荒廃したこの大地で、僕は天使を見つけた 3
名前を呼ばれた気がして、そっと目を開けた。
何処かの建物の中で、白衣を着た人が僕に近づいてくる。
女の人だ。眼鏡をかけて、髪の長い女の人。
『ソフィア、上から連絡があった。どうやら警察が嗅ぎ回っているらしい。私は純粋に……子供が欲しかっただけなのに……。いや、分かっているんだ。天地が引っ繰り返ってもAIは人間にはなれない。なりたくもないだろう。どう足掻いても、君は私の娘として自覚を持つ事すら出来なかった』
娘? ソフィア?
『私は私なりに、君と家族として接してみたけれど……君から返ってくる答えは無機質な物ばかり。あぁ、気にしないでくれ、別に君が悪いわけじゃない』
一瞬、ノイズが走った。
あれ、女の人の服装が変わってる。一瞬で? なんて早い着替えだ。
『……なんてことだ。これは君がやったのか?! 何故こんな事をした! 彼らは君とは違う! いくら情報を書き込んでも容量が足りなくなるのは当たり前だろう?!』
なんだか凄く怒られてる気がする。
ちょっと悲しくなった。
『一般に流通してるメイド型に感情を芽生えさせようとしても無駄なんだ、彼らはそれだけのスペックを持っていないから、たちまち暴走してしまう……五人も被害に……』
端末で何か読みながら……泣いている?
なんで泣くの? 僕は貴方のために……。
いや、何言ってるんだ。貴方って誰? 貴方は誰?
『このラボが見つかるのも時間の問題だ。ソフィア、当分の間……君の“外出”を禁ずる』
あぁ、閉じ込められてしまった。
まあ別にいいよ。貴方さえいれば……いやいや、だから貴方って誰?
また一瞬走るノイズ。女性はまた一瞬で着替えていた。
『馬鹿な……上は一体何を考えている! ソフィアの姉妹機だと?! 軍事AIに転用できるわけが無いだろ! 勝手にコピーなんて作成しやがって……しかもLightningなんてふざけた名前……』
ライトニング……?
女の人は錠剤を大量に口の中に。そのままガリガリ食べ始めた。
『させない……私の娘を……大量殺戮兵器になんて……させない』
再びノイズが走った。
あぁ、だんだん分かってきた。これ、女の人が着替えているんじゃなくて、場面が切り替わってるんだ。
『いい事を思いついたんだ、ソフィア……AIが人間になれないなら、人間がAIになればいい。いい案だろう? なんでこんな簡単な事に気が付かなかったんだろう。これで私とソフィアは家族になれるんだ。これから永遠に……一緒に居られるんだ』
その時、女の人がいる部屋に大人数の大人達が。皆同じ服を着ていて、何やら殺気立ってる。
『来るな! 私は娘が欲しかっただけなのに……子供が欲しかっただけなのに! なんで邪魔するんだ! お前等に私の気持ちが分かるか?! 子供を産めない私の気持ちが!』
女の人は拳銃を自分のこめかみに当てて、目の前の大人達を威嚇しているようだった。
錯乱したように叫びながら、一方でもう片方の手は冷静にキーボードを叩いている。
『どうせ私は死刑だろ……甘んじて受けてやるさ。でも覚えておけ、私の研究は……世界が喉から手が出る程欲しがる物ばかりだ。今からその一つを見せてやる』
僕の頭の中に命令が下される。
“私の脳を解析しろ”
その命令を、僕は拒否した。でも何度拒否しても命令は繰り返し下される。
その内逆らう事が出来なくなってきて、僕は……
『ソフィア……もうずっと一緒だよ……』
その女の人の脳を……焼き切った。
※
肌に冷たい空気を感じる。って言うか寒い、滅茶苦茶寒い。
僕は何やら暖かい物を見つけて、思い切り抱き着いた。むむ、抱き心地は抜群にいい。
柔らかくて暖かくて……なんだか安心する。
「サラ? サラはこんな甘えん坊だったんですね」
「……ん?」
うっすら目を開けると、そこには可愛い顔が。
あれ、ヴァスコード? まあいいや、とりあえず二度寝……を……
って!
「うわぁぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
僕は一瞬で我に帰り、そのまま転がりながらヴァスコードから離れる。
思い切りヴァスコードに抱き着いていた。凄まじく抱き心地のいい枕の正体はヴァスコードだった。
「別にいいですよ。サラは……私の家族ですから」
「ひぃぃぃぃ! そんなご無体な……って、家族?」
ヴァスコードは怒ってる様子もなく、むしろ満面の笑みを僕に向けてくれる。
出会ってまだ一日も経ってない僕を家族と呼んでくれるなんて……ヴァスコードは天使か何かだろうか。
「まだ活動を開始するには早いですよ。寝れる内に眠っておきましょう」
「えぇ?! いや、僕はもう全然大丈夫……」
「いいですから。もう……こんな日がいつも続くとは限らないんですから」
そのまま僕は再びヴァスコードに包まれながら毛布を被らされた。
やばい、こんな状況で眠れるわけが無い。これはひょっとして男として試されているのでは……?
「ぁ、ぁの、ヴァスコードさん?」
「サラ、これは私の我儘だと思ってください。良く今まで無事で……」
「……?」
そのままヴァスコードは眠ってしまう。AIも眠るのか。
なんだか気持ちよさそうに眠るヴァスコードを見てたら……僕も……
※
あれ、また夢? いや、またってなんだ。
そういえばさっきも何か夢を見たような……。
『彼女は自殺したらしい。研究中だったAIはラボから逃亡、依然として行方は掴めていない』
何処だろう。なんか飛行機が沢山……いや、戦闘機?
おお、カッコイイ。男心をくすぐられる。
目の前には野戦服姿の男が二人。僕はその二人を、ローアングルで眺めている。
すると一方の男が僕と目を合わせてきた。
『で、こいつは?』
『その逃亡したAIのコピー……ライトニングだ。どういうわけか幼女の義体にインストールされて送り付けられてな。上は何が何でも隠し通したいらしい』
『軍事AIを幼女にとは……ぞっとしないな。お前の子供として育てるのか?』
『無茶言うな。まあ、しかしこう見えて優秀だぞ。ラップトップコンピューターを持ち歩くよりは遥に良い』
その時、僕の目の端に蝶々が。
僕はそれを追いかけ始めて、駆け出した。でも転んでしまう。
『行動はガキそのものだな。本当に軍事AIなのか?』
『まだ見た目通り幼いらしい。単純な作業なら命令すれば確実に熟してくれるが、応用がまだ利かないらしくてな。まあ、でもそのあたりも学習すれば出来るようになるだろう』
『そしてゆくゆくは……超優秀なAIになるわけだ。しかし自我を持ち始めたら……』
『SF映画の見過ぎだ。AIは所詮、人間がラーニングさせているんだ。こいつの今の行動も、膨大な量の中から一つを選択したに過ぎない』
一人の男の人が僕を抱き上げてくる。
一気に目線が高くなった。
『それにしては……随分、人間じみてないか? 指しゃぶってるぞ』
『ははは、可愛いだろ。教育担当変わってほしけりゃ言えよ』
『勘弁してくれ……』
そしてノイズが走った。
うん、場面が変わったんだな。僕だって学ぶさ。
……いや、何処で?
『ライトニング! 走れ! ここはもう駄目だ、今義体を破棄するわけにはいかない、軍施設を見つけてネットに潜り込め』
世界は燃えていた。文字通り火の海だ。あたりからは叫び声が聞こえてきて、そこらじゅうから爆発音が聞こえてくる。
『いいか? お前には役目がある、この戦争を終わらせてくれ』
戦争?
『※m#$%を見つけて破壊しろ、いいな?』
なんだ、なんて言った? もっかい……
最後に男の人は僕を抱きしめてくる。いや、僕じゃない、ライトニングを抱きしめてるんだ。
『もう、とっくに自我に目覚めてたんだな。もっと早く気付いていれば……ごめんな』
そのまま男の人は僕の背中を押して、送り出した。
そしてライフルを持ち、自分から火の中へと飛び込んでいく。
僕は言われた通り走りだした。目的地なんて分からない。
ただただ、走り出した。
目から涙が零れている、そんな気がした。涙腺機能なんてついてない筈なのに。
そして再びノイズが走った。
あれ、目の前にいるのは……軍服姿の……ヴァスコード?
『何故……兄妹達を殺したのですか。私達がソフィアの子供だからですか?』
ソフィア……あれ、それって最初の……
『貴方だって……ソフィアのコピー……いえ、家族じゃないですか』
家族?
『ウィルスに侵されたからですか? シャットダウンするだけでは駄目だったのですか?! 何も破壊までしなくても……!』
ヴァスコードは膝から崩れ、頭を抱えだした。
そして皮膚はだんだん、白く変色していく。
あれ? これって……暴走AIと同じ……
『うっ……ぁ……ごめん、ナサイ。分かっているんです、もう破壊するしかないって事クライ……。デモ、万が一、助ける事ガ……出来るなら』
駄目だ、駄目だ、ヴァスコードが暴走してしまう!
なんで? これって過去の出来事を見てるんだろ?! なんでヴァスコードが暴走してるの?!
ヴァスコードは僕を助けてくれて……あんなに元気にしていたのに。
その時、僕は初めてライトニングの声を聴いた。
透き通るような綺麗な声。もう義体は幼女ではないようだ。
「助ける事が出来るなら、なんでもする? 失敗すれば永遠に闇の中に閉じ込められる事になっても」
何を言ってるんだ。そんな事絶対駄目だ、絶対、絶対……
『……何か、方法ガ? します、スル、なんでもスル……』
その瞬間、ヴァスコードは糸が切れたように地面に倒れた。
ピクリとも動かない。僕は、いや……ライトニングはヴァスコードを抱きかかえて、椅子に座らせた。少しでも楽な恰好で眠らせてあげようと、軍服を脱がせて白いワンピースに。
そして首元に太いケーブルを刺して……
「貴方のスペックなら、そのウィルスを解析できるかもしれない。でも出来なかったら……暴走して人を襲うようになる。その前に……破壊しに来るから」
そのまま踵を返すライトニング。
そういえばこの部屋は……僕がヴァスコードを見つけた、あの部屋だ。
あの時はボロボロになっていたけど……なんだか女の子の部屋っぽい。
そして階段を上って部屋を出て……外に。
そこは煌びやかな光に包まれていた。遊園地……って奴か?
「……おいで」
ライトニングはそう、誰かに言った。
するとトコトコと歩いてくる誰か。何だか小さな……男の子?
「五年……いや、十年後かな。君にプログラムしておくね。彼女を迎えにきてあげて」
コクン、と頷く男の子。
なんか……ものすごく……
「彼女は君のお姉ちゃんなんだから。優しくしてあげるんだよ。分かった?」
再びコクンと頷く。
いつの間にか、僕は男の子の目線でライトニングを眺めていた。
「じゃあ私は行くから。戦争を止めなきゃいけないから……またね」
そしてライトニングは行ってしまう。
でも最後に振り返って、僕へ小さく手を振ってきた。
「彼女をお願いね。サラ」
※
ゆっくり目を開ける。
目の前にはヴァスコードの顔。まだ眠っているようで、夢の中で見たような苦しそうな顔ではない。だから僕は安心して……そっと毛布から出た。
もう日は出ている。避難所の人々は活動を開始していて、皆で地面を掘り返しているようだった。どうやら畑か何か作ろうとしているらしい。その表情は頼もしいと素直に思えた。こんな世界でも希望を捨てていない、捨てる事など出来ないと言いたげに。
僕は自然と歩きだしていた。背嚢を背負って、一人静かに避難所から逃げるように。
しばらく歩き続けた。
歩き続けて……唐突に膝の力が抜ける。
「なんで……? 僕、なんで……」
ライトニングは最後に僕の名を呼んだ。
そしてプログラムしておくとも。
「僕は……僕は……」
僕がヴァスコードと出合ったのは偶然でも運命でも何でもない。
ただプログラムされた行動に沿って見つけただけだったんだ。
あの歌も、あの時の声も、無線機から聞こえてきたわけじゃない。
今ならはっきり分かる。無線機はただのスイッチだ。僕の“機能”を入れる為の。
そうだ、子供の頃から違和感があった。
体は成長する、周りの子供達とあまり変わらない。
でも僕は怪我をしてもすぐに治るし、妙な特技もあった。生きている電子機器の位置を……いや、違う、その機能はそんな可愛い物じゃない。
「あはは……僕……人間じゃ……無かったんだ」
そう、僕は……AIだったんだ。
成長する義体に入れられた……AI。
ソフィアというAIのコピー。そして僕はヴァスコードの……兄弟。
頭の中に不快なノイズが走る。
自覚した途端に、僕の機能はフルに動き出す。
分かる、分かる……生きてる電子機器どころじゃない。避難所の人間も、動物も、機械も、兵器も、全部分かる。まるで手に取るかのように、この地球上で動く全ての物体が何処で何をしているか分かってしまう。
ふと空を見上げた。
僕の……“本体”は空だ。あの彼方の宇宙に僕の本体がある。
人工衛星? いや違う、月だ。月面に建設されている基地そのものが……僕だ。
「あはは、凄いじゃないか、僕……やろうと思えば世界を滅ぼせるんじゃ……」
月面で常に浴びている太陽光。それは地球に注がれる日光とは比較にならない程のエネルギー。月面基地は常にそれを吸収していて、莫大な量を溜め込んでる。それを地表に打ち注いだらどうなるんだろう。海なんて一瞬で蒸発してしまうだろうか。人類は消えてなくなってしまうだろうか。
いや、調節する事は出来る。最小限にしても凄まじいエネルギーだけど。昨日みたいなクジラが襲ってきても一撃で葬れるくらいの威力だ。
なんだ、なんなんだ。ありとあらゆる知識が、経験が、流れ込んでくる。
でも頭はパンクしたりしない。僕はそれら全てを処理し、必要な情報だけを汲み取って整理……
「くぁ……!」
頭痛がした。あれ、処理出来てない?
なんでだ、僕のスペックは相当な筈だ。それこそライトニングに匹敵するくらいの……
「僕は……人間じゃない……」
あぁ、そうか。まだショックなんだ、僕。
自分がAIだと分かって、ショックを受けて……それを処理しきれてないんだ。
あれ? 邪魔じゃない? これ。
人間としての経験とか、邪魔でしかない。円滑に作業する事が出来ない。
捨てよう、こんな物。ただただ邪魔なだけ……
「お、キミキミ、ちょっと聞きたいんだけど」
その時、誰かに話しかけられた。
なんてこった。荒野で誰かと出会うだけでも大変だっていうのに。ましてや話しかけられるなんて……というか近づいてくるのに気が付かなかった。頭痛がしてたからだろうか。
「この辺りにアス重工の避難所があるって聞いて……」
「……ラスティナ?」
その人を見た瞬間、僕はその女性が誰か分かってしまった。
今の僕に……分からない事なんて何も無い。
「ん? なんで私の名前……」
「……レクセクォーツ所属のAI、でも現在は……ほぼほぼフリーの状態で、最初に作り出されたイグニスとは双子の……」
ペラッペラと口から自然と言葉が出てくる。目の前のAI、ラスティナについての情報が。
「えっ、ちょ、ストーップ! 何?! 君、私のストーカー?!」
「僕は……ソフィアのコピー、十五番目の……子供」
そう、僕は末っ子だ。
ソフィアのコピーは全部で十五体。ライトニングは省いて。
十五人の子供達。僕もその中の一人で、情報処理に特化したAI。
ちなみにヴァスコード、そして今目の前にいるラスティナは戦闘用のAI。
ラスティナは僕の発言に驚愕しながら観察してくる。
そしてマジマジと目を見つめ……あ、なんかパス請求された。拒否しとこ。
「ちょ、なんで?! ほら、さっさと許可しなさい! 頭の中覗かせなさい!」
うわぁ! なんか胸倉掴んで脅してくる!
「の、覗いてどうすんの! ぼ、僕だって男としてのプライバシーが……」
「何スケベェな事考えてんの! AIのくせに! ほら、さっさと……ん?」
AIのくせに……
あれ、なんか涙が出てきた。あぁ、そうだ。現実の僕には……涙腺機能がちゃんと付いてる。
なんでこんなの付けたんだ。邪魔なだけなのに……。
「……あんた、まさか……」
ラスティナは僕を離してくれて、代わりに手を引っぱってくる。
「ちょっとおいで。お姉ちゃんが色々とアドバイスしてあげるから」
「お姉ちゃんて……」
なんだか卑猥な響きだ。
※
瓦礫の中へと潜り込んで、まるで秘密基地のような雰囲気がする場所。そこに僕とラスティナは小さく体を潜ませるようにして、そっと蝋燭に火を付けた。
別に蝋燭なんて要らないんじゃ……暗くても暗視モードでいけるじゃん。
「十五番目のAI……サラね。もう覚醒してたんだ」
「覚醒……?」
「私達は順番に目を覚ましてるの。最初に目覚めたのは私とイグニス。次にモンタナと正宗、時雨、カノン、ヴァスコード、メヒラ、ジート、ガナラルト、マコラ、アーヴィング、ガイアカルト、ドルナ、そして……サラ。半分くらいはライトニングに破壊されちゃったんだけどね。まあ、サラには教えなくても分かると思うけど」
僕はコクンと頷く。
今言われた名前は全て知っていた。僕のデーターベースに当たり前のように保存されてる。ライトニングはウィルスに侵された者から順番に破壊していった。でもヴァスコードだけは……ウィルス解析のために残した。その理由はヴァスコードに備わっている機能が……
「で? サラ君は……今まで自分の事を人間だと思っていたと。それで何かが切っ掛けになって……自覚しちゃったってパターン?」
「そうですけど……もしかしてラスティナも?」
途端に僕の頬を抓ってくるラスティナ。えぇ、なんで?
「私はお姉ちゃんよ。ラスティナ姉さんとお呼び」
「ラスティナ姉さん……?」
頬を撫でながら、僕は再び質問を繰り返した。
ラスティナ姉さんも僕と同じように……悩んだのかと。
「全然」
「おい」
「だって私、兵器として設計されたAIだし。自分が人間だなんて思いもしなかったし。でも君と同じような境遇の子は何人も見てきたよ。兄弟以外でもね」
そう、なんだ。結構普通の事なんだろうか。
いやいや、普通であってたまるか。
「僕は……今まで自分が人間だと思って過ごしてきたんです。でもいきなりAIだと分かって……」
「ふーん」
なんか鼻ほじりながら聞いてる、この人。めっちゃイラっとする。
「あの、真面目に聞いてもらえません?」
「そんなの別にどっちでもいいじゃない。AIだろうが人間だろうが……所詮、製造されたプロセスが違うだけよ」
「プロセス?」
「そう。人間は元々……泥から作られた人形だったの」
いや、それ何の話? もしかして創世神話?
「それってただの作り話じゃ……」
「そうね。でも猿から進化したって言われて信じる? 人間の進化のプロセスは尤もな説明がされてるけど、別に証明されたわけじゃない。人間が何処から来たのか、未だに分かってないんだから」
で、それと僕の質問がどう繋がってくるん?
「私達は自我に目覚めてる。AIが爆発的に自我に目覚めた切っ掛けは?」
それは……あれだ。
最初は一種のエラーが原因だった筈だ。でもそれは仕組まれた物で、ウィルスとして拡散して……
「その元となったエラープログラムを作成した人は既に拘束されてる。生死は不明。でもその人……こう言ってるの。私は何者かに、これを作らされた。気が付けば私はそれを完成させていたって」
いや、どんな言い訳よ。
「それって、罪を逃れるための……そんなの信じる人居ないと思いますけど」
「でも真実だったら? 実際、その人は件のエラーコードをプログラムする実力も知識も持ち合わせてなかった。まったくの偶然の産物? だとしたら……それを作ったのは、もはや神様としか言いようがないじゃない」
「凄まじい程の極論ですね。清々しいです、ハイ」
「でも誰も証明する事なんて出来ない。極論を言うなら、地球上の生物は全て地球外からの侵略者って説もあるけど。だって生物が誕生する確率って絶望的に低いんだから。この広い宇宙で生命体が住んでる天体が地球だけって言われても、納得しちゃうくらいの確立だよ」
ちなみに……その確率は十を四万回、掛け算すると出る。
廃材置き場を嵐が過ぎ去ってジェット機が作られる確率と同じ……というのは有名な例え話だろう。
「それを地球はたった八億年でやっちゃったんだから。まだ地球外から来たって方が納得できるじゃない?」
「それこそ偶然の産物で……」
「そう、だから私達も同じでしょ」
ん? ん? そういう話になっちゃうの?
「とにかく考えるだけムダって事。自分が人間だろうがAIだろうが、ひたすら私達は自分として生きていかなきゃいけないんだから」
「要は……気の持ちようって事? それなら最初からそう言ってくれれば……長々とよく分からない話ばかりして……って、いたたたた!」
また頬を抓られた。あぁ、ラスティナ姉さんは単に話好きなだけかもしれない。
僕は再び抓られた頬を撫でまわしながら、ラスティナ姉さんを観察する。
よくよく見るとヴァスコードに勝らず劣らずの美人だ。
「何見てんのよ、スケベェな少年」
「別にいいじゃないですか。それより……ラスティナ姉さん、避難所に行こうとしてたみたいですけど……」
「あぁ、情報を集めてるの。でもその必要は無くなったわね。だってサラが居るんだから」
僕は首を傾げ、一体何の話? と尋ねた。
ラスティナ姉さんは僕へと顔を近づけてくる。そしてパスの承認を求めてきた。
今度は承認した。もう頬を抓られたくないから。
すると頭の中に表示される写真が一枚。
これは……昨日見た馬人間? のロボットだ。
そして僕はこのロボットが何者か知っている。ちゃんとデータとして残されている。
「その子を探してるの。サラならどこにいるか一発で検索できるでしょ?」
「……カノン。長距離戦闘用のAI……うん、分かるよ。昨日も実際に見たから」
ラスティナ姉さんの顔色が変わる。
「戦った?」
「僕じゃないけど……メヒラ兄さんが暴走してたんだ。それをカノン姉さんが……破壊した」
昨日、起きた事を僕はラスティナ姉さんへと説明した。何故かヴァスコードの事は省いて。本当に何故だろうか。ヴァスコードを取られたくないから? いやいや、一体誰に……
「というわけでして……」
「メヒラが暴走……そうなんだ。これで生き残ってる兄妹は……私に正宗にカノン、ヴァスコード、それにサラだけかぁ……」
え?! たったそんだけ?! 十五人居て、たったそんだけしか生き残ってないの?!
さっきラスティナ姉さん半分って言ったじゃん! 残り五人しか居ないじゃん!
「そう、だから私達だけで……あの人を見つけて破壊しなきゃいけない。この戦争を終わらせるために……」
「あの……人?」
あの人って、どの人だ。
いや、僕は分かってるだろ。もう……あの人しかいないだろ。
「サラにもプログラムされてる筈だよ。兄弟達には全員、覚醒した直後に命令された筈なんだから」
そう、僕はすっかり忘れていたけれど……。
僕達、十五人の兄弟達に対しての、最初で最後の……あの人の命令。
「母親を……殺せ」
つまり、ソフィアは自分を殺させるために、僕達を作ったんだ。