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第9話 幸運か、それとも罠か

 ようやく、応は友愛に声をかけることができた。

「大丈夫でした?」

 遠慮がちに言うのは、罵詈雑言の応酬の中にも、気安さがあったからだろう。

 もっとも、相手はそんなことを気にする娘ではない。

 あっと言う間に態度を切り替えて迫ってきた。

「凄いわあ……応くん、言うたっけ?」

 友愛とその父親である井光に絡んできたヤクザどもを口先三寸で追い払った応に、友愛は率直というか、過剰なまでの好意を向けていた。

 年のそんなに変わらない美少女にまっすぐに見つめられて、応はうろたえる。

「はい、あの……はじめまして」

 いささか邪魔が多すぎたが、ようやくボーイミーツガールという流れになってきたようである。

 応はといえば、心どころか身体までも、すっかり舞い上がりそうな様子である。

 さて、一方の少女はといえば、この純朴少年に興味津々であった。

「もしかしてお父はん、陰でこの辺シメてるとか?」

 勘のいい娘であった。

 応はひたすらごまかしにかかる。

「いや、別にそんなんじゃなくって、ただ、その、この街の人みんな……」

 無駄な努力であった。

 友愛は目をキラキラ輝かせて、憧れの眼差しを向けてくる。

「じゃあ、応くんが? 見えんわあ……」

 応はよけいに小さくなった。

「別に、そういうわけじゃ」

 誰が見ても、ならず者たちを力ずくで抑えるタイプではない。

 それでも、友愛は応を褒めちぎった。

「だって、あのヤクザ、応くんに何にもできひんかったやない」

 さっきは、口から出まかせで追い払ったにすぎない。

 だが、応はまた、そこで調子よく話を合わせられるような少年でもなかった。

「あれは、ただ、あの人たちが……」

 そう言いながらも、その目は友愛から離れない。

 恥ずかしげにうつむきながらも、上目遣いで様子をうかがう。

 友愛はといえば身悶えしながら、わざとらしいまでの感謝を見せた。

「もう、うち、何てお礼言うてええのか」

 なんともはや、グイグイ来る娘である。

 応はというと、乾いた声で謙遜するのが精一杯だった。

「いや、あんなの、たいしたこと」

 いたいけな少女を危機から救った応がへりくだることなど全くない。

 だが、当の友愛は少年の言葉など全く聞いてはいなかった。

「あんなあ、時間ある?」

 いきなりの展開であった。

 普通に考えれば明らかに、いわゆる逆ナンパ、略して逆ナンというヤツである。

 応はこの幸運を疑うこともなく、実に素直な返事をした。

「忙しくは、ないけど」

 そこで、友愛の口元がほころんだ。

 艶やかな唇の間から、白い歯がこぼれる。

 息を呑んだ応に、あの甘い声が囁きかけた。

「つきおうてくれへん? うちと」

 グイグイ来るにも限度というものがある。

 会ったばかりでこのひと言とは。

「君と……?」

 応の息が、次第に荒くなっていく。

 その鼓動が聞こえてもおかしくないくらい、友愛は顔を近づけた。

 目をしばたたかせる応に口づけせんばかりの距離で、悪戯っぽく微笑む。

「イヤなん?」

 猫はともかく人間なら、これで落ちない男はそうそうあるまい。

 引っ込み思案な応は、うろたえながらも、拒んだりはしなかった。

「まさか、そんなこと」

 どうも、応は何か誤解しているようである。

 友愛はというと、そんなことなどおかまいなしだった。

「頼みがあんねんて」

 だって、僕たち、今日会ったばっかりで」

 すっかり混乱した応に、もはや人の話を聞く余裕はなさそうであった。

 友愛の、危険な誘惑は続く。

「応クンでないとでけへんのや」

 そう言われては、もう断るに断れまい。

 鼻に掛かった甘ったるい声でクンクン言われては。

 応はあっさり陥落した。

「僕でよかったら」

 仕組まれた罠だとしたら、これほど完璧なものはなかろう。

 偶然の出会いに、美少女の強引な急接近。

 だが、もし、恵まれた稀有な偶然だとしたらどうか。

 男としては、ツケを一生かかって払わされてでも手に入れたい幸運といえよう。

 少年が夢の中に舞い上がるのも無理はない。

 さて、真実はそのどちらであろうか。

 もちろん、世界はそこまで甘くできてはいない。

 次のひと言で、応は現実の谷間に叩き落とされることになる。

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