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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾陸幕 帝都大戦
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帝都大戦ノ章 弐

 銀座についた雄座は直ぐに百貨店へ向かうと、いつもの洋菓子店へと入った。月丸への土産を買うことと、もう一つ目的があった。


 欠氷である。


 どうやらこの店の欠氷は氷の上に果物の搾り汁と砂糖をかけて甘くしてあるものらしい。噂に聞いていたのと、この暑さならばもってこいの甘味である。それに先に試して食して美味ければ、後日月丸を連れてくることもできる。

 まあ、そんなことを考えて、今は氷を待ちながら席に着いていた。

 店の者も雄座の注文は慣れたもので、ワッフルやマドレーヌといった焼き菓子を幾つか持ち帰りで注文する。準備している間に紅茶を飲むというのが雄座のいつもの流れであったため、雄座から欠氷の注文を受けた事に、あらめずらしい、と、給仕が驚く一幕もあったが、些細なことである。


 雄座は給仕の運んできた欠氷の味に感動していた。

 氷を削って皿の上にふわりと山をなし、その上にとろりと赤い苺ジャム、さらに上から練乳がかかっており、その冷たく甘い氷を雄座はとても気に入った。


「これは月丸を連れてこなければ。」


 すぐにそう思うほどに、口に広がる甘みが月丸の好みであることを嬉しく感じた。

 なにより食べ進めるほどに先ほどまで日に照らされた体のほてりも消えてゆき、涼やかさすらも感じる。雄座が氷を口に運ぶたびに感じる甘みと涼を堪能し、食べ終わる頃には持ち帰りの菓子も運ばれてきた。


 会計を済ませて外に出ると、氷のおかげか先ほど同様に照る太陽も、幾分かは緩やかに感じる。雄座の足は軽やかに月丸の神社へと向いた。



 帝都東京は花の銀座。明治の初頭の大火以降、煉瓦造りの洋風家屋が立て並び、街灯が夜を煌びやかに照らすまるで西洋の街並みのようなモダンな街である。

 今やカフェや百貨店、専門店が立ち並ぶ最先端の街であり、東京に来たら一度は銀座を歩いてみよなどという言葉もあるほど人気である。銀座の傍丸の内には東京駅も開業し、さらなる賑わいを見せる。

 そんな花の銀座には雄座しか知らない場所がある。いや、雄座にしか見ることすらもできない場所。


 数百年前、とある陰陽導師と妖霊(ようりょう)と呼ばれる人ならざる存在が、この国を消し去る災いをもたらす百鬼夜行の足を止め、封じた神社があった。それはまるで周囲の時間も存在も別のものにも感じる摩訶不思議な場所。その場所は神社ではあるものの、御祭を勧請している訳でも御神体でもなく、諸々の妖、百鬼夜行の魂を座する社、妖霊宮御神社である。


 その妖霊宮御神社の宮司を務めるは先の百鬼夜行を封じた者が一人である妖霊、名を月丸という。

 月丸は百鬼夜行とともに天津神、国津神、八百万(やおよろず)の神々そして数多の妖の力をもってして作られた結界によりこの地に封じられ、外に出ることも叶わず、何人も立ち入らず、気付かれず、ただ静かに百鬼夜行を鎮めるためだけに年月を過ごしてきた。


 そんな時、ただただ暑さから木陰を求めた雄座が封に気付かず社に立ち入ったのが、月丸との出会いであった。それ以降、良き友人として二人は酒を酌み交わし、ともに様々なことを語らうようになった。なにより、妖霊である月丸が何をしても出られなかった封を、雄座に触れることで出られるようになった。強大な力を持つ月丸自身は外に出ることは叶わないが、月丸の分身であれば、その手を引いて雄座は街へと連れ出した。時には菓子を、時には酒を。街で楽しんだ。二人で妖が起こす騒動を解決することも屡々。

 雄座にとっても月丸にとっても、その非日常は穏やかな日常にも感じる刻であった。


 さて、話を戻す。

 雄座は土産の菓子を片手にいつものように社の鳥居をくぐると、拝殿へと進み濡縁に座ると辺りを見回す。


「おうい、月丸。居るかぁ?」


 その声に本殿の方からくすくすと笑いながら盆を手に縁側を歩いてくる神職姿の者。その肩ほどの白銀色の髪は日を浴びて煌めき、その赤い瞳を引き立たせる。まるで天人を思わせるかの美しい容姿を持つこの者こそ妖霊、月丸である。


「何を言っている。居るに決まっているだろう。相変わらず雄座、お前は面白いな。」


 そう言うと雄座の傍に腰を下ろすと、雄座に冷えたお茶の入った湯呑を差し出す。


「まぁ、そうだが、何となく呼んでしまうだろう。」


 雄座は月丸の言葉に頭を掻きながら湯呑を受け取ると、苦笑いを浮かべた。そんな雄座を見ながら月丸が気付いたように言う。


「今日も随分と暑いが、いつものように汗ばんでないな。」


 そう言う月丸に雄座が応える。


「ああ、さっき菓子(これ)を買ってきたときに欠氷を食ってきたんだ。おかげで暑さを凌げているよ。今日は試しに食ってみたんだが、明日にでも一緒に行かないか?欠氷っていうのはな…」


 雄座は月丸に欠氷がどういうものかを喜々と説明し始めた。それを月丸は笑みを浮かべながら頷き聞いていた。

 

 そして菓子を食いながら雄座は仕事の話を、月丸は妖の話を語り合い時間を過ごした。やがて日が沈み、夜の涼しい風が吹くようになると、二人は昼間と同じ拝殿の濡縁で酒を飲み笑いあった。

 時計の針がそろそろ零時を迎えようとしたとき、雄座がやっと腰を上げた。


「さて、そろそろ帰るよ。明日は欠氷食いに行くから昼にはまた来るよ。」


 雄座はそう言うと、社を後に岐路についた。


 それはいつもの、日常の風景であった。雄座はいつものとおり岐路につき、月丸はいつものように見送った。

 深夜の銀座は昼間の賑わいとは姿を変え、人も通らず車も疎ら、静かな街並みが並ぶ。ほろ酔いの雄座はその静かな街を自宅に向けて歩いていく。雄座にとってはこの静かな銀座も見慣れた光景である。


 かぁ かぁ


 恐らくカラスであろうが、そこかしこで鳴き声が響く。


 カラスの喧嘩でもやっているのだろうと考え、雄座は特に気にすることはなかったが、その鳴き声は徐々に増えているようにも感じるが、暗がりでその姿を探そうとも思えない。雄座は気にすることなく自宅へ向けて歩を進めた。

 空には雲もなく星が広がっている。明日は晴れるだろう。月丸が欠氷を食べた時の感想が楽しみだ。

などと考えながら、雄座は緩む頬をそのままに歩く。


 銀座から内堀沿いに桜田門を過ぎ三宅坂に差し掛かろうとしたとき、それは起こった。


 かぁ


 大きな声で鳴きながらカラスが一羽、雄座に向かってきた。


「うわ。」


 急に向かってきたカラスに雄座は驚き、尻餅をついた。


 かぁ かぁ


 からすは雄座の上を旋回しながら声高に鳴き続ける。するとどこからともなく一羽、さらに一羽とカラスが徐々に増えていった。

 その異様な光景に雄座はただ増えていくカラスから目を離せずにいた。


 そもそもカラスが夜にこれほど飛ぶことはそうそうない。何よりこうも自分の上で何かを知らせるように鳴いているのも異様である。何かしらの妖かと考えた刹那。


 ふー!


 雄座の前に一匹の猫が毛を逆立てカラスを威嚇するように立ちはだかった。


「月丸?」


 猫は銀色の毛を月明かりに光らせながら、増え続けるカラスを睨み威嚇している。

 そして一羽のカラスが雄座に向けて空から勢いよく降りてきた。雄座は頭を守るために腕で頭をかばうが、同時に銀毛の猫が飛び上がり降りてきたカラスに爪を立てた。

 カラスは猫に驚いたかすぐに空に戻る。猫は地に戻るとすぐに再びカラスに対峙した。

 

 別のカラスが再度雄座に向けて勢いよく降りてくる。それを銀毛の猫が飛び上がり阻止する。何度か繰り返していると、銀猫が雄座に目を向けた。


(社に戻れと言っているのか?)


 雄座は猫に頷くと、来た道を社に向けて駆け出した。その後をカラスが追うように空から飛びかかってくるが、それを猫が阻止した。


 雄座は息を切らしながら走った。走れば十五分程で社に戻れる。

 恐らくあのカラスは妖怪の類であろう。ならば月丸が何とかしてくれる。


 そう考えた刹那、雄座の頬にがつんと衝撃が走り、同時にその体は内堀沿いの柵に打ち付けられた。

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