1章1話『 始まりの朝』
「ティルーご飯よ〜」
お母さんが僕のことを呼んでいる。朝、意識がまだ朦朧とする中、何とか布団から出て、母の元へと向かう。
お気に入りの布団はポカポカででるのがいつも惜しい。窓からは暖かな日差しが差し込んできて、鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ついに今日ね、ティル」
「うん、ご飯を食べたらすぐに教会へ行くよ」
今日は僕の8歳の誕生日だ。そして8歳とは人生の選定の日だ。人生であゆむべき道が定まると言ってもいいだろう。
8歳になると天職というものが判明する。人生で就くべき職業が分かるのだ。必ずしもその道にいけ、という縛りこそないが大抵の人が示された職に就くだろう。
さて、そうこうしてるうちに時間が迫ってきている。急いでごはんを食べ、顔を洗い、服を着替える。
「行ってきます!」
「ええ、一世一代なんだからシャキッとして、ちゃーんと聞いてくるのよ。」
遺影に一礼して、心の中で行ってきます、と伝え、家を出る。
僕に父は居ない。昔の戦いの中で命を落としてしまったらしい。
その分おじいちゃんとお母さんが手厚く育ててくれたから、寂しいと感じたことはない。ちなみに僕のお父さんの職業は戦士だったそうだ。
家を出て、道沿いに走ると広場がある。その広場の真ん中にベンチがありそこに座っている一人の女の子の元へ急ぐ。
「おはようティル!今日は早いね!」
笑いながら話しかけてくる女の子の名前は
ミア・アンダストラ
小さい時からずっと一緒に遊んできた大切な友達だ。ここが田舎というのもあり歳が近い子が数少ない僕はミアぐらいしかまともに話せないのだ。
昔からずっと一緒に遊んできたミアとは誕生日も一緒なので天職を授かるのも一緒だ。
「じゃあ、教会まで行こっか!」
「うん!」
聖堂までの道は一直線だ。ミアが座っていたベンチから左に曲がって真っ直ぐ行けば着く。
ミアと一緒に道を歩いていると
「おーティル!今日は早いじゃないか!」
おじいちゃんだ。いつもこの道のはずれにある空き地で朝の日課である剣の素振りをしているのだ。汗をタオルで拭きながら僕たちに近づいてくる。いつも思うが年に合わない体だ。バキバキだし。
「今日はさすがにね。ワクワクしてあまり眠れなかったけど…」
苦笑いしつつ、答えると
「私も少し寝不足かな…一生に1度だもんね」
ミアも答える。意外だな、こうゆうのは気にしないと思っていたんだけど…
「天職にこだわりすぎるのもよくねえな、やりたいことをやってみりゃあいいんだ」
相変わらずだなあ。おじいちゃんを一言で表すなら型破り、よく言えば常識にとらわれない、悪くいえば常識知らずって感じだ。
カタにはまらないので剣の技も全て自己流だ。それでもこの村で1番の剣士なので何も文句は言えないが…
「まあ何をするにしても聞いて損はねえな、一世一代の場だ!しっかりと聞いてきな!」
「「うん!」」
2人揃って答え、教会の方へと歩き始める。手を振りおじいちゃんと別れる。
「ティルはどんな天職だと嬉しい?」
「うーん……特にこれといったこだわりはないかなあ、ミアは?」
「やっぱり聖職者がいいかなあ」
職業は大きく2つのカテゴリーがある。1つは戦闘職、もう1つは支援職だ。
戦闘職は戦士や魔術師、僧侶などの軍事力、魔力をもって人を守る職で、支援職は農業、土木、建築、鍛治などの国全体を支える力を持つ職である。ちなみにミアの言った聖職者とは支援職で、教会のシスターや回復魔法を用いて病人を治したりする医師のことである。僧侶とはまた違っていて病気が専門だ、ミアらしいな。
「どんな職業でも嬉しいけど、強いて言うならおじいちゃんと同じ剣を扱う職がいいかな」
「ふふっ、ティルはおじいちゃん大好きだもんね」
そんなこんなで話しながら行くと教会まではすぐだった。
教会の構造はいたってシンプルだが、真ん中に大きな魔法陣と台座に水晶が置かれてある。
「来ましたね、ティル、ミア」
シスターが僕たちの名前を呼ぶ。
天職を見定めるのもシスターの仕事だ。
「「はい、今日はよろしくお願いします」」
2人揃ってお辞儀をして、挨拶をする。
今更になって緊張してきた。これからほんとに職が貰えるんだ…
「では早速初めて行きましょう。まずはミア、あなたからです。」
同じ日に生まれたけど時間帯が僕よりも早いミアが呼ばれる。ミアは早朝、僕は日没に生まれた。
「神ルグスの名のもとに、ミア・アンダストラに命ずる。この者に光ある道を、ルグスの加護を授けよ!」
魔法陣が青白く光り始める。すぐ後に水晶も呼応するように青白く光り輝く。
大気が震え、地がまるで強大な力に耐えられないと言わんばかりに悲鳴をあげる。
数十秒青白く光ながら地響きが続いた。あまりの迫力に唖然としてしまった。
「ミア・アンダストラ あなたの職は<けんじゃ>です。」
「けんじゃ……?」
「おめでとうミア、とても素晴らしい天職を頂けたわよ。」
「なんだかわかんないけど凄そうだよミア!良かったね!」
「う、うん…」
まだ驚きの余韻が抜けないらしい。返事にも気が入ってない。
それもそうか、あんだけの光景を間近で見たんだ。僕も初めてならああなってる。
「詳しい職業の説明は2人揃ってやりましょう。さぁ次はティル、あなたの番よ。」
「は、はい!」
おそるおそる魔法陣の上に立つ。大きいと思っていたが立ってみると思っていた以上に大きいものに感じる。飲み込まれそうだ…
「では、神ルグスの名のもとに、ティル・オディナに命ずる。この者に光ある道を、ルグスの加護を授けよ!」
ミアの時とは違う青白い光ではなく、紫根の輝きが魔法陣から放たれる。そして呼応するかの如く魔法陣と同じ光が強く水晶から放たれる。
大気が震え、地が悲鳴をあげる。ミアの時と同じように数十秒して地響きがやみ、光もおさまっていく。
「ティル・オディナ あなたの職は<そうけんし>です。」
「そう…けんし……?」
「これは……やはり血は争えませんね」
「シスター<そうけんし>とはどんな職なんですか?」
「ティル、あなたの職については私よりもあなたのおじいさまの方が詳しくお知りでしょう。聞いてみなさい」
「は、はい」
「そしてミア、あなたの職<賢者>は回復術師の中の上位クラスの職です。おそらく磨けば上位魔法も沢山使えるようになるでしょう。」
「上位魔法……」
「ですが、危険もあります、まずは私と共に魔力の扱い方を覚えましょう」
「は、はい」
「では、今日はここまでにしておきましょう。2人ともお疲れ様でした。早く自分の職を親御さんに伝えてあげてください。特にティル、あなたはおじいさまとしっかりと話すように」
「「はい、今日はありがとうございました」」
2人揃って教会をまだ驚きが抜けない中、出る。
「2人ともー!この儀式は少量の魔力を使います、帰ったらすぐに休むようにしてくださいね」
「「はーい」」
帰り道、ミアと早速自分たちの職について話した。
「賢者っていまいちピンとこないのよね。」
「でもまあ念願の回復魔法は使えるからいいんじゃない?」
「うん、そうだね。でも1番はティルの職業ね」
微笑みながらも心配してくれてるのが伝わる。<そうけんし>が剣をふるえるような役職なのか、正直不安だ。今までなんの職があるのかは沢山聞いてきた。でも<そうけんし>なんて聞いたことがない。
「とにかく早くおじいちゃんのところへ行こっか!」
「そうだね!」
おじいちゃんの所まで僕達は走って向かった。
*****
「<そうけんし>?」
ミアと一緒に帰った僕はさっそくおじいちゃんとお母さんに話した。お母さんが怪訝そうに聞き返す。
「そうか…」
おじいちゃんは何やら考え込んでいる。その後お母さんとしばらく目を合わせると急にこっちを見て、
「いいかティルよく聞け。その職は名の通り剣を扱う職だ。」
剣を…使える…。それだけで安心と喜びで、思わずガッツポーズをしかけたが、おじいちゃんの顔がいつにも増して真剣だから素直に喜べない。
「この職は人よりも倍剣をふるって、習得しなければならない。とてもしんどいし、すぐに音を上げるかもしれない。それになあまりおじいちゃん的にはおすすめしたくない。」
一呼吸おいておじいちゃんがつづける。
「どうだ、それでもこの職をやるか?」
燃えるような緋色の目で僕を見る。もう答えは決まってる。
座っていた席から立ち、おじいちゃんに向かって深く頭を下げる。
「おじいちゃん、僕に剣を教えてください。」
するとおじいちゃんはニカッと笑うと
「おう!まかせとけ、でも逃げ出すなよ?」
これ以上ない笑みを浮かべて答えてくれた。
「ところでミアちゃん、ミアちゃんは<賢者>って言ったかな?」
お母さんが突然ミアに話しかけ、ミアは驚きつつ
「あ、はい。シスターのもとで魔法について教えていただきます。」
「シスターに教えてもらえるなら大丈夫だわ。
<賢者>はねとても魔法に関して強い職だけれどその分魔力暴走のリスクもとても高いわ。ほんとに気をつけてね。」
「はい!気をつけます。」
返事を聞いて嬉しそうなお母さんだが、どこか上の空な感じだ。どうしたんだろう。
「よしっ今日は疲れただろう。ミアちゃんもそろそろ家に帰りな?ティルも部屋に戻って今日は休んどけよ、明日から地獄だぜ?」
うわぁ、気合い入れていかないとやばいぞ。
「はい、今日はありがとうございました」
ミアがペコッとお辞儀して席からたつ。僕にまたねと言って家から出ていく。
僕も部屋に戻ろう。今日は驚き疲れた気がする。明日からはキツい鍛錬だ。それでも剣士になれるんだから嬉しい方の気持ちが勝つ。明日から頑張ろう。
「やっぱりあなたの子ね」
2人になった部屋でため息混じりにぽつりと愚痴る。
「まさか職まで引き継がれるとは俺も思わんさ」
「あの子、これからとてもつらいわよ」
「やっていけるさ俺たちの血が流れてるんだからな」
「そうだといいのだけれど…」
「俺はあいつならやってくれと思ってる。あいつがどんな決断するかは分からんがな、それでも俺の二の舞にはならないさ」
「だが、ひとまずは予定通りに進めよう」
「…そうね」
まだ時間は昼間、暖かな日差しはまだ差し込んでいる。それでも2人の顔は険しく、そして空気はひどく落ち込んでいた。