帝都大戦ノ章 玖
御岳自身は顔が割れているため、織林の組織の者を使って臥汪の動向をあたることとして、一先ず社を後にした。少なくともこの社にいる限り、雄座は安全である。無論、月丸にしてもこの社に居る限り臥汪が襲撃することは叶わない。
だが、社に居てはこちらから先手を打つことも叶わない。土地神すらも囚われている現状は早期に解決しなければ、帝都自体に災いが及ぶ。御岳は臥汪の動向調査と結界に囚われている神の解放をこなすことととなった。
幸い、雄座護衛のために雄座の居住近くに住まう御岳の家にはまだ珍しい電話が設置されている。早急に織林に連絡し、人手を借りるため、夜には戻るとして御岳は自身の邸宅に戻った。
再び二人になった月丸と雄座。
月丸は再び式神を放っているようで、雄座に状況を伝えていた。
「ああ、確かに結界が張られている場所があるな。龍脈を抑えるにしては点としての結界の力は随分と弱く感じるが…。」
月丸の言葉に雄座が尋ねる。
「やはり先ほど御岳さんが言っていたように、龍脈とは人の手に負えないのではないか?臥汪という軍人の皮算用ではないのか?」
月丸の式神は点となる結界の傍で見ているのだろう。雄座の問いに間を置いて月丸が応えた。
「いや。点としての結界を隠匿するために周囲に別の結界を張っているな。隠匿するためと、ああ、捕らえた妖をその中心から逃さないためか。」
月丸の分析に雄座はほう、と声を上げる。月丸は言葉を続ける。
「結界の質が俺の知るものとは少し違うようだ。近づいてみればわかるが、ここまで隠蔽できるとはな。先ほどの御岳の話では随分前から結界を張っていたというが、こうも意識しなければ気付けないとは、仙術とは随分驚かされるな。」
月丸の言葉に雄座が続ける。
「その結界に囚われているのは土地神なのか?妖怪なのか?その結界を壊せないのか?」
雄座の言葉に月丸は首を横に振る。
「俺の式神では見ることしかできないよ。結界の存在はわかるが、隠匿されていて何者が囚われているかまではわからない。それにこの結界を消すほどの力は俺の式神にないんだよ。結界を消すには御岳を頼るか、分身でなければな。」
月丸の言葉に雄座が返す。
「俺の分身とお前の分身で臥汪大尉をおびき寄せるんだろう?であれば、その時に付近の結界だけでも消していけばいいのではないか?」
雄座の提案に月丸は苦笑いを浮かべる。
「それもいいのだが、それではお前も社の外に出て社を離れることになる。もしもの事を考えたら、お前を社から遠ざけたくない。」
月丸の思考では雄座に危険が及ばない範囲で事を進めたい。過去、雄座を社の前に立たせても銀座の時計台のある交差点辺りまでなら分身との繋がりを維持することができた。あまり外で雄座と離れると分身を維持できない。そうなってしまっては雄座の身に危険が及ぶかもしれない。昨晩、雄座に痛い目を見せてしまった月丸にとっては、雄座の安全が何よりも優先された。
そうなれば、各地に点在する結界は御岳に任せ、臥汪を何とかした方が雄座の安全にもつながる。月丸はそう考えていた。
しかし、相手は昨晩、銀座を埋め尽くすような大量の餓鬼を召喚していた。社の外に雄座がいてくれなければ月丸としてはどうすることもできない。しかし、昨晩のように餓鬼を道いっぱいに放たれては、雄座の身が危うい。そのために先ほど二体の分身を社の外に出すということを試した。
普段の一体の分身であっても、恐らく社に居る月丸本人の半分すら力は出せないが、二体の分身となるとさらに力は弱くなる。餓鬼程度であればそれほどの力は出せずとも問題ないが、月丸の不安は「仙術」にある。未知の術を侮ることはしていない。相手の手の内も見ていないが、月丸の式神を容易く消滅させ、昨晩は御岳をも欺いた。決して油断はできない。
「さて、どうするか。」
月丸は呟きながら、その意識を式神の視界へと向けた。
雄座も月丸の意識が式神へ向いたことを察し、押し黙る。
深く集中すると、見えている視界だけでもかなりの数の結界が見える。これほどのことを仙術を使うとはいえ、臥汪一人で行っているとは考えづらい。自然と臥汪に力を貸す者の存在を思料する。
未知の仙術、そして臥汪以外の者の存在の有無、雄座が外に出なければ分身も外に出ることは叶わない。雄座の身を考えるならば、雄座の身を守りつつ、攻勢に出るのが望ましい。
月丸は座っていた濡縁から立ち上がると、雄座の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「おい、なんだよ月丸。急に。」
驚く雄座に月丸はころころと笑った。
「お前は黙って待つのは苦手だものな。やってみよう。」
そう言う月丸に雄座が訊ねる。
「やってみようって、何を?」
月丸はにやりと笑う。
「まぁ見ていてくれ。今晩、臥汪を懲らしめてやろう。」
その言葉に雄座は気まずそうに尋ねる。
「懲らしめるって、まさか…。」
月丸は笑みを消し応える。
「まぁ、余程のことがなければ命まではとらんさ。相手は人だしな。だが、仙術を封じる必要はあるな。」
命まではとらないといった月丸の言葉に雄座は安堵の色を浮かべた。しかし、余程の事がなければ、という一点は気になったが、相手は仙術を使う術師であり、妖怪も土地神も封じているような男だ。災厄を招くようなことがあれば月丸は容赦はしないのだろう。
雄座は月丸の言葉に頷くだけであった。
雄座とのやり取りをしつつ、月丸は式神である雀を銀座の交差点にある時計台へと降り立たせた。そして僅かばかり発することのできる妖気を式神からすべて放った。
式神は妖気を全て吐き出すと、霞となって消えていった。
臥汪は月丸の式神から術者を追おうとした。月丸が防いでしまったが、恐らく陸軍省から南東方向程度は察しただろう。そう考察してわざと式神から妖気を放った。式神の気は決して大きいものではないが、術者に気付かせることはできるだろう。
そして、その気配を臥汪が察することができれば、きっとやってくるだろう。察することができなければ、臥汪自身をそれほど脅威と見なくても良いかもしれない。
月丸は自身の式神を餌として臥汪をおびき出す策を施した。後は、分身を交差点に配置して臥汪を待てば良い。
やがて、日も沈むころ、御岳が再び社に戻ってきた。無論、雄座が御岳の手を引き社に入れたのだが。
「今、私の配下を使って臥汪が張った各所の結界の場所を探らせています。私の式神はまだ見つかっていないようで、陸軍省内を探っていますが、臥汪は今は小林少将に付き軍議へ参加しているようです。今のところ、不審な動きはないようですね。」
そう言う御岳に月丸が応える。
「ありがとう。結界の場所が知れるのはありがたい。だが、式神が見ているのが臥汪自身かどうかはわかるか?」
御岳も月丸の問いの意図を察して応える。
「はい。建物自体が臥汪の結界の中。私の式神の力も弱められているようで、辛うじて今見えていた臥汪の姿が本物か偽りか、判断はつきかねますな。」
「そうか。」
月丸はこくりと頷いた。
二人の会話を聞いていた雄座が訊ねる。
「臥汪が見えているのに本物か偽りかって、どういうことだ?」
その問いに月丸が応える。
「ああ。今陸軍省にいる臥汪が式神かもしれんということだよ。ほら、俺が分身の姿でお前と街を歩いても本当の俺はここにいるだろう?俺は分身を作っているが、臥汪も仙術を使うとなれば、その姿は偽りの可能性もある。」
月丸の言に雄座はほほう、と声を溢す。
「成程な。普段見ているからあまり意識しなかったが、月丸の分身のようなことを別の者が行う可能性もあるということか。」
月丸はこくりと頷き、言葉を続ける。
「まぁ、それほど自然に自身の姿の式神を生むとなればかなりな術者とみてよいだろう。違うのであれば、まぁ、それはそれで良い。いずれにしても今晩、臥汪には出向いてもらいたいものだな。」




