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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第四幕 河童化け
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河童化け 伍

「美味しい。本当にじゃがいもなのか?中がふわふわしてる。」


 一口頬張ると、月丸は目を丸くして雄座に尋ねた。雄座もうんと頷く。


「俺もあんまり洋食は詳しくないのだが、美味いだろう。前に食った時、驚いたよ。ただ、ここの店のコロッケは本当に美味い。」





 とはいえ、このご時世、コロッケは高級料理の一つである。雄座も実は一度だけしか食べたことがない。

 肉や魚がふんだんに使われる通常のコロッケは、中々庶民には手が出ない。その為、ジャガイモをすり潰し、人参やエンドウ豆を細かく切って一緒に練って作られたコロッケは、値段も手頃で味も良く、庶民にはありがたい存在である。ただ、連歌亭も名の通った名店である。この店でそんなケチな注文をするものはいない。しかし、雄座は注文するときに

「この子は肉を食べることができないので。」

そう前置きして注文した。店員には外国人にしか見えない月丸が、肉を食べることができないとなると、宗教上の問題なのだろうと勝手に納得した。こうして、名店で作られる高級な味を安価に味わうこととなったのだが、これは雄座も知らぬ話。



 月丸はすっかりコロッケに魅了されたかのように、あやめから学んだフォークとナイフを使いながら綺麗に切り取り、口に運び、満面の笑みを浮かべる。

 そんな姿は雄座もあやめも、満足させるに十分なものであった。月丸の姿に満足しつつも、ふと我に帰った雄座があやめに問う。


「銀座にいなければならない。和代さんはそう言ったのだよな。それは天狐の力に繋がるものなのかい?」


 雄座が尋ねると、あやめもこくりと頷く。


「時々あるのよ。まるで人に聞いたかのような話し方になるの。「〜しなければならないそうよ。」、「〜して欲しいのだそう。」。

こういう時は大体その通りになるの。これって和代様が誰かに言われているような気がするの。」


 和代が言うのではなく、誰かの言葉を伝えていると言うことであろうか。それならば、天狐の力が和代にとって必要な事を他の者に伝える為に、和代自身に語りかけているのかもしれない。ただ、雄座には本当の事が解らない。月丸を見ると、コロッケを頬張りながら、うん。と頷く。ならばあやめの言うことも概ねその通りなのだろうか。


「ならば、俺たちがあやめさんを探すのを天狐は知っていたのだろうな。それで和代さんを通じて、銀座に送り出してくれたのか。」


 納得とともに雄座の口から溢れる。あやめも頷き、同意する。


「和代様の側には銀色の小さな猫がいるの。勝手に住み着いたらしいんだけど、屋敷でも、外出先でも、和代様の側にいて。きっと天狐の御使なのではないかと思うの。」


「あぁ、それは俺の式神だ。」


 あやめの言葉に続けた月丸にあやめも雄座も月丸に視線を向ける。二人の視線を受けてしまい、雄座とあやめを交互に見回す。慌てたようにあやめが問う。


「え?御妖霊の守護があるなら、私が和代様の側にいる理由が無くなるではありませんか。」


 あやめの言葉に月丸が答える。


「あれは俺の目としての式神だ。無から作っているから、俺の依り代としては使えないのだよ。何かあった時はお前さんに任せるよ。」


 何でもないことのように答えると、目を丸くするあやめをよそに、付け合わせのトマトを口に含んだ。複雑な表情を浮かべるあやめの気をそらすため、雄座は慌てて話題を変えた。


「いや、しかし今回の件、あやめさんが引き受けてくれてよかったよ。こんなに心強い味方はいないよ。ありがとう。」


 雄座の言葉にあやめは照れたように笑いながら頷いた。






 一時の後、三人は連歌亭の前で別れた。あやめは和代に頼まれた本を渡すのと、夜の不在の旨を伝える為に一度帰ることとなった。夜に社で合流する運びとなった。


 あやめを見送ると、雄座は月丸に声をかけた。


「どうする?夜までは時間がある。もう少し散策しようか?」


 雄座の言葉に月丸は少し考える素振りを見せた後、笑みを浮かべて首を横に振った。


「ありがとう、雄座。でも、あまり長居するとこの花も疲れてしまう。あやめも見つけた事だし、一度帰ろう。」


 そういうと、ゆっくりと社に向かって歩き始めた。雄座も月丸の後を追うように歩き出す。


「楽しかったよ。ありがとう。雄座。」


 顔は前を向いたままの月丸の言葉が雄座の耳に入る。


「そう言ってもらえれば、俺も嬉しいぞ。」


 雄座は月丸の後ろを歩いているため、月丸の表情は分からない。ただ、月丸の礼の言葉には何か哀愁を感じたような気がしたが、気のせいなのかは分からない。



 行きの道は月丸が様々な店を覗き歩いたため、かなり時間を要した移動も、すたすたと歩く月丸と雄座にはものの5分程度で社の前に着いた。すると、月丸は鳥居の前で立ち止まり振り返る。首を左右に向け景色を見ている。そして深呼吸のように息を吸い込むと、ふと雄座に微笑みかけた。


「どうしたんだ?月丸。」


 月丸に笑みを向けられ、その意図がわからずに戸惑う雄座。


「ありがとう雄座。あの娘の姐を助けなければならないのに不謹慎だが、今の人々の営みや街を見ることができて、楽しかったよ。」


 そう言うと月丸は雄座の手を取り、鳥居をくぐった。数秒前まで聞こえた町の喧騒は、その音を潜め、境内の中は静かな静寂に包まれている。月丸に手を引かれながら、この神社の結界とやらを改めて感じる雄座。


「今度は、何事もない時に、また遊びに行こう。」


 雄座の言葉に、満面の笑みを浮かべて頷く月丸。


 二人が拝殿の前に歩み寄ると、からりと拝殿の戸が開き、中から本物の月丸が出てきた。


「ただいま。」


 隣にいる子供の月丸も、今出てきた月丸も同じ者であり、一緒に出かけた者にただいまと声を掛けるのも複雑だが、雄座はそうしたかった。拝殿から出てきた月丸も一瞬驚く表情を浮かべた。それはそうだろう。月丸にとっては一緒に出かけ、ずっと雄座は隣にいたのだから。だがすぐに雄座の気持ちを汲んだように微笑みを浮かべ「おかえり。」と返した。


 月丸は以前見たように子供の月丸の頭を撫でると、淡い光を発して花と戻った。その花をまた生えていた茎に戻す。


「さて、千代さんも起きている。中に入れ。お茶を用意してくるよ。」


 花を一撫でし、すくっと立ち上がり、雄座を拝殿へと導いた。布団が敷かれ、その上に千代という芸妓が正座に座り、雄座が入ってくるなり、深々と手をつき頭を下げた。


「昨夜からご迷惑をおかけしております。新橋で芸妓をしております佐野千代子、芸名を千代と申します。」


 顔を上げるように促しながら雄座は布団の側に腰を下ろした。顔を上げた千代を見ると、よほど泣いたのか目を真っ赤にしている。今これほど落ち着いているならば、きっと月丸が宥めてくれていたのだろう。そう考えた。


「宮司様よりお聞きしました。何卒、どうか、私の姉弟子の佳乃をお助け下さいまし。」


 頭を再度下げ、震える声で雄座に懇願する千代。連歌亭で月丸から佳乃のことは聞き及んでいたため、頷いて返し、千代を宥めて落ち着かせた。


「上手くいくかは判らないが、できる限りの事はするし、この宮司のような心強い味方もいる。千代さんは今、随分と憔悴しているようだ。ゆっくり体を休めて待っていてくれ。」


 雄座がそう言うと、千代はまるで糸が切れたかのようにぱたりと布団の上に伏した。雄座も驚く。


「雄座の言う通りだな。眠って体も心も休んだ方が良い。」


 千代に手をかざしていた月丸を見て、千代が月丸に眠らされたことを悟った雄座。千代を布団に寝かし掛布をかける月丸の背から覗き込むと、すやすやと寝息を立てる千代。先ほどまでの焦りや憔悴の色はなく、ただ無垢に安堵の表情で眠っている。


「月丸。こんなこともできるのか。」


 雄座のつぶやきに、月丸はふと振り返り笑みを浮かべる。


「妖霊だからな。」



 昼間に言った言葉と同じ言葉を口にし、月丸は笑った。




 あやめを待つ間、二人は自然と拝殿を出ていつもの濡縁に腰をかけていた。


「なぁ、月丸。千代さんの姉弟子は無事だと思うか?」


 お茶をすすりながら雄座が境内に目を向けたまま問う。月丸も日の沈み始めた空を眺めたまま答えた。


「判らんな。少し時間が経っているのもあるが、相手が何者なのかが見当もつかぬのでな。」


 ふぅっと息を溢しながら月丸が答えた。ふむ。と雄座も頷く。昼間の話では妖気を消すことのできるのは上位の妖怪だけと言う。しかし昨晩、あの場所で妖気を感じなかったと月丸は言う。ならば河童などではなく、強力な妖怪なのだろうか。そんな思案をする雄座に月丸が笑いながら言う。


「見当もつかぬので、河童もどきと俺は言っているよ。」


 他愛もない言葉に、雄座も苦笑いを浮かべた。



 やがて日も落ち、辺りを夜が覆う。拝殿では千代を眠らせているため、月丸が時々様子を見にいく以外、いつもの濡縁

と変わらない。暫く河童の話を聞きながらあやめを待った。


 人の言い伝える河童と違い、月丸から聞いた河童はおおよそ異なっている。人の子供のような姿で遊ぶことが大好きなのだそうだ。特に相撲が好きで、相手をしてもらいたくて人に寄っていくと言う、随分と可愛らしい妖怪であった。しかし、その背には亀のような甲羅を持ち、その皮膚は川藻のようにぬるりとしているため、昔の人はその姿から、幼稚な河童ではなく、恐ろしい河童が出来上がったのだろう。

 

 おそらく一部の人間は河童と接し、その幼稚さを知ったのだろう。今に伝わる河童は、人を川へ引き摺り込む話もあれば、人と相撲を興じる幼稚な河童など、いろいろな逸話が残っているということを雄座は理解する。


 ただ、話を聞く限りでは、月丸やあやめの言う通り、河童とは程遠い者の仕業である。改めて不安を感じる雄座。


「姉弟子の、佳乃さんと言ったか?無事であると良いが。」


 月丸もこくんと頷き、同意した。


「そうだな。何とか助けてやりたい。」


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