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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾伍幕 ひんな
170/176

ひんな 参

「へぇ。そんなことがあったのか。」


 月丸はワッフルを口に運びながら答えた。

 雄座は先ほど菓子屋であった金持ちの紳士の事を月丸に語っていた。


「店の菓子を全部買うなんて、俺の懐じゃできないが、随分と派手な金遣いだったなぁ。あんな人も居るんだと変に感心したよ。」


 雄座は笑ってそう言うとお茶を口に運んだ。


「でも、これまで(ここ)に来るたびに買ってきてくれた分を全部合わせると、その金持ちが買った分くらいにはなるんじゃないか?お前も何だかんだと俺のために金を使ってくれるのだから、大したものだと思うよ。」


 月丸は笑って言った。その言葉に雄座は少し考えた後、応える。


「そうか。日を重ねれば俺もお大尽だな。」


 そう答えると二人して笑った。


 いつもの拝殿の縁側でのんびりとした時間が流れていた。しばらくはワッフルとパンケーキに舌鼓を打っていたが、日が傾いてくると、酒を飲むか、ということになった。


 月丸がいつものように準備をして、それぞれ盃に酒を満たすと、口に運ぶ。昼間に日に温められた空気が風に冷やされちょうど良い気温である。そこに酒を体に入れると火照った体に風が当たり、涼しやかに感じる。


「流石に季節柄暑いが、(ここ)に居ると余計に涼しく感じるな。」


 雄座がそう言うと、月丸も笑い応える。


「古来より妖は人の肝を冷やさせるからな。そのせいじゃないか?」


 冗談交じりの月丸の言葉に雄座も笑う。


「はは。そう言えば初めてここに来た晩、いろいろ考えて少し肝が冷えたかもな。」


 そう言って雄座は酒を口に運ぶ。


「ああ、そうなのか。そういえば喰われるんじゃないかなどと言っていたな。」


 月丸も笑いながら酒を口に運んだ。


「残念ながら、今は楽しいことばかりだし、肝は冷えんな。風が通るから涼しいのかな?」


 雄座の言葉に月丸は、そうか。と返しほほ笑んだ。


 暫くはいつもと変わらぬ時間であったが、ふと、雄座が酒を注ごうとすると瓶子が空になっていた。月丸もそれに気づく。


「月丸。酒はまだあるか?」


 雄座の問いに月丸が肩をすぼめて応える。


「すまないな。お前が持ってきてくれていた酒はそれで最後だ。お茶くらいならいれてくるが。」


 雄座は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら盃を口につけ、最後の一滴を口に流し込んだ。


「そう言えば多めに買っておいて安心して連日吞みに来ていたものな。買い足しておくのを忘れていたよ。」


 普段から原稿代が入ったら多めの酒を買って社に置いていた雄座。先月末に酒屋から息を切らしながら五本の一升瓶を運んできたため、残っていた酒も含めて暫くもつと考えていた。しかし、雄座の言うとおり、ここ最近は毎日のように社に遊びに来ては二人で酒を飲みながら夜まで語っていた。

 結局、多めに買っていた酒も、毎日消費すれば早々に無くなってしまう。


 ふむ、と少し考える素振を見せる雄座。

 その後ポンと手をたたくと、雄座が言う。


「そうだ。買ってこようとも思ったが、最近社で吞んでばかりだったろう?今日は外にでも吞みに行かないか?」


 雄座の提案に月丸は苦笑いを浮かべる。


「いや、それは構わないが、酒場は目立ってお前が困るのではないか?」


 月丸の言う通りであった。ただでさえ日本人離れした月丸の容姿は日中でも分身の幼い姿は愛らしい、愛らしいと通行人の目を浴びる。それが夜の酒場ともなると、酒に酔った者たちが好奇の目を向け、時にはちょっかいをかけてくる。雄座が外人であると伝えると言葉が通じないと認識して去ってゆくが、それでも話しかけてくる者が多い。

 

「たしかにな。では新橋のビアサロンに行かないか?あそこなら席に仕切りを作ってくれるから。」


 雄座が続けて提案する。月丸もふむ、と納得した。

 ビアサロンには時々二人で出かけていた。ビアサロンには外国人の客もそれなりに来るため、ゆっくり吞みたい者にはテーブルの周りに衝立を立ててほかの客から見えないように気遣ってくれる店であった。そのため、月丸も落ち着いて飲めるというところであった。


 そうと決まれば、月丸は境内に降り青々と茂る桜の木から小枝を一本丁寧に折ると自身の髪の毛を結び、ふわりと宙に投げる。ふわりと飛んだ枝は淡い光とともに幼い月丸の姿に変わっていった。


「着替えてこよう。少し待っていてくれ。」


 分身はそう言うと、着替えるために小屋に入っていった。

 単純に神職の格好で酒場には相応しくないという月丸の配慮だが、雄座にしてみれば他所行きの格好に着替える子供のようで微笑ましかった。


 まもなく白のブラウスに淡い青色のスカート、つばの広い帽子で顔を隠した月丸が現れた。顔を隠すには女の格好の方が適している。それだけであったが、


「おう。愛らしい娘さんだ。」


 そう揶揄う雄座に月丸は見た目に反してあっはっはと笑い返した。


 さて、ということで、二人は早速ビアサロンへと向かった。


 途中の道は雄座の姿を借りて蘆屋道満とやり合ったり、少し先に行けば多惠子の営んでいた小料理屋があった路地もある。

 川を下れば忌わしい河童化けの巣であった場所もある。夜風に当たり歩を進めながらももはや随分前のような、つい昨日の出来事のような、どんな思いが月丸に巡る。


「お前と居ると飽きが来ないな。」


 月丸がふと、言う。


「俺もお前と居ると目新しい体験ばかりだよ。」


 雄座が笑い返す。当然である。月丸が居ることで妖怪を知り、体験することができたのである。雄座にとって飽くことのない時間である。

 そんなやり取りをしながら、ビアサロンまで到着した。

 雄座は慣れたように店の戸を開く。すぐに店員がやってきてテーブルへと案内された。


 雄座も月丸も認識してはいないが、ビアサロンで働く者にしてみれば、雄座と月丸は有名人であった。特に月丸の愛らしさは、店の者の間で、芝居女優であろう、いやいや、きっと外国の偉方のご息女であろう、いずれにしても粗相のないようにするべきであろう。などと語られているなどとは雄座達は夢にも思わないであろう。

 ちなみに、雄座はいずれにしてもお付きの者程度の認識をされていた。


 その結果、店の者は雄座と月丸が来店すると、他の客が気にならないようにテーブルを仕切ったり、目立たぬ場所へ案内するようになったというわけである。


 さて、雄座と月丸。店内に案内されると、やはり周りから仕切られたテーブルへと案内され、安心して腰を下ろす。


「いった通りだろう?ちゃんと屏風で仕切ってくれてる。やはり外人が多い店はちゃんとしてくれるのだろうな。」


 雄座は勘違いをしているが、思った通りのビアサロンの対応に自慢げに月丸に伝えた。

 月丸としても目立たぬのであればそれでよかったので、雄座の言葉にうんうんと首を縦に振った。


 早速酒と肴、併せてオレンジの果汁ジュースを注文する。これは月丸の傍に置いて店員が不審がらないようにするためであり、ビアサロンに吞みに来たときは必ず頼んでいた。


 ビール瓶が数本と根菜の煮しめ、お新香が運ばれてきて雄座と月丸は上機嫌で酒盛りを再開させた。

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久しぶりの更新!楽しく読ませていただきました
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