外れスキル《無視》。妬まれてパーティーメンバーに追放された僕だけど、王女に認められ王国騎士団長にまでなりました。〜武器は没収?別にいいけどそれ、呪いのアイテムだよ。
「ゼル、お前はもういらない。さっさと荷物まとめろ」
1人呼び出されたそう広くもない宿屋の一室で、パーティーのリーダーである男、マルクに突然解雇を突きつけられた。
彼は腕を組み、僕を睨みつけている。
「あ、あの、何を言っているんですか?」
「あ? さっきの言い方じゃ伝わんねぇか? 追放、クビ、出ていけ、無用、邪魔、消えろ、どれで言えばちゃんと伝わるよ?」
淡々と僕がこのパーティーに必要ないと告げるマルク。後ろめたさなど微塵もなさそうだ。
全員が僕を敵視するような視線を送っている。これはもうどう足掻いてもパーティーに残ると言う選択肢は存在しなそうだ。
「わかりました出て行きます。でも1つだけ聞かせてください。なんで僕はクビなんですか?」
理由、それだけは聞かないと納得できなかった。とはいえ思い当たる節はあるが。
「理由ねぇ。まぁ餞として教えてやるよ。まず貴族出身が多く所属するこのパーティーでお前だけが平民出身なこと。そしてこれが決定打だ。お前のスキル、《無視》が弱すぎるからだよ」
若干ニヤつきながら僕を指さすマルク。言ってやったり! と言いそうな顔をしている。それにしてもやはりスキルが理由か……
この世界では10歳になると『スキル』と呼ばれる1人1人異なる能力が生まれる。そして冒険者という職業において、このスキルの強さがその人の強さだと言われるくらい重要なものだ。その中で僕はーー
「お前のスキル、無視は自分よりも雑魚の敵にのみ気づかれなくなるとかいうカス能力だ。これでお前が世界最強の力でも持ってりゃ別だがそうでもない。身体能力は並か少し上程度だ。これではカス能力のカスすら使うことができないだろ? 現に昨日のクエストではお前にモンスターが群がり俺たちにまで迷惑をかけていた」
確かに。なぜか昨日はいつも以上にモンスターが僕の方に集まり、襲いかかってきた。まるで餌でも見つけたように僕だけを狙って。
僕も善戦はしたが数が多いのはどうしようもない。最終的にはマルクの放った火属性スキルによって助けられた。その時僕は腕を火傷した。
「これでわかったろ? お前はいらねぇ。これはパーティーの総意だ」
「……わかりました。すぐに出て行きます」
僕は踵を翻し扉に手をかけると、背後のマルクが威圧的な声で呼び止めた。
「おい待て。そういえばまだ用があったのを忘れていた」
「用? なんですかそれは?」
僕が尋ねると、彼は僕を指さし再びニヤついた。そして信じられないことを言ってきた。
「ーーお前が持っている武器、全部よこせ」
「……え?」
思わず聞き返してしまうくらい意味のわからない発言。武器をよこせ? なんでそんなーー
「あの、武器は勘弁してください。これがないと1人でクエストに行くこともできないんです! それにこれは……王女がくれたもので」
僕の持っている短剣、そして小手、それと不思議な種は王女にいただいたものだ。なぜそんなものをもらえたのかはわからない。恐らくきっかけは王女が冒険者ギルドに見学に来た際、なぜか僕らのパーティーに話しかけてくれたことだろう。
そしてなぜかその日に2つの武器と謎の種が僕の元に届けられた。その日からかもしれない。僕がパーティーに居心地の悪さを感じ始めたのは。
「そう王女がくれた武器だ。恐らく、見るからに雑魚そうなお前が哀れに映ったんだろうさ。あの方はお優しいからな」
聖女とも呼ばれているほどに優しい王女。僕も話には聞いていたし、実際お話をさせてもらいそれは確信に変わっていた。憧れや尊敬といった感情を抱かざるを得ないほどの女性。そんな人がくれた武器は一生大事すると決意していたのに……
「ほら、短剣と小手、さっさとよこせ。俺らはこの後クエストに行かなきゃならねぇんだよ。お前程度に時間はかけらんねぇんだ」
「あっ。ちょっ!」
そう言って無理やり僕の武器を取り上げるマルク。腰に提げた短剣、右腕につけた小手は引き剥がされ、もう取るものがないとなると、僕を部屋の横壁に叩き飛ばした。叩かれた右腕はあざが出来ている。
「じゃあなゼル! お前の武器、大切に使ってやるよ!」
短剣を提げ、小手を装着したマルクは悠々自適に部屋を去っていった。1人残された僕は右腕を押さえながら奥歯を噛み締める。
「くそ……何もやり返せなかった。情けないよ僕は。王女にもらった武器も全部ーーそう言えば種は取られなかったな」
ポケットに入っていた謎の種を取り出しボーッと見つめる。
仲間も武器も失った僕に残されたのはこの何に使うのかもよくわからない種のみ。常に身に付けておけと言われたが、これがなんの役に立つのだろうか? こんなものがーー
「いや、これも王女にもらったものだ。大切に持っておこう」
しばらく天井を見上げた僕は、痛む右腕を押さえながら、僕はゆっくりと部屋を後にした。
✳︎
「ーーさて、これから俺たちは難関クエストに向かう! 普通のパーティーであれば難しいだろうが、このパーティーには俺がいる! さらに足手纏いも今日からいない。お前ら、安心して俺についてこい!!」
「「「「おお〜〜〜〜」」」
冒険者ギルドにて、このパーティーのリーダーであるこの俺マルクは皆を奮起させ、ギルドを門を抜けた。
今日は良い日だ。空も晴れパーティーの調子も万全。そして何よりゼルの野郎を追放することに成功し、奴の持っていた武器まで手にはいった。
思えば気にいらない奴だった。数が必要だった時期があったとは言え平民出身を入れなくてはいけなかったこと、さらにはなぜか1人だけ王女から武器をもらいやがって! 彼女は俺が狙っているんだ! なのにあいつだけ武器をもらいやがって……
「モンスターを引き寄せる薬品を買っておいてよかったぜ」
俺は誰にも聞こえない声で言葉を漏らす。
俺は昨日のクエストでゼルにとある薬品を付着させた。それはモンスターのみ過敏に反応する匂いを放つ薬品。モンスター共はゼルを餌と勘違いして襲ってくれた。奴を追放する大義名分にはなっただろう。モンスターに襲われそれを助けられるなんて無様な姿を見ては誰もあいつを擁護しまい。
「俺の計画は完璧だ。あんなカス程度に俺の邪魔はさせないさ」
王女が奴に渡した短剣を見つめながら歩いていく。そしてクエストを受けたものは必ず通る門の前に到着した時、その門には王女が佇んでいた。近くには何人か護衛がついている。
「お、王女!? こんなところでどうされたので!? ま、まさか俺たちの見送りですか?」
冗談まじりに王女に話しかける。出来るだけ笑顔で、好印象を持たれるように爽やかに。
「あらマルクさん。えぇ、私は貴方方を待ってーーあら? その短剣と小手、それは私がゼルさんにお渡ししたものだと思うのですが……なぜマルクさんが? それにゼルさん本人も見当たらないようですが」
指を顎に当て不思議そうな表情を浮かべる王女。その表情もまた可愛らしい。
「あぁあいつですか。あいつはーー」
この時瞬時に察した。恐らくここで追放したと言ってはマズイと。
そこで俺は別の理由を話すことにした。どうせ追放者に口なしだ。
「あいつは『自分には冒険者は向いていなかった、この武器は使ってくれ』と言って辞めていったんですよ。いや〜本当に残念だ」
「……本当ですか?」
そう言った王女の目は、一瞬俺を品定めするように変わった。しかしすぐにいつもの王女に戻る。
「ほ、本当ですよ! 現にあいつここにいないでしょ?」
「そうですね……種は持ってらっしゃいます?」
「種? 種ってなんですか?」
本当に何の話だ? あいつが持っていたのは剣と小手だけだろ?
「そうですか、知りもしないのですね。わかりました。それではゼルさんの場所を教えてはいただけませんか?」
「え? なんでゼルの場所を? もしかして用があったのって俺にじゃなくてゼルに?」
「はい。新しいこの長剣をお渡ししようかと思っていたのですよ」
そう言って王女は背後の護衛から剣を受け取り、刀身をのぞかせた。
冒険者としていくつもの武器を見てきた俺にはわかる。あれは相当な業物だ。
「その剣ゼルに渡したいんですよね? だったら俺が渡しときますよ!」
「いえ、大丈夫です。直接お渡ししたいので。それでは」
剣を護衛に返し俺のそばを素通りする王女。本当に俺には興味がないらしい。俺なんかよりもなんであんなカスをーー
王女が俺のそばを通り過ぎる直前、俺の耳元で小さく囁かれた。
「ーーその武器、使わないでくださいね」
そう言って去っていった王女。なんだったんだ今の言葉は?
そうか、ゼルに渡した武器を使って欲しくないと……
「クソが。……おいいくぞお前ら!」
胸糞悪さを抱えながらも、まずはクエストに行かなくてはいけない。
俺たちは門を通り、難関クエストへと向かった。
✳︎
マルク達と別れた後、王女は護衛のものと歩きながら話をしていた。
「彼ら、いや恐らくマルクさんはゼルさんを追い出したのでしょうね。種の存在を共有すらされていなかったことから彼らとゼルざんの関係は容易に想定できましたし」
「ですな。それにしても王女、あの武器のこと、しっかりと伝えなくてよかったのですか?」
あの武器、とはマルクが奪った短剣と小手のことである。
「あれは恐らくゼルさんから無理やり奪ったもの。仲間の武器を奪い追放するような者に何かを教える必要はないと思います。しかし助言は与えました。『使うな』という言葉をしっかりと受け止めてくれたのであれば、なんの問題もありませんよ」
王女はその言葉を言い放つと、少し立ち止まり不安げな笑顔を見せた。
「私、優しくないですね」
「そんなことはありませんよ。ものを奪いさらには王女に嘘までついた。そもそも冒険者という職業は『自己責任』が当たり前です。王女が気になさることではありません」
「……ありがとう。ーーさて、ゼルさんを探さなくてはですね。一体どこにーー」
その時、王女のいる場所、まさにその近くで爆発音が響いた。土煙が上がり町の人々は我先にと大急ぎで走り逃げている。
「これは、一体……?」
その瞬間、王女の首元に短剣が突きつけられた。
「なっ……! これは……あなた達は……!?」
ゆっくりと視線を動かす王女。その視線の先には目に傷をつけた大柄の男。そしてその男を取り囲むように十数人の男達が町を破壊している。
「いけないねぇ。王女様がこんなところでぷらぷらと歩いてちゃあ。気をつけないと、お金目的の怖ーい大人に捕まっちまうぜぇ……!」
首筋を撫でるあまり手入れのされていない短剣は、男の下卑た笑顔をさらに歪ませ映した。
ーーこれで大金が手に入る。そう確信した男は、さらにその口角を釣り上げるのだった。
✳︎
爆発が起こり王女が人質に取られる少し前。
パーティーを追放された僕はとぼとぼと町中を歩いていた。
「はぁ、これからどうしよう。パーティーは追放、武器は没収、残ったのは僅かなお金と謎の種のみ。もう冒険者やめるべきなんだろうか。それにしても右腕大丈夫かな? 折れてなきゃいいけどーーあれ?」
宿を出てしばらくたった頃、ようやく僕は気がついた。あざにまでなっていた傷が、なぜか元より存在していなかったのではと疑いたくなるほどに綺麗さっぱりなくなっていたのだ。そしてもしやと思い昨日ついた火傷跡を確認すると、それすらも綺麗さっぱり無くなっている。
「嘘……昨日今日だぞ!? しかもあざに至ってはさっきついた傷で……あれ?」
意味がわからない。謎ばかりが増えていく。
とその時だった。けたたましい爆発音が響き、僕の体を震わせた。
「今のって……煙も上がってる」
その後も爆発音は何度も起こる。そして爆発が起こった方向から何人もの人が波のように流れてくる。人々は悲鳴を、断末魔をあげる。中には泣きながら走っているものもいた。
そんな中で1つの声が僕の耳に糸を通したように入り込んだ。
「王女が人質に取られてるって聞いたぜ」
王女が人質? それってつまりこの爆発はテロってことか。
どうする? 僕はどうすればいい? そんなことを考えている時、僕の体はすでに王女の元へ走り出していた。
「……ッ! 何やってんだ僕は? 何ができーーいや、こうなったらやれるだけやってやる!」
向かいくる人混みに逆走し王女の元へ向かう。何度も体をぶつけ傷ができたが、それらは気づいた時には消滅している。
「すぐに怪我が治るんなら……よし!」
僕は露店の屋根に登り、そこを走って人混みを抜ける。いつもなら絶対にやらない方法。しかし王女がピンチという状況、そして怪我はすぐに治るという安心感からか、躊躇など一切なく走り抜け、ついに王女とそれを捕らえる大柄の男。その周りには護衛達と戦っている大柄の男の仲間と思しき連中がいた。
「護衛に対し俺たちはその倍の数を揃えてきている。見てわかると思うがあんたの護衛はもう限界そうだぜ。大人しく金を払うって言ってくれりゃ、それまでなんだがよぉ」
「誰が、貴方たちのような卑怯なもの達に渡すものですか! お父様だってここで私が貴方に屈することをよしとしないはずよ!」
「あっそ、まぁまずは娘の危機を目の前で見せてから考えるさ」
男は王女の喉元に短剣を突きつけている。まず僕がやることはあの短剣を奪うことだ。
「覚悟決めろーーぅおおおおおお!!!!」
僕は屋根から勢いよく飛び降り、男が持っていた短剣を思いっきり握り締めながら体当たりした。
「ーーッ! なんだこいつ!?」
予期せぬ僕の突撃に、思わず短剣を離し少し吹き飛んで尻をつく男。
対して僕は両手を真っ赤に染めながらもなんとか短剣を奪い、王女に駆け寄った。
「王女! 大丈夫ですか!?」
「ゼルさん! もしかして私を助けにきてくださったんですか?」
「もちろん! だけど戦力になるかわかりませんけどね」
持っている武器は手元にあるさっき奪った短剣だけ。しかもあまり状態が良くない短剣だ。これで相手を倒せるのだろうか。
件の男はあからさまに僕に怒りの眼差しを向けながら手元に火を纏い始めた。ということは男のスキルは火属性系のスキルなのだろう。恐らく先ほどまでの爆発もこの男が起こしていたのかもしれない。
「テメェクソガキが! 俺のスキルで丸コゲにしてやるよ!!
思い切り放たれた火の玉は、避けても王女にあたり、短剣で切るには強力そうなものだった。
「どうせ治るどうせ治るどうせ治る!!」
避けてもだめ反撃してもだめ、であれば僕の選択肢は限られていた。そう、背中で直接受け止めるというものだ。
「〜〜〜〜ッ!」
治るのと痛いのは全く別で、痛みも熱さも治るまでは変わらず存在する。
「チッ、防ぎやがったか。だがそう何発も耐えれるかな!!」
先程の火の玉を何発も僕の背中に直撃させる男。こう何発も撃たれては治る前に死んでしまう。
「ぅ、うあッツっ!」
「ゼルさん! (私のせいでこうなっているんだ。せめて何かできることは)ーー見つけた。ゼルさん! ほんの少しだけ耐えてください!」
そう言って王女はとある方向に一心不乱に駆け出した。僕はその方向をチラリと見ると、そこには1本の長剣が鞘に収まった状態で落ちている。
「あの王女何を……なんでもいいか。ーーおいお前ら! 王女を引っ捕らえろ!!」
片手で僕にスキルを使用し、もう片方で仲間に合図を送る男。このままでは僕がここにきた意味がなくなる。だけど火の玉の猛攻は僕を逃してはくれない。
「くそ、どうすれば!」
王女の方に男の仲間達の手が触れる。もう捕まってしまう。そう確信した瞬間ーー王女は目的にしていた長剣を掴み、思い切り僕に投げつけた。
「ゼルさん!」
勢いよく投げつけられた長剣。僕は手に持っていた短剣を手放し投げつけられた剣をキャッチした。
「それはゼルさんに渡すために持ってきた剣です! 使ってください!」
無理やり押さえつけられながら言葉を放ってくれた王女。この剣をなぜわざわざ持ってきてくれたのかはわからない。しかしそんなことは今考えることではないのだ。
僕は剣を抜き刀身を露にする。その剣は僕の顔を反射するほどに輝いており、不思議な求心力があった。
「って、今はそんな感想を思っている場合じゃない! この火の玉は次弾が来るまでにほんの一瞬間隔がある。そこを狙ってーー今だ!」
火の玉が僕の体に着弾するまでの一瞬の隙をついて抜け出した僕は、男に向かって思いっきり走り出した。そして大声を上げながら斬りかかる。
「ーーおおおおおおおお!!!!」
「はっ! おせぇよ!」
男はすでに僕のいる方向に手のひらを向けていた。手に真っ赤な火が灯り、火の玉が放たれる。
目の前の攻撃に集中し、避けるか切るかを刹那の間に思案する。しかしそれだけに注力したのがいけなかった。
僕は足元の小さな段差に気づけず体勢を大きく崩してしまった。おかげで火の玉は避けれるが、肝心の攻撃チャンスは失われる。
ーー最悪だ。
やるせない思いが心の中でぐるぐると巡り、自分のことが嫌になる。どうせ当たらない。だがせめて気持ちだけでもと、僕は倒れながら男に対し剣を思い切り振り下ろした。
当然当たらない。間合いに入っているかどうかの距離ではないのだから。
「(くそ……王女を僕は守れないのかーー)」
諦めの気持ちから目を瞑った僕を覚ましたのは、突如発生した激しい突風だった。
瞬間的に、そして直感で分かった。この風は僕が起こしたのだと。
「でも……どうやって?」
転んで擦りむいた箇所も背中の火傷も気にならないほどの疑問を持ちながら手に持つ長剣を見つめる。恐らく秘密はこれにある。
先程まで僕に火をぶつけまくっていた男はというと、体に裂傷を負いながら遠くの方で泡を吹いて倒れている。
「僕が、倒したのか? 王女、この剣は一体ーー」
渡された長剣について尋ねようとした時、先程まで王女を押さえつけていた男達が僕に向かって襲いかかってきた。先程の男の攻撃をずっと受けてきたからだろうか? さしたる脅威を感じず、冷静なのは。
僕は迫り来る男達の懐に潜り込み、前方にいる王女に当たらないよう剣を真上に振り上げた。
刹那、大きな斬撃が男達を突き上げ、巻き起こる突風は追加で迫ってきた敵の仲間達を吹き飛ばした。
リーダーを失い、仲間があっさりとやられて行く様子を見た残党達は、情けない声を上げながら走り去っていった。それを怪我の浅い王女の護衛達が追っていく。リーダー相手ならともかく、下っ端相手なら多少の怪我をしていてもあの護衛の人たちが捕らえてくれるだろう。
僕は王女の元に駆け寄り、手を差し伸べた。王女はその手を取り、立ち上がると僕に微笑みお礼を言ってくれた。
「ありがとうございました。貴方が来てくれて本当に助かりました!」
「僕は別に大したことやってませんよ。勝てたのはこの剣のお陰でしょうしーーッ!」
背中の傷が今になって激痛に変わってきた。姫様には悟られまいと、必死に奥歯を噛み締めるも、それはすぐにバレてしまう。
「背中、大丈夫ですか! 私が回復系スキルなら一瞬で治すことができたのですが……ですが私の渡した種、あれがすぐに怪我を癒してくれると思いますよ」
その言葉は正しく、最初は泣きそうなくらい痛かった背中は、段々とその痛みが引いていき、最終的には直接触っても何も感じないほどに完治した。王女を助けたなんてこと、存在しなかったと言われれば何も言い返せなくなるほどに。
「綺麗さっぱり治ってる……この種が治してくれたんですか。すごいですね……そっか……」
「もう治ったんですね! それはよかったです! ですが安心してください、傷は消えても、私が助けられたという事実は私の中に存在していますから」
僕の中で渦巻いていた不安は、王女のこの1言と微笑む笑顔で消滅した。
「あの姫様、この剣、それにこの種はなんなんですか? 斬撃が飛んだり突風が起こったり。普通の武器じゃないですよね? 種に至っては即時回復なんて……」
僕はこの戦闘中ずっと気になっていたことをぶつけてみた。この時王女から帰ってきた返答が、僕の人生を変えることになる。
「その武器、いえ、今まで私が貴方に渡してきた全てのものは呪いのアイテムです。なぜそんなものを渡したかた、それは、貴方のスキル『無視』が、アイテムの呪いを無視できるからです!」
✳︎
ゼルが王女を救出し、呪いのアイテムについての説明を受けていたちょうどその頃。マルクたちはクエストのため向かった先で無数の魔物に囲まれていた。
その数はおおよそ100以上。
「おいおいマルク、なんだよこれは!? 難関とは聞いていたが、ここまでとは聞いてねぇぞ!」
「そうだ! もう仲間も半分以上死んで、陣形もバラバラだ。このままだと時間の問題だぞ!」
パーティーメンバーは予想外の事態に困惑し、その数をどんどんと減らしていく。それによりさらに焦りを増すことで、リーダーであるマルクに苛立ちをぶつけ始めた。
「くそが! 1体1体は雑魚なくせしてこうも数がいたら話は別だ。まだ中層なんだぞふざけんなよ」
焦っているのはマルクも同様で、王女からの忠告も完全に意識外になるほどに一心不乱でゼルから奪った短剣を振り回し魔物を斬りつけた。そして、終わりの見えない敵の猛攻に愚痴をこぼす。
さすがリーダーを務めるだけあって実力は高い。他の冒険者たちがどんどんと傷つき、疲弊し、倒れていく中で彼は一切傷を負うことなく敵を屠っていく。しかし、確実に疲労は溜まっていた。
「はぁ、はぁ、なんでこんなに湧いてきやがんだよ! ここよりも難度の高いクエストでもこんな数が襲ってくるなんて聞いたことねぇぞ。まるで別のフロアにいる魔物も全てやってきたような……そんなわけねぇな。モンスターを引き寄せる薬品だって使ってねぇんだ」
ゼルに使用し、彼に大量の魔物を引き寄せた薬品。彼に対して使用後は中身が大量のまま荷物入れにしまっている。蓋もしっかりと閉めたはず。マルクの中ではそれは確認するまでもなく間違いない事実だった。
ではこの事態は何か? 強いて思いついたのが薬品の影響というもので、他になんの可能性も考えられない。その薬品にしても、これほどの魔物を引き寄せるほどの強い力はないのだ。せいぜい半径数メートル程度のものだろう。
「(じゃあなんだよ……こんな数が1フロアに集結しているはずがない。だが薬品による効果でもない。だったらなんなんだよ!?)」
前例のない意味のわからない状況に頭を悩ませ、肉体を傷つけていると、少し離れた位置にいたパーティーメンバー数人が大声を出しながら駆け始めた。
「もう嫌だ! こんなところもう居たくない!」
「そうだ! もう逃げてやる! こんなところいつまでもいたってどうせ死ぬだけだ!」
「俺もうんざりだ! やるならあんたらだけでやってくれ!」
彼らは武器を片手に持つのみで他には何も持たず駆け出した。全力で走り魔物の間隙を抜けていく。
「おいお前ら! お前らが減ったら俺たちの命がまた一段と危なくなるだろうが! ふざけてんのか!!?」
「ウルセェ! こっちはお前なんかと心中する気はねぇんだよ! これ以上こんなとこで命かけてられっか!」
勝手な奴らめ……! そう思いながらマルクはわなわなと震えながら奥歯を噛み締め剣を強く握る。
逃げ出したものたちはどんどんと入り口に迫っていくが、そう簡単に逃げられれば苦労はない。
1人、また1人と魔物に蹂躙されその命を落としていく。最終的に魔物の大群の森を抜け逃げることに成功したのは10人ほど逃げた中で1人だけだった。
その後もパーティーメンバーはどんどんと減っていく。懸命に戦うも敗れたもの、足元の悪さから転倒し命を落としたもの、そして逃げることに失敗したもの、成功したもの。
そして仲間の数が減っていくにつれ、魔物はとある共通点のもと攻撃を仕掛け始める。それに気がついたのはメンバーの1人だった。
「なぁ、なんかリーダーにばっかり魔物がよってってないか?」
「……ほんとだ、あいつに魔物の手が集中し始めてる」
「もしかしてだけどさ、この事態引き起こしたのってリーダーなんじゃね?」
ぽつりと呟いた1言。たった数文字の言葉だったが、今の彼らにはその言葉はあまりにも強い意味を持ちすぎた。
全員が一斉にマルクに視線を向け始める。その目は出発の時とは打って変わり、憎悪や怒りが多分に含まれたそんな目であった。
「お、おい、お前らどうしてそんな目を俺に向ける? それは敵に向ける目だろうが! さっさと魔物をーー」
その瞬間、マルクの腹にとてつもない衝撃が加わる。それにより彼は後方へと転び飛び、特に魔物が大量に密集している地点で勢いが止まる。
「や、やばい! おいお前ら早くサポートーーんなっ!?」
立ち上がり目に映ったのは、全速力で走り去っていく仲間たち。その瞬間彼らは自分を囮にしたのだと理解した。
「じゃあなマルク! できるだけそこで耐えてくれ!」
「お願いする必要なんてないだろ。あいつのせいなんだし」
「そだな。んじゃ気にせず逃げるぞ!」
手を伸ばそうが決して届かぬ距離。彼らはどんどんとその大きさを小さくしていく。
「待てやテメェら!! 今まで誰のおかげでここまで来れたと……ざけんなぁっ!!」
1人残されたマルクは声を荒げる。しかしその声は虚しく響くだけで、返答などありはしない。
彼は逃げるため剣を握り、入り口に向かい全力で走る。その道を阻む魔物たちを両断していき、どんどんと進んでいく。
「このまま逃げて、生き残った奴らは皆殺しにしねぇと」
醜い笑顔を浮かべ、自身を裏切ったのもへの報復を想像するマルク。
そんな時、完全な死角より大きな棍棒を振り下ろされる。
瞬時にそれを察知したマルクは回避を考えるがそれをするにはあまりに遅かった。
「(よけれねぇ。だとすりゃ止めるしかない。うし、ようやくゼルの野郎から没収した小手が役に立つ)」
マルクは魔物の攻撃を右手に装着した小手で防ぐ。小手の硬さは一級で、勢いよく振り下ろされた攻撃にもろともしなかった。
「はっ! すげぇやこれは! さすが王女が手渡したもののだけはある。こりゃ益々ゼルの野郎に持たせなくて正解ーーだぁ゛ぅ゛ッ!」
瞬間、防御していない手に激痛が走る。アドレナリンが大量に出ている最中においても感じるほどの激痛。いかほどなものかと左腕を確認した時、マルクは愕然とし、驚愕し、戦慄し、そして恐怖した。
「左、腕……なんで……折れ……ああアアアアぁぁぁぁぁ!!!!!??!!」
視認した左腕は粉々に砕けており、折れている、というよりはまるで骨がなくなっているかのようにぶらぶらとしていた。
マルクは大声で悲鳴を上げながら入り口に向かい走り出す。持っていた剣も投げ捨て、一目散にみっともなく駆け出した。
「なんで!? なんだこれ!? 痛い痛い痛い痛いっ!! 嫌だ死にたくない!!」
何度も転び、喚き泣きながら逃げていると、彼を吹き飛ばし先に逃げていったパーティメンバーの1人に遭逢した。その時、マルクの頭に悪烈な考えが巡った。
「なっ! リーダー戻ってきたのかよ! まあいい早く逃げようーーぜ?」
突如としてパーティーメンバーの体に大量の液体がかけられた。その液体はとてつもない激臭を放ち、かけた本人であろうマルクは大きく笑みを浮かべていた。
「おいリーダー? なんだよその顔……おいなんだその顔!」
言葉を発した刹那、液体をかけられた男は後方へと吹き飛んだ。そしてそこには魔物の大群が押し寄せている。前方の視線の先には笑顔で足を向けているマルクがいた。
「じゃあな! できるだけそこで耐えてくれ! ははははっ!」
「おいこらふざけんな! おいリーダー……マルクぅぅぅ!!」
吹き飛ばされた男に魔物たちは一斉に襲いかかる。まるで餌でも見つけたかのように目の色を変え男を食い散らかす。
断末魔の響く空間の中からになった瓶を投げ捨て、振り返ることもなく走り去っていく。道中何度も何度も転び、傷を生み血を流す。
そしてようやく、マルクは外の明かりを目の当たりにする。感動するまもなくふらふらと歩いてく。大量の血を流しながら体を引き摺るように街へと向かい、そして、意気揚々と出かけた入り口に到着した。
直後、彼は死んだように気絶した。
数日後目覚めた時、彼を待っていたのは絶望であった。
目を覚ました時に彼は包帯を全身に巻かれ、ベッドに横たわっていた。左腕はすでに無くなっていた。
しかし生きていたことの嬉しさで高揚し、腕がなくなったことなど瑣末なことと思いながら、なんの気無しに新聞を眺めていると、そこに書かれていた2つの内容に彼は絶望を味わう。
「なんだよ……これ?」
そこに書かれていたのは、クエストから逃げ出し、生き延びたものたちからの当時の様子をまとめた記事。内容は遠回しに、マルクのせいで今回の事件は引き起こされたと記載されていた。
ふざけるな、という怒りを手元の紙にぶつけたマルクは、次のページに書かれた内容に愕然とする。
それはゼルが王女を助けたという内容。そしてゼルが王国騎士団に入団したという信じられないものであった。
✳︎
ゼルのスキル《無視》が、アイテムの呪いを無視できるということがしれたちょうどその頃。今まで自他ともに弱いと思っていたギフトが特別な物なのだと聞かされたゼルは、動揺し狼狽えていた。
「ぼ、僕のスキルにそんな効果があるなんて、そんなの信じられませんよ。だって無視ですよ無視! 今んあのが強いわけ……」
「私のスキルは鑑定眼。自身のスキルを否定するということは、私の言葉を否定するということですが、それでよろしいですか?」
意地悪な笑みを浮かべる王女。それを言われて仕舞えばもう何も言えない。
僕は目線を逸らしながら言いだまった。
「ゼルさん。私は貴方に提案があってここに来ました。ちなみにその短剣はその話を始める前のお土産、といった感じです」
「提案、ですか? 僕なんかに?」
王女が僕に提案。どんな内容になるのか、全く予想できなかった。
力も立場もない僕に何ができるのだろうか。そんな自身を否定する言葉ばかり頭に浮かんでしまう僕に、姫様は言葉を投げかけた。
それは、予想できるはずがない衝撃的な内容。
「貴方には、王国騎士団になってもらいたい。そしてゆくゆくは、団長として民と私を守ってほしいのです」
「王国、騎士……!? それって選ばれたものしかなることのできない高貴な役職ですよね?」
王国騎士は非常に優れた才を持つもの、もしくは高い身分のものしかなることのできない、まさに選ばれしものたちだ。
そんな騎士団に入り、あまつさえ団長になれだなんて、そんなこと言われると予想するほうがおかしいというものだ。
「いや、僕は身分も低いし、実力だって大してありません! も、もしかして僕のスキルにそこまでの信頼を寄せているんですか? だとしてもそれは流石に……」
「勘違いしないでくださいねゼルさん。もちろんスキルも強力で、それを込みでというのは否定しません。ですが核たる部分は、貴方の性格ですよ」
性格? 僕は性格が良いのかと自分で問えば、そこまでと答えると思う。現時点でわかるように卑屈だ。
王女の考えがわからない僕は、怪訝な表情を浮かべる。すると王女は微笑を浮かべ、僕の疑問に回答を放った。
「貴方は、困っている人は見過ぎせない性格です。現にこうして私のことを助けに来てくれている。これは誰でもできることではない上に、守ることが任務の騎士団には必要不可欠なものです。私は身分が低かろうと、そういう精神を持つ者が騎士団長になるべきだと思っています。私は、貴方にお願いしたいのです。どうですか?」
そう言って微笑みながら手を差し出す王女。
僕はその手をじっと見つめた。
「僕はずっとダメでした。雑魚スキルと蔑まれて、自分でもそう思って……だけど、そんなギフトに価値を与えてくれて、支援してくれて、必要としてくれて……僕は、貴方を守れる騎士になりたいです」
僕は決意し差し伸べられた手を強く握る。これは覚悟だ。ずっとダメだった自分を変えるという覚悟だ。
守るためには強さがいる。僕は立場、実力ともに変わっていかなくてはいけない。
そう覚悟をこの瞬間固めた。
「ありがとうございます! そしていらっしゃい騎士団ゼル。私は貴方に格別、期待しているのですからね!」
「はい! がんばります! そして、貴方を守る剣に僕はなる。そう約束します」
こうして蔑まれ続けた僕は騎士団に入団を果たす。これからは天国もあれば地獄もあるだろう。しかしへこたれない。守りたいものを守るためにーー
これは、僕が騎士団長になり、王女を守る伝説の剣と呼ばれるまでの物語である。
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