前編
「運命の番」が好きなんですが、男女の友情エンドだけどハッピーエンドの作品を見てみたくて、両方の要素が入った自分で書いてみました。友情エンドですが、二人が「恋愛」についてひたすら悩むので恋愛ジャンルに入れています。
私は恋を知らない。
そして運命の人もいない。
恋愛至上主義で有名な国のど真ん中に住んでいるにもかかわらず。
「ミーナ!お昼休憩終わるわよ」
「あ、しまった。ありがとうサラ、今行く」
私は慌てて膝の上に乗せていた弁当箱を片付けると、美女の下に駆け寄った。階級を表す紋章のついて縁なしの帽子からこぼれた紺色混じりの黒髪が風に待っている。いつ見てもサラの髪は美しい。
ここイスラ国の住民は恋愛に積極的なことで有名だ。いや、それでは生ぬるい、「全て恋愛中心に考える」と言っても過言ではないほど、恋愛こそ至高!な価値観の国だ。愛と豊穣の女神、イサテアを祀っていて、国土中、猫も杓子も恋愛の話題で盛り上がる、情熱的な愛の国だ。
その最たるものが「運命の人」の存在。比喩でもなんでもなく、本当に存在間する。国民は全て、生まれてすぐ神殿で洗礼を受けるが、その主な目的は「運命の人がわかるようにする」ためだ。
なんでも、運命の人同士は、お互い同時に気づくらしい。皆口を揃えてビビッとくる、と言う。
ただし、そのタイミングはカップルによって様々だ。例えば、出会ってすぐわかる人もいれば、カップルになってしばらく一緒に過ごしてから気づくこともある。
洗礼を受けた子供が成長し、十代も半ばになると、髪の毛は所々少し色が淡くなった髪が混じり出して、メッシュになるのが一般的だ。この色の変化が、「運命の人がいる」ことを示しているのだ。
子供の頃の性格は大人になると異なることも多いし、逆に子供の頃の性格をのままの人もいる。内面が異なれば、当然相性の良い人も異なる。
そのため、運命の人が決まるタイミングは、その人の何となくの生涯通しての性格が定まる頃と言われている。
教会で結婚式を挙げるときの儀式により、結婚後、淡くなった部分が少しずつ相手の髪色に近づいていく。それは相手と過ごした年月に左右され、淡くなった部分が全て相手の髪色に染まることは、何十年も運命の人と過ごした証明になり、究極の愛の形とされる。
だからこの国でのプロポーズは「全てあなたの髪色に染まるまで一緒にいてください」だ。
この国は、恋愛経験が豊富なほど人生経験もあると見做されるため、過去の恋愛経験はステータスだ。いかに多くの人と付き合い、運命の人に会った時スマートに付き合えるか、ということが重視される。
そして、だからこそなのか、別れる時もいかに後腐れなく別れるか、ということが大事だ。揉めたり二股をすることはご法度で、運命の人じゃないとわかったら(つまり、付き合ったのに愛が冷めていく)、すぐに別れることが多い。
その分、一度運命の人に会うとそれ以降相手には一途だ。
しかし、私には、その髪色の変化が未だに訪れていない。
もう働き出して5年、25歳にもなるのに。
私の平凡なふわふわしたミルクティー色の髪は一色で、目立ちたくなくていつも引っ詰めにしている。王宮の職員は全員所属を表す帽子を被らなければならないことも好都合だった。
*************
「ミーナってばまた空を眺めてたの?飽きないのね」
サラがこちらを見ながらクスクス笑う。アメジストみたいな瞳がキラキラ輝いた。
相変わらずなんて綺麗な私の親友兼同期。
「飽きないよ、空は私のライフワークだもん」
「そうよね、気象部のミーナさん」
「そうです、外務部のサラさん」
二人で顔を見合わせてクスクス笑った。
「じゃあ、また今夜」
「はーい、いつものところに7時ね」
二人で笑いながらそれぞれの課に分かれる。今日は久しぶりに同期の仲良し女子達とディナーなのだ。楽しみ、楽しみ。
*************
「乾杯ー!」
ジュリアの掛け声で皆んなそれぞれのグラスを掲げる。置いてあるグラスを自分の顔の正面まで挙げて静止させるのが、この国の乾杯の挨拶。他の国ではグラス同士をぶつけたりするらしい。
集まっているのは私とサラを含めて5人。
「でさ、聞いてよ、ついに私にも彼氏ができたの!」
「おめでとう」
「やったわね」
さっそくジュリアが本日のメインテーマである彼氏について話し出した。
すごいや、ジュリアは結構好み激しくて、今まで彼氏がいない仲間だったのに。
「どこで会ったの?」
「それが、歌劇場行く途中でお財布落としちゃって、それを呼び止めて拾ってくれたのが彼なの。それで、そのあと、劇場から帰る時、ばったり再会して!劇場のスタッフだったの」
「きゃー、素敵!そして絶対いい人よね、拾ってくれるなんて」
「うん、何度か会ううちにその優しさに惹かれちゃって」
金髪を掻き上げながら、照れたようにジュリアが笑う。うっすら頬が色づいている。
「それで、どうなの? 運命の人って感じした?」
この中で唯一の既婚者、マリエルが小首を傾げながら聞く。茶色の垂れ目が興味津々に輝いている。
「うーん、まだわからないけど、彼が運命の人ならいいな、と思ってる」
「そうなのね、楽しね」
二人がゆったりと微笑んだ。
「で、ミーナはどうなの?いい人いるの?」
マーガレットがキラキラした瞳で尋ねてくる。
「うーんと、私は相変わらず……でもいいの、今は自分のこと、仕事のこと、こうして皆に会うことで満足してるから!」
「もう、またそんなこと言って、恋は楽しまなくちゃ!せっかくかわいいのに」
「はは、ありがとう。そうね、少しずつ考えてみようかな」
「サラもよ、美人なんだから!恋愛してなんぼよ!」
「ふふ、ありがとう。まああれから暫く経ったし、いい男見つけようかしら」
サラは艶やかに笑って髪を掻き上げた。
皆で笑って、新作料理も届いて、わいわいやって。楽しいな。
「バイバイ!」
「またね」
お店の入り口でいつも通り解散。まだ大通りは街灯が灯り、華やかな雰囲気を醸し出している。
「ミーナ」
振替返ると、帰ったと思っていたサラがこちらを向いていた。
「……大丈夫?」
何が、とは言わない。でも、私は、彼女がなんで私に尋ねたのかわかった。
「……うん!大丈夫よ!でもサラは?」
サラは驚いたように目を見開き、そしてふんわり笑った。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
私たちは私たちにしかわからないような気持ちを共有するようににっこりした。その笑顔に何かを隠すように。
初夏の夜は肌寒いが心地よい。この辺は煉瓦造りの建物が多く、運河沿いのこの道は絶景のデートスポットだ。今日も沢山のカップルが道沿いのベンチで愛を語らっている。
その道を歩きながら、私は心の中に何とも言えない気持ちが降り積もっていくのを感じた。いつも魅力的な帰り道がくすんで見える。
サラは半年前、ある男性と付き合っていた。しかし、彼は偶然入ったカフェで店員の女の子と出会い、お互い一目惚れかつ運命の人と分かり、サラとはすぐに別れたのだ。
サラも彼を運命の人ではないと感じていたし、そこは問題なかった。しかし、サラはその時まで彼に不安はなく、「もしかして、もう少し過ごしたら運命の人って気づくのかも」と思っていたのだ。もちろん彼も。
サラは別れたこと自体は納得していた。彼に未練はないし、彼も真摯に対応した。
しかし、今まで好きだった男をいきなり嫌いになるわけにはいかず、さりとてもう恋人にはなれない、会っても手を降って終わり、という友達以下の立場になってしまったことにずっと戸惑っているのだ。行き場のない感情とともに。
そしてそこで昔の男を思い続けるのも、世間的には評判が悪い。なんといっても、はい、次いこ!の精神の国だ、だからサラは私にだけ内面を吐露してくれたのだ、なんと言っても、私は「恋愛感情がわからない」女なので。
そう、私は、運命の人がいないだけでなく、初恋も経験していない。この国では4〜5歳で経験、遅くても十代までには恋する人が多いのに。
あれ、おかしいな、と思ったのは12歳ごろ。一桁代の頃は、近所の大人っぽいお兄さんや、同級生の優しい女の子甘酸っぱい初恋を経験するが、この歳になってくると本当の「カップル」になる子も出てくる。
つい最近まで性別とか恋愛とか関係なく遊びまくっていたのに、突如として醸し出される甘い雰囲気に、私はついていくことができなかった。
男友達はそこそこいる。女子の友達はもっと。でも恋はずっと経験しないし、男女関係なく、そんな目で見ることができないままだった。私だけ。ずっと。
別に恋人がいなくても楽しいし、充実している。でも、皆が当たり前にしていることができないことに密かに焦りを感じていた。
*************
「ミーナ、君には隣国からの視察団の担当を頼みたい」
「わ、私がですか?……でも、もっと適任の方が他にいるんじゃ」
「ほら、地方で緊急会議があるだろ、そのせいで他の人は出張が入って。君が適任なんだよ、経験もあるし、今は特別忙しい案件は抱えていないはずだろう」
「は、はい……承知しました」
翌日上司から聞かされたのは、視察団の案内。まさに寝耳に水である。なんてこった。
*************
イスラ国は、長く他国との国交が閉ざされた国だった。深い山脈の中にある一際大きな盆地が首都。地方都市も同じく山脈に点在する盆地から成り立つ。
急峻な山脈を越えに越えて、やっと「隣国」である国に辿り着くのだ。もうそのくらい離れていると隣国という意識も薄れ、全ては遠い遠い国の話だ。
イスラ国は直接の被害を受けなかったが、その先のだだっ広い丘陵地帯、そして海へと続く平原は、常に国境を巡る争いが繰り広げられていた。それに終止符を打ったのが、くだんのパルティア国である。
パルティア国は優秀な海軍と高い航海術を武器に、物資の供給源となる主な港を制し、その圧倒的な力で持って周辺国を圧倒した。あまりの軍事力に、周囲の国は抵抗すらできずに降伏した。100年以上前の話である。
イスラ国は小さく、閉鎖された国である。多くのものは自給自足で、たまに商人たちがえっちらおっちらと山脈を越えて物資を運んでくる。そしてイスラ国が誇る高い工芸品を持って返るのだ。
山の中で、特に交通の要所でもなく、鉱山もない、しかも国民は独特の宗教を信仰して、内輪で仲良くしてる(否定できない、というか事実そうだ)、イスラ国は、対して制圧する意味もない国だったのだ。そして平和は謳歌していた。
そうしてお互い不干渉でいた両国だが、パルティア国で問題が生じた。
ここ数年、気候の変化なのか、なんなのか、天気、特に海の天気が予測できなくなってきたのだ。異常気象とでも言うのか、突然の嵐、季節外れの突風等、これまで経験したことのない事態になっているらしい。
「航海術は、何も船を操る能力だけではありません。波の読み方、空の読み方、そして人員をいかに統率するか。健康管理はどうするのか。そういうのが全て組み合わさって、初めて船が動かせるんです」
目の前の御仁が、滔々と説明する。漆黒に輝く月光みたいな色の瞳がこちらを見つめる。秋空みたいな紺碧色の髪が揺れた。
すごいな、この方、とんでもない美形だ。
「なるほど、それで我が国の気象部を訪れたと」
「はい、その通りです。海の天気より山の天気はずっと変わりやすいと言いますから。どのように日々の天気を予想しているのかと思いまして」
さっそく視察団がご登場だ。そしてやたらに見た目がキラキラしてる。私たちの国は割と色白で線の細いタイプの人種だが、パルティア国民は全体的にがっしりして日に焼けている人が多い。
見慣れぬ異国の住民に、周囲が華やいでいるのを感じる。なんとなくだが、今日は気象部周辺でやたらと人を見る。特に若い男女。いや、なんとなくじゃない、明らかに多い。絶対狙ってる。
もう、いつでも出会いを逃さないようにしようとする人多いんだから。
「では、さっそくですが、我々の観測所をご案内しますね」
気象観測所は、王宮の中でも端の方にある塔だ。王宮自体が丘の上に立っている為、この塔は王都でも一番高い場所にある塔である。
ほぼ気象部の職員しか出入りしないため、少しは姦しさから逃れられるだろう。
しばらく歩いていくと、観測所が見えてきた。切り出した石造の建物はの上部はには白いドームがあり、壁面にはぐるっと周囲を見渡せるように、バルコニーもついている。全体的に壁面が白い王宮の建物とは大違いである。
「こちらが観測所です。あのドーム部分には観測用の望遠鏡や、雲の動きを記録する機械があります」
「なるほど、それでこんな独特な構造をしているのか」
彼――ルーカス・ファランド氏は感心したように目を細めた。なんて絵になる御仁だ。あとに続く数名の部下らしき人たちも頷きながらメモをとる。
通常何ら国家機密扱いになるような情報だが、イスラ国とパルティア国間では、情報を共有し自然災害を共に防いでいこうという動きになっているらしい。
「では早速入りましょうか――」
私は彼らを振り返りながら建物の中を案内した。お互いの国の研究の仕方や気象の違いなど、こちらとしても学ぶことが多かった。
打てば響くような会話のやりとりで、私はルーカスに好感を抱いた。
*************
そして夜になるとパルティア国の皆さんを歓迎するためのパーティーが始まった。私も普段の宮廷服ではなく、この国の伝統的なドレスを身につけている。
女性は華やかな柄の刺繍が施された腰まである長衣の下に、くるぶしまでの長さのロングワンピースを着るのが一般的だ。男性陣は暗い色の同じような形の長衣に、裾の狭まったパンツを合わせている。
「パルティア国使節団、入場!」
声と共に、皆さんが入場してくる。 昼間見かけたルーカス様達気象部御一行もいるが、外交官や政治家など、他にもこれを機会に、といらした方々が沢山いる。
相変わらずキラキラしい。日に焼けて大柄な彼らは、私たちの中でとても目立つ。
彼らもパルティア風の正装に着替えていた。
男性は勲章が付いたジャケットの下は白いシャツ、同じような色のパンツを合わせていて、女性達は華やかなドレスを着ている。刺繍よりは、布の素材や組み合わせで勝負したデザインが多い。
(あ、あのオレンジのドレスかわいい……)
1人、ふわふわしたドレスを身に纏った女性が目についた。透けるようなオレンジ色の布何重にも重ねたドレスは、そこだけ太陽輝いているみたいに見えた。
今まで目にすることのなかった衣装達にワクワクする。
(でも……)
ちらっと見ると御一行の皆さんは、既に多くの人に囲まれていた。一部若者の目がハンターようになっている。
珍しい異国から客人と話したい、というだけでなく、魅力的な人がいたら逃さないのがイスラ国民なのだから。
(ご挨拶できそうにないから、とりあえず軽食でもつまもうかな)
と早々に切り替えた私は、いそいそと料理のコーナーに向かった。
人の移動が落ち着いたら話かければいい……あ、このケーキ美味しい。
ところがどっこい彼らは人気も人気だった。話しかける隙もない。
今日は無理かと考えた私は、別部署の同僚や上司達と雑談したりして時間を過ごした。
それに、私にはあまり目立ちたくない理由もあった。
そして一息つくため、会場の隅でカクテル片手に休んでいると
「……ません、すみません!」
声が聞こえて思わず振り返ると。
「あ、よかった気づいてくれて」
そこにはパルティア国の男性が立っていた。輝くような金髪にすらっとした体型。青い瞳を細めながらニコニコ笑っている。
……だがしかし、お前は誰だ。
「……えーと?」
相手の意図が分からず出方を伺う。何か用事だろうか。
「こんにちは、ミーナ・ハリスさんで合ってますか?」
「え、は、はい……」
「ああ、よかった。私はキース・ウィンストンと申します。パルティア国の外交官をしています」
「は、はあ……」
「今日ルーカスからあなたの話を聞いて、僕もご挨拶したいと思って」
「あ、そうだったんですか。それはわざわざありがとうございます」
「こちらこそ。優秀な方だってルーカスが言ってたので、僕も気になって」
ルーカスさん、私のこと話てくれてたんだ。お世辞が大半だろうが、ちょっぴり嬉しい。
「それに、こんな美しい方だったなんて、余計話したくなります」
「はは……そんなことないですよ……」
すごいなキースさん、チャラい。すぐに口説く国に住んでいる私ですらちょっとびっくりしてしまう。
お互いの情報を交換していると、年齢やキャリアが近いことが判明した。
「ね、そしたらさ、よかったらもっと砕けて話せもいいかな?せっかくのご縁だし」
「ええ、ぜひ。こちらこそ」
「よかった!そしたらさ、一つ質問してもいい?」
「うん、何?」
「なんでミーナちゃんは、髪の色が変化していないの?」
無邪気な顔で聞かれた質問に、私は突然冷水を浴びせられたような気分になった。
だから嫌だったのだ、士官時と違って帽子で髪の色を隠せないから。
どうしよう、頭が真っ白だ。
「あ、あの……私には運命の人がいないんです。それに恋もしたことないから……恋愛感情がわからなくて……だからだと思います」
「ちょっと待って、恋をしたことがないの!?」
キースの声は思ったより響いた。周囲の人が何事かと振り返る。
「あ、ご、ごめん、びっくりしちゃって」
「いえ、いいんです、珍しいですよね」
無理矢理口元に笑みを浮かべる。そしてふと目を逸らすと
「キース!!何をやってるんだ、失礼だろう!!」
足早に近づいてきたルーカスさんと目が合った。
「「あ」」
思わず声が重なる。
「え、えと」
何か言わねば。
「だから、恋愛とかわからないの。それだけ」
ルーカスの目が瞬いた。
ああ、せっかく認めてもらえたのに、こんなこと言いたくなかった。
彼も出来損ないの私に失望するのだろうか。
「あ、ああ、ミーナさん、キースが大変申し訳なかった。きつく言っておくので」
そして、ルーカスさんはキースを引きずっていった。ぽつんと私を残したまま。