魑魅魍魎 拾壱
次々と四方より襲い掛かる魑魅を、素早く斬り払いながら、あやめは軽やかに舞う。纏めて結界で捕らえ、一網打尽にするのは容易いが、そもそも魑魅には、これ程自らの身を増やす事など出来ぬはず。ただ穢れから生まれたにしては、この魑魅の操る術には違和感がある。その違和感の正体を掴むため、あやめは魑魅の攻撃を受けながら探っていた。
しかし、切り払えば、血を流して倒れる魑魅。流れ溜まった魑魅の血から、新たな魑魅が生まれ出る。あまり増え過ぎては、幾らあやめとはいえ、危うい。
「この力、お前はまことに魑魅か?答えよ。」
飛びかかってくる魑魅を風刃で薙ぎ、声を上げるあやめ。それに答えは四方の魑魅が答える。
「儂は魑魅よ。魑魅の恨みより、魍魎の絶望の念が儂よ。何より、あの方のお力で己の姿を取り戻せたのじゃ。」
そうか。あやめは呟くと、小太刀を振り上げると、一陣の旋風を起こす。数十匹の魑魅が巻き上げられ、体を切り裂かれながら、空にある結界の境に打ち付けられる。
「所詮、魑魅の穢れより生まれた生成りではないか。あの方とやらが何者か知らぬが、生成りを作って喜ぶ程度のものであろう。」
あやめは声を上げながら、挑発するように声を上げる。
「あの方」が何者かは分からない。だが、明らかに黒幕であろう。穢れの念から山神を生み出さん程の者。何としても聞き出す必要がある。
「ひょうひょう…。あのお方を侮ると、天狗とはいえ許さぬぞ。許さぬぞ…。」
あやめの前後左右から、怒りの篭る声で呟く魑魅。
あやめの後ろに立つ魑魅が、ふらりと動く。あやめはすぐにそれを視界に捉える。そして目を見開き、驚きの色を浮かべる。
魑魅が魑魅を喰らい始めた。その間にも、地面に溜まる魑魅の血から、新たな魑魅が現れる。
一匹、
二匹、
三匹、
その魑魅は、止まる事なく同じ魑魅を喰らい続ける。そしてその体は、徐々に大きくなる。
「出でよ魍魎。」
「ぐううううう」
あやめは声に気付き、辺りを見る。すると、先ほどまではいなかった魍魎の姿。百に届きそうな数の魑魅が、それぞれの魍魎を生み出している。背丈は分身の月丸程。体つきから女児にも見えるが、一矢纏わぬ姿は、腹だけが膨らみ、骨のような手足。しかし、その手にまるで刃のような爪を持ち、かちかちと音を鳴らす。
「何が魍魎。餓鬼ではないか。」
あやめは苛立ちを込め呟く。天狗にとっても、魑魅は尊き山神。そしてその尊い山神に仕える精霊魍魎。その山神の穢れは自ずと形を成すに至った訳ではない様子。餓鬼を生み出し、穢れに染まる目の前の堕神、そしてこのような輩を作り出した者に腹が立つ。
あやめは横薙ぎ一閃。面前に立つ魑魅と魍魎を斬り払う。それと同時に上方、前後左右から魑魅と魍魎が襲い掛かる。
あやめは舞うように
斬り、
薙ぎ、
吹き飛ばす。
だがその数は新たに血溜まりより現れ、減る様子もない。何より、視界の端では、一匹の魍魎が変わらず、別の魑魅を喰らい続けている。その体は既に二十尺(約六メートル)程にも膨れ上がっている。
巨大な魑魅に向け、風刃を飛ばす。しかし、他の魑魅がその身を盾に風刃を止める。べちゃりと地に落ちた魑魅の体を巨大な魑魅が喰らう。異様な光景であった。
「煩わしい!」
あやめは声を荒げると、目の前の魑魅魍魎を纏めて結界に封じると、空いた空間に、とん、と体を移す。後方に向きを変えると、同じ様に辺りの魑魅魍魎を纏めて封じる。
胸の前で小太刀を十字に構え、意識を集中する。そして気合一閃。
「嵐刃!」
纏めて百を超える魑魅魍魎は結界の中を乱れ飛ぶ風の刃を受け、一網打尽に血溜まりへと姿を変えた。
あやめはそのまま、大きく膨れ上がり、異形な姿となった魑魅に向き構える。
既にどれ程の魑魅を喰らったのか、面影はない。目は左右ぎょろりと見開き、焦点が合っていない。膨れ上がった頬は、喰らった魑魅の骨が刺さっているのか、頬の内側から鋭い牙の様に歪に生える。痩せ細った皺だらけの魑魅の面影はない。
体はまるで象の様に膨れ上がり、一足踏み出すたびに地が揺れる。
「ひょうひょう…。儂から生まれしは依代ではなく我自身。今の儂は数十の山神を喰らいし神。天狗などに遅れをとるものか。」
ひょうひょうと高笑う魑魅。いや、魑魅と呼ぶには既に別のものに変わり果てた堕神。辺りの魑魅魍魎は一掃され、あやめは巨大な堕神を睨む。
「魑魅は肉を喰らわぬ。最早、今のお前は魑魅ではない。お前に力を与え、姿を与えた者の名を聞こう。」
あやめは静かに問う。
多くの神や妖を喰らい、その力を我がものとする。あやめは以前、同じくして力を増した死姫と戦っている。油断なく堕神を見据え、構える。
「ひょうひょう…。今の儂は魍魎の力も得ておるわ。ならば肉を喰らうも当然。あのお方が言われたわ。あの憎らしい陰陽師が封じた我が肉体と心、取り戻せば、儂はこの世の全てを吸い尽くす神となる。」
視点の合わぬ目を見開き、堕神は空を見上げ、恍惚の表情でその名を紡ぐ。
「儂は体を取り戻し、あのお方の…月詠様のお役に立つのだ…。」
あやめの表情に、驚きと恐怖の色が浮かぶ。
「月詠…。」
そのあやめの顔色に、赤黒く汚れた歯を剥き出しに、満足そうに笑う堕神。
「儂に力を与えるは天津の神。恐れ慄くが良い。儂に楯突いた罪を悔いながら、大人しく喰われるが良いわ。」
そう言うと、堕神は大きく息を吸い込む。山神であるあやめの魂は吸えない。はずであった。
しかし、あやめは自らに結界を幾重にも張った。魂を吸われる。その感覚を感じたのだ。明らかに先程までの魑魅とは異なる力。あながち堕神の言うことは嘘ではない様であった。
先程までは結界を張ることで、魂を吸われるのを防いだが、この力を外に向けられれば、一帯に張った結界では、この辺りに住む人はひとたまりもなく魂を吸われるであろう。
後ろで糸引く者が分かった。ならば、この堕神が周囲に害を成す前に、早々に討ち祓う必要があった。
「ひょうひょう…。これでも吸えぬかよ。恐ろしきよなぁ天狗。ならばその身を喰ろうてやるわ。」
堕神はどん、と地を蹴ると、その太い体や足からは想像もつかぬ速さであやめの面前に接近する。裂けたように大きく広がる口があやめを喰らおうと迫る。
あやめは二刀の小太刀でその口を抑えるが、堕神の勢いに押されて後ろに吹き飛び、自ら張った結界にぶつかり地に膝を付いた。
「ひょうひょう!最早儂の方が強いではないか。散々斬ってくれた礼に、手足からゆっくりと喰ってやろう。」
あやめを吹き飛ばし、勢い付いたのか、機嫌良く堕神が声を上げると、再度、あやめに向かって口を広げ襲い掛かる。
結界を背にあやめはにやりと笑う。堕神の気はこちらに向いている。魂を吸うと言う手段が堕神の頭から離れている。あやめの目論見通りである。
あやめは結界にもたれながら、小太刀で堕神の歯を抑える。ぎりぎりと音を立てながら、徐々に押してくる堕神。
「ほれほれ。天狗とは言え、所詮は女か。力では勝てぬなぁ。」
堕神は卑下た笑みを浮かべる。
刹那。
あやめは背の結界に両足をとんと置くと、そのまま結界を蹴る。それと同時に小太刀に風刃を纏わせ、一気に堕神を押す。
ごりごり
不快な音を立てて、堕神の剥き出しの歯が折れ、頬から後頭部にかけて、あやめの小太刀が切り裂いた。
あやめは地に足をつけると、堕神に向き直り、精神を集中する。両の翼を大きく広げ、二刀の小太刀を前に構える。
次の瞬間、空高く舞い上げた魑魅魍魎の結界の玉が、堕神目掛けて落ちてきた。
それを見計らい、辺りに張ったあやめの結界が消える。結界に割いていた力を全て戻し、一撃で決着させる気であった。無論、社に預けた結界も解けるであろうが、月丸がなんとかしてくれる。そう思った。
「天狗が一族、あやめが名において、山神魑魅が放ち穢れ。今祓おう。」
あやめが一言、零した刹那。
結界から放たれた百近い魑魅魍魎の肉片と血と共に、堕神の周りを轟々と風が巻き包む。それはまるでその場に留まる竜巻のように、一つの風の柱となる。その柱の中は、恐ろしいほど強い風が吹き荒れ、中の者はずたずたに切り裂かれる。そして、やがて風の柱の中に真空を作り出す。
徐々に柱は小さくなってゆく。やがて、まるで小さな小豆ほどの大きさとなり、静かに消失した。消えたのを見届け、あやめは手を下ろすと、辺りの気配を探るように目を閉じた。
辺りは既に夜の静けさが戻っている。
あやめの体がすっと空に浮き、辺りを見回せるほどの高さに留まると、眼を開く。あやめは黄金の瞳で周囲を見回す。既に魑魅と思える気配も、姿も最早ない。
「生成りの堕神如きでこれ程疲れては、地の守護者としてはまだまだね。」
あやめは一人、呟くと、すぅと、地に降りる。それと同時に翼は消え、狩衣姿はブラウスとスカートに変わっていた。
「ふう。」
社まで飛べる気は残っていない。あやめはそのまま、早足に月丸達の元へと戻った。




