咲き誇る花は一つでいいの。気高い姉、自信のない妹、生き残ったのはどっち?
「ミーディシア。もっと背を伸ばして、顔を上げて。自信を持ったらどうなの?」
ミーディシアは今日も姉ローズに睨まれ、注意される。
ハレスト王国のディアス王太子殿下の婚約者に選ばれた何でも出来る姉ローズ・グリニウス公爵令嬢。
美しき金の髪、碧眼の姉ローズは、勉学も王立学園で一位を取る程に優秀で、勉学だけでなく乗馬も得意であり、長きに渡りディアス王太子殿下の婚約者として王妃教育も受けており、一流の女性である。
それに比べて、全く同じ顔をした双子の妹、ミーディシア・グリニウス公爵令嬢。
背を丸めて、いつも自信なさげなミーディシアは、何をやるにも姉に注意されてばかりいた。
勉強を一生懸命やっても、姉にとても叶わない。それでも学年で10位には入る実力であった。
わたくしだって一生懸命やっているのよ。
同じ親から生まれて、同じ顔。同じ声。それなのに、どうしてお姉様とわたくしはこうも違うの。
俯いて歩くミーディシアは、姉と違って友達もいない。
姉が縦ロールを巻いた長い髪をしているので、自分は区別をつける為に、後ろ一本に束ねた三つ編みをしていた。
誰も自分に構ってくれない。
姉は令嬢達に囲まれて華やかに、皆の中心にいて、昼は婚約者のディアス王太子殿下と共にテラスで仲良く食事をとって。
ディアス王太子殿下もそれはもう、女性達に人気のある銀の髪で碧眼の美しい男性だった。
文武両道。鍛え上げられたその体は、それはもう美しく、姉とディアス王太子殿下二人でいると美しい絵画のようであった。
ミーディシアは羨ましく思う。
あのような美しいディアス王太子殿下の隣で、華やかに生きたい。
屋敷へ帰ったら帰ったで、今日も、姉に小言を言われる。
「同じ顔をしているくせに、こんな陰気な妹を持って、わたくしとても恥ずかしいわ。」
「ごめんなさい。」
「すぐ謝る。ああ、嫌だわ。」
「だって…わたくし…」
「じれったいわね。わたくしは学園で貴方にかまっている暇はないの。王太子殿下や他の令嬢達と交流を持たねばならないのよ。貴方は貴方でしっかりして頂戴。」
そこへ二人の母、グリニウス公爵夫人が現れて、
「ローズがディアス王太子殿下に嫁いでしまうものだから、貴方にしっかりとした婿をと思っているのだけれども…」
ミーディシアは前の婚約者の事を思い出す。
去年、婚約解消をされてしまった、リック・ハレギウス公爵令息。
ミーディシアと婚約を結ぶも一月も経たぬうちに、
「お前みたいな暗い顔をした女なんて、魅力も何もない。私に愛されると思うな。
それに比べて、ローズ嬢は素晴らしい。双子のくせにまったく酷いものだな。」
そう言って、さんざん傷つくことを言い、婚約解消を言ってきた令息だ。
自分なんて、誰だって望まないに決まっている。
リックとは緊張して、気の利いた会話の一つも出来なかった。
悪いのは自分だ。
もっと華やかで、魅力的で、姉みたいになれれば…
「ごめんなさい。お母様。ごめんなさい。お姉様。」
涙が流れる。
ミーディシアは自分の部屋に閉じこもってしまった。
わたくしはお姉様と違って、駄目な人間なのよ。
ああ、こんなわたくし…消えてしまいたい。
そんなとある日の事である。
ローズが、ミーディシアに頼んできた。
「ディアス王太子殿下と共に国民への顔見せパレードが明日あるのよ。一日、わたくしの代わりを務めてくれないかしら。」
「どういう事でしょうか。」
「簡単な事よ。わたくしとして、馬車に乗って、王太子殿下と、国民に手を振ってくれればいいの。」
「お姉様…」
「わたくしは用事があるのよ。頼んだわね。」
憧れのディアス王太子殿下と一緒に、国民に手を振ることが出来るなんて夢のようだ。
ミーディシアは密かにディアス王太子殿下に恋心を持っていた。
そんな彼とご一緒出来るなんて…
決して、結ばれることのない恋…
胸がかきむしられる程に、切ないけれども…
一日だけでも、ローズとして、馬車に乗り、国民に手を振ることが出来る。
ディアス王太子殿下の隣で。
ミーディシアの心はドキドキするのであった。
翌日、一本に縛ってあった髪を、ローズのように縦ロールにして、豪華な金のドレスに身を包んだミーディシア。
鏡を見て、あまりの美しさにうっとりする。
ローズは確認するように、ミーディシアの背後に立ち、
「わたくしと区別つかないわ。」
「お姉様。わたくし、頑張りますわ。」
馬車に行けば、ディアス王太子が馬車の前に立っていて、手を差し出してくれる。
キラキラキラキラ。白い金糸の入った豪華な服を着こなしたディアス王太子はあまりにも美しくて。
ああ…自分が彼と結婚出来たらどんなに幸せなんだろう。
彼のエスコートで馬車に乗り、隣に彼も腰をかけて。
「今日のローズはいつも以上に美しい。」
「え?」
ディアス王太子殿下は知らないのだろうか?
ローズと自分が入れ替わっていることを。
とりあえず、にこやかに礼を言う。
「ありがとうございます。嬉しいですわ。」
沿道に詰めかけた国民に、にこやかに手を振る。
隣で手を振っているのは憧れていたディアス王太子。
この時が永遠に止まってしまえばいい。
こちらを見て歓声を上げる国民。
なんて気持ちがいいのだろう。自分はローズとして、未来の皇太子妃として、皆、歓声をあげてくれているのだ。
姉になりたい…姉に…
ディアス王太子殿下が、こちらを見つめ、優しく微笑んで。
「そなたと先々、治めることになる世が私はとても楽しみなのだ。そなたは美しいだけでなく、優秀だ。愛しているよ。ローズ。」
胸がドキドキする。
「わたくしも愛しております。王太子殿下。」
ディアス王太子殿下と唇を重ねる。
この時、初めて、殺意がミーディシアに芽生えた。
姉を殺したら、自分が代わりに王太子妃になれる。
ディアス様と結婚出来るのだ。
それと同時に、姉が何故?自分に代わりを頼んだのかが解らなかった。
ディアス王太子殿下は入れ替わりの事を知らないらしい。
いつも暗い妹に自信をつけさせたかったのか…
未来の王太子妃として、振舞って馬車から手を振ることに。
余計なお世話だわ。
わたくしは羨ましく思っただけ…
秘めていた思いが余計に募っただけ…
ディアス様と結婚したい。
ディアス様と愛し合いたい。
ディアス様と…
「今宵、お会いしとう存じます。」
「ローズ?」
「わたくし、貴方と一緒に今宵、過ごしたいと存じます。」
「解った。そなたの部屋へ忍んでいこう。公爵家の裏門を開けておいてくれ。」
「嬉しい。」
ミーディシアは、もう引き返せない。
姉に睡眠薬を盛って眠って貰おう。
今宵だけでも、愛されたい。
ディアス様に愛されたい…
国民への顔見せパレードが終わって、屋敷に戻れば、ローズも戻って来ていて、
「どう?未来の王太子妃としてふるまってみて、少しは自信がついたのではなくて?」
「え…そうですわね。」
自信ではないわ…ディアス様への思いが抑えきれなくなったの。
「お姉様。紅茶でも飲みましょうか。今宵はわたくしが…」
睡眠薬入りのカップに紅茶を注ぐ。
これを飲めば朝まで目覚めないはずだ。
ローズは注がれた紅茶のカップを手に、じっとミーディシアを見つめてきた。
「ハレスト王国の王妃は、恋心だけじゃ務まらなくてよ。貴方がわたくしを裏切るとは思わなかったわ。」
「お、お姉様。」
「貴方がディアス王太子殿下と口づけをしていたのをわたくしが知らないと思って?」
ローズに睨まれた。
ミーディシアは涙を流しながら、
「わたくしだって日の当たるところへ行きたい。今日、お姉様の代わりをしてそう思いましたの。お姉様になって、ディアス王太子殿下に愛されて…皆に愛されて…わたくし…わたくし。」
「馬鹿ね。まぁ貴方とわたくしの区別もつかないディアス様には呆れましたわ。それでもわたくしは、ディアス様も未来の王妃の座も貴方には渡さない。貴方には遠くへ嫁いで貰うわ。」
「お姉様。」
「わたくしは貴方を許すつもりはないから。」
裏門を開けておいて、ディアス王太子殿下はこっそりと、庭の窓からローズの部屋に忍んで来た。
「ディアス様、来て下さったのですね。」
「ローズ…積極的に君から誘ってくれるなんて…」
「貴方様にお会いしたかった。今宵は、わたくしを愛して下さいませ。」
「まだ、婚姻前なのに…」
「わたくしは貴方の物になりたいのです。」
「ローズ…愛しているよ。」
「わたくしも…」
翌日…ミーディシアの遺体が見つかった。
公爵家の西の池に足を滑らせて落ちたのだろうと…池の水に浮かんでいたのだ。
悲しむ両親に、ローズは、
「遠くへ嫁いで貰うとわたくし、ミーディシアに言いましたの。だって、わたくしの婚約者ディアス王太子殿下と口づけをして…わたくし、ディアス様を愛しているのです。ですから…それを悲観して妹は…」
グリニウス公爵はローズを抱きしめて、
「お前のせいではない。」
グリニウス公爵夫人も、涙を流しながら、
「あの子が弱すぎたのよ。ああ、ミーディシア。ミーディシア。」
それからローズは、ディアス王太子殿下の婚約者を体調不調の為、解消するように、両親を通じて王家に申し入れた。
妹が亡くなってから、王立学園へも行かず、部屋に引きこもってしまった。
ディアス王太子殿下がグリニウス公爵家に訪ねて来た。
突然の婚約解消の申し入れに異議を唱えたいのだろうか…
ローズの部屋のドアを、グリニウス公爵がノックする。
「ローズ。お前が塞ぐ気持ちは解るが、王太子殿下が見えているぞ。」
「お会いしたくありませんわ。」
公爵夫人も、扉の前で、
「ローズ。出ていらっしゃい。」
「会いたくないって言っているでしょう。」
部屋に閉じこもるローズ。
ディアス王太子殿下は、庭に面した窓から、強引に入って来た。
「ローズ。どういう事だ?いきなり婚約解消をしたいって。あんなに私と愛し合ったではないか。あの夜のあの熱さは嘘だというのか?」
「ディアス様。わたくしは貴方を許しませんわ。貴方はわたくしと妹の区別がつかなかった。
わたくしは妹に自信をつけさせたかったの。妹は貴方の事を愛していたのね。貴方と口づけをしていたと、護衛をしていた騎士達が噂をしていましたわ。許せなかった。だから、妹に、遠くへ嫁いで貰うって。貴方から離れてもらうって言ったの。わたくしだってあなたの事を愛していたから。そうしたら…あの子は…」
ディアス王太子は抱きしめてくれた。
「君が悪いのではない。見分けがつかなかった私が悪いのだ。ずっと君の傍にいたのにも関わらず。本当にすまなかった。だから婚約を解消しないでおくれ。君が妹を殺したとしても私は君の事を愛している。」
「わたくしは…覚えていないのです。貴方を愛していた事…あの夜、貴方に愛して貰った事…高熱が出て…記憶が曖昧なのですわ。あの子をわたくしが殺したのかもしれない…わたくしは思い出せないのです。ああ…こんなわたくしが王妃になれるのでしょうか。」
「私が力になる。君が思い出すまで共にいよう。愛している。ローズ。一緒にこの王国の為に頑張ろう。」
「ああ、王太子殿下。」
ディアス王太子殿下に抱き着いた。
「沢山、ご迷惑をかけると思います。でも、わたくしは頑張りますわ。」
ディアス王太子は、事故か事件が不審な点のあったミーディシアの死を、事故死と決定させた。
ローズは記憶が曖昧な所があったが、ディアス王太子は彼女の力になり、傍に寄り添い続けた。
そして…2年後、無事に二人の結婚式が行われた。
大勢の国民が祝福してくれる。
嬉しかった。
やっと…華やかなお日様の当たるところに立てたわ。
背を伸ばして、顔を上げて。自信を持って…
隣には愛しのディアス王太子殿下がいるの…
わたくしはこれから、先、このハレスト王国の王妃になるわ。
わたくしの手は血で染まっているのね…
でも…咲き誇る花は一つでいいの。
わたくしは幸せになります。