第3話 護衛つきの旅
――――――これを読んでいる、私の中に入った異世界の方へ。図々しいお願いとは分かっていますがどうか助けてください。
私はアリア・マーティン。あなたが成り代わっている者の名前です。
あなたにとって異世界であるこの世界は、そちらでは幻の存在となっている『魔法』を使う者が存在する世界です。そして『魔法』を使う者を男女関係なく『魔女』と呼んでおり、『魔女』は……この世界では虐げられています。魔女狩り、魔女裁判というものをご存じでしょうか。それが流行っているのです。
『魔法』は奇跡の力。それを使える『魔女』は悪魔と契約した危険な存在だと言われ、ソルブ国だけではなく世間全体で『魔女』の殲滅を目指しているのです。
私がその身体から追い出されてしまったのも、あなたが異世界から呼ばれ私に成り代わることになったのも、『魔女』の『魔法』によるものです。
しかし『魔女』は悪い存在などではないのです。確かに悪さをしたり人間を道具として扱う『魔女』はいます。しかしそれは人間が『魔女』を迫害してきたからです。彼女達はその復讐をしているだけ。話し合い、謝罪し合い、分かり合えば共に生きていくこともできるはずです。私はそれを信じたい。
異世界から勝手に呼び出されて混乱しているところ大変申し訳ありません。ですがお願いします、私を助けてくれませんか。そして……『人間』と『魔女』が共存する世界ができるよう、協力していただけませんか。
もう、身体を失った私の希望はあなたしかいません。その身体はどれだけ傷付けても構いません。そう簡単には死にませんから、どんな扱いをしてくださっても構いません。ですからどうか、どうかこの通りです。
アリア・マーティン
俺は読み終わってすぐにベッドに寝転んだ。
『魔女』だの『魔法』だの、ここはファンタジー世界か?魔女狩りとか魔女裁判とかはそりゃ聞いたことくらいある。太古の昔に流行っていたことだってことも知ってる。まさかこの世界ではそれが普通だって?信じられるかよ。しかも『人間』と『魔女』が共存できる世界だなんて……自分だって魔女のせいで酷い目に遭ってるのに、何でそんなことが言えるんだ。
「…………」
奇跡の力……それを使ってこの世界に来たんなら、帰ることだってできるよな?
「……アリアちゃんを助けて、魔女狩りを止めさせる……帰るためにはやるしかないよな」
それにアリアちゃんは、自分がつらい状況にあるにも関わらず必死に魔女のことを思って俺に頼んできたんだ。それなら……それに応えないと男じゃないよな。
けど……俺の外出をあの父親が許すか、だよなあ。あの様子だと相当娘を溺愛してるみたいだし、ただ「旅に行ってくる!」じゃ却下される可能性がある。だからってアリアちゃんのことは言えないし……。自分の娘の口から「実は中身は異世界から来たサラリーマンなんです」なんて訳の分からない言葉が出てみろ、俺なら本気で頭を疑う。そうすると許可貰うどころじゃなくなる。
…………こうなったら恥とか言ってられないな。明日の朝、さっそくやるか……!
◆ ◆ ◆
「なっ……しばらく旅に出たい!?」
「はい。というか出ます」
「ダメだ!お前は記憶を失っているのだぞ!?そんな状態で外に出せるわけがないだろう!」
あ、俺って記憶喪失ってことになってたのか。そういえば執事や医者が言ってたな。衝撃的なことがありすぎてすっかり忘れてた。まあ過保護じゃなかったとしても記憶喪失状態の娘の外出なんてそりゃ許可できないよな。
けど、それでも俺には出なくちゃいけない理由があるんだ。
「記憶は段々思い出してます。それにいろんな街を回れば、記憶が完全に戻るような気がするんです」
「そんな曖昧な根拠ではダメだ!第一外には『魔女』がいるのだぞ?怪我でもしたらどうする!」
「チッ、めんどくせえ……」
「え?」
「い、いえ!!と、とにかくお願いします!一生のお願いですから!」
「しかし……」
しぶとい爺さんだ……しかしそれもここまで!俺には必殺技がある!!食らえ……美少女の力!!
「お父様……お願いします……この通りですから……」
涙目&上目遣いでお願い!!どうだ、これをされて心が動かない人間はいないだろう!アリアちゃんの顔面の強さにひれ伏すがいい!!
「ぐっ……!!…………」
王様は胸を押さえて俯いていたが、しばらくしてやっと顔を上げた。そして傍にいた大臣らしき男に何やら耳打ちすると一つ咳払いをした。その口から出た言葉は「分かった」の一言。
やった!!爺さんが親バカで良かった!!とこっそりガッツポーズをしていると「ただし!」と声を張り上げた。まだ何か言われるのかと慌てて姿勢を正す。
「一人で行かせることはできん。それは分かるな?」
「いや、でも……」
「「いや」も「でも」もない!私は心配なんだ!……だから外に出ることを許可するうえで条件を付ける。魔術団から二人、護衛として連れて行きなさい」
「ま、まじゅ……?護衛……?」
「国王様、お待たせして申し訳ございません」
知らない単語に戸惑っていると俺の後ろから男の声が聞こえた。咄嗟に振り返るとそこには、モデルか??と言いたくなるぐらいの……いや、なんなら今まで見てきた中で一番だと断言してもいいくらい顔の整った男が二人跪いていた。
ポカンとする俺をよそに、男達と王様は話を続けた。
「話は聞いたな?娘のアリアが旅に出るのだが、その護衛をお前達に任せる」
「ええ。しかし何故姫様が旅など……」
「それはアリアに聞けばよい。だがあまりアリアと近付きすぎるな、いいな?」
「……はっ」
俺を見ながら疑問を口にする白髪の男。しかし王様の言葉によってまた下を向く。
……?王様、なんかあいつに冷たくないか?大体、俺に聞けばいいって言っときながら近付くなってなんだそれ。護るためには近付かなきゃならないだろ。変なこと言うなあ。
というか黒髪のほう全然喋らないな。まさか無口キャラか?めちゃくちゃ気まずそうなんだが……。
「あの、お父様。この人達は……?」
「魔術団のWエースと呼ばれている男達だ。まあ、魔女の中でも欠陥品なのだと思えばいい」
「欠陥って……」
……なんとなく把握した。魔術団はおそらく、そこまで力がない魔女の集まりだ。処刑するほどじゃない、つまり脅威にならない弱い魔女を兵士として使っているのだろう。だから王様は二人に冷たかったんだ。力がないとはいえ、忌み嫌う魔女には違いないから。アリアを護れるだろうけど近付いてほしくはない……ってことか。アリアちゃんが書いてた魔女の差別をここで見ることになるとは……。
「……ありがとうございます、お父様!ではさっそく行ってきますね!」
「ま、待ちなさい!その奇妙な服のまま行くつもりか!?」
「ドレスのほうが動きにくいので結構です!」
「気を付けるんじゃぞ!!」
アリア~!!という父親の叫びを背に私は城を出て行った。ちなみに今朝もメイドに「いつもこのドレスを着ていらっしゃるのに……」とめちゃくちゃフリフリのレースがついたドレスを差し出されたが丁重にお断りした。あんなの着た日には羞恥心で死ぬ。それならまだセーラー服のほうがマシだ。
俺はチラッと後ろを振り返って、Wエースの二人がついてきていることと近くに兵士がいないことを確認して立ち止まった。そしてきちんと二人と目を合わせる。厳密には黒髪のほうとは全然目合わないんだけど。
「どうされました?姫様」
「あ、その姫様っていうのやめてもらってもいいですか?その……違和感がすごいというか。名前で呼んでいただいて構わないので」
まあ、アリアって呼ばれたところで違和感はあるんだけど。まだ姫様よりはぞわぞわしない。
だけど白髪の男は困ったように眉を下げて控えめに手を挙げた。
「姫様のお心遣いはとてもありがたいのですが、そんな不敬なことはできません」
「さ、流石にお父様達の前で呼べとは言いませんよ!この三人でいる時だけでもダメですか?」
「……本当によろしいのですか?」
俺が黙って頷くと、白髪の男は「それでは……」と小さく咳払いをした。
「アリア様、と呼ばせていただきますね」
「……ああ、様を付けるんだ……」
「呼び捨てなど……それこそ死刑に値しますよ」
「うーん、それはまだ早かったか……。あ、そちらの方も名前で呼んでいただいて構いませんから!」
「…………」
黒髪の男はじっと俺の目を見てからふい、と逸らした。白髪の男がそれを注意するが知らんぷり。
…………さっそく不安しかないんだが。