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1-15 政務の行方

「エレナーレ様……その、ご助言を頂きたくて……」


 豊穣祭から数日経った、穏やかな午前のお茶の時間。暇を持て余していた私のところに、メイアという小柄な女性政務官がおどおどしながら訪ねてきた。


 既に政務から締め出された私の所に来るなんて、どうしたんだろう。不思議に思いながら話を聞く。


「その……先程ロメリア様がアレクシス殿下と廊下でばったり出会いまして」


 目をキョロキョロさせたメイアは、不安そうに手を握り合わせながら私を見上げた。


「世間話をするうちに、アレクシス殿下が怒ってしまって……」


「……何を話したの、ロメリア」


 何か、嫌な予感がする。私は聞きたいような聞きたくないような気持ちで、メイアに話の続きを促した。


 その内容はこうだ。


 私の政務を引き継いだロメリアは、夜会の返礼品として豪華な装飾のカフスボタンをアレクに贈った。ただ、エランティーヌ王国の文化では、通常アクセサリーの類のやり取りはごく親しい仲でのみ行われるものであり、夜会への参加に対する公式の返礼品としては不適切。それをやんわりと話題に出したアレクだったが、ロメリアは『私の気持ちですので遠慮せずぜひ身につけてください』と言って話しが噛み合わなかった。


「……それ、アレクが最も苦手とするパターンね」


「はい……通常の軟派な殿方であれば、ロメリア様に微笑まれるだけでコロッといっちゃいますが、アレクシス殿下は違うでしょうからね……」


 言うじゃないかメイアと思いながら、そうだよなぁと頷く。ロメリアが絶世の美女なら、アレクは天に何物も与えられた見目麗しき王子。歩けば寄ってくる女性を笑顔でかわし続ける人生は、それはそれで大変だったはずだ。それが国同士の繊細なやり取りに食い込んできたら、余計に気分が悪くなるのは間違いないだろう。


「それで……なんとかアレクはカフスボタンを返したのかしら」


「いえ……それが、ロメリア様は譲らず、気にせずお受け取りくださいの一点張りで、アレクシス殿下の腕に無許可で触れてしまって」


 頭を抱える。友人レベルまで仲が良ければ許されるだろうが、ロメリアとアレクは公式の距離感のある付き合いのみ。アレクの周りの護衛達もその前提で動くから、さぞ驚いただろう。


「それで、アレクが怒ったのね?」


「いえ、多分そういうのも慣れていらっしゃるのか、若干怖い雰囲気を漂わせつつも、穏やかな笑顔でいけないよと教えて下さいました」


「さすが王子モードのアレクね……」


 ほっと胸を撫で下ろす。が、じゃあ何に怒ったのか。


「……まさか、続きがあるの?」


「はい……それでもイマイチ適切な距離を置かないロメリア様は、やっぱりどうしてもカフスボタンを受け取ってもらいたかったようで……」


 徐々にメイアの顔色が悪くなる。


 嫌な予感しかしない。でも、聞くしかない。


「…………それで?」


「はい……それで、お金なら心配しなくていいと、そう仰って」


「まさか、贈答品のために税金を上げますとか言ってないわよね?」


「それは、言っていませんが……もっと悪くて」


 メイアは少し震えて少し言い淀んだ後、もう一度口を開いた。


「ロメリア様は……エレナーレ様から政務を引き継ぎ、税の使い方をしっかり見直していますと、最近は孤児院の教育費を削るなど、無駄の削減に努力しているのです、と……誇らしげに…………」


「そ、れは……アレクは、なんて……」


「開口一番、『君は馬鹿か』と」


 最悪だ。アレクは優しい顔をして仕事になると途端に厳しくなるタイプだ。特に下町にわざわざ入り浸り、民の暮らしをリアル体験して政務に活かすのが好きなぐらいだから……完全に民の生活を無視したロメリアの行いは許せなかっただろう。


 よほど怖かったのか、メイアは青い顔をしながら、手を握り合わせて絞り出すように話を続けた。


「それで……もう、雰囲気は最悪で……アレクシス殿下は、子供の識字と算術の教育率向上はもはや小国ですら取り組んでいる国力向上の要だ、それを打ち切った理由は何かとロメリア様に問われて……」


「と……問われて……それで、ロメリアは……」


「ロメリア様は……老人も子供も、働けば良いのではと……」


 酷すぎて何も言えない。メイアは落胆したように息を吐きだしてから先を続けた。


「それで、アレクシス殿下は、『話にならない』とお怒りになって、ロメリア様を無視して立ち去りました」


「なんてこと……」


 これはまずい。今世界情勢は特に児童労働撤廃に取り組む風潮となっている。場合によっては我が国がエランティーヌ王国から明確な遺憾の意やペナルティを課される可能性すらある。


 同じように青ざめた私に、メイアは縋るように手を胸の前で組み合わせ、私を見上げた。


「お、お願いします、エレナーレ様!その後ロメリア様は、まぁ大丈夫でしょうと言って何もなさっておりません。だからといって放置する気にもなれず、我々はもう、途方に暮れてしまい……」


「分かったわ……メイア、話してくれてありがとう」


 幾ら皇女の私がアレクと友人でも、これは国同士の話。そこはアレクだって馴れ合いではなく王子としての判断をするはずだ。


 政務から締め出された私に何ができるのかは分からないけれど、かと言って、何もせずにはいられない。


 私は決意を固めてメイアを引き連れ、お父様の――皇帝陛下の元へと向かった。


 が、少し遅かったようだ。謁見の間に入ると、既に冷たい雰囲気を漂わせたアレクがいた。


「皇帝陛下、これでは我が国との外交は難しいと言わざるを得ません。貴国の内政は最近荒れていると聞きます。これまでアルメテス帝国とは友好関係を築いてきたつもりですが、この惨状では考え直さざるを得ない」


 その氷のような表情にゾッとした。これは――本気だ。


 エランティーヌ王国は、数年前の大不作により一時大きく国力を落としたが、一気に頭角を現したアレクシス第二王子の働きにより、今は逆に二大帝国のドメルティス帝国や我がアルメテス帝国よりも国力がある。


 つまり、エランティーヌ王国との友好関係悪化は、我が国にとってかなりの痛手となる。


 そんな力のある国の王子が、我が国との友好関係を考え直さざるを得ないと言っている。これは、間違いなく危機的状況だ。


お父様に視線を走らせる。お父様には、思ったよりも焦りの表情は見られなかった。


 もっと焦っているのではと思ったけれど。深くため息をついたお父様は、落ち着いた声で、呼び出していたらしいロメリアに言った。


「ロメリア、残るはあと一回だ」


「っ、ですが!」


「私のフォローは十回までだと言ったはずだ。機会は与えた。……後は、お前がどこまでこの機会を生かせるかだ。だめなら、エレナーレの引き継ぎ役は他の臣下へ引き継がせるしかない」


「――っ、私は、」


「やる気があるのは認める。ただ、この場はもう下がりなさい。これ以上は国に大きな影響が出る」


 ピシャリと言ったお父様は、もう一度小さなため息を吐くと、アレクに向き直った。


「心配をかけてすまなかった」


「いえ……ご事情があるということは理解しています」


「……深い洞察に感謝する」


 珍しく謝罪と礼を述べたお父様は、少し沈黙した後、謁見の間の入り口に立ち尽くしていた私に視線を走らせた。


 それから、少しの間をおいて、静かに口を開いた。


「――エランティーヌ王国とのやり取りは、今後はロメリアを外す。この国にエレナーレがいる間は、エレナーレに対応をさせる」


「なっ、お父様!?」


「――ここでは陛下と呼びなさい」


 ぐ、と押し黙ったロメリアは、苦々しい顔で私を睨みつけた。居心地の悪さ感じながらも、この場をおさめねばと了承するようにお父様に頷く。


「今後については、本件はエレナーレが選定した適切な臣下の者たちに引き継がせる。エレナーレ、滞りなく引き継ぎをしてくれるか」


「畏まりました。アレクシス殿下、ご迷惑をおかけしました。これより国政を整え、より両国が強固な関係を築けるよう尽力致します」


「……分かりました。児童労働と教育体制についてはすぐに改善して頂けますね?」


「もちろんです。すぐに国の方針を整えご説明に上がります。我が国が人権に反する行いをすれば、友好関係にあるエランティーヌ王国にも影響が及びます。決してそのようなことが起こらないよう、速やかに改善します」


 そう伝えると、アレクは雰囲気を和らげた。そして、私の方を少しいたずらっぽい表情でにこりと見た。


 このアレクの表情から予想すると……どうやら、アレクは私の状況まで知った上でお父様のところまで来ていたみたいだ。これは多分私が私財を使って孤児院の教育を繋いでいたのもバレてるなと、心の中で苦笑いをする。


 ほんと、意外とせっかちなんだから。そうして私もそっと笑みを返した。


 そんな私たちの様子が余計に気に触ったのか、ロメリアは手をプルプルと震わせて握りしめた。隣に寄り添っていたエリザベス様が、困ったようにロメリアの肩を擦る。ロメリアはハッとしてエリザベス様の顔を見てから、悔しそうに俯いた。


 ほんの少し、ロメリアのことが心配になる。これまでロメリアは、微笑むだけでほとんどのことが上手く人生だっただろう。熱を出しやすかったロメリアは、小さな頃はエリザベス様に守られるように――ある意味甘やかされて育ってきた。教育もほどほどでいいだろうと、この国の皇女としては優しい環境で育ってきたロメリアは、あまり苦手な分野に手を出さず、そして求められてもこなかった。


 ダンスに、おしゃべりに、お茶会。美しく着飾ること、人を惹きつけるような身のこなし。肌を磨き、食に気を使い、髪の手入れをして、美しさのために体を鍛えて磨く日々。


 それは、決して天性の美しさだけでは無い。ロメリアは常に努力している。だから、ロメリアは、生まれつきの美しさだけの者とは違い、皆を魅了するほどの美貌を持っているのだ。


 だからこそ、不思議に思った。


 ――何故、ロメリアは、急に私の政務を引き継ごうとしたのだろうか。


「……もう、お姉様のお仕事の引継ぎは、全て止めますわ」


 しばらく黙ったままだったロメリアが、眉をひそめながら少し小さい声でそう言った。その声に、少しの心配の気持ちが湧いて、ロメリアの様子をそっと窺う。


 ロメリアは、一つ深呼吸をするように息を吸って吐き出すと、冷めた視線を私に向けた。


「せっかく政務もなく穏やかに過ごせていましたのに、なぜ出しゃばってきたのです。まぁ、あと少しの間だけですものね。過労にだけはお気をつけくださいまし」


 ツンとした物言いで私にそう言い残すと、ロメリアはお父様にお辞儀をして、すんなりとその場を去った。それをエリザベス様が慌てたように追いかける。少し呆気にとられつつも、その二つの背中を見送った。


「――エレナーレ」


 その声にハッとしてお父様の方へ向き直った。お父様はいつもと変わらぬ硬質で静かな様子で指示を出した。


「輿入れまでの間、できる範囲で引き継ぎと生じていた問題の整理をしなさい。――次の者を育てるのも上に立つ者の務め。己が不在となっても心配がないよう、対策と育成をすることも考えてみなさい」


「畏まり、ました」


 返事をしながらその言葉を噛みしめる。


 私がいなくなっても大丈夫なように。今までも考えてきた事だけれど、私も皆も、どこまでそれを本気でやってきただろうか。


「……それから」


 少しして、お父様がほんの少し何かを考えるように口を開いた。あまり見かけないその仕草を不思議に思いつつ、続きの言葉に耳を傾ける。


「…………今この国には、アレクシス殿とザイアス殿がいる。政務もこれまでと状況が違う。疑問に思うこともあるかもしれないが――深追いせず、できる範囲のみの引き継ぎに集中するように」


「はい……」


 国を出る私にこれ以上国家機密を漏らしたくないからだろうか。それにしては変わった指示だなと不思議に思いつつ、『深追いするな』という言葉にはこの疑問も含まれているだろうと予想して、ただ頷く。


 お父様の表情はほとんど変わらなかったが、少しだけホッとしているような気がした。


 ――なんだろう。気になる。


 お父様をじっと見つめた後、横目でアレクの表情も窺った。


 パチリとアレクと目が合って。


 アレクは、少しニヤッと笑った。


 ――ほんと、すぐ首突っ込みたがるんだから、お転婆皇女――そんな風にからかわれている気がした。見透かされたのが悔しくて、ジトッとした視線をアレクに送る。それを見て、アレクは余計に面白そうな顔をした。


 ほんと、何なのよもう。これ以上どうしようもないなと悟った私は、お父様にお辞儀をして、行儀よくその場を去ろうと背を向ける。


 その、去り際の背中に、ふと視線を感じて振り返る。


「……お父様?」


「…………いや。しっかりやりなさい」


「はい」


 もう一度返事をして、退出する。


 ――心配、してるのかしら。


 寡黙な父親は、あまり表情も豊かではないけれど。


 振り返った時のお父様の表情には、少しの心配が滲んでいた。

読んでいただいてありがとうございました!


エレナさんちょこっと政務に復帰みたいです。

「もう!パパ不器用!」とはらはらしてしくれた読者様も、

「何か意図を感じる……はっ間者がどこかに!?」と不気味な気配を感じ始めた敏感なあなたも、

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また遊びに来てください!

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