1-1 身代わりの花嫁
全34話執筆済み!バンバン投稿します。
ぜひ最後までお楽しみ下さい。
「申し訳ございません……お姉様」
鈴が鳴るような艷やかな声。紫水晶のような美しい瞳が伏せられる。白魚のような手は、痛む心を抑えるように、胸元に添えられていた。
絶世の美女と言われる異母妹は、今日も謝っても美しかった。
「ロメリアは悪くありません!全てはロメリアへの愛を抑えきれなかった私の責任です。お叱りは私が幾らでも受けます。どうか……どうか、ロメリアを責めないで下さい……!」
ロメリアの肩を抱き、悲痛な顔でそう言う美男子は、この国の四大貴族の令息コンラートだ。甘いマスクのこの男とロメリアが揃うと、まるで観劇を見ているような気持ちになる。
ただ、美しい言葉で語ってはいるけれど。率直に言えば、二人が言っているのはこういう事だ。
『敵国の人質花嫁になりたくなくて、そのまま秘密の恋人と既成事実を作っちゃいました。ごめん!』
手を取り合う二人を冷めた目で見ながら、心の中で悪態をつく。
――ふざけんな。
ひどい暴言。でも、許してほしい。
ただの色恋沙汰なら良かった。それならなんの問題もなかった。
しかし、私達は、そんな気軽な立場ではない。
国に責を負う、皇族貴族。その私達の肩には、今、たくさんの民の命と、お兄様である第一皇子の命運がのしかかっているのに。
――皇族の血を引く生娘を花嫁に。
それが、敵国が示してきた条件だ。
十日ほど前のこと。歴史的に見ても類を見ない大規模な大嵐がこの国を襲った。
大嵐は最初に我が国の辺境の都市ペリスを襲った。氾濫した川が街を飲み込み、崩れた土砂に家も道も潰された。
帝都より救援を送り込もうとするが、大嵐は不運にも帝都方向へ向かい、ペリスへの道を塞ぎ兵を足止めしてしまった。
帝都から大嵐が過ぎ、やっとペリスへ救援を送り込もうとした時。
既にペリスは隣接する敵国――ドメルティス帝国により、占領された後だった。
ドメルティス帝国の言い分はこうだった。
――ペリスの地は、我が軍により嵐から『救援』され、生きながらえた。そして、『民』の希望によりアルメテス帝国から『開放』され、我々の領地となった。一部の民と病弱な皇子は恩知らずにも抵抗した為処刑とするが、開放して欲しければ和平の印に皇家の血を引く生娘を花嫁として寄越せ。
進軍は『救援』、占領は『開放』と言い換えられ、国境沿いの移民を『民』と言い張って大義名分をぶち上げる。それが、今回のドメルティス帝国の我が国を侵略する筋書きだった。
歴史に残る大災害。我がアルメテス帝国には、今すぐにペリスを奪還する余力はなかった。
花嫁を差し出す期限は三週間後。
たった一人の皇女を惜しみ、大勢の民とペリスで療養中の第一皇子を失えば、皇家への強い批判は免れない。だから、第二皇女であるロメリアの、ドメルティス帝国への輿入れが決まったのだが。
「すまない、ロメリア……私が君を愛してしまったばかりに……」
「コンラート様……」
不都合を踏み潰した悲恋の観劇を冷めた目で見続ける。
我が国や近隣各国では、近頃は厳格な乙女を婚姻相手として求めることは少ない。だが、血統を重んじるドメルティス帝国の皇族は純潔な乙女を求める。
ロメリアにはその資格がない。その事実は、もう変えられなかった。
手を結び、見つめ合う二人。この人たちは、事の重大さを分かっているのだろうか。
大勢の民の命と、皇位継承者である第一皇子の――お兄様の命が、今、私達の行動一つで失われてしまうのに。
酷い落胆ともにその様子を見ていると、ロメリアの母であり、側妃であるエリザベス様が、震えるように前に進み出た。
「申し訳ございません、陛下。わたくしがロメリアに提案したのです。コンラートに、会ってきたら良いと」
今も美貌の衰えないエリザベス様は、ロメリアと姉妹といっても良いほどの美しさだが。娘と対を成すような、控えめで大人しい性格の細身の彼女は、今、可哀想なほどに青ざめていた。
「今回の事が納得できるよう、会ってくるようにと提案したのです。最後の別れを、と……。でも……わたくしが、浅はかでした」
エリザベス様は震えながら、青い顔で頭を下げた。
「お叱りはわたくしが全てお受けします。ですので、陛下……どうか、二人の真実の愛を、お認め下さい」
豪華な皇帝の謁見室に、二人の愛を認めても良いのではという空気が満ちる。
絵になる二人。頭を下げ、震える母親。皆がそう思うのは、仕方がない事かもしれない。諦めたように、そう思う。
――そして、華やかさもなく、絵にもならない私には、寂しい未来が待っている事も。
「そもそも彼の国への花嫁は、心優しいロメリアよりも『鉄の皇女』であるエレナーレ様のほうが適切でしょう」
ロメリアの肩を抱くコンラートがそう言った。
見下すような視線が、私に注がれる。
「なんとか言ったらどうだ、エレナーレ。妹がこんなに苦しんでいるのに」
「……何かを言うも何も、選択肢はもうわたくしが彼の国へ行くしかないでしょう」
「は、さすが鉄の皇女だな。こんな時すらも冷たい物言いだ」
コンラートの睨むような視線を、諦めたように受け流す。
鉄の皇女。華がなく面白みもない、政務ばかりしている強そうな女。それが私、第一皇女エレナーレだ。
正統な正妃の娘である私は、本来ロメリアよりも地位が高く華やかな立場だが。飴色の豊かな髪に紫水晶の瞳という美しく華やかな異母妹の横で、姉である私の色は、全体的に暗くて、冷たかった。
真っ直ぐな群青の髪に、深い青の目。意思の強そうな、ツンとした顔つき。
私は、幼い頃に母を亡くしている。それでも立ち上がり、父と共に求められるがままバリバリと政務をこなし――鉄の皇女――影でそう呼ばれるようになっていた。
それでも。そんな私でも、この状況に本当に何も感じていないと、皆は思っているのだろうか。
「大体、君が最初から自分がドメルティス帝国へ行くと言えばよかったんだ。どうせ相手もいない鉄の皇女だろう?」
「…………」
「相手のいないお前が自ら名乗りを上げれば、ロメリアは悲しまずに済んだのだ。なぜそれが分からない」
厳しい表情で私を見下すコンラートに、静かに視線を返す。
確かに、私には婚約者も恋人もいなかった。ただ、正妃の娘の第一皇女と、側妃の娘の第二皇女とでは、その立場に違いがある。
歴史的に、第一皇女は他国の王妃やそれに近い立場となり、アルメテス帝国を強くする役割を担ってきた。だから、人質同然の権力のない花嫁――ドメルティス帝国王太子の八番目の側妃として第一皇女を差し出すというのは、この帝国の常識で考えれば、ありえないことなのだけど。
「己の身の可愛さに躊躇したのだろう。――美しく可憐なロメリアの身代わりの花嫁など、余計に君の存在が霞むというのに」
己の薄っぺらい常識でしかものを語らぬコンラートに何も返す気にならず、一呼吸置いてからお父様へ視線を向けた。
お父様――皇帝トラディスは、その身体を玉座に沈ませ、静かな表情で私達を見渡していた。
寡黙な父親。厳格な皇帝。
お母様が亡くなってから、より寡黙になった父親を静かに見つめる。会話といえば、ほとんど政務に関わることだけだった。父親としての愛がどこまであったのか。それは、分からない。
ほんの少し、お母様が生きていた頃のお父様を思い出して。感傷に浸っても仕方がないと、視線を外した。
無表情を保っていた皇帝トラディスは、ほんの少し私を見つめて沈黙を保った後、ゆっくりと口を開いた。
「――ドメルティス帝国に向かわせる花嫁は、第二皇女ロメリアではなく、第一皇女エレナーレとする。輿入れは三週間後。短期間のため婚約はなく、三週間後に両国の合意を持って、そのまま即婚姻となる。そのつもりで準備するように」
「……畏まりました」
その言葉に、同じく無表情で承諾の意を伝え、丁寧に頭を下げる。
背後でロメリアが沈んだように謝る声が聞こえる。余計私が悪者のような雰囲気になるからやめて欲しいなと心の中で思いながら、この際もうどうでもいいかと諦めながら再び顔を上げた。
パチリと、お父様と目が合う。
少しの間、目が合って。そしてそれは、すっと逸らされた。
「妹が泣いているのに、何も言うことはないのか、エレナーレ」
またコンラートが私を責め始めた。この男、いくらかつての同級生だとはいえ、この公の場であまりにも礼儀が無さ過ぎる。
そもそも、今ここで重きをおくべきなのは、本人の気持ちではない。私達の判断基準は、国を想う気持ちであるべきなのに。
もう一度心の中で深いため息を吐いて、あまり仲が良くなかった――むしろやたらと私を毛嫌していたコンラートに、諦めに満ちた冷めた視線を送った。
何を言ってもこの男には通じないだろう。そう思いながら鉛のように重い口を開く。
「……わたくしのことは気にしなくていいですから、もうロメリアを自室へ連れて行ってあげて下さい」
「は、どこまでも冷たい女め」
そう言うと、コンラートは上手に気落ちしているロメリアを連れて退出していった。エリザベス様もそれに続き、青い顔をしながら退出して行く。
それに続き、私も静かに退出する。
お父様はそれ以上、何も言わなかった。
静かな、暗い空気の立ち込めた廊下を、自室へと進む。身につけていたドレスの裾が、今日はいつもよりも重く感じた。
「花嫁、か……」
漏れ出たその声が、虚しく響く。
政略結婚。自分に待ち受けるその未来など、小さな頃から分かっていた。そして、ペリスの民とお兄様の命が私の身ひとつで救われるのなら、進んでこの身を差し出すべきだということも。
納得もしている。それが、正しいことだとも知っている。
皇女として生まれたこの身。それを捧げることで国が栄えるのなら、それを全うするのが、私の責務だ。
そんなのは、言われなくても分かっている。
だから。今、あの友人の姿が頭をかすめるのは、きっと感傷に浸っているからだ。そう、思うことにした。
そう。最初から、私達は交わる運命では無かったのだ。
好かれているわけでもない。好きに生きられるわけでもない。
不自由な身の上の、だだの、友達。
「……急いで、輿入れの準備をしましょう」
気を取り直して、そう呟く。
それはきっと、自分自身に言い聞かせた言葉。
立ち止まるな。恐れるな。私は、国と民の為に在る。
捉えられたペリスの民。病弱なお兄様。
早く、助け出さなくては。
私は己の弱い心をかなぐり捨てるように頭を振り、自室へと重い足を向け、足早に進んでいった。
はじめましての方も、前作より来て頂いた方も、
お読みいただきありがとうございます!
完結まで執筆済み、じゃんじゃん投稿していきますのでぜひ最後までお楽しみください。
今回は高貴な皇女殿下が主人公ですが……いきなり雲行きが怪しい!?
「なんかムカつくやつばっかだな!?」と憤ってくれた優しいあなたも、
「はよ例のお友達出せよむふふ」とニヤついてくれたあなたも、
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