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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第陸幕 しき
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しき 終幕

「月丸…。道満殿は何処に?今のは一体…。」


 我に帰った雄座は、道満達が居た場所をただ見つめて呟いた。

 月丸はあの光を知っていた。付喪神が、師の吉房とすずの想いを形にして、月丸に会わせてくれたことがある。恐らく、晴明の強い思いの篭った物を道満が持っていたのであろう。そして付喪神が道満を憐んでか、現化させたのだと理解した


「道満が最も待ち望んでいた友、安倍晴明が迎えに来てくれたんだよ。晴明は魂を無に還す事なく、道満が安らぐ場所。自らの元に連れて行ったのだろう。」


 雄座とあやめは道満たちの消えた場所を見つめながら月丸の話を聞いていた。


「先程、道満から聞いた話を聞かせてやろう。」


 月丸は火鉢の前に座ると、つられて二人も火鉢を囲んで座る。そして道満から聞いた話を雄座とあやめに伝えた。


 安倍晴明の友であったこと。


 安倍晴明も妖霊であったこと。


 晴明が呪いにより操られ、壊れてしまったこと。


 道満が晴明との約束を果たすため、壊れた晴明を手に掛けたこと。


 伯道上人の企てにより、傀儡として蘇った晴明に、道満が死を賭して心を宿したこと。


 晴明の仇を討つため、死姫の力により屍人となったこと。





 一通り月丸が話し終えると、雄座は目を瞑り黙した。あやめも俯き、黙っている。


「道満は晴明の思いが残る物をその身に持っていたのだろう。その思いは晴明の姿と成し、友との約束を果たしたのだろう。」


 晴明を姿取ったのは、雄座の持つ万年筆の付喪神である。雄座の、道満の魂を救いたいと言う気持ちが、雄座の付喪神ははを動かしたのであろう。

 その慈悲に、月丸は密かに感謝した。


 月丸はふと、雄座の手にする巻物に気付く。


「雄座…。それは?」


 雄座は月丸の話を聞き、改めて託された巻物の重大さを知る。金烏玉兎集。秘術書であり、妖霊の討ち方が記されている晴明の書。


「道満殿に託された。金烏玉兎集だそうだ。」


 月丸は、そうか、と短く答えたのみであった。

 道満が自らと同じ、妖霊の友として、雄座に自らの姿を重ね見たのであろうか。


「大事にしろよ。雄座。伝説の陰陽師の秘術を託されたのだから。」


 月丸はにこりと笑って言う。だが雄座は金烏玉兎集に目を落としたまま、静かに語った。


「辛かったろうな。道満殿。悔しかったろうな。だが、道満殿の友を思う気持ちがあの様な奇跡を呼んだのだろうな。」


 ぽたりぽたりと雄座の持つ金烏玉兎集に涙が落ちた。そんな雄座を見ながら、月丸は優しく言葉を紡ぐ。


「道満は余程優しい男であったのだろう。友の、晴明の願いを叶えるために自らの苦痛を甘んじて受け、友の無念も悲しみも、全てを背負ってきたのだから。」


 雄座は月丸の言葉を聞きながら、金烏玉兎集を握りしめ、道満を想い黙する。


「その様な方を操り、罪を重ねさせるなど…。死姫は黄泉神でありながら酷い事をする。」


 あやめがぼそりと呟いた。しかし、月丸が首を横に振る。


「死姫は恐らく、最初は道満を哀れと思って力を貸そうとしたのではないかな。道満に討たれた伯道上人も黄泉神と言っておった。黄泉神であれば、地で討たれようとも、黄泉比良坂に還るのみ。

道満が屍人となり、黄泉に戻った伯道上人とその一派を討ち、死姫は其奴らを消し去る為に霊気を吸ったのであろう。その者たちの悪しき欲望と共にな。その欲に飲まれ、死姫は力を蓄え、黄泉を我が物としようとした。」


 あやめは首を傾げる。


「ですが、あの者から感じる邪悪な気配は、呪いの類ではなく、あの者自身の…。」


 あやめの言葉を遮り、月丸が言葉を続ける。


「死姫は吸った力を己がものとする。伯道上人の力を吸う事で、心を侵されてしまったのだろう。死姫は吸った力を直ぐに己が力とするそうだ。なのに俺の術も、あやめの術も使いこなせなかった。」


 あやめははっとする。確かに死姫の妖気は自分を遥かに上回るものであったが、操る術はあまりにも稚拙であった。


「伯道上人が死姫を操りきれなかったか、死姫の黄泉神としての誇りがそうさせたのか…。今となっては判らぬがね。」


 月丸はあやめに苦笑いを浮かべ、言う。


「あれが数多の妖の力を吸ったまことの死姫であれば、あやめも俺も危うかったであろうよ。吸った力を使わず、瘴気程度しか操れぬのを見て、そう感じた。」


 あやめも、月丸の笑みにつられ、頬が緩む。


「私も、月丸さんに比べたらまだまだ未熟なのですね。そこまで察する事は、あの場では出来ませんでした。」


 あやめから笑みが消え、また俯く。


「ならば死姫も壊された者。月丸さんに止めてもらえたのはせめてもの救いだと思いたいですね。」


「そうだと良いな。」


 雄座は二人の会話を耳に入れながらも、道満がなぜ金烏玉兎集を自分に託したのか、その意味を考えていた。


 道満と同じ様に、月丸がもし壊れた時、俺の手で止めさせるためか。


 陰陽の術を身につけ、友として月丸を守れる程の力を付けよと言うことか。


 妖霊が何たるかを俺に教えるためか。


 様々な事が頭を過ぎるが、今となっては真意はわからない。


「月丸よ。お前は俺の無二の友だ。道満殿の様に力もなく、お前を守る技も持たない。だがお前の友でいたい。」


 雄座の突然の言葉に、月丸は目を丸くする。だが、雄座の心意気を感じ、ふっと笑う。


「お前は本当に…、良い男だな。」


 あやめも月丸に同意する様に頷く。

 月丸は先程、道満が使っていた盃を手に取り、自らで酒を注いだ。そしてそのまま、盃を掲げた。


「俺は雄座の様な優しさはない。お前がいなければ力を使うこともできない。だが俺も命尽きるまで、尽きようとも、雄座を守れる友でありたい。」


 月丸は掲げた盃を口に運んだ。雄座は俯きながらこくり、こくりと頷いた。

 既に時刻は午前三時を回っていた。外から聞こえる飄々という風の音が部屋を満たす。風の音以外、まるで晴明と道満を追悼する如く、長い沈黙が続いた。





「死姫が求めた百鬼夜行は、この社に封じてあるのだ。」


 静寂を破ったのは月丸であった。雄座は月丸の声にふと、顔を上げた。


「百鬼夜行…。晴明の逸話にも出ていたな。魑魅魍魎が闊歩し、人や動物を喰らうのであったな。死姫や道満殿は何故そんなものを…。」


 雄座の言葉に、あやめが返した。


「それは物語の話。本当の百鬼夜行は、神も妖も人も、全てを飲み込み、狂わせ、この世のことわりを踏み躙る恐ろしい呪いの事です。」


 雄座は、ただ黙って聞いていた。そして月丸が静かに語る。


「雄座よ。お前には隠さずに話しておこう。」


 いつになく真面目に語る月丸に、雄座もこくりと頷いた。


「百鬼夜行は人が作りし最大の呪いだ。憎悪、嫉み、怨み…。人が持つその感情は、やがて一人の悪神を生み出した。その悪神は生ある者を求めて地を巡り、近付く者全てを負の感情で満たす。人だけでなく、獣も、妖も、神ですら。」


 古来より語られる百鬼夜行は人の感情が作り上げた呪いである事に雄座は驚く。


「神も、人の感情に取り憑かれるのか?」


 雄座の問いに頷く月丸。


「負の感情は連鎖する。最初の悪神は目に入る者を憎悪と怨念を込めて魂を喰らう。食らわれた者はその憎悪と怨念を持ってまた別の者を喰らう。やがて、それを繰り返すうちに、地上の全てが狂気に飲み込まれる。神であろうが、その連鎖からは逃れられぬ。」


 月丸の言葉を聞きながら、雄座は思う。突然命を奪われれば、それは口惜しいであろうし、怨みも持とう。その感情が広がって行くことも、理解できないわけではない。


「その様な恐ろしい呪いを、死姫は何故欲したのだ?」


 雄座の問いに、月丸が答えた。


「魂を百鬼夜行に喰らわせ、自分は霊気を取り込もうとしたのだろう。そうすれば、労せずに力だけを奪える。もっとも…。」


 月丸は言いかけると、一口、酒を含んだ。


「死姫であっても、百鬼夜行の呪縛に捕らえられるであろうがな。」


 むう。小さく声を上げると、雄座は押し鎮まった。古伝や物語などに出てくる百鬼夜行は、多くの魑魅魍魎が練り歩き、出会した生者を食い散らかし恐れられた。それが、生者だけではなく、神も、妖もその餌食となると知れば、恐ろしく、語る言葉も出なかった。


 月丸はふう、と息を溢すと、付け加えた。

 

「最も強大となった百鬼夜行を、師の吉房と俺でここに封じたのだ。そして長い年月を掛け、呪を解いているのだよ。」


 雄座は月丸と出会ったときに聞いた言葉を思い出す。


 (この地に住みし、諸々の妖の魂を座するための神社)


「この神社に……。百鬼夜行が…。」


 雄座のつぶやきに月丸は頷いた。静かに聞いていたあやめが、月丸に尋ねた。


鞍馬天狗おじい様に聞いたことがあります。数百年前、日本全てをその呪いにかけ、その呪いによって飢饉や戦が起こり、多くの者が命を落としたと。何者かが封じたとは聞いていましたが、まさか月丸さんだとは……。」


 月丸はにこりと笑うと、俯きながら言葉を続けた。


「封じて以来、人と交わることもなかった。何故雄座やあやめがこの社に入れたかは知らぬが、俺はうれしかった。だからお前たちを大事にしたい。俺が守れる限り、お前たちを守りたいというのが俺の願いだ。だから雄座よ。その俺の願いを叶えるため、これからも力を貸しておくれ。」

 

 雄座は強く頷き、あやめもまた、月丸の言葉に頭を下げた。



 冬の遅い日の出がゆっくりと辺りの景色を浮き立たせ始め、月丸と雄座、あやめの長い夜がようやくと終わりを告げた。


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