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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第捌幕 魑魅魍魎
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魑魅魍魎 玖

 あやめと雄座は、その不気味な声に慌て辺りを見回した。辺りはいつもと変わりのない穏やかな境内。大通りに灯る街灯の明かりと薄ら雲に隠れた月明かりで照らされた、手入れの行き届いた境内。


「...月丸。今の声...見つけたと...。」


  雄座の呟くような小さな声に月丸はゆっくりと鳥居に目を向けながら言う。


「あやめが討ったのは間違いなく魑魅であった。知らぬ自分が情けない。魑魅(あやつ) はどうやら己と全く同じ依り代を生めるようだな。ほら。」


 月丸に促され、雄座とあやめは同じく鳥居の方に目をやり、顔を引きつらせる。

鳥居の外、決して広くはない通り一帯に蠢く影。それは一つではない。数重の犬のような影が鳥居の前の通りにうろついている。目を凝らしていたあやめが呟く。


「魑魅...」


 暗がりでよくは見えていない雄座も驚くようにあやめを見る。先ほどあやめが運んできた血だまりの結界。あれこそ魑魅であったはず。しかし、鳥居の前をうろつく全ての影もまた、魑魅とでもいうのか。驚きと不気味な光景を目にして、雄座は鳥居から目を離せない。


「月丸さん...。やつら全員が依り代ということですか?」


 いつの間にか小太刀を両手に握り締め、あやめが目線を移すことなく尋ねる。


「そのようだな。これは厄介だ。本体の魑魅を見つけぬ限り、埒が明かない。」


 月丸の言葉を聞きながら、あやめはふと思い出す。空から魑魅を見つけたとき、確かに野良犬の断末魔の声を聴いた。それは魑魅が魂を喰らったからであると思っていたが、野良犬を依り代として自分自身を増やしていたのだろう。


 そう思うと、浅はかであった自分に腹が立つ。


「私が行きます。月丸さんは雄座さんを。」


 そう言うと、あやめは驚くほどの速さで鳥居を飛び出した。その途端、鳥居の前に居た影が一斉にあやめに飛び掛かる。


 鳥居から飛び出しあやめが見たもの。それは、二十を超える魑魅であった。その姿は、

全て、先ほど見た老人の顔、汚れた体毛幾分も変わりがない。違いがあるとすれば、同じ顔、同じ体の魑魅が、まるで分身したかのように道を埋め尽くす。


「これだけ居て気配がないとは…本当に不気味。」


 あやめは冷静に魑魅らを覆い包むように結界を張ると、先ほど同様、結界を空高く舞

い上げた。その光景を、境内から雄座は見る。


「月丸…あやめさんは何故魑魅達を空に上げたのだ?」


 雄座の問いに月丸も目を移すことなく、空に舞った結界を見ながら答えた。


「魑魅はその近くに居る生きた者の魂を吸い取る。詳しくは知らぬが、その範囲は一町か二町か。あやめは空に上げることで魂を吸わせぬようにしているのであろう。空を舞う天狗らしい戦い方だな。」


 雄座はふと、不安を口にする。


「あやめさん、大丈夫だよな?」


 月丸はこくりと頷く。


「大丈夫だ。心配するな。お前が思う以上に、あやめは強いんだぞ。」


 月丸の言葉を聞きながら、雄座は空を見上げる。空高く、白く光るあやめの姿はあまりに小さく、何をしているかまでは見えないが、あやめを信じて待つしかない。


 そんな雄座の視界の端に、それは見えた。


「おい…、月丸…。」






「嵐刃」


 あやめは躊躇いなく、結界に閉じ込めた魑魅達を肉片すら残らぬかのように切り裂いた。先程と同様、結界の中の生気が消えたのを確認すると、結界に向けて両手を広げかざす。

 かざした手を、ぱん、と合わせる。すると、途端に結界は小さくなり、鞠のように小さくなった。


「また、月丸さんに焼いてもらわないと…。」


 赤く染まった結界を浮かせたまま、あやめは地に舞い降りる。


「これは…。」


 先程同様、神社の前の通りを魑魅が埋める。あやめは再び、通りを占める魑魅を覆い尽くす結界を張ると、再び空へと舞い上げた。


「本物を見つけないと、止め処ないわね。」


 深くため息をつきながら、辺りを見回す。しかし、新たな魑魅は現れない。あやめは地に立ったまま、空を舞う魑魅を包んだ結界に向けて手をかざす。


「嵐刃」


 その瞬間、通りの建物の隙間から、わらわらと魑魅が現れた。

 あやめは冷静にその光景を見る。


「天狗ぞ…天狗ぞ…喰えぬ魂じゃ」


「天狗ぞ…恨めしい奴ぞ。」


「魂が喰えぬなら、噛み殺してしまえ。」


 よく聴けば、それぞれの魑魅が不気味に呟いていた。


「本体…まさか、封印の魑魅であるナナシちゃん…。なんて事はないでしょうし、さて、どうするか。」





「おい、月丸…またぞろぞろと現れているぞ。あやめさん、本当に大丈夫かなぁ。」


 鳥居の外で、あやめが滅する側から現れる魑魅の不気味さに、雄座は不安の色を見せる。

 月丸も、鳥居から僅かに見える光景から目を逸らさず、つと、呟く。


「魍魎が…居ない?」





 あやめは再三、襲いかかる魑魅を小太刀で薙ぎつつ、結界で包み空へと舞い上げる。


「そう言えば…魍魎の姿が見えない。」


 あやめは、辺りを見回す。何者の姿もない。本来、山神である魑魅は死に苦しむ者の魂を吸い浄化し、その体を魍魎が喰らい、この世の未練から解き放つ。その為、穢れようとも、魍魎が側にいるはずであった。しかし、今、この依代達の側には魍魎の姿はない。


「何処?何処かに魍魎を従えた本物の魑魅が居る…。」


 あやめは大きな翼をばさりと羽ばたかせると、空へと舞い上がった。


 あやめが浮かせた結界の中の魑魅は、結界を破ろうと空で暴れている。しかし、あやめは見向きもしない。この魑魅を討てば、再び湧いてくる。恐らく、穢れた魑魅が扱える依代の数は決まっているのだろう。

 先程、封じて、時間を開けて討った際にも、討たれるまでは新たな魑魅は現れなかった。現に、今も新たな魑魅は湧いていない。ならば、依代はさて置き、本物を探すのを優先した。




「おい、月丸。あやめさんが別の方に飛んでいってしまったぞ。」


 あやめの行動が理解できぬ雄座が、先程以上に不安な顔を浮かべて月丸に尋ねる。


「依代を封じて、本物の穢れた魑魅を探しに行ったのだろう。恐らくだが、魑魅が操れる依代が、これ以上現れないと判断したのではないかな?」


 月丸は空に浮くあやめの結界に目を向けながら雄座に応えた。結界の中で、魑魅が蠢いているのが僅かに見て取れる。あやめの思い切りの良さに感心する。

 月丸はふと、笑みを浮かべると雄座に向かった。


「この地を守護する天狗の姫直々に応じて頂いているのだ。安心して任せておこう。」


 月丸が持つあやめへの信頼を感じ、雄座の表情から不安の色が消える。あやめへの信頼が、自分の事のように嬉しく感じた。


「月丸が安心して任せているなら、俺も同じだ。婦人であっても、天狗の姫だものな。」


 雄座は改めて空を見上げる。

 遠くからでも、淡い月明かりに照らされ、一つの赤く染まる球。最初の結界はあやめが鞠ほどの大きさにしたため、雄座からは見えない。そしてもう一つ。大きな玉のような結界の中で黒く蠢く影。


「とは言え、あの光景は不気味なものだな。」


 誰に言うでもなく、雄座は呟いた。




 あやめは丁度、銀座四丁目の時計台の上で止まった。

 目を閉じ、小太刀を胸の前で上に立て、精神を集中する。ほんの僅かの時間、あやめが動きを止めた。そして、かっと目を開く。その瞳はいつもの黒く輝く美しい瞳ではなく、黄金の輝きを持つ瞳となっている。


 千里を見通す目。


 千里眼とも呼ばれるその能力は、天狗一族にも存在する。しかし、それを使えるのは、族長である伝説の天狗、鞍馬天狗の他に僅かである。鞍馬程にもなれば、常に千里眼が開いているが、あやめは術により、一時、その力を使うことができた。


 その力は、遠くを見通せるだけではなく、神も、妖も、地を流る気の流れさえも見通せる力である。修行を積んだ祖父、鞍馬天狗であれば、その力は、未来すらも見えると言う。

 今のあやめではそこまでの力はないが、見えぬ神の気配を見つけることくらいはできるだろう。


 あやめは目を見開き、周囲を見回す。その目には、あやめの気配に気付き、慌て隠れる悪妖、恐れるか弱い妖、精霊、大きな妖気があやめと知り、安堵する精霊、様々な姿が映る。


 その中。


 汐留川の下流、汐先橋の辺り。

 ボロを纏った幼い女児と、その隣に座る大型犬の様な影。だが、その大型犬の顔は、先程まで何匹も見せられたあの顔である。


「魍魎…あんなに幼い女の子なの?」


 あやめの気配は察しているが、何をしているのかは分からないのであろう。魑魅は大きな欠伸をしつつ、首を傾げている。そんな魑魅の背の毛を魍魎が手で梳かしている。


「討つ。」


 あやめは目を戻し、一言溢すと、ばさりと翼を羽ばたかせて、一直線に魑魅と魍魎に目掛けた。


 突然空から現れた天狗に驚く魍魎と、さして気にする素振りのない魑魅。何事もない様に魑魅があやめに語りかける。


「来おった。先程壁から出てきた天狗じゃ。儂等を討ちに来たか?山神を討つかよ?」


 あやめは静かに小太刀を両手に構える。


「山神ならば、山に暮らせばよかったのだ。町に降りるからだ。」


 歯を剥き出し、低く唸りながら威嚇する魍魎を魑魅が宥める。


「お前は先程依代を送った場所に行くが良い。幸い、この天狗が空に目印を置いておるわ。ほら、行ってこい。」


 魑魅の言葉に、駆け出す魍魎。


「行かせるものか!」


 駆ける魍魎に向けて、風の刃を飛ばすあやめ。その刃が魍魎に届かんとする時、魍魎を押して風の刃を受けたのは魑魅であった。


「早く行けい」


 魑魅は再び魍魎を促すと、魍魎はそのまま駆けて行った。


「ひょうひょう。魍魎を行かせてくれるか。天狗。有難いのう。」


 そう言う魑魅の体は、あやめの風の刃を受け、大きく切り裂かれている。だが、魑魅に臆した様子はない。


魑魅おまえを討てば、魍魎は消えるであろう?お前は今すぐ討つ。自然と消える魍魎を追う必要はない。」


 あやめの言葉を聞きながら、辺りを見廻す魑魅。


「結界が張られておるわ。流石は天狗よ。忌々しや…。あれだけあった魂の気を感じなくなった。」


 あやめは既に辺りに結界を張り、魑魅が魂を喰らうのを阻止していた。これで、裂かれた体を癒す事も叶わない。

 あやめは魑魅に問う。


「一つ問う。お前は山神魑魅の穢れから生まれし者か?これ以上、悪しき行いを見過ごすわけには参らぬ。」


 あやめの問いに、魑魅はひょうひょうと不気味な笑い声を上げ答える。


「儂は魑魅よ。穢れとは見縊られたものよ。確かに魑魅は陰陽師によって封じられておるわ。ならば今、ここにいる儂が、魑魅ではないか。呆けたか?天狗。」


 そう言うと、突如笑いを止め、あやめに襲い掛かった。

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