ドリーム・キル・マシーン
第一章
西暦二千五百八年のニューヨーク。
私はキリスト教会の牧師で名前は、ジャクソン・ケーシー。
時刻は午前五時十五分、外はまだ薄暗く夜明けにはまだ少し早い。
いまサバイバルナイフを片手に、広い寝室に一人立っている。
中央のベツトには、妻のキャロラインが昨夜の肉の交わりで疲れが出たのか、半開きにした口からよだれを垂らして眠っている。めくれ上がったピンクのネグリジェの下は、なにも着けていない。プラチナブロンドの髪の毛と同じ色の縮れ毛が、太ももの隙間からあらわに覗いている。
さっきから私の耳元で、誰かささやいているような気がするが、きっと気のせいかもしれない。いや、確かに誰かが私の脳細胞に直接命令しているような気がするが…。
「さあ早くケーシー、ひと思いにグサリと心臓を刺すんだ。このチャンスを逃したらもう二度目はないぞ」
今度ははっきりと聞こえた。
私はサバイバルナイフを逆手に持ちかえると、マリオネットのようなぎこちない動作で、握りしめたサバイバルナイフをキャロラインの心臓めがけ、勢いよく振りかざした。
第二章
「ようこそリーブ・キゴ・ショーへ。私がこのショーの司会者、リーブ・キゴです。さあ善人悪人誰かまわず何人殺しても罪に問われない、理想殺人ショーの始まりです。もちろん最愛の人を殺しても、あなたはいっさい罪になりません。これは夢のゲーム仮想現実再現機、名づけてドリーム、キル・マシーン。こよいのゲストは、キリスト教会の牧師ジャクソン・ケーシさんです。いま十二ステップ最終章まで進んで来ました。これをクリアすれば、コスモ・ジーテーピー旅行社より銀河系一周の旅と、トヨトミ宇宙船グループより副賞として百億ガレーが送られます。ジャクソンさんは敬謙なクリスチャンで牧師さんです。誰よりも信仰心の熱い方とうかがっておりますが、はたして最愛の妻キャロラインさんの胸に、みごとサバイバルナイフを突き刺すことが出来るのでしょうか。では皆さんとご一緒に再現モニターへ、ズームイン」
第三章
「待て、待つんだジャクソン。いま殺そうとしている人は、君の最愛の妻キャロラインだぞ。君はキャロラインと結婚するとき誓ったはずだ。病めるときも、健やかなるときも、妻キャロラインを守ると、それに君は迷える人たちを救う牧師でもあるんだぞ。さあそれが分かったら我が神の子よ、ナイフを床に置きなさい」
「待てジャクソン、ナイフを床に置いてはいけない。君はだまされているんだ、いいかねこれは人を殺しても罪に問わないゲームなんだ。いまそのナイフを思いっきり振り下ろすだけでジャクソン、君は英雄になれるんだ。全世界の妻から虐げられている男どもが、祝福すること請け合いなしだ。さあ、いまこそ英雄になるチャンスだ、迷わず殺すんだ」
「待て、早まってはいけない」
「殺せ、君は英雄だ」
「待て、殺せ」
第四章
ジャクソンが頭上高く振り上げたサバイバルナイフの切っ先が、わずかに震えている。
顔面は蒼白になり、額からは玉のような汗が浮いている。
サバイバルナイフを床に置くべきか、いや、思いっきり心臓目がけて振り下ろすべきか、いまジャクソンは二つの人格と懸命に戦っている。
時間は容赦なく過ぎて行く。
このとき司会のリーブ・キゴがストップウオッチを見ながら、
「残り時間六十秒、タイムオーバーの場合このゲームは無効となります」と告げた。
しばらくしてまた、
「残り時間あと十秒」
今度はカウントが入る。
「九、八、七、六、五」
このときジャクソンの脳細胞が一気に覚醒し、わずかに震えているサバイバルナイフの切っ先がピタリと止まると、振りかざしたサバイバルナイフは、キャロラインの心臓めがけ吸い込まれていった。
第五章
「残り時間一秒前、ゲームクリアー。おめでとう、とうとうやりましたね。みなさん時計の針を見てください、残り時間一秒ですよ。きわどい瞬間でしたね、ジャクソンさんのすばらしい決断に感動しました。さあ奥さまこちらへどうぞ、さあさあ遠慮なさらないでカメラの前にいらっしてください。まもなくご主人さまはマシーンから目覚めますよ。最初にどんな言葉を掛けてあげますか」
マイクを向けられ興奮しているキャロラインは、
「えっ、えっ、えっ、あっ、あっ、あのう・・・」と、あまりの嬉しさに声が出ません。
ようやく目覚めたジャクソンが妻の元へ来ると、待ちかねていたように司会のリーブ・キゴがマイクを向けた。
「ジャクソンさん、十二ステップすべて見事にクリアーしましたね、おめでとうございます。いまのご感想をお聞かせください」
「あ、あ、ありがとうございます。とても口では言い表せないほどの感動をしております。ここまでこれたことを妻、キャロラインとともに喜びたいと思います」
目に涙を浮かべ、カメラ目線で話しています。
視聴者も一緒になって感動しています。
「素晴らしい妻思いのメッセージ、ありがとうございます。それではまた来週のこの時間でお会いいたしましょう、さようなら」
第六章
ジャクソンとキャロラインはテレビ局から自宅に帰ると、さっそくお祝いの準備に取りかかった。
「さあおいでキャロライン、二人で乾杯しよう。そうか、もう芝居は終わったんだ、ジャクソンこっちへ来て乾杯しましょうよ。ほら、そんな思い詰めた顔してないで、あとでちゃんとあなたの脳と私の脳を入れ換えておくから心配しないで。今夜は朝まで飲みあかしましょう。大丈夫よ、あなたったら心配性なんだから、私にすべて任せていたらうまく行くのよ、分かった、はい、それじゃあ二人の未来に乾杯」
ジャクソンはウイスキーを三、四杯飲むとソファーに寄り掛かり、いつの間にか眠ってしまった。
キャロラインはウイスキーを舌でころがしなが、物思いにひたっている。
「私の脳をジャクソンに移植していてよかたわ、彼なら絶対に出来ない芸当よ。フッフッフ、私が特殊部隊にいたなんてことを知ったら、きっと腰を抜かすわね。私の素性は絶対に分からないはずよ、だって全身整形をして指紋、声帯、髪の色、目の色、骨格、皮膚の色素、歯型まで変えたんですもの、フッフッフ」
グラスごしに、ソファーに眠っている自分の体を見つめ、
「そうねえ、しばらくジャクソンの体でいるのも悪くないわね、フッフッフ、またひと儲けできそうだわ」
結末は最後まで読むべし。