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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾弐幕 記憶
144/176

記憶 拾陸 

 はあ、はあ。


 ぜい、ぜい。


 雄座は木場の材木小屋を出てから、ひたすらに月丸の元へと駆けていた。だが、月丸やあやめなどとは異なり、雄座はただの人。加えて普段は机に向かって筆を走らせる仕事であり、自らが走ることはない。


「…もう少し、体を鍛えねばな…。」


 一人呟くと、雄座は横腹を抑えながらも足を進めた。

 逃げるだけならばまだ良いが、もしかするとあの場所に婦人もやってくるかもしれない。ぬらりひょんはともかく、あの鬼、羅刹童子とやらはぬらりひょんの話では余程強いのであろう。ならば月丸に頼るしかない。

 そう思い走り続けた雄座であったが、思いとは裏腹に脚は痛く、腹も絞められるように苦しい。

 呼吸を整えようと一旦足を止める雄座。


「くそ。鈍りすぎだ。俺は…。」


 深呼吸をして再び駆けようとした時、雄座の背から飛びかかってくる影。


「うわ!」


 背に飛びかかられ、雄座はそのまま倒れ込む。獣のような感触。それは雄座を抑え込むかのように、雄座の背にある。


(しまった。捕まった!あと少しのところで…)


「大丈夫?神宮寺さん。どうしました?」


 その声に、はっと顔を上げる雄座。その視線の先には車から降りてこちらに駆けてくる織林婦人の姿であった。


「え?」


 恐る恐る背に乗る何かに目を向ける。雄座の背には銀色の毛を月の光できらきらと輝かせた小さな猫であった。


「月丸…。」


 猫を見た刹那、雄座の口から何故か月丸の名が溢れた。だが、雄座にはこの猫が月丸であると確信できた。

 がばりと起き上がり、猫を手に抱く。


「月丸!大変だ。ぬらりひょんと羅刹童子という鬼が…。誰かは分からぬが羅刹童子と戦っているものがいる。助けてやってくれ!」


 心配する婦人を他所に、雄座は猫に語りかけた。


「羅刹童子ですって?」


 驚く婦人の声。


 猫を見つめる雄座の頭の中に、まるで月丸と語っているような言葉が浮かぶ。


『よいか雄座。呉葉も狙われている。呉葉を社に連れてきてくれ。そして俺とお前で羅刹童子を討つ。呉葉の弟子達が羅刹童子の足を止めているが、長くは持たぬ。急げ。』


 雄座はこくりと頷くと、猫を抱いたまま立ち上がると織林婦人に向け言う。


「今から言う場所に俺達を連れて行ってくれ。月丸が助けてくれる。」


 雄座の言葉に婦人は疑うこともなく。こくりと頷くと、手を上げ車を呼んだ。雄座を乗せ、自分も乗ると、運転手に雄座の指示する方へ走らせるよう命じた。


「神宮寺さん。一体何が?」


 車内、改めて婦人が問う。


「ぬらりひょんと羅刹童子が貴女と月丸を狙っています。俺はどうやら月丸を誘き出すために拉致されたようで。」


 雄座の言葉に婦人が驚きながら応える。


「何ということ。よく逃げてこられて…。ご無事で良かった。羅刹童子は獰猛で残酷な性分なの。人でも獣でも、生きたまま食べてしまうわ。本当に、よく無事で…。」


 雄座が更に言葉を続ける。


「婦人の弟子の方達。今羅刹童子と戦っているのでしょう?そのおかげで逃げることができました。ただ、急がなければ危ういと月丸が…。」


 雄座の言葉に婦人も深刻な顔色に変わる。


 やがて、自動車が止まり、運転手が声を上げた。


「指示頂いた場所ですが、本当にここでよろしいので?何もありませんが…。」


 その声に婦人は窓の外に目をやる。そこは先日、雄座が案内してくれた小道であった。


「ここは…。」


 驚く婦人の手を取り、車を降りる雄座。


「着いてきて下さい!婦人!」


 雄座の緊迫した声に驚きながらも車を降りる婦人。刹那、雄座の肩に乗っていた猫が、しゃーと威嚇する声を上げた。驚きながら雄座が振り返ると、そこにはふらふらと近付いてくる餓鬼。


「すぐに車を出しなさい!婦人は俺がホテルまで必ず帰します。」


 雄座は運転手にそう告げると、婦人の手を引き道端の壁に走った。


「神宮寺さん?」


 手を引かれながら驚く婦人。次の瞬間。婦人は更に驚く。


「こ…ここは?」


 先程雄座に連れられ壁に突進した。雄座が壁にぶつかったかと思いきや、突然景色が変わった。

 星灯りでも分かる。神社であった。木々が並び立つ境内。その中頃に大きくはないが、風格のある拝殿。決して新しくはない。だが、美しい。


「月丸!」


「ああ。」


 二人の声に我に帰る婦人。ふと目をやると、雄座の前に月丸が立っている。容姿は変わらないが、洋装ではなく、まるで神職のような狩衣を纏っている


「神宮寺さん、月丸ちゃん?これは一体…。」


 呆然としながらも訊ねる婦人に雄座が答える。


「俺達は羅刹童子と戦っている貴女の弟子達を助けに行ってきます。どうか婦人はこの社に。」


 月丸が言葉を続ける。


「詳しいことはこれから話そう。」


 そう言うと月丸はにこりと笑うと、雄座の手を取り、二人して鳥居を潜って外に出て行った。その背を見送りながら、婦人は顔を引き締める。


「二人に任せて此処にいては弟子達に合わせる顔がありません。私も…。」


 呟き、鳥居に足を向ける婦人。刹那、背後から強大な妖気を感じ肩をすくませた。これほどの強大な妖気は婦人の記憶にもない程である。多くの悪妖を討った婦人ですら恐怖を感じるほどであった。

 婦人はその手に精神を集中させ、ゆっくりと背後の妖気に向いた。





 雄座は月丸の小さな背に掴まったまま、屋根から屋根へと駆けていた。


「雄座よ。あの猫が俺とよく分かったな。」


「ああ。何となくだが、何故か確信があった。」


「そうか。呉葉を社に連れてきてほしいと考えていたが、それも伝わったから驚いた。」


 雄座は首を傾げる。


「お前が言ったのではないか。呉葉さんも狙われているから八代に連れてこいと。二人で羅刹童子を討ち、弟子さんを助けると。そう聞いたぞ。」


 雄座の言葉に、駆けながら月丸はくすりと笑う。


「あの猫の姿では何かを伝える力すら持たぬ。だから驚いたのだよ。お前が全て察してくれたからな。」


 月丸の言葉に雄座が返す。


「いや、ちゃんと聞いたぞ。ちゃんと伝える力を持っているではないか。」


 そうか。と答えると、月丸は背に掴まる雄座の手を握った。


「よくぞ無事で帰ってきた。雄座。」


 その声は風にかき消されるほどのか細い声であった。だが、雄座を狙う行為は、月丸の心を昂らせるのに十分なものであった。


「月丸。あれだ。」


 先の方で砂煙が上がっている。月丸は雄座を振り落とさぬよう、雄座の腕を握ると更に速く駆けた。







(大奥様。貴女をお守りすることができず申し訳ございません。せめて此奴の力にだけはなりませぬ故、どうぞお許しください…。)


 御岳は自らの喉に短刀を押し込んだ。


 押し込んだつもりであった。その腕は動くことなく、短刀は喉の手前で止まったままである。


「よせよせ。死んでしまっては霊力がなくなってしまうだろう。命は無駄にしてはならんぞ。くふふ。」


 羅刹童子がいやらしい笑いを浮かべながら言う。羅刹童子の言葉に、御岳も察する。


(金縛りか…くそ!)


 頭の中で術を唱える御岳。しかし体の自由を奪われては符も使えない。あまりにも強力な羅刹童子の金縛りは、到底御岳に解けるものではなかった。

 にやにやと笑いながら、ゆっくりと近付く羅刹童子。


「さて、我が血となり肉となれ。我に力を寄越せ。」


 大きく口を開け、その口を御岳の頭に近付ける羅刹童子。


どん。


 大きな音と共に目の前の羅刹童子が後ろへと吹き飛んでいった。


「大丈夫ですか?月丸!この人…足が!」


 金縛りのまま顔は動かせない。だが御岳は声で察した。


(昼間の…神宮寺氏か?何故ここに?今のは神宮寺氏が?)


 混乱する御岳を他所に、やはり聞き覚えのある声が続く。


「成る程。縛られているようだな。待っていろ。すぐに癒してやる。」


 その声と同時に、背後から淡い光が現れた。同時に激痛を伴っていた足から、徐々に痛みが消えてゆくのを感じる。


 それはほんの一瞬であった。光が消えると同時に御岳は短刀を落とした。


 カランと短刀の落ちる音を聞きながら、目の前の手を握ったり開いたりした。金縛りは解けていた。


「さあ、動けますか?肩を貸します。こちらに。」


 雄座は御岳の体を支えると、羅刹童子の吹き飛んだ方向と逆に歩き始めた。


「月丸!あとは頼むぞ!」


 雄座はそういうと、御岳と共に建物の影に向かった。


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