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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾壱幕 月夜伽話
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月の名の伽話 弐

 星も見えぬ曇り空。

 月もその雲に姿を見せたり隠されたりと、何とも不安にさせる夜。


 人外の者に追跡され、慌てて駆け込んだ月丸の社。だからこそであろう。雄座は割と安心して鳥居の外を見ていた。


 件の杖を持った黒帽子の男は、あれからこの辺りをうろうろとしている様で、三十分に一度は鳥居の前を通っている。


「雄座を見失ったこの辺りを探し続けている様だな。」


「ふむ。」


 二人はそんな会話をしつつ、昼間に買ってきたきゅうりや茄子を月丸が浅漬けにしたものを酒の肴にしながら、呑気に濡れ縁に座っていた。


「しかし、月丸を探すならわかるが、俺を追う理由がわからんな。またあれか?お前の妖気が染みていたとかか?」


 雄座が胡瓜を一切れ、口に放りながら呟く。


「以前、その様なことがあってから、お前が纏う妖気を隠しているぞ。そこいらの妖や土地神ならば欺いていると思うがなぁ。」


 月丸も、酒を口に運びながら雄座の呟きに答える。


「やはり、あれも呪導師なのか?」


 丁度、幾度目になるか、鳥居の前を通り過ぎて行った杖に黒帽子の男を眺めながら、雄座が言う。


「多分な。社の中では気配もわからぬし、何よりあの呪導師、浅草での呪導師の仲間であれば、本性を出さぬ限り気付けぬ。」


 月丸の目も鳥居を向いている。だが、その目には男は見えていない。


 そんな話をしながらも、月丸にはまだ解せぬ事も多い。自分は妖霊の力をほぼ使いこなせている。そして、師から学んだ陰陽術もある。妖の気配は、どんなに小さくとも見逃すことはない。

 それが、気配どころか姿すらも見えないのだ。それが示すのは、あの呪導師が余程高位であり、月丸を上回る力を持つという事。そうでなくとも隠匿の術に長けているという事だろう。


「やれやれ。雄座、お前は本当に面白い。」


 月丸はそう言い微笑んだ。


 ただの人が、雄座が、あの者たちに狙われる。それは浅草での呪導師を討った際、いや、果たして討ったのであろうか?いずれにしろ、月丸と繋がる人であるということを認識されたということ。

 それについては雄座を自分の命に変えても護るつもりでいる。

 だが、毎度毎度何かしらに首を突っ込むこの男が、改めて面白かった。今も、自分ですらわからぬ者を目にしている。そのくせ、雄座はただの人だというのだから。


「さて、あれをどうするかだな。正体もわからねば、俺には姿も見えない。」


 月丸が腕を組んで考える。


「俺が囮になって…。」


「却下だ。」


 雄座の提案を言い終える前に月丸が却下した。項垂れる雄座。


 だが雄座にもわかっている。浅草で見た呪導師が力を解放した際、雄座は幾重にも張られた月丸の結界に守られていた。それでも身代わりとなる護符は形も残らぬ程の炭となっていた。

 その様な者を月丸が相手するには、明らかに自分が足手纏いになる。それでも、雄座が月丸の力になれるとしたら、囮となることだけである。


 項垂れる雄座を慰める様に、月丸が笑いながら言う。


「多分だが、雄座が妖霊おれと繋がっていることを相手は知っているのだろう。雄座に危機が及ぶのは俺としても困る…。」


 そう言いかけて、月丸の言葉が止まる。口元に手をやり、空を見上げて何かを考えている。


「何だ?月丸。何かいい案でも思い付いたか?」


 雄座が訊ねると、暫くの沈黙の後に月丸が笑った。


「相手も分からぬし、危険ではあるが妖らしく化かし合いと行くか。」


 そう言って月丸は雄座に微笑みかけた。




 暫し後。

 雄座と月丸は鳥居の元にいた。

先程から三十分に一度、あの男は歩いてくる。頃合いから見て間も無く路地に入る頃であろう。


「では…。行くぞ。月丸。」


「ああ。少しでも危なそうなら鳥居に飛び込め。」


 月丸と雄座は短いやりとりを終えると、雄座は鳥居を抜け路地に立った。

 ちらりと目を左に向けると、闇に溶けた様な燕尾の黒から覗く白いシャツが見える。やはり歩いてきている。

 雄座はただ、鳥居に背を向け、そこに立ち続けた。


 男は徐々に近づいて来る。雄座はぴくりとも動かず、ただ立つ。


 男が雄座の前を通り過ぎる。まるで雄座の存在に気付かぬ様に。

 その場で、男が先の角を曲がるのを見届けると、雄座はすっと鳥居の中に身を戻した。


「どうだった?」


 月丸が問う。


「多分だが…、俺には気付いていない様であった。だが、顔は見た。萬斎が連れていたあの小坊主と同じく、虚な、生気のない顔であった。」


 月丸の問いに雄座は確信の持てぬまま答えた。


 月丸はふむ、と頷くと、にこりと笑った。


「これで騙せるならば何とかなりそうだ。」


 月丸が仕掛けたのは、雄座の姿と気配を他者から欺く術であった。幾重にも結界を施し、遊佐の安全を確保した上で、他者からは雄座の姿が蜥蜴に見えるように細工した。


 側から見れば、鳥居は見えず、壁が続いているのみである。つまり、あの黒帽子の男から見れば、壁に蜥蜴が張り付いていた。それだけの事になる。

 そしてそれは、月丸の妖術が相手に有効である事を示した。

 無論、もしもの時を考え、雄座は後ろ手を鳥居の内側に入れ、月丸がいつでも引き込める様握っていた。


「上手くいったようだ。これなら何とかなりそうだな。さて、では相手の意図を探りに行くか。」


 月丸の反応を見て、雄座が言う。


「ああ。だが、無理はするなよ?雄座。」


「わかっているさ。」


 月丸は雄座の毛を抜くと、己の分身を雄座そっくりに作り上げた。それは蘆屋道満とやり合った時に作った分身である。


「相変わらず、自分が目の前にいるのは気持ち悪いな。」


 苦笑いを浮かべる雄座。


「まぁ、そう言うな。中々に男前じゃないか。」


 そう言って笑う月丸。


「あの男はどうだ?」


 男の姿が見えぬ月丸は雄座に問う。


「うむ…。」


 暫くすると、あの男が鳥居の前を通り過ぎて行った。


「今だ。今、通り過ぎた。」


 雄座の言葉で月丸も動いた。


「よし、始めるか。上手くいけば良いがな。」


 そう言うと雄座と雄座の分身は手を取り鳥居を抜けた。銀座とはいえ、流石に真夜中では人の気配もない。

 

「じゃあ頼んだぞ。月丸。」


「ああ。何とかやってみよう。」


 そう言うと、分身はスタスタと早足で大通りへと向かった。

 当の雄座は、鳥居の前で再び立ち尽くす。先の浅草で出会った呪導師の様に広い範囲に影響を及ぼす可能性もあるため、対峙するのは月丸の分身のみである。




 その分身は大通りまで出ると、通りの真ん中に立った。この時間ならば車も路面電車も走っていない。広さも、まぁ、大丈夫であろう。


 ただ、相手が本性を出さねば月丸の目に映らないのは厄介である。近付かれても、遠くから術を放たれても気付かぬかも知れぬ。


 月丸は自身の周囲に呪を掛けた。

 見えぬ者でも、何かが上を通れば呪は発動する。その呪を解くためにも、正体を現すかも知れぬ。


 そしてその月丸の予想は的中した。


 背後に配しておいた術が突然放たれた。

 方陣が地に光り、それに連鎖して周囲の方陣も光を放つ。周囲の方陣からは、小さな鬼、護法童子がわらわらと現れ、月丸には見えぬ何かに鎖を絡めてゆく。


「ほう。護法童子にも見えているのか。と言うことは、妖霊おれだけに見えぬ様にしているのか?」


 それと同時に、見えぬ何か、の周囲上下をうすら輝く光の壁が包み込む。

 

 護法童子の鎖が集まるところへ視線を向け、雄座の姿をした月丸が言う。


「さて、本気で逃げねば、護法童子により無へと運ばれるぞ?」


 そう言った矢先、ばりばりと月丸の視線の先の結界が壊れてゆく。そして封じている側の護法童子が、その手に持つ鎖を振り回されて、地面に叩きつけられる。


 刹那。


 術に嵌められ、怒りに任せて妖気を放つ。その為隠匿を解いたのであろう。月丸の目線の先に姿を表したのは、狩衣に烏帽子を被った巨大な鬼であった。恐らく三メートル近くあるだろう。

 だが、唯の鬼に喰われた術者の呪導師であれば、月丸にとっては相手にもならない。だが、目の前の鬼は月丸の結界を破り、今まさに護法童子全てを消し去ろうとしている。

 その強さの意味が分からない。


「貴様ぁ…。恐るるは妖霊のみと思えば、己も術者であったか。」


 鬼の言葉に、今は雄座の姿であることを思い出す。


「俺が目的か?それとも妖霊か?」


 話す間に、鎖で呪導師を取り押さえていたはずの護法童子は殆どが屠られていた。


 やっと自由になったで呪導師が言う。


「両方よ。如何やらお前が妖霊に辿り着く鍵とわかった。ならばその体をもらい、記憶をもらい、妖霊の元へと運んでもらおうと考えたのよ!」


 成る程。その為に雄座を尾行し、都合の良い場所で取り込むつもりであったのだろう。


 姿も見え、相手の目的も知れた。ならば次は黒幕である。

 

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