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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第陸幕 しき
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しき 拾

 雄座は静かに右の手を道満に差し出した。


「俺の手をとってくれ。」


 道満はそれを見て、くく、と笑いをこぼすと、雄座に問いかけた。


「無造作に手を出すものだな。その手を千切られるとは思わぬか?」


 道満の言葉に雄座は自分の頬を冷や汗が落ちるのを感じた。


「まぁ、結界を破り入るよりも、お主の言うとおりにした方が話が早そうだな。」


 道満は言い終えると同じく、雄座の手を握った。


「では、ついて来てください。」


 そう言うと雄座は道満を連れ、鳥居をくぐった。真夜中であるが、薄い月明かりに照らされ、拝殿が、燈篭が、手水場が、輪郭を浮かばせ、境内に生える木々が、影と月明かりを分ち、幻想的な光景を見せる。


「ほう」


 道満は辺りを見回すと、短く声を上げた。それと同時に、ばちん、と雄座は後ろから頭を叩かれ、道満の手を離して頭を抑えた。


「痛いじゃないか。何をする月丸!」


 頭を抑えながら振り向くと、目に涙を浮かべ、眉間に皺を寄せる月丸の姿。


「お前は馬鹿なのか?道満はお前を狙った相手なのだぞ!陰陽の者相手に無防備に姿を見せるとは、死にたいのか!」


 月丸は雄座の胸を掴むと、怒ったように言い放った。


「すまん月丸。俺に何が出来るか考えて、もしや、道満殿は話を聞いてくれるかもと思って、つい…。」


 頭を抑えながら雄座は軽く答えた。


「つい、で、もし殺されていたら、それこそ馬鹿だ。お前に何かあったら俺は……」


 月丸の言葉を道満が遮った。


「其奴が術者であれば、殺しておったわ。だが、力もなくば、俺に向かって名乗る程、愚かな者故、話を聞いてやったのよ。」


 月丸が驚いた顔で雄座を見上げる。


「お前、道満に名乗ったのか?」


 月丸の言葉に雄座はたじろぎながらこくりと頷く。


「先ずは自己紹介を、と思ったのだが、駄目だったのか?」


 雄座が言い終わるやいなや、雄座の体の周りを淡い光が包み込んだ。何度か見た月丸の結界である。


「良いか?名は命だ。陰陽師にしてみれば、その名に呪をかけ、何時でも命を奪えるのだぞ。」


 月丸の言葉に雄座の顔が引きつる。既に、道満に命を握られていたのだと気付いた。それと同時に、月丸が先程施した結界の意味を理解した。道満の呪から守るためであろう。


 雄座は思い付きでとった行動で、月丸をこれ程取り乱し、そしてどれほど危険な事をしたかと、反省に肩を落とした。そんな雄座を見て、月丸は大きなため息を吐いた。


「もう良い。無事で何よりだ。結界を張った。既に道満の呪はお前には届かぬ。もう、大丈夫だ。」


 そう言うと月丸は道満に向き直した。


「よくぞ雄座を生かしてくれた。礼を言う。芦屋道満。」


 月丸の言葉に道満は堰を切ったように大笑いした。


「がはは。自分を討ちに来た相手に礼を述べるとは、お主も其奴の事を言えたものではないな。似た者同士、馬鹿者同士、友と言うのも嘘では無さそうだな。」


 一頻り笑うと、道満は目深にかぶる鍔広の帽子を取った。初めて見る道満の素顔。雄座の知る物語に現るる芦屋道満は、どの書にも、白髪、埃まみれのぼうぼうとした髪に、怪しく鋭い目つきの老人である。しかし、目の前に現れたるは、年の頃なら三十歳前後、髪は乱雑に後ろで縛っているが、艶のある黒髪、目付き鋭く、鼻筋がずっと伸び、彫り深い美丈夫である。


「随分と若いな。儂などと言うから、年寄りかと思った。」


 月丸が道満を見て言う。雄座もほろりと口を動かす。


「ああ、俺の知る芦屋道満も、老人であったよ。」


 二人の言葉を聞き、道満が言う。


「死した時は最早じじいよ。死姫より黄泉返された時に、最も強き歳に戻されたようでな。」


 帽子を地に投げ捨てると、道満は雄座を見た。


「さて、儂と話をしたかったのだろう?馬鹿どもに免じて聞いてやろう。」


 雄座は道満の言葉にほっと安堵の顔を浮かべるが、月丸が雄座の前に守るように立った。


「先ず聞きたい。何故雄座を狙った?」


 月丸からは何時もの微笑みが消え、道満を見据えながら問う。


「死姫は妖怪、精霊からその霊気を吸い取り、己が力とできる。昨日の其奴からは、およそ並の妖怪とは思えぬ力を放っておった故、死姫の餌としようとしたまで。」


 道満は隠すことなく月丸の問いに答える。月丸からは雄座に視線を移し、言葉を続ける。


「今見れば、お主ではなく、お主から付喪の気配を感じる。恐らくそれであったか。夕刻の男はお前じゃな?」


 月丸に視線を移しながら道満が問い、月丸はこくりと頷いた。月丸の応えに道満はうむと頷くと、言葉を続ける。


「安心せい。妖霊。もうその男に興味はない。用があるのはお主だけよ。」


 辺りを見回し、更に言葉を続ける。


「この様な地。今まで見たことがないわ。妖霊、お主の気もさることながら、これは、神、人、妖怪の祈りの力を感じる。ここはまるで、伝説に聞く高天原の如くじゃな。」


 月丸は道満を睨む。


「改めて問いたい。何故、百鬼夜行を望む?」


 月丸の問いに道満がふん、と鼻を鳴らし応える。


「百鬼夜行を望むは死姫よ。彼奴は黄泉比良坂に巣食い死者の魂を吸い、その力とする神だ。どうせ力と成す多くの魂を得るのに、百鬼夜行を解きたいのだろうよ。」


 さも、下らぬ事と、言わんばかりに応える道満に、雄座が月丸の背から口を挟んだ。


「道満殿。その、死姫とは一緒にいた娘だろう?貴方の味方ではないのか?」


 月丸も同じ事を考えた。道満の言い草は、まるで死姫は興味の対象ではなく、まるで赤の他人のことを言っている様である。


「味方?死姫は死した俺をこの苦痛な世に戻しおった憎き相手よ。だが困った事に、彼奴の命令には逆らえぬ様でな。およそつまらぬ百鬼夜行探しなどを数百年も付き合わされておる。儂から見れば、死姫も敵よ。」


 月丸は道満の言葉に納得した。夕刻に手を合わせた時も、仕事の様に淡々としていた。死姫が現れた際には、既に戦おうともしなかった。死姫の命を渋々聞いていたためなのだろう。月丸は改めて道満に問うた。


「百鬼夜行でなければお前の望みは何なのだ?」


 月丸の言葉に、嬉々とした表情を浮かべる道満。


「儂の望みはただ一つ。妖霊よ。お主との手合わせを所望する。」


 道満はそう言うと、懐から符を取り出し、月丸に向け放つと、符はまるで生き物のように月丸に向かってゆく。そして、瞬きする間に、符は巨大な火蛇へと姿を変え、月丸に襲い掛かった。

 月丸は結界を張るでもなく、避ける訳でもなく、一睨みすると、巨大な火蛇は瞬く間に消えた。


 唐突に行われた道満の術に、雄座はただ唖然としていた。伝説の陰陽師と妖霊。二人の会話に入ることは出来なかったが、少なくも道満が既に月丸以外興味を示していない事から、道満の言葉に嘘はないのであろうと思われる。しかし、雄座の知る物語では、道満と妖霊の接点などない。これ程手合いを求めるのも不自然に思えた。ただ眺めていた雄座に月丸が振り返る。


「少し時間を貰う。すまないが雄座。俺の分身と共にあやめのところへ行ってくれないか?」


 月丸は道満に向き直る。


「芦屋道満よ。お前の望み、叶えてやる。ただし、ほんの少しだけ待ってもらって良いか?」


 月丸と道満。二人は暫し睨み合うと、道満は新たに手にした符を懐に戻し、腕を組んだ。月丸は道満に背を向け、鳥居の側にある梅の木の枝を使って分身を作り上げた。銀色の髪は淡く紅色を帯びた、いつもの分身、幼い月丸が姿を見せる。


 幼い月丸は雄座の元へ行くと、雄座の手を取る。


「仔細はあやめの元に向かいながら話そう。行こう。雄座。」


 分身の言葉に、雄座は月丸自身を見る。月丸は雄座の視線に一つ頷くと、雄座も頷き返し鳥居の側へ振り向いた。


「行こう。」


 そう言うと、雄座は分身と共に、小走りに鳥居を抜けて行った。やがて二人の姿が見えなくなると、月丸は道満に向き直し、対峙する。


「さて、待たせたな。芦屋道満。やろうか。」


 月丸の言葉に、道満はふん、と笑い、懐より三枚の符を取り出した。


「あの童は式か?」


 道満の問い。月丸が答える。


「あれも俺自身だ。」


 道満は更に問う。


「死姫の元へ行くのか?力を分けて、お主は存分にやりあえるのか?」


 月丸が応える。


「案ずるな。この俺の力は変わらんよ。」


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