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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾肆幕 まくら
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まくら 漆

 雄座たちは件の屋敷から僅かに離れた小道から、その正門に立つ二人の警備の者を観察している。


 黒い詰襟の背広に白いベルト。ベルトには木の警棒をぶら下げ、警官隊のような帽子。恐らく三十台から四十代の男二人。体格は良いとまでは言えないが、中肉中背。どこにでもいる警備の男たちである。雄座から見たらなんの違和感もない。高名な爵家ならば、門の前に警備の者がいることなどよくあることである。

 雄座に違和感を抱かせない理由としては、もう一つ。声は届かないが、遠目から見ても何か二人で歓談し、笑いあっていた。はたして月丸や御岳の言う式神であったら、あのように自然に会話するであろうか。


 雄座が過去に見た式神は獣の姿であったり、鬼の姿であったり。もしくは月読命が操っていた屍人。いずれも目の前の男たちのように自然な姿では到底なかった。


「まあ。忍び込むには日も高い。素直にあの者たちに案内してもらおうか。」


 月丸はそう言うと、小道を出て小さい歩幅で正門に向かう。慌てて雄座と御岳は後を追った。すたすたと門の前まで来ると、警備の男に話しかけた。


「ねえ。僕と同じ年くらいで、いつもおばあちゃんと一緒にお散歩している子に会いに来たんだ。居ますか?」


 幼い容姿の月丸に語り掛けられたせいか、二人の警備の男は一度顔を見合わせると、にこやかに答えた。


「なんだ。君は坊ちゃんのお友達かい?屋敷には居るがお許しのない者を入れるわけにはいかないんだ。今日も散歩に行くだろうから、遊ぶならその時にしておくれ。」


 そう言うと男は手を振って帰るように伝えた。

 そこに雄座も加わる。


「あの、昨日にお坊ちゃんとお話ししまして、是非また、お話をしたくて。ほんの少しでいいんです。お会いできませんか?」


 雄座の言葉にも男たちはにこやかに返す。


「すまないね。決まりでね。」


 男の言葉に雄座が続ける。


「では、どうすればお会いすることができますか?」


 雄座の問いに男が応える。


「ああ。面会の封書を出してもらって、お許しがあれば俺たちにも話が来るんでね。そうすれば入れてあげることができるんだよ。何せ大家だろう?変な奴が来ても困るんでね。」


 男の言葉にうんうんと同意しながら、雄座が言葉を続ける。


「そうですか。坊ちゃんに会うにもやはりお約束が必要で?」


 雄座の言葉におとこも申し訳なさそうに頷き、月丸に言う。


「すまないね。坊や。規則だからね。自由に遊びに来てもらうわけにはいかないんだよ。」


 さてどうするか。これではあの童にも会えない。そう雄座が思ったとき。


「雁村さん、八馬田さん。その方たちなら大丈夫ですよ。」


 門の中からそんな声が聞こえた。雁村、八馬田とはこの警備の男たちのことだろう。男たちは振り返り、門の奥に目を向ける。雄座たちもつられてそちらへ目を向ける。


「あ。」


 雄座が呟く。

 そこに立っていたのは藍色の着物に灰色の袴を身に着けたおかっぱ頭のあの童であった。童はとことこと門まで駆け寄ると、まるで昨日の物静かな童とは別人のようににこやかに雄座達に話しかけてきた。


「昨日はありがとうございました。今日辺りお見えになるのではと思いお待ちしていました。」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。その表情は子供らしく邪気がない。しかし、利の割にしっかりした物言いである。


「ああ、そうだったんですね。伺っていなかったもので、失礼しました。」


 雁村と呼ばれた警備の男が応えた。


「さぁ、どうぞ。お入りください。」


 八馬田と呼ばれた男は雁村と童の会話が終わると、門を開け雄座達を促した。


「ああ、どうも。失礼します。」


 雄座はこうもあっさりと、しかも妖怪であろうあの童に入れられたことに唖然としながらも素直に従い門内に歩を進めた。


「む。」


 門内に入った刹那、御岳が小さく唸った。その声に雄座が振り向く。その折に月丸が視界に入る。

人差し指を立て口元に当てている。

 すぐに御岳はごほんごほんと咳払いをした。


「いや。失礼。空気が乾いているのか、咽てしまいました。」


 まるで何かをごまかしていることは雄座の目から見てもわかるが、何があったのかは分からない。


 そんなやり取りを笑顔のまま見ている童であったが、手を屋敷のほうにかざし口を開く。


「お寒いようですので、どうぞ屋敷の中へ。」


「はぁ。それはご丁寧にどうも…。」


 これまで、人に仇なす妖怪は攻撃的であった。そのため、随分と穏やかな童に意表を突かれ、雄座も素直に応じた。

 すたすたと歩く童の後ろを雄座達が追う形で歩いていく。その間、庭師のような職人風の男、窓を拭く女中の姿。これだけの豪邸である。無論使用人が居るのも何ら不思議ではない。ならば、この童の姿をした妖怪は、この家主を狙っているのであろうか。まさか、人のように金を奪うために入り込んでいるのだろうか。

 先の門の警備員も、庭師の男も女中も、何ら不自然な様子もなく、操られている感じもしない。月丸や御岳が言った『式神のようなもの』にすら、雄座には見えない。

 いずれにしても月丸が暴いてくれるであろうが、雄座には目に入るものすべてが気になった。


「ようこそいらっしゃいました。」


 玄関に辿り着くと、童はそういいながらドアを開け、入るように促した。雄座が先に入り、続いて月丸、御岳と屋敷の中に入る。洋風の屋敷であっても、概ね履き物を脱ぐものだが、こちらの屋敷は西洋のつくりなのだろう。外履きのまま入るような作りになっている。また、目の前にはホールのような広い部屋があり、二階への階段と、ホール横にいくつかのドアがある。部屋のあちこちには色とりどりの切り花が生けられており、吹き抜けの上の窓から注ぐ陽の光も心地よい。何とも悪意のない光景に雄座も拍子抜けした。


 ぱたんと玄関のドアを閉めると、童が口を開く。


「僕を殺しに来たのでしょうか?それとも力を奪いに来た?」


 その言葉に雄座は驚いたように振り向く。

 童はドアを閉めた格好のまま、こちらを見ることなく言葉を続ける。


「昨日、そこの子供を見たときは戦慄した。隠してはいるがあまりに恐ろしい妖気。そして他の妖のごとく人に紛れる者も僅かばかりの妖の気配を放っているが、僕は完全に妖の気配を断っていたはず。それを一目で見破るのだから。何より…。」


 童はゆっくりと振り返ると、無邪気な笑顔のまま言葉を続けた。


「あの時、僕が妖であることを知り、何もせぬと言ったのに君は式神を飛ばしてきた。きっと今日、何かしら動くと思っていました。」


 童の言葉に月丸が応える。


「あの老婆の内に妖気を感じた。そのため、あなたが悪さでもしているのでは、と気になったのだ。そうでないのならば謝罪しよう。」


 月丸の言葉に童が返す。


「悪さなどしていない。僕はあの人を護りたいだけだ。それよりも君の方こそ、恐ろしいほどの力を持っているようだ。只の妖ではないはず。そんな奴が式神だけでなく、乗り込んでくるのであれば、警戒しても仕方がないよ。」


 童はそう言うと、指をぱちんと鳴らす。刹那、雄座は激しい耳鳴りを覚える。


「何だ?」


 きょろきょろと辺りを見回す雄座に月丸が応える。


「結界か。随分と重ね掛けているようだが…。随分と器用なことをする。」


 月丸は特に気にする様子もなく、感心したように言葉を漏らすと、続けて童に向け言う。


「さて。俺はあなたが悪さをしていなければ何もするつもりはないよ。これだけ幾重にも張り巡らせた結界では、唯の人であるこの雄座には少しきつくてね。家人にも影響があるのではないか?良ければ結界を解いてほしいのだがね。」


 童は月丸の言葉をうんうんと聞くと、両手を広げた。


「悪さをしているのはどちらか。僕の姿かたちで、君の言葉を容易く信用するとでも思ったのかい?悪いが僕も簡単に引き下がるわけにはいかない。」


 そう言うと童は広げた両の手を胸の前でぱちんと合わせた。


 刹那。


 ぎん。とホールに響く音。雄座は驚き見ると、雄座の背に御岳が両手を広げて立ち、何かを抑えているようであった。


「成程。二つの結界により挟み潰す気ですか。結界にこのような使い方があるとは。」


 御岳の言葉に、雄座は御岳の手を見る。成程。目には見えないが何か壁のようなものを御岳が抑えているように見える。


「月丸さん。雄座さんは私が御守りします。どうぞ、その妖怪を。」


  月丸はこくりと頷くと、童に対峙した。

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