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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第三幕 妖霊(ようりょう)
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妖霊 陸

 吉房と出会ってから数日、月丸は吉房とともに京への道にあった。月丸にしてみれば、自らの力でねじ伏せる事の出来なかった者が言う「楽しみ」を知ってみたかったと言う興味。そしてただ存在している自らの意味を知ってみたかった。何より、ただ襲いかかってくる人や妖を討ち続ける事にも飽きていた。吉房の言葉に乗ったのは所謂暇つぶしであった。


「人の良し悪しを見せてやろう。それには京へ行こう。」


 そう言う吉房に付き添い、旅路を進めていた。吉房は山菜を採り、川魚をとり、旅の食事としていた。これまで襲いかかってきた妖が月丸の食事であった。稀に人を喰らうこともあった。月丸にとってはそれが普通のことであったから。しかし吉房の与えてくれる食事は、月丸に初めて「美味しい」という感覚を与えた。そして何より、月丸の知らない人の世の理を語り聞かせる吉房に月丸は興味を引くこととなる。

 個々で存在する妖と異なり、人は家族や村、町、そして朝廷の元で国と言った集まりの中で生きる存在なのだという。そして個々に役割を持ち、その役割を全うし、短い生にも満足を得るのだという。


「月丸。今日辺り人の町に着く。お前にべべを用意せんといかんの。」


 ここ数日は野宿であった。月丸の居た地は人里離れた処にあった。京へ向かいながらも、山の中を歩き続ける日々であったが、どうやら町に辿り着くらしい。吉房の言葉に、その目で人の生業を見ることに月丸は興味を膨らませた。


「服は着ている。なんで服がいる?」


 月丸が着ているのは、妖霊討伐にやってきた武家の服を奪ったものである。月丸はそれも当たり前のことで気にも留めていないが、吉房は笑いながら説明する。


「かっかっ。月丸や。そんな武家の戦装束を着ている奴が居るかよ。それに人は自分と違う者を受け入れん。人の世を見るなら、人の世に適した格好というものがある。儂が用意してやるから、心配するな。」


 吉房の言葉に「そんなものか。」そう納得する月丸。服などは身を包めればなんでも良い。その程度の認識であった。



 その日の夜に人里に辿り着いた。大きな町ではないが、それなりに家屋が並んでいる。すでに日も落ちているため、閑散としているが、月丸には家が並んでいる事も新鮮であった。


「おい吉房、この一つ一つに人が住んでおるのか?」


 周りをキョロキョロと見ながら吉房に尋ねる。吉房も月丸が興味を持つことが嬉しいのか、笑いながら答える。


「その通り。一人で住んでいるものもあれば、親や子と住んでおる者、色々おるぞ。」


 へぇっと零す月丸を見ながら吉房が続ける。


「これが家という人の住む処だ。これが集まって人里になる。人が増えれば町になり、町が増えて国となる。面白いものだ。」


 吉房は立ち止まって月丸の顔を覗き込んだ。月丸も何事かと見返す。


「しかもな、人は自分の生きるために働いておるのだが、どんな仕事でも世のためになっておる。己の生きるためと言いつつ、結局は世のためになっておる。面白いじゃろう?」


 そう言うと高笑いしながら再度歩み始めた。言葉の意味がよくわからず、月丸は呆れながら吉房の後ろを歩き始めた。

 しばらく歩くと一軒の屋敷に着く。周りの家と比べて少し大きな屋敷の門を吉房はためらい無しに入って行く。月丸は人の住家に立ち入るのは初めてであり、吉房の後をキョロキョロとしながら着いて行く。


「ここはな、さのじょうと言う村長の家でな。以前、妖に祟られたのを儂が祓ってやったのじゃ。」


 月丸にそう言うと、今度は屋敷に向かって吉房は声をあげた。


「佐ノ丈。おるか?吉房が参った。佐ノ丈よ。」


 突然の大声に月丸が驚く。間も無く、カタカタと戸板の開く音と共に、少し老けた男が顔を出した。男は月明かりに吉房の顔を見ると、皺を深くし顔を綻ばせた。


「これはこれは吉房様。また来ていただけるとは有難い。」


 そう言いながら吉房に駆け寄った。


「佐ノ丈よ。いきなり訪ねて申し訳ないが、お前さんに娘がおったろう?すまんが古着を一枚貰えんか。この娘に服が必要でな。」


 そう言うと吉房は月丸の頭を撫でた。月丸もどうして良いやら分からず吉房の手に頭をゆらゆらさせている。佐ノ丈はそんな月丸を見ながら、理由も聞かずに吉房の言うことを了承する。


「ええ、構いませんとも。夜も更けてきますし、どうぞ今日は泊まって行って貰えませんでしょうか。お礼もしたいし、積もる話もあります。」


 「そこまでしてもらうのは申し訳ない。」そう言う吉房の手を佐ノ丈は家に引っ張りながら月丸にも声をかけた。


「さぁお前さんも心配せずに家にお入り。今日はここに泊まってゆっくりするといい。」


 その姿から月丸を幼ない娘と勘違いしている佐ノ丈はゆっくりと優しく月丸に話しかけた。月丸はうん、と頷くと二人の後をついて行った。


 囲炉裏の側に座らされた月丸は、人の住処が珍しく部屋の中を見回していた。木を組み合わせて出来たその作りは、月丸にとっては驚くものだった。間も無く、佐ノ丈の妻と娘もやってきた。


「これはこれは吉房様。その節は大変お世話になりました。」


 妻は仰々しく指をついて吉房に頭を下げた。娘も母と同じく頭を下げている。吉房はそれを気まずそうに受けている。


「おいおい、やめてくれよ。儂はお前さんたちに我儘を言いにきたのだ。そこまでされるとこちらが気不味い。」


 笑いながら話す吉房に佐ノ丈の家族もつられて笑う。吉房は娘の頭を撫でながら、和かな表情を浮かべた。


「すずや。大きくなったなぁ。歳は幾つになった?」


「五歳。」


 満面の笑顔で答える娘。悪意を全く感じないその光景は、月丸には不思議な光景であった。この様な穏やかに相手と対峙する事など今まで経験したことのない月丸は、初めて接する親しみを持った善意に戸惑った。


「私、すずっていうの。あなたは?」


 戸惑っていた月丸に佐ノ丈の娘、すずが尋ねた。月丸は焦り声を裏返し答えた。


「つ……、月丸!」


 そんな月丸を笑顔を蓄え嬉しそうに頷く吉房。


「月ちゃん。綺麗な名前ね。それにお月様みたいな綺麗な髪の色。」


 子供らしく、すずは月丸の見た目を気に留める事もなく月丸の白銀の髪を撫でた。月丸としては妖の中でも最も強い妖霊の自分が、人の子になすがままにされている事、そして僅かに感じる心地良さに月丸は更に戸惑う。


「すずや。すまんが月丸は長く山奥で暮らしておってな。同じ年頃の子への接し方が分からんのだ。良ければお前が仲良くしてやってくれると嬉しいのだが。」


 月丸の様子を見て、吉房は笑顔を向けながらすずに言う。その言葉にすずは満面の笑顔を向ける。


「うん。月ちゃん。仲良くしようね。私ね、かあ様から作ってもらったお手玉があるの。一緒に遊びましょう。」


 そう言いながら立ち上がりお手玉を取りに行こうとするすずを母が止める。


「これすず。吉房様も月丸ちゃんも長旅でお疲れです。今日は休ませてあげないと。」


 母に言われ、うんと頷きながら口を尖らせて再び月丸の横に座る。そんな姿に月丸は自分でも意図せず言葉を発した。


「お手玉とは、楽しいのか?」


 月丸が反応したのが嬉しかったのか、すずの表情は満面の笑みに変わった。


「うん。楽しいよ。歌を歌いながらね、こうするの。」


 そう言いながら両手を上下に動かすすずの姿に、月丸の好奇心が高まった。そんな二人の姿を見ながら、吉房は嬉しそうに目を細めた。

 その日はささやかながらも晩飯をご馳走になり、寝る事となった。


 月丸はこれまで、人も妖も自分にとっては悪意をむき出しにして群がってくる厄介者であった。しかし、吉房も、すず達も、月丸に好意を示す。月丸は理解できず戸惑うばかりであるが、なぜか感じる心地良さを抱きつつ、その日は眠りについた。




 翌朝。


 月丸はすずの着物に袖を通していた。そして母から丹念に髪を梳かしてもらい、すっかりと愛らしい娘の姿になっていた。そんな月丸に吉房は笑いながら言う。


「かっかっ。すっかり愛らしくなったな。髪の色はまぁ仕方ないが、愛らしい人の子の様になっとる。」


 すずも吉房の言葉に続く。


「吉房様。月ちゃんは最初から可愛らしいのよ。ちゃんとしたべべを着せてあげなかった吉房様が悪いのよ。」


 これ、なんて事を言うと嗜める佐ノ丈をよそに、月丸の姿をすずが自慢気にする。月丸も複雑ではあるが悪い気分はしない。


「月丸。儂はちと佐ノ丈と出掛けてくる。お前はすずに遊び方を教えて貰うが良い。」


 そう言うと吉房と佐ノ丈の二人は出掛けていった。二人を見送った後、母はすずに笑顔を向ける。


「すず、今日はお手伝いは良いから、月ちゃんと一杯遊んでおいで。」


 その言葉にすずが喜び月丸の手を引く。


「月ちゃん。お庭で遊ぼう。昨日言っていたお手玉を教えてあげる。」


 嬉しそうなすずと成すすべなくすずに引っ張られて行く月丸を母は笑顔で見送った。庭に面した縁側まで月丸を引いてくると、昨日の約束通り、すずはお手玉を持ってきた。


「月ちゃん、やってみるから見ててね。」


 そう言うとすずは二つのお手玉を交互に宙に浮かべながら、歌を歌い始めた。



ひとつひのでにかむなをとない


ふたつひむかにもうでます


みっつみちをもひとをもたがえ


よっつようようしんとなる


ちゃんちゃんちゃん



 最後に二つのお手玉がすずの両手に収まる。


「ね。上手でしょう。かあ様に習って沢山やったの。」


 月丸は驚いた様にすずに見入った。初めて聴く歌はとても心地の良いものであり、月丸はすっかりと聞き惚れていた。「もう一度見たい。」そう言う月丸に、すずは自慢気に何度も披露した。


 疲れたすずにお手玉を受け取り、月丸も歌とお手玉を習いながら遊ぶ。すずが飽きると、今度は庭に出て、二人で石投げ遊びを始める。吉房が戻ってくる頃には、日も傾き始めた頃である。吉房の目に止まったのははしゃぎながら庭を駆け回る二人の童であった。そこには、妖の中でも

最も強く恐ろしいとされた妖霊の姿はなかった。驚きながらも目を細めて喜ぶ吉房。


「かっかっ。儂なんぞよりもすずの方がしっかりと月丸を導いてくれるかよ。」


 そして高笑いする吉房。その声に月丸は振り返る。その表情は、すずと同じく、目を爛々と輝かせ、その口元には笑みを浮かべる。そんな月丸の顔を見て、吉房は更に笑った。


 月丸の変化を喜ばしく感じた吉房は、もう一晩、佐ノ丈の家に泊まることにした。昨日とは打って変わって、月丸が饒舌となった。


「すずはすごいのだ。歌というとても綺麗な術を使う。教えてもらったのにすずみたいに上手に歌えない。」


 囲炉裏端で吉房と佐ノ丈の家族がいる中で月丸が歌い、すずが合いの手をいれ、母が歌に合わせて手を叩く。月丸が歌い終わると、すずが言う。


「月ちゃんもお歌がとっても上手だよ。それにすっかり覚えちゃったんだから。」


 お互いがお互いを褒めながら、大人にさも自分のことである様に自慢している。その光景に、吉房はうんうんとにこやかに月丸たちの言葉に頷いた。




 床に入った際に吉房が月丸に尋ねた。


「月丸、人との関わりも楽しいじゃろう?」


 月丸はすずと遊んだ事をいちいち思い出して、暫くしてから答えた。


「うん。楽しい。面白かった。こんな気分は初めてだ。」


 そう言いながら笑う月丸は、自分自身の変化に気づくことはない。しかし、吉房には、あの骸の山で見た妖霊の面影は一日で消え、明日の遊びを楽しみにしながら眠りにつこうとする童の姿を目に映しつつ、その晩は休んだ。

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