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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第拾幕 導師
110/176

導師 肆

 散々、月丸やあやめに色恋に鈍いと揶揄われたが、小吉の態度に気付けたのだ。俺も中々だな。そんなことを思いつつ、雄座は小吉の案内で席についた。舞台側の枡席で有る。普通に金を払ったならば、雄座の手元の金の半分は飛んでゆくだろう。役得で有る。

 月丸は初めての芝居小屋が珍しいらしく、辺りをきょろきょろと眺めていた。


 程なく、他の観客が流れ込んできた。自分の札を見ながら席を探す者、慣れているのかさっさと腰を下ろす者、男女で歓談しながらゆっくりと進み、後ろの者を苛立たせる者。


「いろんな表情があって面白いな。」


 月丸は人を観察し楽しんでいる様であった。そこに小吉がお茶と茶受けの菓子を運んできた。


「間も無くですんで、寛いでいてください。」


「ああ。ありがとう。」


 小吉からお盆を受け取り礼を言う雄座。だが、小吉はごそごそと袖を探りながら去ろうとしない。不思議に見ていると、小吉は紙の包みを取り出した。


「あの、良かったらこれ…。美味しいよ。」


 そう言いながら月丸に包みを差し出した。月丸もそれを受け取り、にこやかに礼を言うと、小吉は嬉しそうに去っていった。


 包みを開いてみると、色鮮やかな金平糖であった。


「うわぁ。随分と綺麗だな。甘い匂いがするが、食えるのか?」


 月丸が雄座に尋ねる。


「ああ。甘くて美味いぞ。小吉からの貢物だ。頂戴しておけ。」


 先程の月丸の様子から、小吉が月丸に一目惚れしているなど、気付いていないだろう。月丸よりも早く気付いた雄座は、優越に浸りながら答える。

 月丸は一粒、金平糖を口に放り込むと、こりこりと小気味良い音を立てながら、


「うまいな。上品な甘さだ。」


 そう感想を述べると、言葉を続ける。


「人の色恋というのは面白いな。何故好きになると色々と物を渡そうとするのだろうな。」


 そう言いながら再び金平糖をくちにほうりこむ。


「何だ。気付いていたのか。全く気付いていないと思っていたよ。」


 雄座の言葉に月丸は笑う。


「何処ぞの朴念仁が気付くほどだぞ。あの表情を見て気付かぬものかよ。ただ、露骨に気付いてはあの小吉という者の気持ちもあるだろうからな。気付かぬふりをした。」


 そう言いながら月丸は金平糖を一つ、雄座の手に置いた。何処ぞの朴念仁が自分で有ることは直ぐに理解できた。雄座は改めて色恋の難しさを知った。



 やがて、柏木が大きく響くと、ゆっくりと幕が開いてゆく。気の早い客の掛け声と大きな拍手が響く。


「よ!大成屋!」


「待ってました」



 現れたるは、龍蔵演じる蘆屋道満。


 見事な隈取に所々に金粉があしらわれた着物を纏う何とも力強く、何とも美男子な蘆屋道満である。


「本物の道満が見たらどう思うかな。」


 雄座の問いに月丸が答える。


「あのような華美な服など買う金があるなら、貧しい者たちに食い物でも買ってやったほうがマシだ。とでも言いそうだな。」


 雄座もその答えに納得し、二人してくすりと笑った。



 物語は、道満が野で導師としてその術を貧しい者達のために惜しみなく使う姿が描かれていた。見るものが見れば、随分と話を変えたものだ、そう思うが、龍蔵の熱の入った芝居は観客を引き込んでゆく。


 場面は変わり、宮廷にて最高と謳われる安倍晴明の登場である。これまでも何度も芝居の上で主役として現れた晴明である。舞台に現れるや拍手喝采である。舞台上では晴明と道満の術比べが行われていた。

 

 帝が示した箱の中に入るもの当てるという透視術である。道満はみかんと答え、晴明はねずみと答えた。結果は晴明の勝ちとなり、本来であれば、負けた道満は弟子となるのだが、舞台上では友となった。


「共に語らえる友人が欲しかった。」


 そう語らう晴明に道満がおう、と答える。


 友として語らい、友として道満と共に野の町人達を助けまわる姿は、芝居としては痛快に仕上がっていた。

 やいや、やいやと盛り上がる観客席。やがて、晴明が唐へと留学することとなり、一幕が終わる。


「凄いな。まるで道満に聞いたことが目の前で起こっているようだ。」


 月丸の口から拍手をしながら溢れる。


「本来は物書きとして、面白おかしく変えてみたりしないといけないんだろうが…。今回は出来るだけ、素の道満を知って欲しかったのでな。あまり手を加えていない。」


 月丸も、そうか。と一言答えると金平糖を口に入れた。



 第二幕は晴明が留学から帰って来てからの物語となる。

 道満と晴明の妻、梨花と共に間も無く帰ってくる晴明を心待ちにしていた。


 唐から帰って来た晴明は道満や梨花をまるで知らぬ者のように振る舞う。それどころか、妻としていた梨花を化狐と殺そうとする。何とか生命からがら、梨花を連れて逃げ出した道満。

 梨花は晴明に呪が掛けられているという。そしてその犯人は、唐にて師事していた伯道上人であると知る。

 道満は晴明不在の間に妻梨花と通じた罪人として追われる身となる。道満は晴明を取り戻すために追っ手から逃れつつ、機会を伺う。だが、伯道上人の力は強く、道満の力では解くことができない。その為、友として晴明を討つ覚悟をする。


 そして第三幕。

 道満と晴明の激しい戦い。そして涙ながらに道満は晴明を討つ。観客からもおんおんと泣き声が聞こえてくる。

 道満は晴明の仇である伯道上人を討つ決意をする。そして舞台は変わり、伯道上人と道満の一騎打ち。しかしそこに現れたるは打ち倒したはずの安倍晴明。共の亡骸を弄ぶ伯道上人に対して、怒りを露わに術を放つ道満。

 伯道上人も術を放つが、お互いが致命の傷を受け、倒れる。そこに残るは、ただ、動いているだけの魂のない安倍晴明。道満は最後の命を振り絞って、晴明に命を吹き込む。


 その道満の力で、晴明は以前の感情豊かな慈愛に満ちた男に戻った。ただ、道満と梨花の記憶は道満が持っていった。それが道満のせめてもの晴明への愛であった。



 幕が降りた刹那、観客からまるで地震でも起きたかのような拍手喝采が響いた。


「さすが大成屋!」


「お見事!!」


「感動した!!」


 雄座も月丸も他の観客同様、只々、拍手を送った。


「道満…良かったな。」


 月丸がほそりと呟いた。雄座は月丸の言う道満が、芝居の道満ではなく、本物の道満であることに直ぐに気付いた。話に聞いていたが、芝居であっても目の前で道満の生涯が描かれ、そして最後は友である晴明に連れられ旅立って行ったのだ。


「ああ。良かったと思う。道満殿は幸せ者だと思うよ。」



 興奮冷めやらぬ観客がぼちぼちと帰り始め、人もまばらになってくると、再び小吉がやってきた。


「神宮寺さん。座長が挨拶したいってんで、楽屋まで来ちゃ貰えませんか?」


「ああ。喜んで。こんなにいい舞台になるなんて流石は龍蔵さんだよ。」


 そして、小吉は月丸に向く。


「あの…金平糖、うまかったかい?」


 緊張しているのか声がうわずっている。


「ええ。とっても。ご馳走様でした。」


 月丸が笑顔で礼を言うと、小吉の顔がぱっと明るくなった。


「じゃあさ、近くにこう言う甘い菓子を売っている店があるんだ。良かったら一緒に行かないか?」


 流石の月丸も困ったような笑みを浮かべ、小吉に返した。


「ごめんなさい。私体が弱くて、兄と離れて何かあったらご迷惑を掛けるので。嬉しいのですが、遠慮しておきます。」


 残念そうな表情を浮かべていた小吉であったが、直ぐに気を取り戻し、


「じゃあ今度、神宮寺さんも一緒に行きましょう。本当に美味い菓子が沢山あるんだ。」


「ああ。じゃあ今度案内してもらうよ。まずは、楽屋に行こうか。」


 そう言うと雄座は立ち上がり、楽屋へと向かった。



 からりと楽屋の襖を開けると、丁度龍蔵が化粧を落としている最中であった。


「おう雄座君。見てくれたかい。今回の話はとんでもねぇ反響だったな。ありゃ、今年の夏の話題はうちの一座で持ちきりになるだろうな。ありがとうよ。」


 雄座が入るなり、龍蔵は手を止めて雄座に頭を下げた。


「いやいや、よしてくださいよ龍驤さん。龍蔵さんの芝居があったからこそですよ。本当に蘆屋道満が目の前にいるようでしたよ。」


 雄座が腰を下ろすと、月丸も合わせて雄座の後ろに正座した。


「おや?雄座君。その子は?」


 龍蔵の問いに雄座が答える。


「ああ。俺の妹の月です。俺の書いた芝居を見てもらいたくて、今日は連れて来ました。」


「そうかい。月ちゃんってのかい。人形見てぇな愛らしい妹さんだな。こりゃあ、兄貴もしっかりしねぇとな。」


 そう言って龍蔵は笑う。雄座もつられて笑うしかなかった。


 そんな話をしていると、表が騒がしい。


「おい!騒いでんじゃねぇぞ!」


 龍蔵が部屋の外に向かって叫ぶと、どすんどすんと足音が大きくなってゆく。


「ちょっと!困りますよ!」


「誰か!そいつを止めろ!」


 ばたばたとけたたましい足音が近づいたかと思うと、ばん、と襖が勢いよく開いた。

 楽屋の中にいる全ての者が注目する。


 襖を開け立っているのは、時代遅れのぼろぼろの狩衣を纏い、総白髪の頭は洗っていないのか、茫々に乱れている。その後ろには坊主頭の、歳のころは十二、三才のやはりぼろの狩衣を纏っている。


「何だい?あんた」


 眉間に皺を寄せ訊ねる龍蔵。月丸も雄座もその男に注視する。粗方視線を集めた男は、態々大声で見栄を切る。


「我は大導師、蘆屋道満が血を引く蘆屋萬斎である。誰の許しを経てあの様な芝居をやっておるのか!」


 驚く雄座。目の前の蘆屋萬斎を名乗る男。あの蘆屋道満の子孫という。確かに、茫々の髪や狩衣など、確かに雰囲気はある。


 先に口を開いたのは龍蔵であった。


「うちは芝居屋だ。蘆屋道満の大内鏡なんざ、至る所でやってんだろう。蘆屋道満様のご子孫は、その先々に文句を言っているっていうのかい?許可がいるって話も聞いた事ねぇがな。」


 不機嫌そうな顔を向ける龍蔵に、萬斎はふん、とはなを鳴らすと、更に大声を上げた。


「我が先祖を語るのであれば、挨拶するのが筋であろうが!その様な礼儀もなしに勝手な言い回し。何と愚かな。詫びとして金子を払うか、芝居を辞めるか、選べい!」


 随分と乱暴な言い回しであるが、龍蔵は鼻で笑った。


「はっ。ただのタカリじゃねぇか。さっさと帰んな。お前さんみてえな怪しい奴に払う金はねぇよ。おい。皆。このおっさんを放り出して塩撒いとけ!」


 龍蔵の声に芝居小屋の数名の男が萬斎と名乗る男を掴み外へと運び出した。


「馬鹿な事を。穏便に済ませようと思っておったが。貴様ら一座を呪うてくれるわ!」


 その言葉を最後に、蘆屋萬斎は連れ出された。


「済まないねぇ。雄座君。何なんだろうね。ありゃ。」


 あの男は呪いと言った。その言葉の意味を雄座は考えていた。雄座は月丸に顔を近づけ、小声で訊ねる。


「呪いの気配はあるか?」


 雄座の問いに月丸はわずかに首を横に振ると、にこりと笑う。


 気にするな。そういう意味と雄座はとった。


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