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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾弐幕 記憶
134/176

記憶 陸

「しかし、よくぬらりひょんに目を付けられて逃げおおせたな。お前は良くも悪くも素直だから、簡単に騙されそうだがな。」


 月丸がにやりとしながら雄座に訊ねた。その月丸の正確な予想を聞いて、雄座は苦い表情になる。


「ああ。お前とは酒を呑みかわす仲だと言われてな。お前が恩義を持つ者と言われて、何故だかつい、吉房殿と思ってしまった。」


 すると、月丸は更に問う。


「雄座、お前、『吉房殿か?』なんて訊ねて、そうだと言われて信じたか?」


 まるで、先ほどの事を見ていたのではないかとも思える月丸の問いに雄座は苦い顔を更に深くする。


「ははは。それはぬらりひょんにとっては雄座(おまえ)は良い鴨だったようだな。いや、よく逃げおおせたものだ。」


 月丸は笑いながら雄座の湯飲みに酒を注ぎ足した。雄座は月丸の言葉で話を戻す。


「逃げてはいない。お前の言うとおり信じてしまっていたからな。だが、ある方に助けられた。誰だと思う?」


 突然の雄座の問いに月丸が考える事なく応える。


「あやめが帰ってきたのか?」


「いや、あやめさんではないが…。」


 問うた側の雄座の方が言葉を濁す。月丸はくすりと笑う。


雄座おまえと俺が揃って知る者など、限られているぞ。あやめと…、そうだ和代と言ったか?天狐の娘と、多恵子くらいか。」


 指を数えながら言う月丸に、雄座が反論する。


「そんな事はない。吉房殿だって、すずさんだって俺はお前から聞いて知っているし、鞍馬天狗殿だっているではないか。」


 そう言う雄座に少し驚きつつも、既にいない吉房やすずをも雄座の知る者に入っている事に少し喜びを感じる月丸。


「ああ。そうだな。でも吉房もすずももう居ない。お前を助けた者と言うから、今の世に在る者を考えただけだよ。」


 月丸が諭すと、雄座はばつ悪そうに頭を掻いた。


「そうだな。すまん。いや、その助けてくれたのが、昼間に話したご婦人なのだ。」


「ほう。」


 一つ相槌を打つと、月丸は酒を口に運ぶ。その様子を見ながら雄座が言葉を続けた。


「ぬらりひょんに連れていかれるところを、偶然であろうがそのご婦人が通りかかって、声をかけてくれたのだ。」


「ふむ。」


「それで、ご婦人が俺を連れて行くならお仕置きしなければならない、そうぬらりひょんに言うと、ぬらりひょんは血相を変えて逃げていったんだ。」


 ふむ。と、月丸は再び相槌を打つと、火鉢に当てていた土瓶の酒を雄座に注ぐ。


「なるほどな。まぁ、ぬらりひょんは争える力も持たない。勝てぬ相手なら逃げもしよう。ただ、確かに人相手であればそこまで慌てて逃げるまでもなかろうにな。」


 そう言いながら手酌で自分の酒を注ぎ入れると、酒を口に運び、一息入れると月丸が訊ねる。


「妖か?」


 月丸の問いに雄座は頷く。


「多分。それもお前が良く知る方だ。」


 雄座は真っ直ぐに月丸を見て言葉を続ける。


「ご婦人にお名前を伺った。名を織林呉葉というそうだ。」


 その名に月丸の眉がぴくりと動く。


「呉葉?」


「ああ。月丸。お前が話してくれた百鬼夜行の顛末。その折りに同行したという第六天魔王の力を授かったという呉葉さんだ。その呉葉さんが、あのご婦人なのではないか?」



 呉葉。

 能や歌舞伎の演目としても後世に謳われ、雄座もその存在は知っていた。無論、そこに描かれる呉葉は鬼となった女、呉葉が悪行を尽くし、最後は討たれる話である。真実は、吉房の説教により心を入れ替え、人々のために尽くす術者となり、月丸達と共にこの地に生きる者全てに降りかかる厄災である百鬼夜行の封印の一助となった。


 雄座は月丸の応えを待つ。


 月丸は暫し考える風であったが、静かに首を横に振る。


「呉葉は、天魔王の力を与えられたとは言え、元は人なのだよ。その力で普通の人よりは生き永らえるかもしれないが、数百年の長き世が過ぎた今、生きては居ないだろう。」


 そこまで言うと月丸は酒を口に含む。

 ふう、とこぼして言葉を続けた。


「恐らく、人ではないにしろあの呉葉ではないだろう。同じ名であるだけだろう。」


 その月丸の応えに雄座も肩を落とす。


「そうか。もし、お前の話に出た呉葉さんであれば、会わせてあげられるかもしれないと思ったのだが…。」


 そこまで言うと、雄座は何かを思い出したかの様に顔を上げた。


「いや。確かに言ったのだ。昼間に聞いた恩師の名、あのご婦人の口から、『吉房様』と。偶然ではないのではないか?」


 雄座の言葉に月丸は驚いた様に目を見開く。


「その婦人が、呉葉がそう言ったのか?」


 月丸の問いに雄座は頷く。


「泊まっているホテルを聞いた。明日にでも訪ねてみないか?そうすれば呉葉さん本人か、そうでないかは分かるというものだ。」


「ふむ。行ってみるか。」


「そうしよう。」


 雄座の提案で、明日朝一に織林の元へと二人で訪ねる事にした。




 一夜明け、雪は止んではいたが、やはり曇天が広がる。朝一番で織林婦人を訪ねるため、雄座は社で一晩を過ごした。


「さて、行くか。」


 雄座の言葉に月丸も頷く。雄座の忠告で帝国ホテルに向かうのであれば、きちんとした服装をしなければと言われ、月丸ぶんしんはワンピース、以前にあやめが買ってきた薄紅の外套を着ている。相変わらず、こういう格好をすると良家のお嬢様である。


「ああ。俺は構わんが、雄座はそれでいいのか?」


 そう月丸に言われ、改めて自分の格好を見る。シャツに袴、綿入を着込んだ格好はどう見ても月丸とは釣り合わなかった。


「そう言えば、和代さんが買ってくれた背広があったな…。」


 頭を掻きながら恥ずかしそうに呟く雄座を眺めながら、月丸が応える。


「ならば、一度お前の家に行こう。ちゃんとした格好でないと入れないのであろう?」


 帝国ホテルと言えば、鹿鳴館の側に建設され、外国人の宿泊者も多い。雄座も前を通る事はあったが、実際に入る事はなかった。ただ、客の身なりは男であれば背広姿や紋付袴、婦人であれば、やはり華美なドレスや着物など、誰しも身なりが整っていたので、それこそ雄座の普段の格好ではあまりに敷居が高く、遠目で見るしか出来ない場所であった。


 だが、今回はその場違いとも思える場所に行かねば、月丸と呉葉を会わせることができない。

 雄座は暫く考えた後、月丸の提案を承諾し、先ずは雄座の家に向かうこととなった。


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