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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾伍幕 ひんな
171/176

ひんな 肆

 暫くビールを楽しんでいると、げはははと下品な笑いがかすかに聞こえてくる。


「あれ?」


 雄座は立ち上がり仕切りの上から辺りを見回す。

 奥座敷の襖が開いており、そこで芸者と踊りを楽しんでいる男が目に入る。


「どうした?雄座。」

 

 月丸の問いに雄座は座り直し応える。


「いや、先ほど話した洋菓子屋にいたお大尽が後ろの座敷席で騒いでいるのを見つけたよ。そう言えば酒を飲むとか言っていた気がしたが...。すまない。ちょっと気になっただけだ。」


 そう言うと雄座はビールを口に運んだ。雄座の言う通り、ちょっと気になっただけであろう。酒も入り機嫌のよい月丸は何気なく、屏風の間からそのお大尽を見てみる。


「ほう。やはり雄座だな。また何かを運んできたな。」


 屏風の間から眺めながら月丸が言う。


「ん?俺が何かしたか?」


 不思議そうに月丸を見る雄座に、月丸は屏風の間から目を離さずに言う。


「あの男。何かに憑かれておる。人からしたらあまりよろしくない何かであろうな。」


 月丸の言葉に興味を引かれたのか、雄座はがばりと立ち上がると改めて屏風の上から男を隠れ見る。


「憑き物か。狐や狸の妖怪か?それとも幽霊?」


 雄座の問いに月丸は首をかしげる。


「さてな。この場に居るわけではなし、わからぬな。ただ、あの男から憑かれた者に見える紐が見える。あれは何者かの呪があの男と繋がっているものだ。余程強い妖や霊であれば妖気で想像も付くが、それ程の力は持たぬようだな。」


 ほう、と雄座は声を漏らし言葉を続けた。


「以前、金子子爵にも聞いたことがあるが、政界や財界では正しいことをしようとも嫌われ恨まれるような世界だと。やはりあのような財界に身を置くような御仁だと怨みでも買うのだろうな。」


 そう呟くと雄座は席に座り直した。丁度そこに追加で頼んだビールとオレンジジュースを女給が運んできて、二人のテーブルへことりと置いた。


「あの、あちらの大宴会の方は随分景気がいいようですな。有名な方ですか?」


 雄座は女給に尋ねた。


「はぁ。ここ連日お見えですが、私はちょっと分からなくて。岸川様と伺っておりますがご存じですか?」


 女給はちらりと奥座敷に目線を向けて雄座に応えた。


「岸川さんというのか。連日というが、毎日あんなに芸者を呼んで楽しんでいるのかい?」


 雄座が続けて尋ねた。


「そうですね。大金持ちのようでうらやましい限りですわ。」


 ほほほと笑いながら下がる女給を見送ると、雄座は座りなおして二つのコップにビールを注ぎ、一つを月丸に渡した。月丸もそれを受け取ると、二人してくいっとビールを口に運んだ。


「さて、岸川さんか。子爵と話していてもそのような名前は聞いたことがないな。」


 雄座は自分の小説が載っている新聞は無料(ただ)で届けてもらえているので、ついで程度に色々な記事を読んでいるため、財界政界の名には明るい。何より住まいが子爵邸である。金子子爵の日常の愚痴を聞くだけでも政財界にある者の名も自然と耳に入る。そんな雄座でも岸川とは聞いたことがない。無論、全ての政財界の者の名を知る訳ではないので、そこに疑問は感じなかったが。

 いずれにしても何かが憑いている、しかもそれが何やら悪きものだろうということであれば、何とかしてやりたい。そう雄座は考えた。


「また首を突っ込むか?」


 月丸はまるで雄座の考えがわかるように笑みを浮かべながら雄座に問う。


「うむ…。しかし立場が違いすぎておいそれとは声を掛け辛いな。どうしたものやら。」


 雄座はそう言うとビールを口に運んだ。雄座の応えは明確ではないが、月丸の問いに是であった。


 雄座の応えに月丸は頷くと、ビールをテーブルに一滴落とす。


「どうした?月丸?」


 不思議そうに眺める雄座に、見ていろと言わぬばかりににこりと笑って見せる月丸。

 半球に留まるビールの一滴に月丸は静かに指を近づけ、ほそりほそりと口元で何かを唱えた。刹那、だだのビールの滴りは徐々に色味を帯びてゆきながらその姿を変えてゆく。足のようなものが伸びてゆき、その姿は紛れもない、てんとう虫であった。


「さて、簡単な式神を作ってみた。力はないがあの男を追えば呪の根源を見つけられるだろう。」


 まじまじとてんとう虫を見つめている雄座に説明するように月丸は語った。ほうほう、と月丸の言葉に相槌を打つ雄座を他所に、てんとう虫はぶぅん、と小さな羽音を立て岸川と呼ばれる男の元へと飛び立っていった。

 てんとう虫を見送ると雄座は不思議そうに尋ねる。


「葉や枝で式神を作ったのは見たことがあるが、ビールからも出来るのか?」


 その問いに月丸はくすりと笑うとビールを口に運び、応える。


「この世の全ては生気を持っている。式神はその力を借りて使役するのだ。俺が葉や枝を使うのはその葉枝の力を借りたいからだよ。生気のあるものであればその気を通して俺の力も使えるのだよ。水にも気はあるのだぞ。ただ、それほどの気は持たないのでな。葉枝と同じ程度の力を使える式神を水から作ろうとすると、この建物ほどの大きさになるかもな。先ほどのてんとう虫程度では居場所を知るため程度の力しか持たぬよ。」


 雄座はビールを口に運ぶと、ふむ、と漏らす。


「なるほどなぁ。何となく言わんとすることは分かる。今のお前、分身もその、枝の力を借りているという事だな。」


 雄座の問いに月丸が応える。


「そうだな。ただ、この体は枝の力を借りているが、その枝の式神を俺が依代にさせてもらっているのだ。なので半分は正解だが少し異なるな。」


 月丸の応えに雄座は納得する。

 月丸は分身を作る際に必ず自身の髪の毛をその依代となる物に結びつけている。依代、つまり自分自身を分けるために必要なのであろう。


「いつも見ていたが、ちゃんと理由があるものなのだな。」


 雄座は関心しつつ、目を奥座敷に移す。


「あのてんとう虫は月丸のような力はないがあのお大尽を追うにはちょうど良いというところか。」


 目を凝らすが既にてんとう虫など見えるはずもないが、雄座の目は語りながらもてんとう虫を探した。


「ああ。恐らく呪の元はあの者の家、或いはあの者が長く居る場所であろう。」


「そんな事まで分かるのか?」


 雄座の問いに月丸が応える。


「呪は色々あるが、ありゃ人が用いる呪の類だ。俺たち妖が妖の力を使ったものとは異なるからな。人が使う呪は対象者が長く居る場所に仕掛ける事が多いのでな。場所さえわかればあとは何とかなるだろう。」


そう言うと月丸は再びビールを口に運んだ。

 

 

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