第8話 猫たちが背負う世界の秘密
吹き下ろしてきた天からの風と共に、孫六の笑い声が聞こえる。
「それはそうと、届いたみたいやな」
灰色猫の耳が、風のせいか声のせいか、ぴくりと動く。
虎徹は空を見上げて、不機嫌にぼやいた。
「ああ、あの籠かよ」
関東の片隅に入る猫が、大阪の猫と話ができるのはなぜか。
この猫たちの身体は確かに離れたところにあるが、心は別のところにある。
人の目には見えないが、その近くには確かにある世界である。
その世界を、「幽世」という。
猫たちは、人の世とは違う世界を通じて、言葉を交わしているのであった。
だから、どれだけ離れていても、心と心を伝え合うことができる。
そうでなければ、太古の昔から、恨みつらみのこもった人や物を受け渡し続けるなどということができるはずもない。
だが、その力を無駄遣いするのが孫六である。
すかさずツッコミを入れてきた。
「籠やない、茶碗や」
その辺りは、やはり孫六も大阪猫である。
だが、虎徹も間違えたくて間違えたわけではない。
「先に言え」
そう悪態をつきはしたが、仕方がないことは分かっていた。
孫六の声も、諦めきったようなため息をつきながら答えた。
「アレに聞かれる」
……「アレ」とは何か。
それは、この猫たちが口にするのも忌み嫌うものである。
時代を超えて、人には誰しも、心の奥底に押し殺した、表に出せない思いが潜んでいるものだ。
そうしたものは昔から、全て「魔が事」=「禍事」と呼ばれてきた。
それを忌み嫌うのは、人間ばかりではない。
猫もまた、然りである。
虎徹がぼやくのも無理からぬことであった。
「もう気づいてらあな、届いちまったからにゃ」
「また頼むわ、いつもやっとるように」
簡単に言うが、虎徹の役目は生易しいものではない。
面倒臭いという気持ちをむき出しにして返事をする。
「断ち切ってやりゃあいいんだな、その茶碗に絡んだ因縁を」
虎徹がここに住んでいるのは、そうした人や物にまつわる因縁の始末を最後に引き受けるためである。
最も重い責任を背負っているといえばそうだが、面倒ごとを押し付けられる立場と言えなくもない。
こういう場合、任せる方は気楽なものである。
「何があったんかは言えんがな」
勿体をつける孫六の口調は、むしろからかいに近い。
虎徹は面倒臭そうに答えた。
「分かってらあな、アレが聞いたらまた、勢いづくじゃねえか」
恨みつらみといった禍々しい心を抱える人間は、どこにでもいる。
そんな心は、物に宿ることもある。
人にせよ物にせよ、類は友を呼び、禍々しい心は邪悪な者や物をさらに引き寄せるものだ。
ならばひとつにまとめて、人の目には見えない世界、すなわち「幽世」に封じてしまえばよい。
この唐鼓の地こそは、人の禍々しい心を、地の底に鎮める結界なのであった。
もっとも、それは猫たちのみが知っていればよいことである。
孫六などは更に、思わせぶりなことをいう。
「いや、もう元気づいとるんちゃうかなあ、アレは」
「何でわかるんでえ」
虎徹がうんざりしたように尋ねる。
孫六が、他人事のようにぺらぺらとまくしたてる。
「いやな、夕べ、そっちに茶碗来てから、こっち、夜中じゅうえらい土砂降りやってな、俺、寝られへんかってん。ほんでな、朝早くに雨やっと止んで、茶碗送ってふいと見たら、雨雲がえらい勢いで東へ走っとったさかいなあ」
「茶碗にこもった怨念のせいか……ホントに仕方ねえな、人間ってえのは」
その人間たちからしてみれば、この猫たちの会話、長いようだがほんの少しの間のことである。




