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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾弐幕 記憶
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記憶 拾肆

 窓が開くと同時に猫は部屋へ、とん、と降り立った。見た目は子猫のように小さいが、何かを伝えようとしているのか、その目は真っ直ぐに婦人を見つめる。


「どうしたの?そんな格好で。何か困ったことがあったのかしら?」


 婦人は蹲み、猫に優しく問う。まるでその問いに応える様に、猫は、にゃあ、と鳴き声を一つ上げる。


「そう。何かあったのね。私で助けになるのかしら?」


 猫の鳴き声に何かを察した様に婦人が訊ねる。


 にゃあ。


 猫は再び鳴いた。


 婦人はにこりと微笑み、そっと猫を抱え、ゆっくりと立ち上がった。


「大奥様?」


 男が訊ねると、婦人は振り返り男達に命じた。


「お前達。外の者達を捕らえておいで。この月丸さんを追ってきたのか、それとも別かは分かりませんが、捉えればわかるでしょう。出来ますね?」


 婦人の凛とした声に、男達は音もなく駆け出し部屋を後にした。



 帝国ホテルの外。

 植え込みの影を伝い、ひたひたと歩く小さな影が数匹。ぬらりひょんと共にいた鬼が生み出した餓鬼である。妖気を隠すなどと言う考えもなく、婦人を連れ出すと言う命令を愚直に遂行する為、ひたすらに婦人の気に向かって進んでいた。


 その歩く姿を建物の影から捉える男達。婦人の弟子の中でも上の者であろう。先程まで婦人と話をしていた男が呟く。


「餓鬼だな。大奥様を狙うとは、良い度胸をしておる。捕らえるぞ。あの餓鬼が誠の鬼か式神かはどうでも良い。生きたまま捕らえるぞ。」


 その言葉と同時に後ろに控えていた数人の男達が駆け出し、あっという間に餓鬼を取り囲んだ。

 餓鬼は驚く様子もなく、変わらぬ虚な目をぎょろりと動かし、男達を見る。同時に、餓鬼の口がにちゃりと開き広がる。まるで目の前に馳走でも出されたかのように、涎を垂らし唸る。


「我らを喰おうというか。餓鬼風情が。」


 男達は懐から符を取り出し、一斉に呪を唱えてその符を地に叩きつける。

 同時に餓鬼は何かに縛られでもしたかのように体を真っ直ぐに伸ばし、ばたばたと倒れた。

 だが男達は油断なく、その鋭い視線を餓鬼に向ける。

 倒れはしたが、餓鬼達は己の封を破ろうと、倒れたまま体を捻ったり、跳ねたりしている。


「御岳さん!こいつら、式神ではない!誠の鬼だ。しかも餓鬼のくせに強いぞ。急げ!封術が破られる!」


 男達は一斉に振り向く。御岳と呼ばれた男は先程の建物の傍に立ち、指で印を結び呪を唱えていた。


「待たせた。式神でも鬼でも同じ事。我らが織林流陰陽術の敵ではない!」


 御岳は印を結んだ指を前に突き出す。刹那、その手の先からぶわりと煙を発したかと思うと、その煙の中からまるで龍と思えるほどの大きな蛇が現れ、目の前の餓鬼に口を大きく開けて襲い掛かった。


 ぐちゅ。

 ごぶり。


 餓鬼達はなす術もなく蛇に喰われていった。


「流石は御岳さん。あれ程の強力な餓鬼も瞬く間だ。」


 男達は感嘆の声を上げる。しかし、御岳の顔はより一層険しくなる。


「まだだ。餓鬼は殺さずに取り込んだ。今はあの大蛇は敵の式神と思え。これから奴が敵の元まで案内してくれるだろう。行くぞ!」


 御岳の言う通り、餓鬼を飲み込んだ蛇は先程までの勢いは消え、突如として餓鬼の来た道をずりずりと戻り始めた。御岳を先頭に男達もその蛇を追った。




 鬼とぬらりひょんは材木倉庫の屋根の上に立っていた。


「お前の言う通りだった。帝国ホテルに放った俺の餓鬼どもがやられたようだ。式神となって返ってくる。なかなかの術者がおるようだな。」


 鬼がそう呟きながら醜い笑いを浮かべる。


「なんじゃと。お前さんの餓鬼が?あれ程の餓鬼を討つとは思わなんだ。式返しならば逃げた方が良いのではないか?」


 言葉とは裏腹に落ち着き払ったぬらりひょんが言う。

 ぬらりひょんの言葉に鬼は、ふん、と鼻を鳴らすと言葉を返す。


「馬鹿か。お前程度では分からんだろうが、式神と共に向かってくる人が六人程度。一人、大きな霊力を持っているようだが、それも人であろう。恐れることはない。」


 そう言う鬼にぬらりひょんが尋ねる。


「そうか。やってくるのは人と言ったな。あの婆は人ではないが、おびき寄せられなかったか?」


 鬼が応える。


「まぁ、餓鬼を殺して式神にしてしまうような奴ならば、それなりに修行して力を磨いた者であろう。喰って損はない。」


「ふん。そうかい。まぁ任せるよ。儂はあの男を見てくる。」


 そう言い残すと、ぬらりひょんは屋根を降りるため梯子に向かった。



 御岳と男たちは式神となった蛇を追い走っていた。蛇とはいえ式神。ふわりふわりと空を舞い逃げる蛇を追い、銀座を抜け、木場へと駆けていた。夜中である。人は居ないが、街灯が地を、空を行く蛇を照らし出す。


「これは見失わなくてよい。山の中ではこれほど明るくないからな。」


 男の一人が言う。


「ああ。だが、山奥ならいざ知らず、帝都にこのような巨大な力を持つ妖怪がいることに驚きだ。普通、人里から離れるであろうに。」


 別の男が応える。


「本当にな。これほどの妖力を持つ餓鬼、見たことがない。あの餓鬼を操るのだ。元の妖怪は余程名のある妖怪ではないか?」


 更に別の男が言う。


「うるさいぞお前達。大奥様に手を出そうとする妖怪だ。その辺の雑魚とは違う。集中しなければこちらがやられるやもしれぬ。」


 御岳が男たちを一喝し、再び足音が響くのみとなった。


 ぱん。


 それは突然起こった。空を逃げる蛇が突然破裂し、消え去った。


「何事!!」


 一人の男が叫ぶ。


「慌てるな。式神返しを破られた。近くに居るぞ。」


 御岳達は足を止め、周囲を見回す。


 どすん。


 刹那、大きな音を立てて、空から何かが降ってきた。全員の目がそれに向かう。七尺程度であろうか。体中が筋肉に包まれ、ぼさぼさの髪から太く鋭い角が生える。


「鬼!!」


 男達は叫び、鬼の周りに散開した。


「こいつ…、真の鬼ではないか。なぜこのような鬼がこの東京に?」


「とんでもない妖気だ…。」


 男達は周囲を囲み鬼を睨みつける。だが、その表情は驚きの色を浮かべる。その中で御岳だけは符を構え、戦う体制を整えている。

 鬼は辺りを見回すと、御岳に目を向ける。


「お前、いいな。良い気を持っている。喰ったらうまそうだ。」


 そう言うと鬼はにやりと笑う。御岳は何も言い返さず、符に念を込める。


「お前達!こいつをここに縛り付けるぞ!」


 御岳が叫ぶ。同時に周囲の男たちが一斉に手を前に出し、その指先で印を結ぶ。同時に鬼の周囲が淡く光るとまるで結界のように鬼を包んだ。


「御岳さん!」


「おう!」


 御岳は応えると、ばらばらと念を込めた符を三枚、空に投げた。


 空を舞いながら符は瞬く間にその姿を変えてゆく。


 先程の巨大な蛇。


 巨大な鴉。


 巨大な犬。


 蛇、鴉、犬は一斉に鬼に食らいつこうと飛び掛かった。


 どおん。


 辺りに轟音が響き渡る。




「何だ?この音は…。」


 雄座はゆっくりと身を起こす。

 鬼とぬらりひょんが戻ってこないかと暫く様子を見ていたが、轟音に驚き、つい身を起してしまった。


「まさか、彼奴らの狙い通り、婦人が来てしまったのか?こうしてはいられない。月丸を呼ばなければ…。」


 雄座は立ち上がると身を屈めながら入口の戸まで向かうと、戸に手を掛ける。その瞬間。


がらり。


 戸が開き、ぬらりひょんが戻ってきた。戸の傍にいた雄座と目が合う。


「なんじゃ。儂の術を解いたのか。ただ者ではないと感じたが、まさか術まで解くとはな。」


 ぬらりひょんは驚くこともなく、雄座を見下ろしながら呟いた。驚き身動きが取れない雄座を他所に、ぬらりひょんはすたすたと小屋に入ると、床に置かれた材木に腰を下ろした。


「儂の術が利かぬのなら止めることは出来ん。逃げるなら逃げるがよい。」


「はぁ?」


 ぬらりひょんの言葉に驚き、雄座は素っ頓狂な声を上げた。


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