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第18話 父に秘められているらしい過去

 雨の中、応が友愛を連れていったのは、さっきの食堂の前だった。

 ところどころヒビの入ったガラス窓の向こうには、かつて食品サンプルが並んでいたであろう棚に、世間相場よりはるかに安い丼物やうどん蕎麦の値札が並んでいる。

 どうやら、看板を下ろした店らしい。

 その奥から出てきたのは、少し前に応を呼び止めたおばちゃんだった。

「わざわざ戻ってくれなくてよかったんだよ、こんな雨の中。応くんも大事な用があったろうに」

 そこでちらっと見やるのは、目をしばたたかせている友愛である。

 応はおばちゃんの気をそらそうとするかのように、慌てて頭を下げた。

「遅くなってすみません、こちらこそ」

 おばちゃんから返ってきたのは、すこしばかり意地の悪いひと言だった。

「実はアテにしてたんだがね。この店、畳もうにもダンナだけじゃ手が足りないんだよ」

 その、店の奥にいるらしい旦那が大声でおばちゃんを呼ぶ。

 何か運んでほしいらしい。

 代わりに応が返事をして店に駆け込もうとすると、その前を遮った友愛が、赤い折り畳み傘を後ろ手に応へと押し付けた。

 店の中のテーブルには、未だ片付かない鍋やフライパンや食器の類が散乱していた。

 応と共に店の中へ戻ってきたおばちゃんが、きまり悪そうに謝った。

「済まないねえ、テーブルから何から、さっさと小屋に運んじまおうと思ったんだけど、この雨でね」

 だが、友愛の行動は素早かった。

 店内の道具類だけでなく、旦那が店の奥から運び出してくるこまごまとしたものを、見る間に重ねたりひとまとめにしたりして、てきぱきと運び出しの準備を進めていく。

 応もせっせと荷造りを始めたが、手際の良さでは友愛に遠く及ばなかった。

 そんな少年少女の健気な心意気に天も感ずるところがあったのか、やがて、雨が止んで店の外に日が差してきた。

 食器類が店の裏にあるトタン小屋へと運ばれてしまったところで、おばちゃんと旦那、友愛と応が、2人で1つずつ店内のテーブルを運び出すこととなった。

 小屋の中にテーブルを重ねて2つ片づけると、おばちゃんは友愛をしげしげと眺めて言った。

「隅に置けないねえ、応くんも」

「いえ、そんなんじゃ」

 だが、おばちゃんは真っ赤になった応の弁明など聞いてはいない。

 ニヤニヤ笑いながら、更に畳みかける。

「徹もそうだったけどさ」

 そこで応はきょとんとした顔で尋ねた。

「それって、母さんと知り合ったときですか?」

 おばちゃんは何も聞いていなかったかのように、次の仕事を促した。

「あと1つでおしまいだからね」

 だが、応はとことん運に恵まれていなかった。

 最後のテーブルを友愛と運んでいる間に、たらいをひっくり返したような土砂降りの雨が降ってきたのである。


 ずぶ濡れになった応と友愛は、トタン葺きの小屋の中に掛かっていたタオルで身体を拭いていた。

「悪いね、手伝ってもらって」

「バイト料はええから」

 お互い、背中を向けている。

 おばちゃんが店の中から持ってきた赤い折り畳み傘は、小屋の隅で広げられて窓を隠している。

 下着1枚の友愛の姿は、かろうじて外から隠されていた。

「そんなの、貰ってないよ……恩返しだから」

「恩返し?」

 きょとんとした顔で友愛に見つめられても、背を向けている応には分からない。

「僕の父さん、あんなんだろ? でも、母さんから聞いたんだけど、若い頃、ここに来てからは、親切にしてくれる人もいたんだ」

「意外やなあ」

 友愛も興味津々という顔をしていた。

 応も、それほど嫌な顔はしていない。

「父さんね、外から妙な連中が来ると、いきなり殴ってたらしいんだ。だから……母さんも、その縁でね」

 両親の馴れ初めの話は長かった。

 短くまとめると、母親が仕事から帰る夜道をつけ回す男がいたらしい。それが家の中まで忍び込んで来たところを、待ち伏せていた徹が叩きのめした。不思議なことに、男は影も形もなく消え失せたのだという。

 友愛も訝しげにつぶやいた。

「似たような話があるもんやな」

「武智さんのお父さんも?」

 友愛は、もどかしげに言った。

「トモミでええ。武智さんゆわれると背中ムズムズすんねん」

 友美の母も、得体の知れない男に家の中まで侵入されたという。

「せやからわけわからへんねん。あのお父ちゃんが、その、お母ちゃんの布団に隠れとってな……噛みついてん、ほれ、男のに」

「何言ってるのか分かんない」

 勘の鈍い応に、友愛の井光が爆発した。

「女に昼間から何言わせんねん!」

 そこで2人の間にいた猫がにゃあと鳴いたのは、あまりにも間が悪かった。

 不覚にも、応はつい振り向いてしまったのである。

「イヤや!」

 生まれたままの一歩手前の身体を見られた友愛が、素肌を隠してうずくまる。

「ごめん……あ、虎徹」

 応が抱え上げた猫をダシにしてごまかしたのは、まあ合格点としよう。

 再び背中を向けると、友愛の恥ずかしげな声が平静を装って話しかけてきた。

「ウチの猫は孫六いうてな。お父ちゃん鈍臭いから大きな取引失敗して、そんときお母ちゃんが招き猫や言うて、拾うてきてん」

 大阪の猫の話が出たところで、虎徹は凄みのある低い声を立てた。

 迷惑そうにおわあ、と鳴く。

 雨が本降りになってきたのだった。

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