1章3話『魔物』
「許可するしかねえなあ、俺にほんとに勝ちやがったんだからよ」
おじいちゃんがぼやく、本気で悔しいらしい。
僕はおじいちゃんと約束をしていた。剣でおじいちゃんに勝ったら北の帝国クリーオウの学院に行くことを許可してもらえるように。
「おじいちゃん、さすがにみっともないわ。負けたものは負けたのよ」
「それにね、現役からもう数年たったのよ?さすがに無理があるわ」
お母さんがおじいちゃんに厳しい言葉を投げかける。それからため息をつきながら僕の方を見る。
「それにしてもほんとうに行くの?」
「うん、剣を通して世界を見てみたいんだ。」
「そう…」
心配そうにお母さんが僕を見る。それでも僕は行きたいし、見てみたい、もっと広いであろう世界を。
「そうね、なら1人立ちしても大丈夫ってとこを見せてもらうわ、私が頼むものを取ってきてもらうわね」
こうゆう時のお母さんは意地でも考えを変えない。大人しくおつかいをするしかない。
お母さんが頼んだものは魔物のドロップアイテだ。村の外れにある森の中をしばらく歩き回れば目当ての魔物と出会えるだろう。
「わかったよ、行ってくる」
さっそく、剣を持って出かけようと思っていたのだが、
「あれ?おじいちゃん僕の剣は?」
「ん?ああ、今はちょうど整備中だ、すまん今はこれしかねえな」
ひょいっと1本の鞘に入った剣を投げる。
「ええ…これだけ?自信ないなあ」
「だーいじょぶだ、切れ味は保証するぜ?何も技を使うわけじゃない、一撃首に入れれば確実にやれるさ」
うーん、不安だけどやるしかない、行くか。
「とにかく早めに終わらせよう」
身体強化を使い、森の中を駆け巡る。道に残る足跡、茂みの荒れ具合、木の枝、木の幹の傷つきようなど生物が通れば必ず痕跡が残る。それらを頼りに探していく。
「…………いた」
探索を始めて5分、割と早くに見つかった。
下位の魔物には特に名前はない。魔族に理性と魔力が足りずなりきれなかった種で、数が異常な程に多いからだ。だけど、僕たちの村付近によく出るこの大型の熊みたいな魔物には呼びずらいのでみんなで名前をつけた。
「ジャイアント・ベア」
まあそのまんまである。これが今回の標的だ。
だが、その戦闘力はバカにできない。体躯は立ち上がれば2メートルを超え、体は硬質な毛皮で守られている。そして触れれば一瞬で骨まで届き得るだろう、鋭利な爪を携えている。油断はできない。
慎重に距離を詰めて、隙をつこうとしたのだが、ジャイアントベアは急に立ち上がると、
「ブオオオオオッッ!!!!」
けたたましい咆哮を上げた。それにひるんで動けないでいると、周りからドドっドドっと規則的な音が何個もなり始めた、それはだんだん近ずいてきて、
「うわああああああああ!!」
おおよそ30に及ぶジャイアントベアの大群が僕目掛けて突進してきた。
「なんでだああああああああぁぁぁ!」
今まで出したことの無いような、スピードを出し、森から外に一直線に駆け抜ける。
「な、何してるの?ティル」
「あはは…」
結局魔法の鍛錬をしてたミアのとこまで逃げこんでしまった。
「おつかいが魔物の討伐?」
「うん、ジャイアントベアを3匹倒さないといけないんだ」
「それじゃあ私は手伝えないよ」
「え、どうして?」
普段、どんなしんどい鍛錬でもやってきたミアが珍しく弱気だ。なんでだろう。
というか手伝ってもらう気満々だったからちょっと焦ってる。
「ジャイアントベアはほかの魔物と比べて魔力に対する感知力と耐性がとても高いの、だから倒そうとすると森が先に焼けちゃうよ」
ええ…さらっと恐ろしいこと言ってるのに気づいてないなあ。得意属性じゃない火で森焼けるんだ…
「でもなるほど、魔力に対する感知力か…」
身体強化を使った際に生じた魔力をあの距離で感知したってことか。
「じゃあ完全に魔力を遮断すればいいってこと?」
「そうだね、魔力に敏感の代わりにほかの動物としての鼻の良さとかはあんまりないからね」
「そっか、よしありがと!行ける気がしてきた」
「なら良かった!」
よし、居場所がバレてしまうことへの対処法が分かってしまえばあとはこっちのものだ。
魔法を使わない、魔力を体外に出さない、この2つを守ればジャイアントベアには認識されない。
再度森の中へと入る。さっきと同じようにして痕跡を見て、探す。
「いたいた」
さっきの大群の一味だろう。まだ多少気が荒ぶっている気がする。
気が付かれない範囲まで近づいていく。どうせなら教えてもらった技は魔物相手にも通じるのかを試したい。
この剣でも使える技の範囲内にまで近づく。そして剣の柄に手を添え、
「ホオヅキ」
ホオヅキの花言葉は偽り、ごまかし。
残像が残るまで跳躍し、一瞬にしてジャイアントベアとの距離をつめる。接近すると同時に頭の上まで跳び、剣を振り下ろす。
正確に首元を狙い、振り下ろされた剣は首をいとも簡単に斬り抜く。
数秒遅れて、首が地面にドサッと音を立て落ちる。
「ふう、終わった」
頼まれた通り、ジャイアントベアの毛皮を剣で削ぐ。微妙に足りなかったので、もう一体ほど狩るはめになったが…
「ただいまー、お母さん持って帰ったよ」
「ジャイアントベアを倒せたってことは魔力をなしにする方法をミアに教えてもらえたってことね」
「剣のことは私は分からないけど、魔法に関しては結構詳しいわ。魔法はあなたを絶対助けてくれる。」
「うん、とても勉強になったよ。これを教えたくてお使いを頼んだの?」
「ええ、それもあるけど…、ティル、少し私にやってみせてくれる?」
「うん、いいよ」
体から溢れ出る魔力に意識を集中させる。先程の感覚で魔力が出るのを遮断していく。
「したけどこれでいいの?」
「ええ、少し待ってね」
何やらお母さんがブツブツと何かを言い始めた。恐らく何かしらの魔法だろうけど聞いたことも無い詠唱だ。
そしてお母さんが詠唱を言い切ると、僕の左手に魔法陣が浮き出てきた。
左手の中指の付け根に紫色の文様が入り、少しだが、熱を帯びている、
その後、魔法陣が消えると同時に文様も消え、熱もひいていった。
「お母さん、これは?」
「おまじないみたいなものよ、あなたの学院生活が上手くいくように、ってね」
「ッッッッ!!それじゃあ行っていいの!?」
「ええ、行ってきなさい。あなたが世界を見たいというのなら私はもう止めないわ」
「やったーーーー!!」
嬉しさのあまりその場で飛びはなてしまった。念願の学院への道1歩前進である。