表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/79

第1話 鈴木、死す。

 俺の名前は鈴木 一(すずき はじめ)。普通の家庭に生まれ、普通に育ってきたごく普通のサラリーマンだ。もはや聞き飽きたフレーズだろうが、それでも一応言っておく。普通に人と関わり、普通に恋愛をし、普通に過ごしていた。なんの不満もない人生。逆に言えば大きな幸せを味わったこともほとんどないのだが。そんな、普通すぎてつまらない人生を送っていた俺にも可愛い後輩がいた。


 佐藤 淳(さとう じゅん)……会社の後輩で、俺にすごく懐いてくれていた可愛いやつだ。仕事もすぐ覚えるし動きも早いし、上司からも一目置かれるような……とにかく仕事ができてコミュニケーション能力もある凄いやつなのだ。ちなみに言っておくと佐藤は男だ。間違ってもラブコメは始まらない。

 そんな佐藤には可愛い可愛い彼女がいた。ちょっと、いや、だいぶ愛が重いが佐藤の為に一生懸命尽くす可愛い子だった。紹介された時は羨ましすぎて噛んだ唇から血が出た。


 しかし佐藤には悪い癖があった。

 ……そう、女癖。あんなに可愛い彼女がいるのに何で?っていうか倫理観どうした?と思わず突っ込んでしまうくらい、佐藤は女癖が悪かった。本当に悪かった。どれだけ可愛い後輩でも関わりたくないと思ってしまうほどしょっちゅう浮気相手や彼女とトラブルを起こしていた。そして俺は度々そのトラブルに巻き込まれていた。



「先輩、聞いてくださいよ!」



 佐藤はトラブルを起こす度に俺に泣きついてきた。「平等に愛してるんだから問題ないはずなのに」とか「彼女が嫌いになったわけじゃないのに」とか訳のわからん泣き言を何時間も聞かされるのだ。今思えば適当に相槌打たずにちゃんと叱っておけばよかったかな……。いやでも本人達の問題だしな……。


 まあ終わったことをあれこれ言っても仕方がない。とにかく俺は後輩のいざこざに巻き込まれていた被害者というわけだ。



 そう、ちょうどあの日も……。






 ◆    ◆    ◆






「せんぱ~い!聞いてくださいよ~!」

「聞いてる聞いてる。どんだけ酔ってんだお前」

「だって酒でも飲まなきゃやってらんないっすよ!俺はただ好きになる女が人より多いだけで、誰が一番とかないしみんな平等に愛してるんすよ?遊びだから粗末に扱うとかしたことないって神に誓えますし!なのにみんなして「私を愛してないの」~って泣いたり怒ったり……意味わかんないっす」

「ここまで被害者面した加害者見たことねえ……。あんまり言いたくないけど、お前が本気でそう思ってたとしてもあの子達からしたら他にも女がいる=自分だけを愛してくれないって怒るのは当然のことだぞ」



 もし俺に彼女がいたとして、彼女がそんなこと言ってたら百年の恋も冷めるだろうな。男とか女関係なく佐藤の言動は普通に倫理観が終わってる。先輩としては叱るほうがいいのかもしれないが、佐藤が本気で悪いと思っていないのなら口出ししても無駄だろう。実際、彼女さんにどれだけ言われても分かっていないようだし。



「先輩、先輩からも言ってやってくださいよ!『佐藤は全員平等に愛してる』って!」

「当然のように俺を巻き込むな!」



 くっついてくる佐藤を押しのけていると、ふと目の前に影が差した。不思議に思って視線をそちらに向けるとそこには女性らしきシルエット。暗い中、しかも街灯も一つしかないこんな道で顔なんて見えやしない。だけどその女性が街灯の下へと移動したことでやっとはっきりと顔が照らされた。

 どこかで見たことある顔だな、としばらくじっと見つめてからやっと思い出す。



「お、おい、佐藤!お前の彼女いるぞ!」

「え?どの子ですか?」

「マジでいっぺん殴られろ!一番最初に俺に紹介してくれた子!!」

「あー、あー。あの子っすかあ」



 やつの肩を揺らして焦る俺のことなんて気にも留めず呑気に笑っている佐藤。どんなメンタルしてるんだと殴りそうになったが、彼女の様子のおかしさにそれをする余裕もない。だって、どう見たって普通じゃない。項垂れてふらふら歩いて……最悪のことを考えてしまうのも無理ないだろう。



「佐藤!しっかりしろ!酔いを醒ませ!!」

「え~?だから酔ってないですって~」

「こんの酔っ払いが!!」

「淳くん」



 彼女の冷ややかな声がその場に響く。もう心臓がバクバク鳴ってうるさかった。勘弁してくれ、どんなホラーだよ。



「んー?どうしたの?てか何でここに?」

「昨日……またあの女と会ってたでしょ……」

「あの女?……あー、木村ちゃんのこと?うんまあ会ってたけど」

「どうして!?こんなに言ってるのにどうしてやめてくれないの!?」

「どうしてとか言われてもー……言ってんじゃん、浮気じゃないって」

「いい加減にしてよ!!みんな平等に愛してるから浮気じゃないとか意味の分からない理論で言い訳しないで!!」

「(それはそうだ)」



 その理論が通じる人間は、少なくとも俺の周囲にはいない。愛が重い彼女には余計通じないだろう。



「私以外の女、全員切ってよ!してくれなきゃここで死んでやるから!!」



 ヒステリックに叫んだ彼女が取り出したのはカッター。その刃の先を手首に当てる。その瞬間、俺の頭は更にパニック状態になった。

 もちろん漫画やニュースやらでこんな場面は飽きるほど見てきた。定番だなーなんて笑っていた。だけど実際に目の前でされると話が違ってくる。だってもし彼女が本当に手首を切って死んでしまったら?いや、死ななくても重傷を負ってしまったら?きっと俺は今日のことがトラウマになってしばらく眠れない日々を過ごすだろう。


 なんて迷惑な話だ!俺はただ後輩のいざこざに巻き込まれただけの無関係な人間だっていうのに!



「ちょっ、ちょっと彼女さん、落ち着いて!こんな時間だし、佐藤の家にでも行ってそこで話しましょう?」



 またやってるよ、みたいな顔をしてため息をついている佐藤を憎みながら彼女を落ち着けるよう優しく話しかける。おい、本来はお前がやるべきことなんだからな。くそ……何で本来関係ないはずの俺が仲を取り持ってんだよ。


 

 心の中でブツブツ文句を言いながら彼女に近付く。



「カッターも危ないですから仕舞って――――――――……」

「何なのよあんた!!」



 彼女の怒りの矛先が自分に向いたところで……嫌な予感がした。いや、もう予感なんてものじゃない。確信だ。



「あんたは関係ないんだから出しゃばってこないで!!」



 彼女が手に持っていたカッターを思いっきり俺に向かって振りかざす。俺は咄嗟に後ろに下がって避けようとした。だけどあまりの迫力にビビった俺は足の力が抜けてしまい、そのまま滑らせた。浮遊感と目の前に広がる夜空に思考が停止する。でもそれも一瞬のことで、すぐに後頭部に激しい痛みと衝撃が走った。痛い、と叫ぶ暇もなく薄れていく意識。


 ……は?まさか俺死ぬのか?地面に頭打つとかダサい死に方で?しかも相手に押されたわけでも何でもなくただ足を滑らせた結果起きた事故。ああ、こんなくだらないことで人生が終わるなんて馬鹿みたいだ。はっきり言って佐藤、お前のせいだ恨むぞ。



 顔を真っ青にしてる彼女と必死に俺を呼ぶ佐藤の声を最期に――――――――俺の意識はそのままシャットアウトした。






 ◆    ◆    ◆






 考えてみれば俺の人生は何の刺激もない、あまりにも普通の人生だった。童貞ではないが女を喰いまくっていたわけではないし、勉強ができなかったわけではないがオール5を取っていたわけでもない。そこそこ。平均的な成績。運動音痴ではないが活躍できるほど動けるわけでもない。



「……い…………あり……」



 うん、あまりにも特徴がなさすぎる。これで何か突出してできることがあれば自慢できたのに特にないときた。更には、一つでも壊滅的にできないことがあれば笑い話にもできるのにそれさえできない。ある意味『普通』というカテゴリーでは一番を取れるレベルだろう。何も嬉しくないけど。



「しっかり…………あ…………」



 もし輪廻転生なんてものが本当にこの世にあるのなら、今度はもっと特別な人間にしてほしい。全部じゃなくていい、一つだけでもいいから特別にしてくれ。お願いします。




「目を覚ましなさい、アリア!!」

「はいっ!?」



 頭上でいきなり大声を出されて咄嗟に飛び上がる。

 すると、目の前には……俺の顔を覗き込んでいる王冠を被った髭面の爺さんがいた。




 …………は??

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ