生徒会の守護剣士
「今日も忙しくなるわね!」
彼女の名前は徳大寺瑠璃。金髪を靡かせ青い目を爛々と輝かせていた。学校の四階の角にある部屋で、窓から登校中の生徒を見つつそう言った。ちなみにここから飛び降りたところで彼女が傷一つ付かない自信が僕にはある。
なぜなら生まれた家から始まり、その知能身体能力の高さに容姿端麗五カ国語以上喋る幸運値最大レベルだからだ。
「何、返事は無いの? 田神」
「ええそうですね全くもって暇な日などありませんお嬢様には」
「その通りよ。返事は早くなさい」
「は……」
ずり落ちそうなメガネを人差し指で上げながら、ぼさぼさした髪を整えた後頭を下げる。それに対して僕は正直ここからどころか階段を一段外して降りても何か別のイベントもプラスされるという、巻き込まれ運最大レベルの持主だと自負している。
うちの祖父は言っていた。あのお嬢様に纏わり付かれているうちはどうやっても改善する見込みは無いどころか、悪化するだろうと。
「今日は何をしようかしらね」
「忙しいのですから溜まっている事からしては如何です?」
僕の言葉に目が据わったまま動かない。何が楽しいのか知らないが毎日このやり取りをしている。というかあるはず無いのである。皆点数稼ぎにお嬢様のご希望のお仕事を登校前に処理している。
僕はミジンコレベルで興味が無いので協力はしていない。と言いたいところだが、先輩に相談されたりしているので多少手は貸しているがそれ以上の事はしてない。で、皆何故今居ないのか。答えは簡単である。
成長期でしかもここは進学校である。課題もあるしこの先の事を考えればフツーに勉学に勤しまなければ
置いていかれる。そして何より眠い。どれだけ寝ても眠い。
生徒会というかお嬢様の人気取り事業は先生から頼まれた事のみならず、一般生徒の不満や部費の分配の文句などありとあらゆる事を引き受けていた。結果皆は朝遅刻ギリギリに来るしお嬢様は持て余して御機嫌が悪い。
「嫌味とかつまらない真似をするのね貴方」
「申し訳ありません」
ちなみに一ミリグラムも思った事は無い。こんなクソみたいな状況からいち早く解放されたい。
だのに解放されないのはなぜなのか。勘の良い人で無くとも分かると思うが、その財力である。
当たり前のようにこの学校の理事長はお嬢様の身内だ。それに逆らう事は退学を意味する。理由なんて適当で。いっそ面白いからガチギレさせてやめてやろうかと思った事もある。
が、そうもいかない。妹に自慢できるから取り敢えずこの学校にいなければならない。あのクソ生意気な中坊を捻じ伏せるには、学力は当然ながらこの彩加学園に通い生徒会にも所属しているというステータスが必要なのである。
更にお嬢様にあれやこれやとやっているお陰で、生徒会のナンバー二として先生などからも用事を押しつけられる存在にもなっている。……あまり嬉しい感じではない。
「なら何か新しい事を提案なさい。謝るだけでは
犬の方がまだマシです」
僕の周りの女性という生き物はどうしてこうも文字にしたくないような感じの生き物なのだろうか。新しくて画期的な事を提案できるなら他の事に使うし、お嬢様の暇潰しに割く能力なんて持ち合わせちゃいない。
と言っては身も蓋も無いので考え提案してみる。
「なら一年生達の悩みを聞いたり勉強を教えてみては如何ですか?」
「普通ね」
「ですね。一年生たちは丁度入って来て三か月が経とうとしています。
勉強だったり友達関係の事だったり悩みが具体的に出てくる頃だろうとは
思いますが、普通の事でしたね」
「……そうでしょうね」
うん食いついた。お嬢様にとってはあり得ない悩みである。言葉とは裏腹に目が泳ぎ”え、マジで!?”位のレベルで動揺していた。
「あ、貴方もそういうのがあったのね。言ってくれればよかったのに」
「僕はありません」
きっぱり答えると、面白くなさそうな顔をしてまた窓から下を見る。良いのか悪いのか見た目も普通で身長は低い方、目立つ事はほぼしていないし地道にコツコツやってこの学校に入った。
処世術として目立たずひっそり適度に係わるレベルで交流もしている。お嬢様が付いている以外は。
「仕方が無いから貴方の提案に乗ってあげましょう」
「それはどうも。ですがそろそろ一限目が始まります」
「無為な時を過ごしてしまったわ」
「明日から下級生強化月間とすれば宜しいかと」
「仕方が無いわね」
なんとかこれで一週間くらいは誤魔化せる。表情を変えず、心の中でガッツポーズをした。お嬢様は溜息を吐いた後、髪を手でさらりと流しながら部屋を出て行った。やっと解放だ……。
有り難い事にお嬢様は特進クラス。僕は特進二。特進は特別進学クラスで、学園の評判が上がるような一流大学へ進学する為のクラスである。特進二は一流大学に入れれば良いな位の成績のクラス。
「何してるの? 早くなさい」
出て行った後また戻って来て扉を開けて手招きした。面倒な事この上ない……。見ていないのを良い事に、僕は思い切り嫌な顔をした後、直ぐに顔を戻し外に出てお嬢様を教室まで送り届けた。
――相変わらず面白い事しとりますなぁ――
僕も自分のクラスのある三階へ降りようと廊下を歩いていると、声が掛る。人は誰も居ない。
――いい加減やめたら宜しいのに――
くすくすと笑い声もする。
「鬼ってのは朝昼夜関係無いのかね」
僕が前を見ながら小さな声で言うと、それは目の前にうすぼんやりと現れる。十二単に身を包み白粉を塗った顔、牙と角が無ければただの美人な幽霊である。
――関係ありませんね。お化けではありませんの――
ニヤリと笑うと、袖で口元を隠しケタケタと不愉快な声で笑う。
「いつか本体を見つけて叩いてやる」
――出来る日が来ると宜しいですね。この般若、待ちわびて居りますわ――
「そんな事を言いに出てくるとはね」
――しょうがありません。何せ歩く恨み妬み嫉み製造機が歩いているんですもの――
「……単位落としたくないのになぁ……」
――貴方様はそう言う事とは無縁のはず――
「例外なんていつか無くなるもんさ。で、交換条件は?」
――血を頂きたいのです――
「黒輝石に混ぜてか?」
――勿論。あの日本酒に貴方様の血を一滴頂ければそれで――
「分かった」
――なら始めましょう――
僕は三階へは行かず、屋上へと足を向ける。屋上の扉の前に着くと鍵を取り出し開けて屋上に出る。周りを良く確認し鍵を掛け、白い皿をドアの前と屋上の四方の隅に塩を盛って置く。
「いつでもどうぞ」
俺は真ん中の位置に移動する。
――では参ります――
青白い炎を身の回りに漂わせると、十二単を着ているとは思えないほどのスピードで間合いを詰めてきた。そして僕の前で手を突きだすと、渦を巻いて水が放出される。
僕はそれを懐から取り出した、赤い文字が書かれた紙を突きだして防ぐ。その間に背中に手を回し
「解放せよ黒隕刀」
僕がそう告げると一振りの黒い鞘に柄の日本刀が現れる。水が消えたのを見て即座に抜刀する。
黒光りする刀の刃に鬼が映る。
暫く相対した後、相手は爪を伸ばして襲いかかってきた。それを黒隕刀で捌く。僕の頬や制服が切れるにつれ、相手はテンションを上げてきた。切り返し捌きつつ、タイミングを伺う。
流石鬼。力も強く速度も早い。僕を狙っている状態でなければ逃げられる。
――ではここまで――
どれくらい時間が経ったか分からないが、そう相手が言った後、僕も刀を鞘に納め背に挿して隠す。青白い炎は晴れ渡る空に消えて行った。
――約束、忘れないでおくれやす――
「分かってるよ」
そう言葉を交わすとにこりと笑って消えて行った。僕は一息ついた後皿を片付け下の階に下りる。結局一限目は半分過ぎていたものの、遅刻扱いにはならない。僕がお嬢様に付いている理由。
それは彼女に取り憑いた鬼から彼女を守るため。彼女ほどの幸運を持って生れた人間はそれ以上に恨みなども集めやすい。幼少から謎の病に掛った。あの鬼はその塊のようなものだ。
どういうわけか俺には協力的ではあるものの、隙を見せないよう気をつけてはいる。生憎能力が低いのか、あの鬼に協力してもらわねば彼女に対する怨念を払う事が出来ない。
「面倒な事で」
生徒会室を執務室と改名したお嬢様の部屋で、適当に先輩たちに分ける仕事と放課後お嬢様がするのに適当な仕事を分けている。うちの家は昔々は良い家だったらしいが、戦争で没落して以降お爺ちゃんの古い知恵と先祖代々受け継がれた黒隕刀があるだけだ。
お嬢様に協力する事でその見返りもある。出来れば早く上手く払う方法を見つけたい。
「ああ早く自由になりたい……」
「待たせたわね! 放課後の雑務は何かしら!」
雑務を必死で探している時点で雑務ではないですよ。僕はそう言いたいのを眼鏡を人差し指で押して隠した後
「どうぞ」
と言って笑顔でお嬢様用の仕事を纏めた紙を渡した。熱心に目を通すお嬢様。今日も彼女は平和である。