蒼穹の向こう〜特攻追悼短編〜
今、基地の滑走路に一機の百式輸送機が着陸しようとしている。
操縦士が上手いのか、機体の安定性が良いのか、輸送機は危なげない様子で着陸体制に入る。
だが、飛行場はつい一時間前に空襲があったばかりで穴だらけである。
やはり操縦士が上手いのか、機体は巧みに滑走路の穴を避けてそのまま指揮所付近まで滑走した。
やがて、機体後部のドアからタラップが降ろされ、そこから続々と人が出てきた。
その中には少佐の階級章を付けた一人の男がいた。
「ふぅ‥‥‥やっと、帰って来たな。」
彼はストレッチで体を解しながら辺りを見渡す。
そんな彼の目にあるものが留まった。
「‥‥‥あれが噂の『ト号機』って奴か。」
『ト号機』とは、昨年陸軍に制式採用されたばかりの四式重爆を特攻専用機に改造したもので、通常の機体では1発しか積めない800キロ爆弾を2発も積むことができる。
見た目は普通の四式重爆と大差ないのだが、側面部と尾部の銃座がないのが特徴である。
その『ト号機』は試験運転中のなのか、整備兵たちが機体の周りに立ってエンジンを回していた。
彼はまるで憎んでいるものでも見るかのように、その機体を見つめる。
「‥‥‥外道の兵器、か。」
彼はそう呟いて指揮所へ向かった。
指揮所には彼が着任報告すべき戦隊長が不在のため、基地司令に直接行う事になった。
「敷波少佐です。着任報告に参りました。」
「入れ。」
敷波がノックして用件を告げると、中から了承を告げる声が響いた。
「失礼します!」
敷波はドアを開けて基地司令に敬礼をする。
執務室の机に座っていたのは、大佐の階級章を着けた小柄な男だった。
男は一瞬だけ敷波の方を見ると、神経質そうな手つきで読んでいた書類を閉じた。
「君が噂の敷波 五郎少佐か?」
男は再び敷波の方を見てきた。
「はっ、そうであります!」
敷波は男の反応を窺いながら質問に答える。
「‥‥‥私は、西筑波基地司令の大隅 泰雅大佐だ。
貴官の編入はこの基地にとって大きな戦力向上につながるだろう。
今後の活躍に期待する。では、下がってよろしい。」
大隅は淡々とした口調で言う。
「はっ、失礼致します!」
敷波は大隅に向かって一分の隙もない敬礼を送ると、踵を返して部屋を退出しようとした。
「ああ、言い忘れていたが、以前のクルーたちもそのまま当基地に着任した。
話は以上だ。」
大隅はそれだけ言うと、再び書類を開いて読み始めた。
「ご配慮、感謝致します!」
敷波はそう言うと、再び大隅に敬礼して部屋から退出した。
「少佐殿、お久しぶりであります!」
敷波が割り当てられた宿舎を探しながら歩いていると、一等兵の階級章を付けた飛行兵に声を掛けられた。
「おお、御蔵じゃないか!
クラーク・フィールド以来だな!」
敷波は彼に声を掛けた一等兵の肩を叩いた。
「少佐殿もこちらへ?」
「ああ、早速第二中隊の中隊長だよ。
またこれからもよろしくな。」
敷波は御蔵に言うとウインクした。
「‥‥‥本当ですか!?
では、再びお世話になります!」
御蔵はそう言って茶目っ気たっぷりに敬礼をした。
「おう、そういえば他の連中はどうした?」
「名取准尉殿は別便で福岡からいらっしゃる予定です。
第60戦隊に転出された伊吹曹長殿の代わりには榊少尉殿が配属され、現在は宿舎にいらっしゃいます。」
「分かった。で、その榊って奴は『テンプラ少尉殿』か?」
『テンプラ少尉』とは陸軍の隠語で、特別操縦見習士官の事を指している。
特別操縦見習士官(略して『特操』と呼ばれる)とは、大学や高等専門学校を卒業した予備役の将校操縦者のことである。
俗に「学鷲」と呼ばれ、海軍では飛行予備学生がこれに相当する。
彼らはすぐ士官に『あがる』ため、このような言葉で呼ばれているのだ。
「‥‥‥そうらしいですね。」
御蔵は言いづらそうに語尾を濁した。
「まあ、これも運命だと思ってあきらめろや。
さて、後で挨拶に行くからその時はよろしくな。」
「はっ、では自分はこれで失礼致します!」
御蔵は直立不動の敬礼で敷波を見送る。
「おう。」
敷波は彼に軽く答礼をしてから、再び自室を探し始めた。
敷波が自室に到着して間もなく、彼は戦隊長に呼ばれて彼の執務室に来ていた。
「着任早々に悪いが貴様には明日、第二旭光隊の隊長として四式重爆に乗って特攻に参加してもらうことになった。」
戦隊長の青葉中佐の声が重々しく響き渡る。
「特攻ですって!?」
敷波は思わず大声を上げていた。
「‥‥‥そうだ。上からの命令だ。」
青葉はただそれだけを言うと黙りこんでしまった。
敷波はもう一度青葉の言っている意味を咀嚼する。
長い沈黙の後、敷波は口を開いた。
「‥‥‥私たちは通常攻撃なら必ず敵を撃滅し、なおかつ必ず生還します。
何卒、もう一度お考えください!」
それは彼の長い実戦経験から得た結論だった。
「‥‥‥私もそう思うがね。
だが、最近補充されてきた航空兵の練度はどうだ?
彼らのような腕では君の言っている事が到底できるはずがない。」
青葉は悔しさをかみ殺した声で言った。
栄光の南方攻略作戦に参加した事のある彼としては、現状に少なからぬ不満があるのだろう。
「そのために我々が彼らに訓練を‥‥‥」
「そのための機材や燃料はどうするんだ?
ただでさえ実戦部隊ですら満足にそれらが足りていないのに、ましてや訓練部隊にまわせる余裕がある筈がない。
要するに、上はそんな事に無駄な物資を使うよりは、特攻をさせたほうがマシと言いたい訳なんだ。」
青葉は敷波の言葉を予め覚えていた言葉を言うように早口で遮った。
その態度に敷波は驚いたが、すぐに気を取り直して反論する。
「ですが、我々熟練組だけでも‥‥‥」
「ならん!もしそれで君たちが帰ってこなかったらどうするんだ!
ただでさえ、未熟な搭乗員だらけな上にベテランが居なくなったら、第62戦隊は一体どうなると思っているんだ!」
今度は青葉は大声で威圧するように言った。
言っていることが矛盾していると敷波は思ったが、絶対にそれを口には出せない。
「‥‥‥それならなぜ、ベテランである私や吉野が特攻なのですか?
我々の技量なら特攻をせずとも、反跳爆撃で立派に戦果をあげることができますが?」
敷波の言葉に青葉の表情が驚き一色に染まった。
敷波はしめた、と思ったが、それは違った。
「‥‥‥敷波少佐、第30戦闘飛行集団が我が第62戦隊の上部組織であることは知っているな?」
青葉は辛そうな表情で淡々と語り始めた。
「ええ、存じています。」
敷波は一度だけ、そこの司令官である青木中将に会ったことがあった。
もっとも、慇懃無礼な上司としての印象しかなかったが。
「そこの司令官である青木中将閣下からの直接のご指名だ。
貴様たちを我が戦隊の特攻の第一陣にせよとのな。」
「あの無能が‥‥‥!」
敷波は煮えたぎる怒りで、思わず上官への怒りを口走ってしまった。
「まて、上官批判は許さん!」
青葉は顔を真っ赤にさせて激昂した。
「済まない‥‥‥分かってくれ。送り出す我々も辛いんだ。」
だが、その直後には精気が抜けたような顔で敷波に謝ってきた。
「‥‥‥分かりました。それならば喜んで逝きましょう!」
敷波はヤケクソ気味にそう言い放つと、部屋を後にした。
「‥‥‥‥‥」
残された青葉は、ただ溜め息をついて俯くしか出来なかった。
敷波は指揮所を後にすると、近くの山を山頂を目指して登って‥‥‥いや、走っていた。
ペースなどお構いなしに。
まるで何かから逃げ出すかのように‥‥‥
「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥‥」
それから数十分は経ったころ、敷波は山頂に到着した。
いつの間にか日が暮れており、夕日の残照が敷波を真っ赤に染めていた。
「‥‥‥畜生」
敷波の口から悪態が漏れた。
「畜生‥‥畜生‥‥畜生、畜生ッ、畜生ォッ、畜生ォォッッ!!」
叫んでいる内に涙が出るのを止められなかった。
『必ず、帰ってきてくださいね。』
敷波の脳裏に、息子の速雄を抱きながら笑顔で見送ってくれた妻の響子の顔が浮かんだ。
「なにが特攻だ、なにが英雄だ!
こんなの‥‥‥特攻なんて、唯の無駄死にじゃないか!!!」
そう怒鳴り散らして、思い切り拳を振り上げる。
『少佐殿、最近思うことがありまして‥‥‥』
敷波は堅く握った拳を近くの木に叩きつけようとして‥‥‥止めた。
『何だ?言ってみろ。』
今度は先月の特攻で散った部下の顔が浮かぶ。
『お上の連中は特攻一万機とか一億玉砕とか威勢のいい事を言いますけどね‥‥‥その後はどうするんですか?』
「‥‥‥響。」
敷波の口から部下の名前が漏れる。
『その後って何だ?』
「お前の言っていることは‥‥‥」
その部下の言葉はずっと彼の心に突き刺さっていた。
『みんな特攻してしまってその結果、日本人が一人も居なくなるとしたら‥‥‥本当に一人もですよ?
一体、私たちは何を護った事になるのでしょうか?
国体護持の為ですか、日本民族の名誉の為ですか?
はたして‥‥‥そのためにそうまでして戦う理由があるのでしょうか?』
「‥‥‥本当に、本当に正しいよ。」
敷波はその質問の答えを返すことが出来なかった。
『馬鹿野郎、俺たちは陛下のために戦っているんだ。戦う以外のことを考えるな。
‥‥‥済まない、こんなことしか言えない俺を許してくれ。』
「‥‥‥済まなかったな、響。こんなダメな上官で。」
そして、ありきたりな返答で誤魔化す事しか出来なかった。
『いえ、そんなことありません。大尉殿は世界一の隊長ですよ!』
だが、彼は笑っていた。
その笑顔もまた、敷波の心を抉った。
「‥‥‥うっ、ううっ‥‥‥クソッ、クソォォッッ!!」
敷波は叫び続けた。
それは、無能なる上層部への怒りなのか。
はたまた、なにも出来ない自分への憤りなのか。
あるいは、訪れる死への恐怖から逃れようとしているのか。
それすらも分からないまま。
それでも、彼はただひらすら叫び続けた。
そんな彼を、いつの間にか輝き始めた満月のみが優しく包み込んでいた‥‥‥
「‥‥‥お前らに大事な話がある。」
敷波がクルー全員を集めてそう言ったしたのは、午後九時を回ったころであった。
普段はよく彼の発言を茶化しているクルーたちも、敷波のあまりの異常さに口を噤む。
「俺たちは‥‥‥明日、第二旭光隊として‥‥‥特別攻撃に参加することになった。」
敷波は重苦しい声でそう宣言した。
『‥‥‥‥‥‥』
クルーたちは敷波の言葉に唖然としていた。
ある者は顔を蒼白にし、ある者は表情を険しくして黙り込む。
「たっ、隊長殿‥‥‥それは、本当ですか?」
その沈黙を破ったのは、もっとも敷波とのペア暦が長い名取曹長だった。
「‥‥‥そうだ。ウチの戦隊の上の青木中将直々の命令だ。」
「クッ、あの無能がッ!!」
名取はそう言って力任せに宿舎の壁を殴った。
奇しくもそれは先程の敷波の発した言葉と同じであった。
「済まないな、名取。比島での約束を破ってしまって‥‥‥」
「‥‥‥いいんですよ、もう。隊長はそれに反対なさったのでしょう?」
敷波が辛そうに謝ると、名取は溜め息をついた後、落ち着いた声で問いかけてきた。
「当たり前だ!誰がお前らを必死の作戦に出したがるか!」
「‥‥‥そのお気持ちだけで充分ですよ。」
その言葉に名取は頬が引きつったぎこちない笑みを浮かべた。
それもまた、敷波の心を深く抉った。
「‥‥‥お前らの中にもし参加を辞退したい奴がいれば遠慮なく名乗り出ろ。
戦隊長には俺から話をつけてくる。」
敷波は着任してからまだ日の浅い榊をちらっと見て言った。
「いえっ、参加いたします!
私も及ばずながら少佐殿のクルーの一員であります!
重爆のクルーは死ぬときは一連托生、ならば私が行かない道理はありませんよ!」
榊はまだにきびが残る顔を紅潮させてそう言った。
「その通りですよ隊長殿!
我々クルーは何があろうと隊長殿について行きますよ!」
「隊長殿、我々重爆乗りはどんなときも一緒ですよ!」
「グラマンやカーチスの跳梁跋扈にはいい加減我慢の限界がきていた所です。
我々全員で大元を潰しましょう!」
クルーたちは次々と立ち上がって敷波に同行を求めた。
「榊、生駒、御蔵、能代‥‥‥ありがとう。」
敷波は思わず涙を流していた。
ただただ彼はありがとう、といい続ける事しか出来なかった。
「さて、そうと決まれば宴会ですね!」
名取がどこから取り出したのか、ビールを取り出して栓を勢いよく開ける。
「ああ‥‥‥そうだな!今日は徹夜で飲みまくるぞ!」
敷波の音頭で全員が乾杯し、やがて宴会へと発展していった。
彼らは夜が明けるまでそうやって過ごしていた‥‥‥
翌日、空は晴れ渡って絶好の特攻日和だ。
滑走路で第二旭光隊の3機のト号機と4機の四式重爆が暖気運転を始めている中、第二旭光隊の訓示が行われいた。
「立派に敵艦を撃沈して来い!」
青葉の訓示はそれだけで終わった。
その目には苦渋と後悔の念がありありと浮かんでいる様に見える。
一方、既にこの世の未練は断ったのか、隊員たちはサバサバしている様子だった。
「第二旭光隊の大戦果を祈って‥‥‥乾杯ッ!」
『乾杯ッ!!』
全員が水杯を一気に飲み干す。
そして、しばらく談笑したあと各自の機に向かっていく。
「少佐殿、今日は奮発して空母あたりでも喰いに行きますか!」
ニューギニア戦以来の付き合いである吉野曹長が、顔を興奮に赤くしながら話かけてきた。
「おう、一組につき一杯だからな!
あまり欲張りすぎるなよ!」
笑いながら吉野と最後の握手を交わす。
「では、靖国で会いましょう。」
吉野は真顔で敷波に今生の別れを告げる。
「おう、空母撃沈の土産を持っていくからな。」
二人は真顔で敬礼し合い、そして相好を崩して笑い合った。
敷波が機内に入ると、クルーが既に勢揃いしていた。
「少佐殿、お待ちしておりましたよっ!」
「あんまりにも遅かったので、少佐殿を置いて行こうかと話し合っていた所ですよ。」
これが最後の飛行であるにも関わらず、彼らの顔には精気がみなぎっていた。
「ああ、すまんすまん。
それじゃあ、一暴れしにいくか!」
敷波は舌なめずりをしてエンジンのスロットルを全開にした。
滑走路では飛行士官が離陸開始の旗を勢いよく振り下ろしていた。
『拝啓、敷波 響子・速雄様』
「後上方よりシコルスキー4機!!」
尾部機銃座の生駒軍曹の絶叫にチラッと後ろを見ると、F4Uが独特の逆ガル翼を真っ赤に染めながら突進してくる。
『響子、誠に済まないと思うが、約束を破ってしまうことになった。』
「畜生ッ、これでも喰らいやがれッ!」
上部機銃座に陣取る名取准尉が、20ミリを打ちまくってF4Uを牽制する。
『私はいよいよ、特別攻撃隊に参加することになった。』
「前方に敵艦!空母も居ます!!」
前部機銃座の能代中尉の声とともに、雲の切れ間から敵機動部隊の輪形陣が浮かび上がる。
『今まで何としても生き残ろうと決意していたが、時局はそれを許さず、とうとう私にも死場が与えられた。』
「おし、上等上等!どれにしようかな‥‥‥っと。」
敷波は余裕たっぷりに舌なめずりをしながら目標を選び始めた。
『死ぬ前の今だから言えるが、今まで私によく尽くしてくれて本当に嬉しかった。』
「少佐殿、女と同じで二兎を追うものは一途も得ずですよ。
だからあの時に奥さんと唯さんとで揉めたんじゃないですか。」
能代がまるで冗談のように笑いながら言う。
『それなのに、自分は響子に対して何もしてやれなかったことを許して欲しい。』
「ばっ、馬鹿野郎!何言ってやがる!さっ、榊。電信は打ってるか?」
能代のからかいに悪態をつきながら、通信席の榊少尉にも声を掛ける。
『それでも、私は響子と速雄を本当に愛していた。』
「かっ、感度良好!ちゃんと打ってます!」
初の実戦である榊は、緊張で顔面を蒼白にしながらそれに答えた。
『その事だけは唯一、胸を張れる事だと思っている。』
「おし、目標はもちろんエセックス級だ!あの15番のヤツを狙うぞ!」
敷波は『15』と艦体に書かれている一際大きい空母に狙いを定めた。
『速雄、お父さんは御国に殉じて立派に散っていく。』
「敵艦が発砲しましたッ!!」
生駒がそう叫んだ直後、機体の周りで次々と高角砲が炸裂する。
『だが、そのせいできっと速雄は周りの人に父なし子と言われるだろう。』
「!?‥‥‥生駒ッ、名取ッ!!」
敷波は機体後部に被弾の衝撃を感じ、二人を呼ぶが、応答はない。
『だが、決して速雄は父なし子ではない。』
「吉野機が突入しますッ!」
先行していた吉野曹長機が、炎上しながら巡洋艦に突入して巨大な爆発を引き起こした。
『なぜなら、父はお前の血となり、肉となってお前に息づいているからだ。』
「あと1000!」
能代が大声で叫ぶ。ようやく護衛艦のラインを突破したようだ。
『それでも、父に本当に会いたくなったら九段に来るといい。』
「あと500!これでも食らえッ!」
能代がエセックス級に向けて機銃を乱射する。機体はなおも海面スレスレで飛行している。
『そして心に深く念ずれば、父の顔がきっと浮かんでくることだろう。』
「!‥‥‥クソォ!」
体中に激痛が走る。
高角砲の断片を食らったようだ。
能代もやられたのか、機銃の音は止んでいた。
『それでは、響子、速雄。どうかお身体に気を付けて。』
「ぐっ‥‥‥響子、はや‥‥お」
敷波は急速に遠のいていく意識を必死に繋ぎ止め、最後の力を振り絞って操縦桿を引いた‥‥‥
『追伸:もし速雄が私と同じ様に空に憧れるのであれば、私の引き出しの本を読ませてあげてくれ。
きっと何かしらの役には立つはずだろう。
それでは、お元気で。』
二十八年後、沖縄本島沖上空
「丁度この辺りですかな‥‥‥」
後席から壮年の男性の声が響く。
青年はそれを聞いて飛行機の窓から下を見下ろす。
「こんな綺麗な所で二十八年前にあんなことがあったなんて‥‥‥信じられませんね。」
眼下には、海が南国特有のコバルトブルーに輝いていた。
「だが、確かにあったのだ。
そして大佐殿も、少佐殿も、中尉殿も、准尉も、伍長もここで‥‥‥」
男は堪えきれなくなって、昔の写真を握りしめながら啜り泣く。
「‥‥‥」
青年はただそれを黙って見ることしか出来なかった。
戦争を経験していない者が彼に口出しをする権利があろうはずがなかった。
男はしばらく泣いた後、涙を拭った。
「済みませんでした、みっともない所を‥‥‥」
男の目は未だにあふれ出てくる涙で光っていた。
「いえ。あの、そろそろ‥‥‥」
本土へ戻る時間だ。
燃料の残量がもう心もとない。
「そうでした。では、これを。」
青年は男から菊の花束を受け取る。
花束からは微かにいい香りがした。
「‥‥‥父さん、能代さん、名取さん、生駒さん、御蔵さん、どうぞ安らかにお眠り下さい。」
彼はそう言って窓から花束を投げた。
花束は幾枚かの花びらを散らせながら眼下の海に落ちていく。
青年は機をその場で数回旋回させて、落ちゆく花束を見守った。
「僕は‥‥‥僕は、父さんと同じように立派な飛行機乗りになりましたよ。」
彼は涙を堪えながら海に向かって敬礼すると、また元の方角に機首を向けた。
「‥‥‥さよなら、父さん。」
海は彼の呟きに答えることなく、いつまでもただ穏やかに煌めくだけであった。
戦争という人間の狂気をも、その広い懐の中に包みながら‥‥‥
fin.
ども、霜月です。
今回は特攻をテーマにして作品を書いてみたのですが‥‥‥私の現在の腕では無理でした。
その手の文献を何冊も買い、自分なりに特攻というイメージを固めたつもりでありましたが、やはり未熟の為に上手く表現できませんでした。
特攻は難しい。
それの捕らえ方が人それぞれ違うのですから。
その上、当事者である彼らの特攻に対する心情も、人によって千差万別‥‥‥未熟者の私には到底無理なテーマでした。
おそらく、彼らの心情を上手く表現するには、私の更なる精神的成長、そして執筆技術の向上が必要でしょう。
私のような若造には、やはりこのテーマは無理だったのです。
私がこの作品を書いたきっかけが、十年以上前に亡くなった私の祖父が予科練の出身で、特攻隊に所属していた、という物凄く私的な理由からでした。
祖父は私の幼いころに亡くなったため、私は祖父のイメージを何一つ持っていません。
特攻というものを数万分の一でも理解して、少しでも亡くなった祖父のことを知りたい。
私が特攻について調べ始めたのは以上の経緯でした。
ですが、特攻について調べるに当たって分かったことがあります。
特攻というものは悲劇です。
これだけ書くと、小学生レベルではないか、と言われそうですが、私は事実そうだと思います。
上層部の愚劣な指揮によって、まともな作戦指令すら与えられず、ましてや後期になってはまともな機材さえ与えられずに特攻を行った彼らには、もはや尊敬といった言葉しか浮かびません。
そんな風にして若い命を散らせた彼らは、まさに悲劇としか言い様がないでしょう。
‥‥‥こんな言葉しか浮かんでこない私が憎らしいです。
やはり、現在の私にはこのテーマは無理だったのでしょうね。
もし、今回この文を読んでくださった方で感想・批評を書いて頂ける方がおりましたなら、遠慮なく送ってください。
その言葉を、次にこのテーマを扱う時のバネにしていきたいと思います。
最後になりましたが、特攻で亡くなった英霊の方々に敬意と哀悼の意を表したいと思います。