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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾幕 導師
113/177

導師 漆

 この真夜中、雄座は病院で眠っている。幸い、世話を申し出た和代も一先ず屋敷で眠らせている。となれば、今夜が雄座を連れ出す絶好の機会である。


「私が雄座さんをこの社まで連れて来ます。そうすれば、月丸さんが看てあげることができますよね?」


 あやめの提案に頷く月丸。


「だが、勝手に連れてきて大丈夫なのか?」


 月丸の問いに暫く考えた後、あやめが笑って応えた。


「誰かに見つからなければ。御妖霊に掛かれば、大丈夫だと信じていますよ。病院には夜が明ける前に雄座さんを戻せば大丈夫でしょう。」


 つまりは時間がないと言うことだ。今は既に深夜の一時を過ぎている。夜明けまでに雄座を癒す必要がある。それを、月丸なら大丈夫、あやめはそう信じているようであった。

 月丸は再度、こくりと頷いた。


「わかった。あやめ。よろしく頼む。」


「お任せを。」


 月丸に応えると、あやめは翼を広げ飛び立って行った。月丸としては後は暫く待つしかないが、果たして、雄座は病なのであろうか?そのような気配は昨日まで全くなかった。

 先程まで元気であったものが、突如として体調を崩したり、時には命を落としてしまう、その様を昔何度も見ている。


 呪。


 妖による妖術。


 陰陽術などは、地面に呪を配置し、その上を通った者の命を奪う術もある。


 病でなければその類であろうか?


 そこでふと月丸が思い出す。


 数日前、浅草で出会った蘆屋道満の子孫を語る男。呪を掛けたと言ったが、それらしい気配はなかった。それにもしもの為に呪返しの結界を張っていた。

 あの男が本当に呪を放っていたら、その呪いはそっくりそのままあの男に返るはず。しかしその様子もない。

 

「長い年月この社に居た間に、新たな術でもできたのであろうか…。」


 そんなことを呟きつつも、今はただ待つしかなかった。





 さて、あやめである。


 病院の屋上にさっと降りると、中に通じる戸の閂を術で容易く外すと、夜勤の看護師の目に止まらぬように雄座の病室まで容易く辿り着いた。


「ん?」


 雄座は神田男爵の計らいで、個室に入院しているが、中から何やら動く気配がする。


「あら…。丁度看護師が様子を見に来ているのかしら?」


 そう思い、戸に着いた硝子窓からそっと中の様子を覗き見た。


 病室のベッドには雄座が眠っている。その雄座の上に、黒く動く影がある。あやめは意識を集中し、その影を見る。


「妖の類か。ならば…。」


 あやめは懐から小太刀を抜くと、音もなく戸を引き開け、尋常ならざる速度で黒い影を切りつけた。


「ひえ」


 僅かな悲鳴ともに黒い影は霧散していった。


「 妖に憑かれて居たのね。これで雄座さんも元に戻るかな。」


 小太刀をしまい、雄座を起こしてみる。


「雄座さん?雄座さん?起きてください。あやめです。わかりますか?」


 だが、声を掛けても肩を揺すってみても、雄座は反応しなかった。ただ静かに、寝息を立てている。


「やっぱり月丸さんに任せないとだめか。」


 あやめは妖怪退治は得意だが、月丸のように癒す術を知らない。先程の黒い影が元凶であるならば、祓ったことを少し後悔しつつも、雄座を抱き上げ、再び屋上に出ると、社を目指して飛び立った。



「早かったな。」


 雄座を抱え降り立ったあやめに月丸が言う。


「病院で雄座さんの上に黒い影を見ました。やはり呪か妖の類かと思われます。」


 あやめの報告に月丸は頷くと、あやめから雄座を受け、拝殿へと連れて行った。すでに用意されていた布団に雄座を寝かせると、月丸はまじまじと雄座を見つめる。

 

 あやめは黒い影を見たと言っていた。ならばそれは雄座を狙う妖か、或いは呪か。その何かを判断するため、意識を集中する。

 

「居た。呪だ。」


 雄座の体から蜘蛛の糸よりも髪の毛よりも遥かに細い黒い糸のようなものが空に延びている。その線の太さで、呪の強さが大体わかる。過去、吉房と共に旅をした時、朝廷の陰陽師が放った呪いなどは、少し集中すれば目に見えて指ほどの太さの線があった。

 だが、雄座に掛けられた呪いは余程弱いものか、それとも意図してこの程度に掛けられたものか。その判断は付きかねた。だが。


「俺の友に呪を掛けたのだ。然程強い呪いではないが、この者には痛い目に遭ってもらうとしよう。」


 月丸はすっと立ち上がると、境内に出て分身を作り上げた。


「月丸さん?」


 月丸の意図が分からず、あやめが呟く。


「あやめ。手伝ってくれ。」


 分身が雄座を背負うと、雄座の足を地面に擦ってしまう。あやめに雄座を抱き上げてもらうと、分身は敷いて居た布団を抱えた。


「さぁ。行こう。」


 月丸は鳥居に向かって歩いてゆく。その胸に布団を抱え、反対の手は雄座の手を握っている。


「ああ。成る程。」


 そう呟くあやめに、分身は微笑む。


「この中で呪を払っては、術者に返すことができぬ。鳥居の外でやる必要があるのでね。雄座が居てくれれば、外にも出られる。術者に後悔させてやる。」


 無邪気な笑顔でそう言う月丸。あやめは改めて、月丸が怒っていることを認識した。


 語りながらも、月丸の予想通り、雄座と繋がっていれば、社の外に出ることができた。

 幸い、深夜なので、銀座とはいえ、人通りはない。道の端に布団を置き、その上に雄座を寝かせる。


 月丸は雄座の傍に胡座に座ると、雄座の胸の上に右手を置く。左手は指を立て、口元へ。そして術を唱えるかのように口を僅かに動かしている。

 あやめは静かにその情景を後ろで見守っていた。


 月丸が静かに自らの口元へあった左手を雄座の口元に運ぶ。


 刹那。


 細く、あやめでは見る事も出来なかった呪の糸は、雄座の体から白く、太いものに変化してゆく。そして、その白い光は、夜空へと舞い、やがて見えなくなった。


「…これが呪返しですか?」


 あやめが問う。


「ああ。相手が雄座の命までは奪わなかったので、この程度で許してやろうと思うが。何とも脆弱な呪だ。」


 ゆっくりと立ち上がりながら、月丸はあやめに向き直す。


「すまない。社の中にいる俺にこの布団を預けて来てくれ。」


 あやめはこくりと頷くと、布団を社の中にいる月丸に届けた。


「雄座さんはもう病院に戻してよろしいのですか?」


「ああ。だが、俺も着いてゆく。雄座が目覚めるまで、分身を側につけておくよ。」


 月丸はそう言うと、布団を抱えて拝殿へと消えていった。あやめは改めて外に出ると、雄座を抱き抱えた。


「月丸様はどのようにして?」


 一緒に病院に行くというが、月丸はあやめのように飛翔することはできない。あやめの問いに月丸が答える。


「あやめは飛んでゆけば良い。追って駆けるさ。」


 そういう月丸を信じ、あやめは翼を広げると、空へと舞い、病院へと向かった。時々、下を見ると、月丸は屋根から屋根へ、屋根から木へとまるで遊んでいるかのようにぴょんぴょんと跳ねながら着いて来ていた。


 早々に病院に戻ると、連れ出した時と同じように屋上から侵入し、誰にも見られることなく雄座をベッドに戻した。


「月丸さんはこのままどうするのですか?」


「ああ。こうする。」


 月丸がそう言った刹那、月丸の姿も気配も、あやめには認識できなくなった。


「え?」


 驚くあやめに、術を解き、姿を現す月丸。


「結界だよ。以前雄座に掛けたものだが、覚えているか?」


 月丸にそう言われて思い出す。河童化け退治の際に、月丸が雄座に掛けた結界、あやめからは雄座の姿も声も気配も認識できなくなっていた。


「でも、あれは妖に見えなくなるだけでは?病院内は人ばかりですが…。」


 あやめの問いに月丸が答えた。


「ああ、あの時は河童化けに見つからないようにしたので、妖に見えないようにしたが、完全に気配を絶つ事もできるぞ。」


 事もないように言う月丸に、改めて驚くあやめ。


「普通、そんな大掛かりな術、中々使えないんですよ?」


「妖霊だからな。」


 月丸が笑って答えたため、あやめも笑うしかない。


 やがてあやめは屋敷に戻り、月丸は雄座の側で腰を下ろした。


「雄座が目覚めたら、術者の元へ行かねばな。」


 まずは雄座が目を覚ますのを待つ事にした。


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