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第7話 旅の目的

「……団長、一体どうしたんだろう」



 カナトが去っていくマリンさんの背中を見つめながら呟いた。傍にいたハヤトも、ポカンとした表情で見つめている。初めて見る顔に、俺は思わず心のシャッターを切った。

 ハヤトのこんな顔、今くらいしか見れないだろうな。



「アリア様、勘違いしないでほしいのです。団長は本来ああいうことを言う人では……」

「あー、いいよいいよ。魔女に……特に魔術団のやつに嫌われるのはしょうがないと思ってるからさ。マリンさんは何も悪く……」

「は?ちげぇよ」



 カナトのフォローに笑顔で返していると、ハヤトがまた不機嫌そうに俺を見下ろした。



「団長はどんなに嫌な人間相手だろうと絶対にキツイことなんか言わねーんだよ。何があっても嫌悪感を相手に向けることだって一度もなかった。……お前、団長に何やったんだよ」



 その言葉をカナトが否定しないということは、彼の言っていることは全部本当なのだろう。だから俺にあんな態度を取ったことに口を開けて固まるほど驚いていたのか。それで俺が何かしたと思われるのも、まあ、納得できる主張ではある。


 だけどアリアちゃんがそこまで嫌われるようなことをするような子だとは思えないし、なにより万が一やっていたとしても記憶がない俺にはどうしようもない。分からないまま謝るのも相手に悪いし、だからといってマリンさん本人に聞くのも違うしな……。


 結局、俺はただあの敵意を受け入れるしかないのだ。



「記憶がない私に言われても困る。もちろん記憶を思い出したうえで何かやらかしてたら謝るけど……記憶がない内はどうしようもねーよ」

「……チッ」



 こいつ本当によく舌打ちするな。もうその舌打ちで演奏できるんじゃねぇの。



「アリア様、すみません。勝手に「大丈夫だ」などと言ってしまって……」

「別に怒ってないし傷付いてもないから気にすんなって。それよりもう挨拶はいいのか?」



 マリンさんの態度には確かにびっくりしたが、それよりも挨拶したがっていたカナトの邪魔をしてしまったのではないかと、後から申し訳なさがこみ上げてきた。しかしカナトは柔らかい笑みを浮かべ「大丈夫です」と優しく言ってくれた。



「長い間空ける、という本題は伝えられましたし、あの様子だと僕達が話しかけてもあまり良い顔はしないでしょうから。時間を取らせてしまってすみません。行きましょうか」

「あ、ああ……」

「…………」



 こうして俺は、不機嫌そうにしているハヤトと相変わらず笑っているカナトを連れて訓練場を後にした。

 ……ゆっくりでいいとは言ったものの、気まずいからできれば早めに警戒を解いてほしいところだけど……難しいだろうな。


 思わず吐きたくなったため息を呑みこんだ。






 ◆    ◆    ◆






「そういえば」



 しばらく歩いていると、突然カナトが何かを思い出したように宙を見た。



「アリア様はどうして旅に出ようと思ったんですか?」



 カナトの問いに思わず足を止める。俺を追い越したカナトはすぐに振り返って不思議そうに首を傾げた。普通の質問をしただけなのに、みたいな顔。だけどすぐに眉を下げて「聞いてはいけないことでしたか」と困ったような表情を浮かべた。


 いや、お前は正しいよ。何もおかしい質問じゃないどころか護衛を任されている身としては当たり前の質問だ。護衛する人間が何を目的に旅をするのか把握しておかなければどう動けばいいか困るだろうし。

 だけど俺にとってはあまり聞いてほしくなかった質問だ。


 俺が魔女を探していることはさっき言ったが、どうして探しているのかと深堀りされたらうまく答えられる気がしない。入れ替わりのことは言えないし、どう言い訳しようか……。



「はっ。話せねぇような目的があるやつを護衛しなきゃなんねーのかよ」

「こら、ハヤト」

「もしこれでこいつの目的が『魔女の皆殺し』とかだったらどうすんだよ」

「まさか。そんなわけないだろ」

「全然ちげぇよ!!あー、いやでも、疑われても仕方ないよな……」



 俺は頭を抱えたままハヤトに反論しようとしたが、うまく言い返せる気がしなくて肩を落とす。ど、どう説明すれば納得してもらえるんだ。



「そういえばさっき、『魔女を探す』と言ってましたが……もしかしてそれが旅の目的なんですか?」

「……はい……」

「は?何で魔女に会いに行くんだよ」

「いやあ……それには海より深い事情がありまして……」

「だからその海より深い事情とやらを言えって言ってんだよ!」

「いででで!!耳引っ張んなボケ!!」

「いだっ!」



 耳を思いっきり引っ張ってきたハヤトに思いっきりチョップをかます。するとカナトがポカンとした顔で凝視してきたので慌てて「おほほほ」と笑って誤魔化し、一拍置いてから空気を変えるためにわざとらしく咳払いした。


 いけないいけない。一国のお姫様が暴力なんて振るったら何事かと思われる。



「あの、だな……魔女を探しに行くのは……そのー……」

「……アリア様。言いにくいことであれば言わなくても大丈夫ですよ。どんな理由だろうと、僕達があなたを護衛することに変わりはありませんから」

「いや!……さっき、信じてもらうために誠意を見せるって言ったろ?だから話せる範囲までだけどちゃんと話しておく」



 誠意を見せるべき時は、きっと今だ。



「実は……私の友達が魔女に襲われて呪いをかけられてな。姿を変えられ遠くに飛ばされたらしいんだ」

「呪いを……!?」

「だから友達の呪いを解くために、その子を襲った魔女を探してるんだ。まあ……どこにいるかは全く知らないから長い旅になりそうなんだけど……」



 俺の話を聞いて考え込むカナトに心の中で肩を落とす。

 そうだよな。終わりの見えない旅に付き合わされるなんて普通は嫌だよな。しかも護衛もしなきゃいけないんだから、悩む気持ちは痛いほど分かる。俺がカナト達の立場でも間違いなく悩んでる。


 仕事で無理矢理付き合うつらさ……分かるぜ……。だからこそ、できれば上司側にはなりたくなかった。



 カナトは優しいからきっと嫌そうにしながらも「ついて行きます」と言ってくれるんだろうな、と当の本人からの言葉を待つ。しかし顔を上げた彼の表情は、俺が想像していたものよりもずっと柔らかかった。



「友人が呪われ、あまつさえ自分も襲われたというのに……それでもあなたは魔女と分かり合いたいと、そう仰られるのですね。そこまで慈悲深いとは……」

「え?ん?」



 カナトの言葉に思わずポカンとしてしまう。

 なんて?自分も?襲われた?一体何のことを言ってるんだ。



「カナト、私は襲われたなんて一言も言ってないんだが……」

「?ですがアリア様の身体に微かに付いている魔力は、その魔女のものでしょう?」

「……魔力?」

「ええ。アリア様は人間ですから、身体から魔力が感じられるのはおかしいことなんです。それに魔力が纏わりつく可能性はただ一つ。魔法や呪いをかけられることだけ」

「だから襲われたって思ったのか……まあ、間違いじゃないけど……」



 俺自身がどうこうされたわけではないが、実際異世界転生やら入れ替わりやら迷惑はかけられている。アリアちゃんと同じ立派な被害者だ。そういう意味では襲われたと同義だな。


 そうしてカナトの話に頷いていると、ハヤトが何かに気付いたように視線をこちらに向けた。



「もしかして……お前の記憶喪失もその魔女の呪いのせいなのか?」

「へっ!?あ、ああ、うん!多分そう!」

「……その割にはダチのこととか魔女のことは覚えてんだな」

「お……私にかけられた呪いはそこまで強いものじゃなかったから……!」

「ふーん」



 こいつ、本当は見抜いてるんじゃないか?


 そう思わざるを得ないほど痛いところを突いてくるハヤト。やつの言葉を否定する俺の声は震えていたと思う。うっかり口を滑らせればそこから全部バレるかもしれないという不安が一層沸き上がった。

 それもこれも、ハヤトが俺をかなり警戒している影響なのだろうか。



「(……早く、早くこいつの信用を得ないと俺の旅(と胃)が終わってしまう……!!)」



 訓練場を出た時より、一層ハヤトの懐柔を強く決心したのだった。

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