「ふふ、蝶はもしかしたら鳥さんよりも捕まえづらいかもしれませんよ?」
「捕まえて!みせますから!」
「おぉ、なかなかいい動きだ」
ふわりふわりと蝶が飛んでいく。飴細工職人の男は、緑色の目を優しく細めながら、軽やかに蝶を飛ばした。
今度こそ子ども扱いだろうか。少しイラッとして、ついに私も本気を出した。
「よっ」
「おぉ、さすが、お上手ですね」
得意のダンスの回転を生かして飛び上がり、さっと手にした蝶は、想像よりずっと軽く、私の手の中に収まった。
「はぁ、はぁ、お兄さんもなかなかのやり手ね」
「――っ、そうだね、そう言ってくれると嬉しいよ」
少し狼狽えたようなその様子に首を傾げる。何か気に触ることを言ったかと問いかけようとして、アレクにぽんと肩を叩かれた。
「今度は僕にやらせてくれる?」
「あぁ、もちろんだ。俺から取れたらお代はいらないよ――薔薇でいいかい?」
「……薔薇ね。ありがとう、頼むよ」
ニコリと笑った男は、立ち上がるとアレクに薔薇を差し出した。
「さぁどうぞ?」
「…………」
アレクのサッと出した手が宙を切る。が、次いですぐに一歩踏み出し、一気に距離を縮めた。男はそれも寸前でかわし、トン、とステップを踏んで飛び退く。アレクがすかさず追いかける。
そのまるで闘剣のような二人の動きに、周りの街の人々も一気に沸き立った。
「あれ、ムキになってきた?」
「どっちが、」
「ふは、お前もしかして――、」
飛び上がったアレクが、宙に舞いながらサッと薔薇を男の手から抜き取った。
「っ、まじかよ」
「油断しすぎだ」
「くそ……舞い上がってたのは俺の方か」
息を整えながら男は古びた帽子を外して髪をかきあげた。飴色の髪がさらさらと流れる。
「お代はいらない、だったよね?」
「しょうがないな、赤字だけど仕方ない」
男はにこやかに笑うと、パタンと看板を畳んだ。
「今日はもう店じまいだな――『日が沈む頃には馬が行っちゃう』からね」
「そう……わかったよ。じゃあ、気をつけてねお兄さん」
「君達もね。楽しい一日を」
そう言うと男はまだ日が高いのに、店じまいをして行ってしまった。不思議に思って首を傾げる。
「遠くに馬を止めてるのかしら」
「……そうかもね」
なにか様子のおかしいアレクの顔を覗き見る。アレクは、一瞬ハッとした顔をして、私のことをじっと見た。少し心配の滲む顔に首を傾げる。
「どうしたの?」
「……いや。はい、これ。」
つややかな飴細工の薔薇の花を受け取る。それは柔らかな日差しを浴びて、キラキラと透明に輝いていた。
「すごい、綺麗だね!じゃあアレクにはこっちあげるよ」
「ありが……っ、ちょっと」
「ふふ、取れるかしら?」
調子に乗った私は、ひょいひょいとアレクの手から蝶を逃がす。
「おま……っ、意外とやるな」
「でしょう?」
「ほんと、どこまでもお転婆だな」
「貴方に言われたくないわ」
アレクから逃げるようにくるくると舞う。ひらひらと蝶を飛ばしながら、あまりにも面白くて、声を立てて笑った。
アレクは、悔しそうな視線を私に投げると、次いでニヤリと笑った。
「お遊びはここまでだ」
「え――っ、わぁ!」
ふわりと身体が宙に浮かんだ。アレクの腕に身体ごと支えられ、蝶と共に宙を舞う。アレクはそのまま私をくるりと回し、腕の中に捕まえた。
「はい、捕まえた」
「っ、そ、そんなのあり?」
「ありでしょ」
そう嬉しそうに言ったアレクは、私が手に持っていた蝶の片側の羽を、ぱくりと食べた。
「美味しい?」
「あまい……」
そうだ、アレクは甘いものが苦手だった。その渋い表情を見て思わず吹き出した。
楽しい。その気持ちが、胸を満たす。
昼下がりの明るい下町。私とアレクは、あちこち寄り道をしながら、時にはふざけながら賑やかな町を歩いた。
なんてことない露店のガラクタ。通り過ぎる不格好な犬。少し油っぽい屋台料理に、昔からある古本屋。そのすべてがキラキラとして、一緒に見ているだけで、びっくりするほど楽しかった。
一通り遊んだ後、私達は色とりどりの花で溢れた花屋で、お母様の墓前に供える献花を買った。
柔らかな白の花びらが、道を行く私の手の中で揺れる。
帝都を見渡せる小高い丘。アレクと一緒に、丘の上へと続く明るい坂道を登った。
お母様が眠るその場所には、爽やかな風が駆け抜け、柔らかな緑の下草が気持ちよく揺れていた。
読んでいただいてありがとうございました!
皆さんは甘いものは好きですか?
「もちろん!でも甘いものが苦手なアレクも好き!」とニマニマしてくださったアレク派の神読者様も、
「この意味深な飴職人は……」と引き続き推理に余念がないラブよりミステリーが気になるあなたも、
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